九十二章 †立ち入りし邪悪†
「行くぞライザー」
戦場が魔族で溢れ返りもはや勝負はついたと言わんばかりに、ライザーの肩に乗るB2は指示を出す。
「ど、どこへ行くつもりですか!」
と叫び止めたのはファイブルだ。
全身から血を流して震わせ、その翼も戦いの中でほとんどが散ってしまっているが、それでも辛うじて剣を地面に突き立てて体を支え、強い闘志のみで声を上げたのだ。
「チッ、まだ息がありましたか……分かってるんですよ、何か隠してるってことくらい!この天域のさらに上に、そこの潰れた神と似たような力をいくつか感じてる。そっちが本陣だろ」
「!」
無惨に握り潰された武の神ビアを指してB2は言う。
「ライザー!やれ!」
するとライザーの纏っていた膨大な魔力は螺旋状に上空へ昇っていく。
周囲のものや天使たちもその災害のごとき力に巻き込まれていくが、B2やライザーがそんなことを気に留めるわけもなく、一切を無視しながら魔力は雲に達する。
──くっ、何という魔力……!これでは近付くことすらできない……どうすれば……!
立っているのがやっとのファイブルにはもはや抵抗する術などなく、天域の上層──神域へと進むB2たちをただ見ていることしかできなかった。
やがてライザーの魔力はその雲に大きな穴を穿ち、神域への門をこじ開けた。
「フフ……やっぱりあるじゃないですか、天域の上……さあライザー、突入してください!」
B2が指示を出すと、ライザーは膝を深く曲げて力を溜め始める。
門へ向かって跳び上がろうとしているのだろう。
その時。
「"全てを断ち切る聖剣"!!」
巨大な光の剣がB2の頭上へ振り下ろされた。
辛うじてB2はそれをかわしたが、剣はライザーの肩に突き刺さる。
「は?お前……なんで生きてんだ」
そこにいたのはビアだった。
「さあ、何故だろうな」
静かに言いつつ、ビアは光の剣をさらに深く押し込んでいく。
すぐにB2は回し蹴りを放ち、肩からビアを弾き飛ばす。
が。
「"咬み千切る光輪"!」
そのB2の両手脚を四つの光輪が捕らえて収縮し、うち左腕の切断に成功する。
「くっ!?お前!!何で……!」
それを放ったのはファイブルだ。
つい一瞬前までボロボロの瀕死状態だったはずのファイブルは、まるで何事もなかったかのように立っている。
そしてその傍らで、口髭を綺麗に整えた恰幅の良い初老男性天使が、ファイブルの背に両手のひらを添えていた。
環の神ピュシスの神官スフォーアである。
「……アイツが回復させたのか?あんな状態から一瞬で……」
B2は不快そうに睨め付けつつ、切られた腕を繋ぎ直す。
と、近くで天使と戦闘中だった魔人の一人がB2を見上げて伝えた。
「恐らく十勇"ディミウリア"の末裔と思われます!」
「……誰だそれ」
「"ディミウリア・ゲマストス"──治癒を極めた伝説の僧侶です!魔獄にも地上にも末裔はおらず、とっくに途絶えたと思われていた血筋ですが……まさか天域で生き残っていたとは!」
「あっそ。それじゃコイツら任せるから、適当にやっといてください」
B2は天使たちの相手などするだけ無駄だとばかりに、上空の門へと視線を移す。
「行かせません!」
ファイブルとビアが同時に飛び掛かるが、ライザーの跳躍速度はそれを遥かに上回った。
深く畳んだ脚を一気に伸ばすとともに周囲には巨大な衝撃波が発生し、神や天使たちどころか魔族すらなす術もなく吹き飛ばされる。
そしてライザーは瞬く間に空の穴へと吸い込まれていった。
「くっ……神域に魔人の侵入を許すとは……何たる失態……!」
ファイブルは大きく翼を広げて何とか体勢を立て直しながら、上空を見上げる。
「追うぞ!神官はオレに続け!知の神、貴様はここで神兵どもの指揮を執れ!」
「う、うむ、分かった!頼んだぞ武の神……!」
武の神ビアは門を目指して飛び立ち、四人の神官たちもそれを追う。
いつの間にか回復していた武の神官グラディオネもそこに加わっているが、ライザーの一撃で即死したハルシクスと、入り乱れた戦場の中で倒れたロゴスリーに関しては、スフォーアと言えど蘇生できなかったようだ。
残されたグノウは、翼を広げて戦場を見渡し。
「さて……儂もできることをコツコツと、やっていこうかの……!」
覚悟を決めた顔で神の杖を構えた。
† † †
天域上層──神域。
中央の創星神殿とその周囲の五つの神の塔のうち、B2たちが門を通って現れたのは、"休"の字を冠する塔の前だった。
「神の住処ですか……目障りだ。潰せ、ライザー」
B2が指示を出すと、ライザーは拳を高く掲げる。
三十メートルほどの塔とほぼ同じ高さに達したその拳を、そのまま塔の真ん中へ振り下ろす。
拳が打ちつけられた瞬間、先程の跳躍時と同等の強い衝撃が空間を走り、荘厳な雰囲気を纏っていた神の塔はその一撃の元にただの瓦礫の山と化した。
だが巻き上がった砂埃の中に、翼を広げた女が一人浮かんでいることにB2は気付く。
「あ〜あ。やっちゃったねぇ」
大きなフォークのような神の杖を片手に携えた、休の神──アナパウシスだ。
相変わらずの寝ぼけ眼だが、その声色は僅かに苛立ちを感じさせる。
「お前も神か……フフ……こんなくだらない塔を壊されたのがそんなに悔しいんですか?」
「いやぁ別に塔はどうでもいいんだけどさぁ……やっちゃいけないことをしたよね〜キミは」
「……は?」
「あたしの眠りを妨げた」
瞬間、アナパウシスの目が大きく開く。
同時にその周囲に無数の巨大な光の拳が出現し。
「"鉄巨人の癇癪"」
そう唱えるとともにB2らへ向けて放たれる。
「がっ!?」
その一撃目を受け止めようとしたB2は予想外の威力に体を弾かれ、以降は回避に徹する。
拳の一つ一つが途轍もない威力を持っており、体の芯を捉えればライザーをも仰け反らせるほどだった。
さらに放たれた端から次なる拳が出現し、無限に思えるほどの連打が続く。
「クソッ……ライザー!ライザーッ!さっさとソイツを潰せ!」
B2が必死の形相で命令すると、両腕で防御姿勢をとっていたライザーは一転して防御を捨て、アナパウシスへと突撃した。
が、その一歩目からライザーは盛大に転倒する。
「は!?何してるライザー!」
狼狽するB2。
二人を追って神域へ到着したビアと神官たちが、ライザーの両足を光の槍──"万物を貫くもの"によって地面に張り付けたのだ。
「クソッ!またアイツらか!しつこい……!」
アナパウシスはそのまま倒れ込んだライザーをタコ殴りにする。
その様子をライザーの足元から見上げるファイブルは、思わず息を呑んだ。
──初めて見る……凄い……これがアナパウシス神様のお力……!
──アナパウシス神様は常時休み続け、力を蓄え続け、有事に備えておられた……お目覚めになったアナパウシス神様の天力出力は、六柱神最高を誇る……!話には聞いていましたが……これほどとは……!
そうしてアナパウシスが押さえ付けている間にビアはライザーの顔の前へ回り込みつつ、"全てを断ち切る聖剣"を発動。
そのままライザーの右目を貫いた。
しかしほぼ同時に、ビアの頭上からライザーの平手が振り下ろされる。
ビアは目に突き刺した剣を咄嗟に手放して身をかわす。
「チッ、浅いか」
ビアの狙いは右目そのものではなく、眼球の奥の脳だった。
いかにライザーの魔力が巨大でも、その発生源を潰してしまえば魔力はすぐに枯渇する。
「ライザー、いつまで寝てる!」
B2が怒鳴ると、すぐにライザーの口元から青い光が漏れ出した。
光線を放とうとしているのだろう。
それをビアは見逃さない。
「"咬み殺す光輪"」
ロゴスリーがドラゴン型魔獣にしたのと同じように、光輪をライザーの口元に嵌め、自爆を狙う。
"咬み千切る光輪"と違いこの光輪には内側に無数の小さな刃が突き出ており、高速回転することでチェーンソーのように切断力を高めているようだ。
それでもライザーの顔面にはごく僅かな傷が入る程度だったが、狙いは自爆であるためさしたる問題ではない。
だが。
光線は放たれた。
ライザーの口も光輪も関係なく消し飛ばしながら。
「なっ──」
ビアはその一撃を正面から受け、消し炭となる。
ライザーは顔面の下半分がボロボロに崩れ落ちながらも、次なる獲物──上空のアナパウシスへと狙いを定める。
──馬鹿な!顔面もろとも……!?
と驚いて隙を見せた神官スフォーアの胸部に、高速接近したB2の貫手が突き刺さった。
「な……に……!」
ライザーの圧倒的な力と存在感はどうしようもないほどに周囲の意識を引きつけ、他への警戒を緩ませる。
それはB2レベルですらも例外ではないのだ。
「お前を殺せばもう回復もできないだろ」
B2がそう言って手を引き抜くと、スフォーアは大量の出血とともに倒れる。
瞬間、周囲のファイブル、グラディオネ、ピクトゥの三人が一斉にB2に斬り掛かったが。
「ぐっ!?」
そこへ何かが隕石のごとき勢いで墜落し、三人の攻撃の手を阻んだ。
その隙にB2は高く跳躍すると、再びライザーの肩に乗る。
「ア、アナパウシス神様……!」
落ちてきたのは、ライザーによって叩き落とされたアナパウシスだった。
右半身が無惨に潰れている。
さらに動揺している神官たちを、ライザーは横から容赦なく蹴り飛ばし、木っ端微塵に粉砕する。
後に残ったのは、肉片と血溜まりだけだ。
「あははははははっ!!無様ですねぇ!神だろうが何だろうが、正面から戦り合ってライザーに勝てるヤツなんていないんですよ!」
B2の高笑いが響き渡る。
崩れていたはずのライザーの顔面は魔力によってか、すでにほぼ元通りにまで回復している。
一頻り笑った後、B2はライザーの肩の上から景色を見渡し。
「……あの城が怪しいな。ライザー、潰せ」




