九十四章 †突入せし戦士たち†
† † †
クロム王国・首都ヴァンプシティ。
「……降りてこないな、天使」
メルトは不思議そうに呟く。
雲の切れ間から降り注ぐ光とは裏腹に、一向に天使が現れる気配はなかった。
「まあこの辺の敵は片付いてるからな。助けに入るならもっと追い込まれてるとこに行くだろ」
とカガリが言い、「それもそうか」とメルトも納得する。
「でもさ〜、なんか変だったよね」
とアダー。
「何が?」
首を傾げるメルト。
「だってあの光、時間になる前に差し込んできたよね?」
「確かに……」
「ま、多少の誤差はあるんじゃないかな?あくまで結界が薄れる速度から計算したに過ぎないなら、数分早くなろうが遅くなろうがおかしくはないさ」
と冷静に推測するクツミカに、アダーは釈然としない様子で片頬を膨らませた。
「そりゃそうだけどさ〜」
「魔族の狙いが天域なら、すでに攻撃を受けてる可能性はあるな。例えば結界が薄くなったところを無理矢理突破して奇襲を仕掛けた、とかな」
「それで結界が本来より早く解けたのか?」
「まあ可能性の話だ。天域の結界なんてそうそう突破できるもんじゃねえだろうし……」
カガリは決して本気で言ったわけではなく、アダーに話を合わせたつもりだった。
まさかそれが現実に起こっているとは思いもしていない。
しかし純粋なメルトは、純粋な反応をする。
「でももしホントにそうだったら、助けに行った方がいいんじゃないか!?」
「いやいや……」
とカガリは呆れた様子で却下しかけるも。
「それなら筋膨Xを使うといいわ」
ハルクスが割って入り提案した。
「あの雲の光の中に突っ込めば天域に繋がってるんでしょう?筋膨Xならあの高度にも余裕で浮上できるわよ」
「おおっ!ナイスだぜハルにゃん!」
「この体じゃ私は行けないけど……うちのスタッフならいくらでもコキ使ってくれて構わないわ」
「いや、だから──」
メルトを止めようとするカガリに、またしても。
「ええで。行ってきいや」
と今度は夜の騎士団団長ヨハン・デッドリーが口を挟んだ。
「ヨハンさん!無事だったか!」
「まあ、何とかな」
片手に紙パックのブラッドジュースを携え、その体には傷一つ付いていないようだが、埃や煤や返り血で汚れてボロボロになっている団服を見れば、ヨハンも結構な死線を潜ってきただろうことは想像に難くない。
「そろそろ日が暮れる。市民も活発になる頃や。日が出とる間ずっと戦おてくれて、ほんまおおきにな。後は俺らに任しとき」
「へへっ、頼もしいぜ!」
メルトは嬉しそうに言う。
止めようとしていたカガリもこう状況が整ってしまってはやる気にならざるを得ない。
困ったように後頭部を掻きつつ、メルトの頭にぽんと手を置き。
「だーもう、仕方ねえな。敵が天域を狙うってんならそれだけの理由もあるはずだ。だとしたらソイツを止めなきゃ結局はこの世界にも危険が及ぶかもしれねえ。行くぜ、メルト、クツミカ、アダー」
順に仲間たちに視線を送り、仲間たちも応えるように頷く。
「よーし!そうと決まればみんな、筋膨Xに乗り込むぜ!」
メルトは隣町の空港に駐めてある筋肉大膨張号Xを目指して、張り切ってスタートを切ったが。
「あーちょい待ちちょい待ち。そんならウチの副団長も連れてったってや」
ヨハンがそう言って引き留めた。
すると見計らっていたかのようなタイミングでそこへヴェルミリアが空から降ってきて、静かに着地する。
両腕をコウモリの翼に変えており、どうやらここまで飛んできたらしい。
「……いいのか?」
カガリは訊く。
騎士団内でもずば抜けた能力を持つヴェルミリアは、国を防衛する上でも重要な役割を持つ。
だがヴェルミリアはあくまでいつもの冷静な口調を崩さず。
「元々私も皆さんと同行する予定でしたので」
そう言うだけだった。
「そういうこっちゃ。心配せんでも、俺らかて別にずっと副団長におんぶに抱っこってわけやない。夜なら魔族なんかにやられへんで!」
後押しするように言い、親指を立てるヨハン。
「そうか。じゃあよろしく頼むぜ、ヴェルミリア」
「はい」
カガリとヴェルミリアは握手を交わした。
とその時、キィィン……と聞き覚えのある甲高いエンジン音が聞こえてきた。
南の上空を見れば、そこには筋肉大膨張号Xの姿がある。
「うふふ、呼んでおいたわ、筋膨X。アナタたちが空港へ向かうより早いでしょ♪」
「流石ハルにゃん!」
筋膨Xはメルト一行の近くの上空で減速し徐々に高度を落とすと、下部の乗降口からホイストが降下される。
五人はそれに掴まり、筋膨Xに乗り込んだ。
「覚悟はいいな?」
カガリは席に着いた四人に確認する。
「おう!」
「プププ、ここまで来てビビって逃げるわけにいかないよね~」
「ンフフ、愚問だね」
「はい」
返事は四者四様だが、気持ちは間違いなく同じ方向を向いていた。
確認するまでもなかったな、と口角を上げつつカガリも席に着く。
「それでは上昇いたします」
と操縦室からのアナウンスが入ると、エンジンとプロペラの音が強くなり、機体はどんどん高度を上げていく。
そして高度が安定すると、光の差し込む雲の方へと真っ直ぐに進んでいく。
「突入します!」
当然初めての試みであり、アナウンスするパイロットの声もいつもよりどこか力の入った声だ。
そのまま筋膨Xは光の中へと突入した。
「みんな……どうか無事に帰ってきてね……」
空を見上げてハルクスは祈るように呟いた。
† † †
「お、雲を抜けたぞ!」
窓の外を覆い尽くしていた真っ白な光が段々と収まり、メルトは言う。
そしてその瞬間、強い衝撃で機体が大きく揺れた。
「うわっ!」
「なになになに!?」
急旋回した時以上の途轍もない負荷が襲い、混乱するメルトたち。
「何が起きた!?」
と、操縦室の操縦士と副操縦士も同じく混乱しつつも、すぐにディスプレイに表示された情報から現状を読み取ると。
「じょ、上下が逆様になったのか……!」
咄嗟に操縦桿を切り、上手く機体を回転させる。
数十秒後。
「お、収まったか……」
「何だったの一体~……」
異常なまでに頑丈に作られている筋膨Xのお陰か、何とか大きな破損もなく安定したようだ。
しかし、外の景色を見た五人は驚愕し、絶句する。
想像していた世界とはまるで別物だったからだ。
眼下には煮え滾るマグマが海のように広がり、足場はマグマから僅かに突き出た黒い岩場がまばらに存在するのみ。
上空は分厚い雷雲が覆い、常に雷鳴が轟き続けている。
「……こ、ここが……天域なのかい……?」
切り出したのはクツミカだ。
「知らねえよ、誰も天域なんか入ったことねえんだから……だがこの気味の悪い魔力は……」
苦い表情をしたカガリの肩に、隣のメルトはそっと手を添える。
「オレも感じるぜ……すっげえ魔力だ。でも人の魔力ってより、自然に漂ってる魔力が滅茶苦茶に濃いって感じだな」
「ライザーやマウトのような化け物がいるわけではないと言うことか」
クツミカは顎に手を当てて思案顔で呟く。
「じゃあまだ魔族は天域に攻めてきてなかったってこと?」
窓の外を覗き込みながら首を傾げるアダー。
「それならいいですが……そもそも魔族どころか天使も見当たりませんね」
とヴェルミリア。
やはり険しい表情のままで口元を押さえながら考え込んでいるカガリに。
「どうした?カガ──」
言いかけて、メルトは何かに気付き素早く窓の外を振り返った。
そこには四十メートルほどあろうかという巨大な鯨のような魔獣が、マグマから跳ね上がっていた。
「んなっ……!」
メルトは驚いて目を見開いたが、カガリは確信したように言う。
「やっぱりそうか……ここは魔獄だ……!」
「魔獄!?」
「ああ……この漂う魔力……アイツにそっくりだ……!」
「アイツって?」
「B2だ……たぶん、アイツはここで生まれたんだ……そうか……勘違いしてたが、アイツ、魔獣だったんだ……」
魔獣の多くは自然に漂う魔力から生まれる。
この空間に漂う魔力がB2と同じだったことで、この場所が魔獄であることと同時に、B2の正体にもカガリは気付いた。
そんなカガリの言葉をメルトたちは困惑した顔で見つめる。
天域に行くはずが魔獄の底に落とされるなど、当然考えもしていなかった。
「ど……どういうことなの~!?意味わかんないじゃん!」
と沈黙を破ったのはアダーだ。
「あの門は魔族の仕掛けた罠だったってことだ」
「ンー……魔獄の穴はいつも地面に開けられてたけど、雲にも開けられるのかい?」
クツミカは眉を顰めて尋ねる。
「前例はねえが、理論上は可能なはずだ。門を作るには媒介となる対象物が必要になる。それが今まで地面だったってだけだ。たぶんそれが一番魔族にとってやりやすかったんだろうが……やろうと思えば雲に繋げられてもおかしくはねえ……」
何とか冷静さを保って説明しているが、カガリ自身もその表情に戸惑いを隠せていない。
すると。
「お、おい!みんな見ろ!」
メルトが窓の外の空を見上げながら叫んだ。
上空の雷雲にはたった今筋膨Xが通ってきた穴が開いているが、徐々に周囲の雲が渦を巻いて穴を塞ぎ始めていた。
「ア、アレってぼくたちが通ってきた穴だよね!?閉じちゃってない!?大丈夫!?」
慌てふためくアダー。
「クソッ!やられた……!」
カガリは苛立ちから拳を強く握り締める。
「わ、罠だったってことか!?」
「どうすんの~!?あの門ってヤツ、カガリちゃんは開けないの!?」
「……無理だ……!空間の穴は魔族にしか感じ取れねえ……いや、最近魔導士の間でソイツを見つける魔法も開発されたらしいが……それでもまだごく一部の魔導士しか使えねえはずだ……」
返事を聞いたアダーは段々顔から血の気が引いていく。
「じゃ、じゃあぼくたち……魔獄に閉じ込められちゃったってこと~!?」




