九十一章 †正しき未来†
一方で神兵隊の隊列の中にも、千人近くの魔人とそれ以上の魔獣の大群が現れていた。
ビアによる訓練のお陰か、およそ五千名の神兵たちの実力は魔人に全く引けを取らず、連携しながら次々に魔族を倒していくが、やはりノーダメージとはいかず、犠牲者も出始めている。
数箇所に開かれた穴から魔族は続々と出現し、現在ある数の有利も、この調子で魔族が湧き続ければすぐに逆転するだろう。
さらにライザーの攻撃の余波はこの戦場へも当然届き、敵味方関係なく多くの者が巻き込まれていく。
「くっ……これでは下界の救援に行くどころではない……!」
ビアによって選ばれた下界へ向かわせるはずの掃討部隊も、この奇襲によって足止めをくらっていた。
「どうなさいますか、ロゴスリー様!」
と部隊の一人が仰いだのは、頭を丸めた褐色の女性神官ロゴスリーだ。
「我々は神の指示に従うのみ。当初の予定通り、隙を見て下界へと降りる。準備をしておけ」
ロゴスリーはまるでロボットのごとく平坦な口調で告げた。
天使たちは狼狽する。
「し、しかしこのままでは神域へ侵入されるのも時間の問題です!もしも"創星神殿"に到達されれば世界は──」
「そんなことは有り得ない。神域にはディケ神がおられる」
「……!?」
大多数の天使にとっては、武の神ビアこそが最強の戦力という認識である。
そのビアですら歯が立たないライザーを、ディケが倒せるなどとは夢にも思えないのが現状なのだが、ロゴスリーはどうやらディケに心酔しきっているのか、天使の言葉を聞き入れない。
「共に下へ降りるはずだったハルシクス様はやられてしまいましたが……」
「問題ない。ハルシクスの穴は私が埋める」
そう言って右手に持った六尺棒を頭上で高速回転させると、棒の両端に電光が迸り始め。
「"雷霆"」
唱えながら力強く棒を地面に突き付けた瞬間、天使と交戦中の数十人の魔人に、一斉に雷が降り注いだ。
雷は周囲の天使を巻き込むことなく的確に魔人のみを射抜き、即死に至らしめる。
「このまま下界への門を開く」
するとロゴスリーが棒を突き付けた地面に、スゥ、と穴が広がり出した。
形も開き方も雑で歪な魔人の開く穴とはまるで異なる、綺麗な円の穴だ。
「やはり……まだ時間ではないが、私の力でも開門できるようになっている。魔族が現れた時点で結界が崩れ始めたのだ。行くぞ。私に続け」
とロゴスリーは翼を折り畳んでその穴へダイブしようとしたが。
「……待て」
穴の下から迫る気配を察知してすぐに翼を広げ直す。
穴から現れたのは、銀色の鱗に覆われたドラゴンのような魔獣だった。
体長は十メートルほどで、その額には八つの目がギョロギョロと動いている。
「魔獣……私の開けた門を利用して下界から侵入してくるとは……知能の高いタイプか」
ロゴスリーは棒を構える。
ドラゴン型魔獣はロゴスリーの姿を八つの目で捉えると、威嚇するように大きく翼を広げ咆哮した。
「な、何という魔力……!」「コイツも魔獣なのか……!?」
周囲の天使たちは動揺する。
魔獣にも魔力の強弱はあり、例えばクラウンの魔獣農場で作られた強化魔獣や第四階層に生息する魔獣に関しては、平均的な魔人を上回る魔力を持つ。
それでも基本的には魔人を"僅かに上回る"程度である。
だがこのドラゴン型に関しては、そういったレベルを明らかに逸脱していた。
天使たちが怯んでいるうちに、ドラゴン型は深く空気を吸い込むとともに胸元を大きく膨らませ始める。
「何か来るぞ!備えろ!」
ベテランらしき天使がドラゴン型の動きを見て叫ぶ。
「"雷霆"」
とロゴスリーは先手を取って雷を落とすが、ドラゴン型はほんの少し身震いする程度で大きなダメージは無い。
そして直後口を開くと、巨大な火球を吐き出した。
「ぐあああああっ!!」
その火力は凄まじく、数人の天使が巻き込まれて大火傷を負いながら吹き飛ばされる。
ただ周囲の天使たちも黙って見ていたわけではない。
「"槍嵐"!」
「"鉄巨人の拳"」
「"裁きの閃光"!」
火球を放った後の隙を狙って、四方八方から集中攻撃を仕掛ける。
回転させた槍から放つ竜巻、光から作り出した巨大な鉄の拳、手のひらから一直線に伸びる光線。
これらの天技以外にも多数の天使たちが各々の武器を使って一斉に攻撃を繰り出していった。
だが。
「くっ!ほとんど効いてねえ!」「何というか頑強さだ……」
ドラゴン型は表面に軽く傷が付いた程度で、平然と立っていた。
「あの硬く分厚い鱗によってダメージを軽減しているのか。鱗の薄い関節部や腹部を狙うのが効果的だろう」
ロゴスリーが冷静に見極めると、その指示に従って天使たちは攻撃の手を休めることなく波状攻撃を展開していく。
と、ドラゴン型は大きく羽ばたいて飛び上がり、空中で翼を全開にしたまま横回転することで周囲の天使たちを弾き飛ばした。
「くっ……!魔獣がこれほどの力を……!」「ま、まさか本物のドラゴンなんじゃ……」「太古の時代に絶滅したという魔法生物か……魔獄の奥底で生き延びていたとでも言うのか……?」
その異常なまでの強さに天使たちはそんな仮説を立て始めるが。
「いや、魔力は確かに巨大だが、質そのものは魔獣の魔力で間違いない」
とロゴスリーは冷静に否定する。
「それに本物のドラゴンがあんな不気味な姿をしているはずがない。文献にしか残っていないとは言え、ドラゴンはもっと恰好良いはずだ」
「た、確かに……!」
天使たちは納得して再びドラゴン型魔獣に向かっていくが、そうしている間にすでに次なる火球の準備が整っていた。
火球を放とうと口を開いた瞬間。
「"咬み千切る光輪"」
ロゴスリーが作り出した光輪がドラゴン型の口に嵌められ、収縮することで口を無理矢理閉じさせる。
火球のエネルギーは行き場を失い、体内で爆発を起こした。
「や、やった!」「流石神官様!」
体が爆散するとまではいかなかったが大きなダメージを与えたようで、全身は打ち震え、動きも鈍くなる。
「今だ!畳み掛けろ!」
好機と見て一斉に天使たちはドラゴン型の片側から攻撃し、横転させることに成功する。
そして剥き出しになった腹部へ。
「"万物を貫くもの"」
ロゴスリーと周囲数名の天使たちが天力を集めることによって作り出した大きな一本の光の槍を撃ち込んだ。
光の槍は薄い鱗を容易く貫通し、ドラゴン型の腹に突き刺さる。
ドラゴン型は不気味な呻き声を上げながら手脚をじたばたと動かすも、やがて完全に動かなくなり、消滅を始めた。
「はあ……はあ……とんでもない魔獣でしたな……」
疲弊した様子のベテラン天使がロゴスリーに声を掛ける。
その天使に、ロゴスリーは六尺棒を振り翳す。
「っ!?」
天使は怯んで咄嗟に身構え。
直後、鈍くかち合う音が響いた。
「チッ、まだそんな力が残ってやがったか」
ロゴスリーが攻撃したのは、天使の背後から迫っていた魔人だった。
互いの武器同士がぶつかり合い、火花が飛び散る。
「気を抜くな。戦場のど真ん中だぞ」
「も、申し訳ありま──」
すぐに気を引き締めて武器を構え直そうとした天使だったが、次の瞬間には、迫っていたもう一人の魔人に頭部への殴打を受け、首をへし折られた。
気付けば戦場は天使と変わらない数の魔族で溢れ返っていた。
結界が消え始めているためか、数箇所程度だったはずの地面の穴はすでに百箇所を超え、凄まじい勢いで魔族が雪崩れ込んできている。
中には先程のドラゴン型にも劣らない魔力を持つ巨大な魔獣も数体混ざっており、天使たちが薙ぎ倒されていく。
「雷霆!」
とロゴスリーは周囲の魔族を雷で一掃すると、巨大魔獣の元へ矢のごときスピードで飛翔する。
しかし、その途中で横から魔人に殴り飛ばされた。
「く……」
すぐさま体勢を立て直して棒を構えるロゴスリー。
口の端からは一筋の血が伝い、表情からは冷静さが消え始めていた。
「ははははっ!こんな数で俺らを止める気だったのか?甘く見過ぎだろ!」
リーダー格らしき大柄な魔人は拳を固めながらロゴスリーの前に立ち塞がり、さらにその部下と思しき魔人たちがロゴスリーを取り囲む。
「甘いのはお前たちだ」
ロゴスリーが言葉を返した瞬間、リーダー格の魔人を背後から剣が貫いた。
刺したのは神兵隊の一人だ。
胸部にしっかりと突き刺さった刃は心臓と肺を抉ったようで、魔人は吐血しながら一瞬で命を落とす。
一対一、あるいは多対一の戦いならば、こんな不意打ちは魔力を読まれて通用しなかったかもしれない。
それが通るほどの大乱戦に発展しているのだ。
天使にとっても魔人にとっても戦いづらい状況だが、五分の条件ならば、やはり数的に圧倒的有利な魔族が優勢と言えるだろう。
「ロゴスリー様、ここは我々が!」
と援護に入った数人の天使は、それぞれ魔人と一対一に持ち込み戦闘を開始する。
互角の戦いを繰り広げていたが、そうしている間にも魔族の数は増え続けている。
ロゴスリーの持つ"神官"の肩書きは伊達ではなく、天技と棒術を用いて魔族を次々倒していくものの、敵の増える速度はそれをさらに上回り、形勢は悪くなる一方だ。
──天力が足りない……雷霆を撃ち過ぎたか……だが使わずして勝てる敵ではなかった……。
──やはり……ディケ神の仰った通りになったか。
† † †
十数時間前──神域・"正"の神の塔。
「来たか、ロゴスリー」
創星神が死亡する直前、正の神ディケは自身の神官であるロゴスリーを自室に呼び出していた。
ロゴスリーは何も言わず、跪いてディケの言葉に耳を傾ける。
「間もなく創星神様がお亡くなりになられる頃だろう。お前の元にもミゼロルから招集命令が掛けられているな」
「……はい。やはりご存知でしたか」
「ああ。力を貸してやれ」
「承知致しました」
すると、ディケは暫し何かを思案するように沈黙した。
ロゴスリーはそんなディケの様子にも慣れているのか、何も言わず跪いたまま次の言葉をじっと待つ。
十秒ほど経って、ディケは口を開く。
「この戦いでお前は死ぬ」
ロゴスリーは分かっていたかのように、特にその言葉に深く反応しなかった。
「これから武の神によって天域の戦力は底上げされるが、それでも戦力差は埋まるまい。天使も神も、多くが命を落とすことになる。そして魔族はこの神域へと必ず辿り着くだろう。だが、決して逃げるな。我が神官として最期まで正義を貫いて死ね」
「はい」
† † †
刹那。
疲れからほんの一瞬気を休めた隙を突き、ロゴスリーの腹部を魔人の槍が貫いた。
さらに、畳み掛けるように周囲数人の魔人が一斉にロゴスリーの体に刃物を突き立てた。
「かはっ……!」
ロゴスリーは大量に吐血する。
「ヒャッハァ!幹部っぽいヤツ仕留めたぜぇ!」
最初に槍で貫いた魔人は得意げに笑い、他の魔人たちに自分の手柄をアピールする。
ロゴスリーの視界は霞み、意識が薄れていく。
だが。
「あ……?抜けねえ……!」
魔人たちは次なる敵に向かうためロゴスリーに突き刺した武器を引き抜こうとしたが、武器はびくともしない。
「ディケ神は間違わない……」
ロゴスリーはぽつりと呟く。
「はぁ?」「何だって?」
死にかけの小さな声を魔人たちは上手く聞き取れなかったのか、あるいは聞こえた上で意味が分からず訊き返したのかもしれない。
「神とは"象徴"──即ち……正の神たるディケ神は"正しさ"の象徴……正しさとは、正義であり正解……ディケ神が死ねと仰せならば、私はそれを厭わない。死こそが正解に他ならないからだ……」
「てめえ何をブツブツ言ってやがんだ、気色悪い……」
「だが、ただでは死なない」
ロゴスリーは言い、腹に刺さった槍を強く握る。
「最期まで正義を貫くのが、私の使命だ……!」
次の瞬間、その武器を通して電撃が魔人たちを襲った。
魔人は一人残らず焼け焦げて倒れる。
そして同時に、ロゴスリーもがくりと膝から崩れ落ちた。
「ロ、ロゴスリー様!」
電撃の光でそれに気付いた数名の天使が駆け寄るが。
「気にするな……戦いに集中しろ……」
「し、しかし……」
「分かっていたことだ……全ては……正しき未来のため……お前たちも……成すべき務めを全うしろ……」
とロゴスリーは残る僅かな力で天使に命じる。
「は、はい!」
天使たちは指示に従い、ロゴスリーを残して再び戦いに身を投じていく。
程なくしてロゴスリーは静かに息を引き取った。




