九十七章 †苛烈なる底†
「降参だと……?」
ハクは怪訝な顔で訊き返す。
「ああ。この人数相手に勝てると思い上がるほど愚かではない。私のことは煮るなり焼くなり、好きにするがいい」
「んなこと言って、また何か企んでんだろ」
つい先程逃げられそうになったばかりだ。
ハクが信じられるわけもなく。
「焼いていいってんなら、今ここで灰にしてやる」
と拳の白炎を強める。
「……分かった。だが一つだけ……彼女には手を出さないでやってくれ」
「!?」
リントは後ろの女魔人にちらりと視線をやりながら言った。
女は困惑を浮かべる。
「駄目だね。魔人なんざ生かしとく理由はねえし、殺人鬼のてめえの言うことを聞いてやる理由もねえ」
無慈悲にもその提案を却下するハクの前に。
「ちょっと待てよ!」
と止めに入ったのは、メルトだった。
「あ?何だお前。邪魔だ。どけ」
ハクは冷たい視線でメルトを見下ろす。
「どかねえ!」
メルトは怒りを露わにして食ってかかるが、ハクはあくまで静かに説得を試みる。
「舐めてんのか?これは戦いだぜ。そこのリントは最悪の犯罪者で、お前じゃどう足掻いても勝てねえレベルの強さも持ってる。殺さねえと殺されるんだよ。分かるか?」
「分からねえ!!」
「ああ!?」
一歩も引く気配のないメルトについハクも声が出る。
「向こうは降参してるんだし、これじゃ戦いになってねえだろ!つうか、そんな悪いヤツにも見えねえしよ!」
「そりゃてめえの目が狂ってんだよ!極悪人だ!間違いなくな!」
「少なくとも今オレにはあんたの方がよっぽど悪者に見えるぜ!」
「んだとぉ!?大体マジで誰なんだよてめえは!?いきなり出てきて邪魔してんじゃねえぞチビ!」
「勇者メルトだっ!いきなり降ってきたのはそっちだろ!」
「勇者ぁ!?ふざけてんのかてめえ!」
突然始まった激しい言い合いの中に。
「まあ待てよメルト」
とカガリが割って入る。
「カガリ……」
「ガチで四鎋戦犯なら確かにとんでもねえ犯罪者だ。今すぐにでも殺したほうがいいくらいのな」
「ほら見ろバーカ!チビ!」
不満げに口を尖らせるメルトに、舌を出して煽り散らかすハク。
「けど、あくまでソイツは人間だ。地上を攻めてきた魔族なら殺そうが何しようが何のお咎めもねえが……人間は別だ。どんなクソ野郎にでも人権ってのがある。勿論相手に襲われた上で反撃するなら正当防衛だが、今はそうじゃねえだろ」
「はあ!?馬鹿お前、四鎋がどんだけヤベえか分かってねえのか!?つうか元々殺せないから仕方なく封印されてただけだろ!?殺せるなら殺すべきだぜ!」
手を広げて訴えるハクに、カガリは大きく溜め息を溢し。
「……まああんたの言うことも一理あるし、あんたなら殺れちまうんだろうが……今は取り敢えず拘束して本部の指示を仰ぐのが妥当だろ。それとも何か?ただ戦いたいからそうやって駄々捏ねてんのか?」
眉間に皺を寄せ、睨め付ける。
ハクの表情が一瞬固まり、その後ぎこちない笑みを浮かべる。
「そ、そんなわけねえだろ。俺はあくまで連盟の一員としてだな……」
「図星かよ。相変わらずだなあんた……」
カガリは冷ややかに一瞥してから、次にリントの方へ目線を移した。
「それに今は、あんたの力が必要だ。殺されちゃ困る」
「え……私……?」
カガリが見ていたのはリントではなく、その奥の女だった。
「あたしらは罠に嵌められて魔獄に堕とされたんだ。地上に戻るには魔人に門を開いてもらわなくちゃならねえ」
「罠だぁ?何やってんだお前……」
とハク。
「うるせえよ!つうかあんたこそなんでここにいんだよ!」
「連れてこられたんだよ、マウトのヤツにな」
「マウト!?」
思いがけない名前が出てカガリたちは驚愕する。
「聞いてるぜ。アイツらと戦ったんだろ?俺らは地上で敵の幹部たちと戦ってヤベえところを、マウトに助けられた。そんで同盟みてえなのを結んだんだが、俺らは随分消耗してたから、マウトの屋敷で休んでたんだよ。そしたらアイツら、俺ら残して地上に出たっきり全然戻ってこなくてよ……」
ハクは不満げに肩をすくめる。
「ンフフ……要するに、キミたちも閉じ込められてたわけだね」
とクツミカ。
小さく舌打ちをしつついじけたように顔を背けたハクに代わって、レヘンが続ける。
「ま、そういうこと!それから上にいたライザーの魔力が無くなったと思ったら、今度は下の方にカガリさんの魔力が現れてね、気になるから降りてみようってことになって、その途中であのリントたちと鉢合わせたんだ」
「ほえ〜、ラッキーだったねぇ!魔人がいれば出られるんでしょ!?」
嬉々とした笑みを浮かべるアダー。
女は自身へ集まる視線に困惑しながら、リントの顔色を窺う。
リントがこくりと頷くと、女も応えるように頷き。
「分かったわ。地上へ案内する」
緊張した面持ちでそう言った。
が、次の瞬間。
女の立っていた足場が崩壊したかと思うと、マグマの中から巨大なイカのような魔獣が現れ、女を触手で捕らえた。
「ぎゃああああ!!出たああああ!!」
アダーは悲鳴を上げる。
見える部分だけでも三十メートルをゆうに超える巨体だ。
リントは即座に鉄線で触手を斬り落としつつ女を確保し、落下は免れたが。
「ぐ……!」
直前までマグマに浸かっていたため触手も高熱を纏っており、女の胴体は焼け爛れていた。
「まずいぜこりゃあ……」
カガリは周囲を見渡して言う。
気付けば数十体の魔獣がマグマから姿を現し、足場を取り囲んでいた。
強力な魔力が一箇所に集まったことで魔獣たちに気付かれたのだろう。
「くそっ!全然接近に気付かなかった!なんで……!」
と狼狽するメルトに、カガリが答える。
「たぶん魔獣どもの魔力が、この大気に満ちてる魔力とほぼ同じもんだからだ……!完全に紛れ込んでやがった……!」
「ああ。それにコイツら雑魚じゃねえぜ。マグマに浸かって平然としてるってこたあ、多少なりとも炎耐性まで持ってやがる」
真剣な表情で言いながらハクは白い紅蓮拳を灯す。
「この大きさじゃ超能力で押し潰すのも一苦労だね」
レヘンは相変わらずの笑みを浮かべているものの、即座に両手のひらを魔獣たちへ向け、強く警戒していることが分かる。
直後、岩の巨人のごとき魔獣が高く突き上げた左腕を振り下ろした。
「"激烈紅蓮拳"っ!!」
カガリはそれを真っ向から迎え撃ち、魔獣の腕を粉砕する。
しかし魔獣は怯まず右腕で再び襲い掛かる。
「"爆薬魔拳"っ!!」
と、今度はメルトが膨張した拳で魔獣の腕を弾き飛ばした。
両腕を弾かれた魔獣は尚も諦めず、そのまま倒れ込むようにヘッドバットを繰り出す。
二人は辛うじてかわすが、激突した衝撃で足場が崩壊する。
「くそっ!このままじゃ足場が保たねえ!」
メルトやレヘンのようにほとんど力を消耗せず飛べる者はともかく、魔力消費の激しい紅蓮拳で飛ぶカガリたちやそもそも飛べないアダーたちにとっては死活問題である。
「速攻で片付けりゃあいいだけだと言いてえところだが……そう簡単にゃいかねえか」
ハクの頬を一筋の汗が伝い落ちる。
カガリたちが巨人型を迎撃したのと同時に他の魔獣たちも攻撃を開始し、ハクはそれを撃ち落としたのだが。
「……俺の紅蓮拳をくらっても生きてやがる……こりゃただの魔獣と思わねえ方がいいな」
ハクの前に立ちはだかる巨大な獣型の魔獣は頭部の半分を失いながらも平然と立ち上がっていた。
レヘンも先程のセリフ通りにバリアで魔獣を包み込み圧縮しようとしていたが、バリアの方が先に砕け散ってしまう。
さらに別の魔獣が複数体同時に攻撃を仕掛け。
──"紅蓮白壁"!
ハクが巨大な炎の壁を作り出してそれを防ぐが、また別の方向から鳥型魔獣が途轍もないスピードで飛来する。
二十メートルを超える巨大な翼にはマグマを纏い、通過した跡に撒き散らしていく。
もしも地上の町に現れれば一瞬のうちに災害級の被害を生み出すだろう。
その頭部に、クツミカが竜憑依状態となって飛び掛かった。
「がァッ!!」
と吠えながら魔獣の脳天に両拳を叩きつけると、強い衝撃によって魔獣の飛行速度は一気に減速し、フラフラと目標を逸れて別の魔獣に激突する。
クツミカの方も魔獣との衝突で弾き飛ばされ、地面に叩きつけられ大きなダメージを負った。
しかし魔獣たちは大したダメージを負っておらず、すぐに立て直して再び向かってくる。
「やれやれ……なんてタフさだ……」
クツミカは口元から溢れた血を拭いつつ何とか起き上がる。
「大丈夫!?クツミカくん!」
と心配し駆け寄るアダーの背後から、また別の魔獣が迫っていた。
咄嗟にヴェルミリアがアダーを庇うようにその前へ出ると、体を鋼鉄のドームのように変化させて魔獣の爪を弾いた。
「わ、ありがとヴェルちゃん!」
「礼には及びません。それより早く離れてください。死にますよ」
「ほえっ!?」
一撃は防いだものの魔獣は続けて何度も爪を打ちつける。
ドームそのものは壊れずともそれを支える土台の方が容易く砕け、二人の足場が沈み込んでいた。
「この〜っ!女の子に向かってそんな容赦ない攻撃しちゃだめだぞっ!」
アダーは夢想の絵筆のコピペ機能で四つの巨大レーザー砲もとい"スーパーアダーちゃんキャノン"を出すと、一斉に撃ち放つ。
凄まじい威力のレーザーが魔獣の片腕を焼き切り、体には三つの風穴を開けたが。
「へ!?まだ動けるの!?」
魔獣は壊れた機械のように震えながらも立ち上がる。
「激烈紅蓮拳!!」
その腹部にカガリがトドメの一撃を叩き込んだ。
魔獣の巨体が吹き飛んでマグマの中へ真っ逆様に落ちると、そのまま上がってくることはなかった。
「……これだけやってようやく一体かよ……個体差はあれどコイツら全員、B2クラスだ……!気ぃ抜いたら一瞬で殺されるぞ!」
カガリの顔色にも焦りが見える。
そんなカガリの背後から次なる巨人型魔獣が飛び掛かり、それをレヘンのバリアが受け止める。
カガリも気付いていなかったわけではなく、すでに反撃の紅蓮拳を構えていた。
レヘンがバリアを解くと同時にカガリは地面を蹴り、魔獣の顔面へ烈火の拳を叩き込む。
魔獣は大きく仰け反り、そのまま後ろにいた数体も巻き込みながら倒れてマグマに落ちたが。
「クソッ、いちいち硬えな……!」
やはりその程度では致命傷にはならず、すぐに起き上がってきた。
一方で、一人淡々と魔獣を粉砕していたのはハクだ。
すでに討伐数は三体目に差し掛かる。
「……凄い……第五階層の魔獣を単独で倒せるなんて……」
リントに抱えられている女魔人は火傷に苦しみながらも、その光景に驚愕していた。
「ああ、降参して正解だったようだ」
リントも同じくハクの強さに圧倒されている。
人数など関係なく、ハクに目を付けられた時点で勝ち目など無かったと悟ったのだ。
「しかし……下へ行くほど強くなるとは言っていたが、まさか最下層がこれほどとはな。第四階層の魔獣が可愛く見える」
「ええ……私もここへは初めて来たけれど……本当にこんなレベルの魔獣が……当たり前にいるのね……」
「魔人たちは何故これほどの戦力を放置しているんだ?上にはいなかったろう?」
「……一応、いるにはいる……十体程度……ただ、大きすぎて上へ連れていくのが難しい上に……そもそも幹部クラスですら操りきれない……それくらい強いのよ……辛うじて配下に加えられたのがそれだけだったの……」
「ふむ、なるほど。この魔獣たち全てが本当にB2と同等なのだとしたら、それも当然か」
天域で数十人もの天使を戦闘不能に追い込んだドラゴン型の魔獣が恐らくその内の一体だろう。
この第五階層においては魔人と魔獣の力関係は完全に逆転するのだ。
「まあB2は魔獣でも特に異質だし……一概に同じ強さとまでは言えないけれど……魔力量だけは確かにB2と遜色ないわ……」
──凄え……。
と、ハクの戦いに圧倒され目を奪われている者がもう一人。
メルトだ。
──紅蓮拳での飛行……敵の弱点を見抜いて、最大威力を最低限の魔力で、的確に当てる……!
──今のオレが目指すべき理想的な動きだ……紅蓮拳がないオレじゃ流石にあのパワーは出ないけど、完璧にあの動きを再現できりゃ、今の何倍も強くなれる……!
メルトはハクの動きを観察し、学習する。
無論じっと見ているだけでは周囲の魔獣の餌食になってしまうため、魔力推進で攻撃をかわしながらである。
「!!」
と、背後から来る巨人型魔獣の攻撃を感じ取って最低限の動きでかわすと、そのままハクの動きの再現を試みるが。
「おわぁっ!」
スピードを出しすぎたのか制御が効かず、メルトは魔獣と正面衝突して吹っ飛ばされる。
風船の体のお陰で地面に叩きつけられても死にはしないものの、ダメージは小さくはなかった。
「いつつ……──っと!危ねえ!」
魔獣の追撃をギリギリで飛び上がってかわしつつ、腰に差した起牙丸を抜いて構える。
「よし!やってみるか!」
メルトは楽しげに笑い、再び魔獣に一直線に向かっていった。




