八十八章 †硬き体†
† † †
天域の結界が解けるまで、およそ一時間。
現在午後四時を回り、空がうっすらと赤く焼け始めたクロム王国・首都ヴァンプシティでは、数十分前に再び魔族の侵攻が始まっていた。
今朝仕掛けられた第二次侵攻のような千人規模ではなく、三十人程度の魔人が数百体の魔獣を従える、他の都市と変わらない規模の攻撃だ。
が、この侵攻は三度目ではない。
魔獄軍は一、二時間に一度のペースで同規模の侵攻を繰り返し仕掛けていたのだ。
日が出ている間に絶えず仕掛けられる攻撃は、日光を苦手とするヴァンプ族にとっては効果抜群だった。
日光を浴びながらも活動を続けられるのは、シナンの末裔──"夜の騎士団"くらいのもので、その騎士団にしても、身体能力や再生力、変身速度などあらゆる能力が大幅にダウンする。
そんな中、最前線で戦い続けているのは、勇者メルトの一行だ。
「はああああっ!!"爆薬魔拳"!!」
メルトは巨大に膨張させた拳で一人の魔人を叩き潰す。
「大丈夫かメルト。もう三時間以上戦いっぱなしだろ。少し休め」
とそこへカガリが声を掛けた。
「へへっ、カガリが言うか?それ。オレ以上に休めてねえだろ」
「ホントだよ〜。カガリちゃんってばメルトくんにいいとこ見せようとしすぎ〜」
「うっせえアダー!別にいいとこ見せようとしてるわけじゃねえよ!他のヤツらが踏ん張ってんのに、連盟最強のあたしが早々に休んでられるかってんだ!」
揶揄うアダーに強く反論しつつ、カガリは再び魔族の方へと踏み出す。
「アダー、オレらも行くぞ!カガリに負けてられねえ!」
メルトはカガリの戦いっぷりに当てられたのか、さらに闘気を燃やして突っ込んでいく。
「プププ、もっちろん!あ、でも魔人相手は疲れるからお願いね〜。雑魚は片しとくからさ〜」
アダーはあくまでもマイペースに、"夢想の絵筆"でレーザー銃のようなものを作り出し、魔獣たちを凄まじい勢いで撃ち殺していった。
一方クツミカとハルクスは、少し離れた場所で別の魔族集団と戦闘していた。
「ふぅ……まったく、懲りない連中ね」
「ああ。今朝のパペティアクラスならともかく、この程度の魔人をいくら寄越したところで、僕たちを殺せるわけないのに」
二人は呆れたように首を傾げて言う。
そこへ。
「ヴァハハハハハハハ!!」
上空から男の笑い声が響いた。
数秒後、その声の主がビルの上から飛び降りてきて、ちょうどその着地点で戦っていた夜の騎士団の一人を、魔獣諸共踏み潰しながら着地した。
「面白え冗談言うじゃねえか!随分と息が上がってるように見えるのは俺の気のせいか!?」
その魔人は余裕の笑みを浮かべて言う。
ツーブロックのモヒカンを逆立てた筋骨隆々の大男で、鋭い三白眼と、開いた胸元から覗く蛇の刺青が特徴的だ。
この男の言う通り、クツミカもハルクスもカガリたちと同じく、数時間に渡って戦い続けたことでかなりの体力を消費していたが。
「うふふ、気のせいよ……♪」
二人は消耗を悟らせまいと余裕を演じる。
しかし男にはその演技も筒抜けなのだろう、ニヤリと口角を上げ鼻で笑う。
「……それにしてもアナタ、なかなか良い筋肉してるじゃない♪」
「それにその刺青……ニュースに映ってた幹部格のものに似ているね」
二人の言葉に、男は意外そうに口を開く。
「何だよ、観察眼は悪くねえじゃねえか。七十点くれてやるよ」
そう言って男はジャケットをめくり、黒い蛇の刺青を見せつけた。
「その幹部格ってのは"七落閻"のバレットのことだろ?同じ刺青で間違いねえぜ」
「なるほど。つまりキミは彼の部下か?」
「部下ねえ……ま、昨日まではな。五十点ってとこだ。だがヤツは死んだぜ、さんざっぱら馬鹿にしてた人間に負けてな。ククッ……まったく、哀れな最期だ」
男の言葉は誤りであるが──バレットが全てを出し尽くし満足して死んでいったことなど、誰にも知る由もない。
「その様子じゃあ、彼に影響されたというわけじゃなさそうだね」
「当然だ!零点だぜそりゃあ」
「"ドレッドノートの証"……と言ったところかしら」
ハルクスの言葉に、男の眉がぴくりと動いた。
「ピレッタちゃんたちの仲間を殺したあのバレットって男、シュウ・ドレッドノートの末裔なんでしょう?」
そう言うハルクスの表情から、いつもの笑みは消えていた。
今朝の魔人に十勇シュウの名を出された際に見せた、真剣な表情だ。
「ヴァハハハハッ!正解!百点だ!」
男が笑うと同時に、ハルクスが仕掛ける。
まるで竜人のごときスピードで男の目の前へ接近し、その腹部へと力任せに拳を叩き込む。
が。
「効かねえなぁ……十点ってとこだ」
「!」
男は微動だにしていなかった。
ダメージを負うどころか後退りすらすることなく、むしろハルクスの拳の方が内出血を起こして赤みを帯びている。
「ヴァハハハハ!何を驚いてやがる?俺はハーデスト!!てめえの想像通り、シュウの末裔だ!この鋼の肉体はどんな攻撃も弾き返す!」
上機嫌に名乗りを上げる男──ハーデストに、クツミカもハルクスに続いて接近すると、竜憑依により鋭く伸びた爪で斬り掛かった。
しかし、やはりその体は傷一つ付かない。
「硬い……!鋼の肉体と魔力防壁が合わさっているのか……」
と、クツミカは飛び退いて少し距離を取りつつ分析する。
「八十五点だな。確かにそれもあるが、俺の肉体は生まれつき他のシュウの末裔よりさらに一段硬えのさ!」
ハーデストは言い、自分の上腕二頭筋をカンカンと叩いてその硬さをアピールした。
直後、二発の銃声が響く。
「あ?」
とハーデストが振り返ると、先程踏み潰した騎士団員が右手を銃に変化させて銃口を向けていた。
少し時間は要したが再生できたようだ。
だが、放たれた弾丸はやはりハーデストの背中を貫くことなく、ひしゃげて落ちる。
「聞いてなかったのか?魔力貫通弾だろうが何だろうが俺には効かねえよ。ソイツは魔力防壁を貫けるだけで、威力はただの銃弾だろ」
言って、振り返りながら回し蹴りを放つ。
「がはっ……!」
蹴りは容易く騎士団員の胴体をへし折り、裂けた腹側部から大量の血と肉片が飛び散った。
「まあ不意打ちを狙った点は悪くねえ、五点くれてやる」
ニヤリと笑って一瞥すると、すぐにクツミカたちへ向き直す。
「やれやれ……これは骨が折れそうだ」
と溜め息を溢すクツミカだが。
「大丈夫よクツミカちゃん。ここは私に任せてちょうだい」
ハルクスはそう言って一歩前に出た。
「……正気かい?恐らく彼もパペティアと同じ……幹部格には届かないまでも、それに近いレベルの力を持っている」
「分かってるわ。でも……"男"には引けない時があるのよ」
「……彼がシュウの末裔だからか」
「ええ」
そう答えるハルクスは真剣な表情で、ハーデストをじっと見据えていた。
表情から覚悟を感じ取ったのか、クツミカは肩をすくめて言う。
「やれやれ……分かったよ。ただし死にそうになってたらすぐ助けに入るからね」
「ありがとう」
心配げに視線を残しつつ、クツミカは他の魔族の方へと走った。
その場に残された屈強な巨漢二人は、仁王立ちで睨み合う。
仕掛けるタイミングを見計らっているのだろう。
が、突然ハーデストはその緊張を破って大きな溜め息を吐いた。
「……零点だぜその判断は。今の話からしてシュウと何かしらの因縁があるみてえだが……分かってるはずだぜ、てめえ一人じゃ戦いにもならねえことくらい」
言って、落胆したように眉を顰める。
「うふふ……私の筋肉はアナタ程度に採点されるほど柔な育て方してないのよ」
「筋肉の話なんざしてねえよ」
「あら、じゃあ何の話かしら?関係ない話をする暇があったら、さっさと始めましょう」
「……それもそうだ。こういう馬鹿は拳で分からせるに限る」
と、二人は重厚な足取りで一歩一歩距離を詰めていく。
そのまま腕を伸ばせばお互いに手が届くというところまで近付くと。
二人同時に拳を振り被り、そして同時にお互いの分厚い胸板を突き合った。
一方的に弾き飛ばされたのは、ハーデストだった。
「な……!?」
驚愕し顔を歪めるハーデスト。
「うふふ……何を驚いてるの?」
「てめえ……!何者だ!?」
恐らく、魔族側にハルクスの情報は無かった。
正確には情報はあるが、特別着目していなかった。
魔獄でも有名な"烈焔のカガリ"を始め、ラニョーサの町を一人で守り抜いたアダー、"竜憑共鳴"で戦況をひっくり返す力を持つ竜人クツミカ。
そして魔人が最も警戒すべき魔力貫通弾を、際限なく作り出し撃つことのできるシナンの末裔たち。
そんな中で、ただ"人間にしては筋力が高い"だけの男の情報を、わざわざ共有する価値など無いと考えるのは至極当然の流れだった。
「知らないなら教えてあげる……私はハルクス・ジェン・フードラッド!世界一の、筋肉アイドルよ!」




