八十六章 †暴れし二人†
† † †
時は経過し──天域の結界が消えるまで、残りおよそ五時間。
世界中に現れ続ける魔族と人類の戦いは未だ止むことはない。
魔力貫通弾が世界各地へ支給され、一方的だった戦いは僅かに盛り返したかに思われたが、やはりそれでも戦力差は大きく、人類が窮地を脱するには至っていない。
「うっし!がっつり休んで魔力全快だぜ!お前はどうだ?レヘン」
「もう大丈夫。いつでもいけるよ、ハクさん」
魔獄・第二階層のマウト邸で休んでいたハクとレヘンは、屋敷の外へ出て体を解していた。
「アイツら、なんか気付いたら魔法学園と手ぇ組んでやがるし……俺らにも教えといて欲しかったぜ」
ハクは拗ねたように言う。
マウトが屋敷に置いていた水晶には地上に出たマウトたちの様子が常に映し出されており、それを使ってハクたちは現状を把握したのだ。
「まあまあ。そのお陰でボクたちもこっちで自由にやれるんだからさ」
とレヘンはハクの腕に軽く触れ、次の瞬間。
二人は第一階層の、魔獄軍たちが集まる巨大な平野に瞬間移動した。
「ああ、そうだな。暴れてやろうぜ、レヘン!」
ハクは目の前の途轍もない大群を見て、獲物を前にした猛獣のごとき顔つきに変わる。
「うん!」
とレヘンは相変わらずいつもの調子だ。
「何だコイツら!?どっから出やがった!?」「コイツら魔人じゃねえぞ!」「侵入者だ!」
隊列のど真ん中に突如として出現した二人に、魔人たちはどよめく。
そして一斉に攻撃を始めようとしたのも束の間、地上の最高戦力とも言える二人の初速はそれを遥かに凌駕し、魔人たちが攻撃を放つ前に次々と屠っていく。
「あれ?ハクさん、紅蓮拳使わないの?」
超能力で数十人の魔人たちを一箇所に集めて圧殺しながら、レヘンはハクへ問い掛ける。
「おう。雑魚は魔拳で充分だ」
と、ハクは魔力を込めた通常の拳で魔人を殴り倒していく。
──バレットとの戦いも、最初からそこそこ消費した状態で戦ってたからな……あん時は向こうも片腕だったから拮抗したが、バレットよりもっとヤベえライザーと戦うなら魔力は極限まで温存しときてえ。
そんな思惑を抱きつつ、数百メートル先に聳える祭壇の上に佇む巨大な影を見据えるハク。
「どこを見ている?ライザーにでも挑むつもりか?」
女の声とともに横から繰り出された剣の刃を、ハクは白刃取りで受け止めた。
「おう、そのつもりだぜ」
ハクの解答に、剣の主であるダークファイアは怪訝な顔をする。
正確にはその剣はダークファイアが自身の右腕を変化させたものだった。
「ハクさん!その人、ボクとゲンマさんが戦った幹部の人だよ!」
少し離れたところで数十人の魔人たちを吹き飛ばしながら、ダークファイアに気付いたレヘンが叫ぶ。
「くくっ、だろうな。明らかに雑兵クラスとはレベルが違え。こっちも本気で行くしかねえな!」
ハクは両拳に白炎を纏った。
それを見たダークファイアは右腕を元に戻し、迎え撃つように拳を構え。
「フン、片腕のバレットを倒した程度でこの私に勝てると思うか」
「どうかな!確かめてみたらどうだ、ダークファイアさんよ!」
次の瞬間、ハクの放つ白い紅蓮拳と、ダークファイアの拳が激突する。
およそ人間同士の拳から出るとは思えない金属音が鳴り響く。
「っ……!かってえな……!下手すりゃバレット以上だ……!どうなってんだよその拳……」
苦笑いを浮かべるハク。
ダークファイアの拳は青く金属質に変化していた。
「くらって確かめてみたらどうだ?」
とダークファイアは背に生やした翼を数百の触手に変え、その先端には拳と同じ金属の針を生やす。
即座にハクは白炎を放射状に放ち、ダークファイアごと吹き飛ばした。
「チッ、やはり戦り難いな、レッカ・ヒノワの末裔……」
触手を翼に戻し、空中で翻って体勢を立て直すダークファイア。
一呼吸置く暇も与えずハクはジェット噴射で接近し、その顔面を殴り飛ばす。
だが頭部が吹き飛ばされる程度はダークファイアにとって大したダメージではない。
その場に残った体は、全身を数百もの鎖に変えてハクを捕縛しに掛かる。
さらに吹き飛んだ頭部は空中で手裏剣のような刃物に変身し、そのままUターンしてハクへと襲い掛かった。
──たぶんアイツが変身した金属……オリハルコンだ。四鎋戦犯リントの特殊な変身能力……話にゃ聞いてたが、確かにありゃ殴って壊せるようなもんじゃなさそうだ……。
──そんでこの鎖もオリハルコン製……捕まったら終わりだ……!
ハクは冷静に分析しつつ、次々と伸びてくる鎖をかわす。
ジェット噴射で飛び回っていたが魔力の消費を案じたのか、着地して地上でのチェイスに移行した。
背後に鎖と手裏剣を引き連れたまま、魔人の隊列の中へと突っ込むと。
「ぐあっ!」「な、何だぁ!?」
ハクの周囲の魔人たちは鎖に巻き込まれ、手裏剣に斬り裂かれて、次々薙ぎ倒されていく。
「オイオイ、容赦ねえな……」
後ろから聞こえてくる悲鳴にハクは顔を引き攣らせるが、ダークファイアは攻撃の手を緩めない。
追ってくる鎖に意識を向けながら高速で駆け抜けるハクだったが、突如高く真上へと跳躍する。
前方から挟み撃ちの形で、攻撃が仕掛けられるのを察知したからだ。
「へえ、よくかわしましたね」
その蹴りを放った魔人はB2だった。
「また幹部格……魔力からして、ダークファイアと同等ってとこか」
ハクは紅蓮拳で空中制御しつつ、上空からB2の姿を確認する。
「誰が同等だゴルァ!!」
とB2の取り繕った敬語は一瞬で外れ、怒号を上げながら地面を蹴って空中のハクに飛び掛かった。
が。
「むぐっ!?」
B2の体はハクに届く前に、見えない何かにはたき落とされたかのように、がくりと落下した。
地面に衝突して地割れを起こしながら、そのまま大の字に張り付けられる。
「クソッ……あのガキか……!」
B2は張り付けられたまま眼球をギロリと動かし、こちらへ手のひらを向けているレヘンの姿を捉えた。
「レヘン!」
「いいでしょ?一対一なら手を出す気はなかったけど、一対二なら話は別だよ」
「おう、ソイツは譲ってやるよ!」
レヘンとハクはそんなやり取りをしてから、ハクはダークファイアに、レヘンはB2に、それぞれ向き直す。
「舐めんじゃねえええ!!」
B2は吠え、力尽くで立ち上がった。
かと思えば一瞬で超能力から抜け出し、レヘン本体へと飛び掛かる。
レヘンは驚きつつもB2の突き出した右手をバリアで防ぐと、さらにB2をそのバリアで球形に包み込み、圧縮していく。
まともな相手ならこれで決着となるところだが、B2は咄嗟に手脚を縮めて体を丸め。
「こんなもの……効くかあああっ!!」
と両手脚を一気に開放する事で無理矢理バリアを破壊した。
「わ、ホントに強いなこの人……!」
レヘンがそう言い終える頃にはすでにB2は至近距離まで近付き、拳を振りかぶっていた。
そこから放たれた拳は、レヘンが常時張り続けていたであろうバリアを一撃で貫通する。
が、ギリギリのところでレヘンはいつものごとく瞬間移動で数百メートル後方へと退避した。
──思った以上だな、あのチビ……レヘンのバリアはそう易々と壊せるもんじゃねえぞ。
ハクはダークファイアの鎖をかわしつつ、B2の動きを目で追っていた。
もしもB2が本当にダークファイアと互角の実力ならば、ゲンマと二人掛かりでもダークファイアと互角だったレヘンが敵うはずはない。
いつでも助けに入れるようにと考えているのだろう。
「安心しろ。武器の無いB2は私よりも弱い」
ハクの意識が自分よりB2へ向いていることに気付いたダークファイアが後ろから声を掛ける。
と同時に、鎖を全て細かな針に変えて射出した。
ハクは紅蓮拳の白炎を波紋のように全方位へ拡散──カガリの言うところの"波濤紅蓮拳"を放ち、針を吹き飛ばす。
だがオリハルコンの強度と魔力による推進力が合わさった無数の針を、全て撃ち落とすには至らない。
炎の波を貫通してハクを蜂の巣にしたかに見えたが。
「あっぶねえ!」
とハクは跳躍して針をかわしていた。
そしてそうすることもダークファイアは読んでいた。
「!!」
ハクの跳び上がった上空にも、オリハルコンの針が先回りしていたのだ。
咄嗟にジェット噴射でかわすが、数本がハクの背を捕らえ、そのまま腹まで貫通する。
「ぐっ……!やるじゃねえか……だが……」
言いながら、ハクは魔力によって即座に傷を再生し。
「コイツはもうくらわねえ」
と右手に掴んだ針を見せた。
針が自身の胴体を貫通した瞬間に掴み取っていたのだろう。
そして針は突然光を放ちながら、どろりと溶け、さらには蒸発していった。
「馬鹿な……!」
「五千度ってとこか。いくら伝説上の金属だろうが、耐熱性能には限界がある。実際オリハルコンの剣だの鎖だのをあんた自身が作ってんだ。それが形作れるってこたあ少なくとも加工可能な物質ではあるわけだろ?」
ハクは得意げに言いながら、ダークファイアがさらに射出する針を全て自身に届く前に蒸発させていく。
五千度とは言ったが、恐らくさらに拳の温度は上昇し続けているのだろう。
「ぐあああああっ!!」「ひいいっ!何だこれ!体がッ!」
その途轍もない熱により気温も一気に上昇し、魔族たちの体までも発火させ、周囲は火の海と化した。
それでも攻撃の手を休めないダークファイアだが、やはり針は悉く届かない。
「くくっ、無茶すんなよダークファイア。ほぼ無敵のシナンの末裔でも、気体になっちまったもんは元には戻せねえ。それくらいは知ってんだぜ」
すると。
──針では届かないか……ならば……。
とダークファイアはバラバラに分離していた自身の体を一箇所に集め、変身を解き。
──蒸発しきれぬほどに体積を増やすまでだ!
両翼を巨大な剣へと変えた。
だがその剣で攻撃する前に、ハクは距離を詰め。
──"激烈紅蓮拳"!!
ダークファイアの顔面に拳を打ち付けるとともに、高熱で頭部を消し飛ばした。
それでも殺しきれてはおらず、とは言え勝ち目が無いと悟ったのか、残った体は蜘蛛の子を散らすように分裂しネズミとなって魔人の隊列の足元へと紛れて逃げる。
「逃がすかよ!」
とハクは白炎を蛇のように伸ばしてネズミを追跡した。
蛇に飲まれたネズミは一瞬にして灰となって消えていく。
無論魔人たちも巻き込まれて次々と倒れていく。
「あと三匹……二匹……一ぴ──」
残り一匹というところで、ハクは突然明後日の方向へと顔を向けた。
その方向──数百メートル先の祭壇から轟音を上げて跳躍し、ハクの上空に接近してきたのは。
「ライザー……!!」




