九十三章 †新たなる翼†
「……あの城が怪しいな。ライザー、潰せ」
神域の中央に聳え立つ創星神殿を指差して命令すると、ライザーは治った口を大きく開け、光線を放った。
光線が直撃し、神殿の全てを包み込むほどの巨大な爆発が起こる。
が、神殿は無傷だった。
神殿の周囲に張られた透明な壁が光線を防いだのだ。
「チッ、結界か……けどこれではっきりしたな。天域の上のこの世界の真ん中にあって、さらに厳重に守られてるなんて、よっぽど重要な場所に決まってる。やれ、ライザー。結界を壊して、あの城をボクが頂く!」
ニタリ、と不気味な笑みを浮かべながらB2が言うと、ライザーはそのまま神殿に向かって走り出す。
距離は僅か二百メートルほど。
三秒と掛からずライザーは結界の前へ接近し、そのまま引いた拳を叩きつける。
結界はあっさりと砕け散った。
しかし、それは罠だった。
「くっ!?」
砕けた破片は無数の刃となって二人に襲い掛かる。
刃の威力は先程の"鉄巨人の癇癪"にも見劣りせず、ライザーの纏う魔力防壁を物ともせず切り裂いていく。
「ライザー!守れ!」
自分ではかわしきれないと判断したのだろう、B2が命令すると、ライザーはB2の体を両手で貝のごとく包み込んだ。
そして大量の刃をその身に受けながらも、ライザーは無理矢理に前進し。
そのまま神殿に体で突撃した。
外壁は容易く崩壊し、大穴が開く。
「ようこそ、創星神殿へ」
神殿の内側で待ち構えていたのは、大きく翼を広げたナース服に眼鏡の女天使。
「お前が天使の親玉か!」
ライザーの指の隙間からB2が叫ぶ。
「親玉?滅相もございません。私は大神官ミゼロル。創星神様のただの従者です」
「だったら消えろ!雑魚に用は無いんだよ!!」
ライザーはB2を左手に持ち直すと、右腕で神殿内を大きく薙ぎ払った。
壁も柱も床も、腕が当たった部分は全て抉り取られ、それだけで並の建物ならば完全に崩壊してもおかしくないが、天域の頂点に君臨するだけあって特別な造りをしているようだ。
とは言えその中の住人は他と変わらない天使だ。ライザーの一撃を受けて無事で済むはずがない。
受ければの話だが。
「は……?」
ライザーが振り抜こうとした右腕は、ミゼロルに当たる直前で動きを止めていた。
球状の結界を張り、ライザーの攻撃を完全に防いだのだ。
その左手には、創星神の持っていた、金の宝玉の浮かぶ木製の杖が握られている。
この杖の力によって結界を張ったのだろう。
さらに結界の中でミゼロルは杖を掲げ。
「"浄化"」
唱えると同時に、宝玉が眩い光を放った。
──破魔の光か……!!
B2はすぐに察し、身を守ろうとライザーの手の中に体を縮めて潜り込む。
だがそんなもので逃れられるはずはない。
本物の"浄化"ならば、隠れたところでライザーごと消し去られるだけだ。
そんなことは分かっていた。
だからこそ、打っていた──神の力への対策を。
ライザーはB2を握るその左手を大きく振り被り、ミゼロルへと投げつける。
無論そのままぶつかったところで結界に阻まれてB2の体が潰れるだけだろう。
だがそうはならない。
「なっ……!」
B2がその手に持っていたのは剣だった。
前に大きく突き出した刃は光を裂き、結界をも貫く。
そしてミゼロルの持つ杖と交差し激しい火花が散るとともに、天力の操作を妨げられたためか浄化が止まる。
「その剣は……ビア神様の……!」
それは柄頭に宝玉のついた、武の神ビアの神の杖だった。
ライザーに焼き殺されたビアが落とした剣をB2は密かに拾っていたのだ。
至近距離にまで詰めたB2はさらに何度も剣で斬りつけ、ミゼロルも的確に杖で捌いていく。
だが僅かに押しているのはB2だった。
元々肉弾戦よりも武器を得意としているB2が、拾ったばかりの剣を使いこなし始めているのだ。
──くっ……神の杖が宿す天力を纏っている……!
──この創星神杖は魔を祓う杖……天力を持つ者は同胞と見做されてしまう……!
──戦りづらい……!
それはミゼロルにも想定外だったのだろう。
"浄化"の前ではどんな魔族だろうと対抗する術を持たない。
確実な勝利のビジョンが見えていたはずだった。
では何故そんな想定外が起きたのか。
B2が魔人ではなく、魔獣だったからだ。
常に自分本位で本能のままに行動する性質を持つ魔人ならば、敵の落とした剣になど目もくれず突入してきたかもしれない。
勿論知能という点のみに絞れば魔獣が魔人を上回ることなどない。あるいは世界のどこかにはいるかもしれないが、少なくともB2はそうではなく、高く見積もっても魔人と同程度だろう。
魔獣の持つ性質は、生への執着。
生物として当然の性質だが、魔人の多く──特に魔力が大きい者ほど、その執着は薄れていく。
生に執着しているはずの魔獣の多くが簡単に死んでいくのは、生に執着するが故に自らの体を構築するための魔力を求めるものの、敵の実力を量る知能を持ち合わせていないからだ。
だが高い知能を持って生まれたB2は、取り分け生への嗅覚が鋭かった。
天域の中枢と思しき創星神殿を見つけても直線的に進みはせず、迎撃に備え、戦場の中で使えるものを探った。
そうした嗅覚こそが、ここまで幹部たちが散っていった中でB2が生き残った理由なのだろう。
「ふん、終わりだ」
「!」
激しい打ち合いの中でB2は一瞬の隙に素早く杖の下に剣を潜り込ませ、強く跳ね上げる。
ミゼロルの手から離れた創星神杖を、B2が掴み取り。
「ライザー!やれ!」
直後、再びライザーの巨腕がB2もろとも神殿内を薙ぎ払った。
ミゼロルは辛うじて翼でガードし即死は免れたものの、吹き飛ばされ神殿の外へと弾き出される。
B2はと言うとライザーの攻撃が当たる直前で神の杖の力を使い、ライザーの肩に瞬間移動していた。
──創星神殿を……偉大なる創星神様の生きてきたこの神殿を、魔族などに渡すわけにはいかない……!
ミゼロルは神殿の外ですぐに翼を大きく広げて体勢を立て直すと、即座に切り返して反撃に出る。
勿論今の攻撃で大ダメージを受け、全身から血が噴き出し、骨も内臓も無事ではないはずだ。
それでも最後の砦であるミゼロルが諦めるわけにはいかなかった。
「うおおおおおおおおお!!」
普段の落ち着いた雰囲気からは想像もつかない雄叫びを上げながら向かってくるミゼロルに対し。
「焼き殺せ」
B2の無慈悲な一言で、ライザーが光線を放つ。
ミゼロルは光線の直撃を受け、ビアと同じように消え去った。
「フフフ……これで……これでボクがこの世の頂点──!」
とB2が勝利の高笑いを上げようとした瞬間、その左手に持つ創星神杖が光を放ち始め、その腕を包み込んだ。
「何だ……!」
咄嗟に杖を手放そうとするが。
「くっ……離せない……!?どうなってる……!罠か……!?」
杖は手から離れず、徐々に光がB2の体全体へと侵食していく。
そして完全に包み込まれた後、少しずつ光は肩甲骨の辺りに収束していった。
「何……だ……背中が……熱い……っ!く……ぐあああああっ!!」
上半身を丸めて苦しむB2。
やがてB2の着ているメイド服の光の集まっている部分が膨らみ始め。
数秒後、その膨張に耐えきれず背面が破れたかと思うと、服の内側から出現したのは、大きな漆黒の翼だった。
B2が半身を変化させたりダークファイアが変身で作っていたようなコウモリの翼ではなく、神や天使たちと同じ、羽毛を持った鳥の翼だ。
「……これは…………そうか……神の力を取り込んだ影響か……」
息を切らしながらB2は自分の翼に触れ、理解する。
口角を上げ、大きく羽ばたくと、ライザーの肩からふわりと浮かび上がった。
そのまま神殿の外をゆっくりと周回飛行し、上へと昇っていく。
そしてその頂点に着地し、両手を大きく広げて世界を見下ろす。
「フフフ……これが頂点の景色……!あはははっ!ボクが……全てを支配する神になったんだ!!あーははははははは!!」




