八十四章 †堕とされし男†
† † †
現在。
「──こうしてルルナは狂魔症による暴走を克服し、我が家に正式に迎え入れられることになった」
星船の中で、アランはルルナについての全てを話した。
「ルルナちゃん……いつも帽子被ってるなあとは思ってたけど、まさかあの下にツノが生えてたなんて……」
ミシュリーは驚きを隠せない様子で聞いていた。
「ああ、残念ながら魔人化に関してはまだ治す方法は見つかっていない……だが今はそれよりも、この"魔力連結"だ!」
と、アランは右袖を捲り上げ、腕に刻まれた青い紋章を見せる。
「この連結の効果範囲は、ムレファさんによればおよそ千キロメートル!それ以上離れれば連結は解除されてしまう!そうなればいつまた暴走するか分からない……!」
「もう二千キロは離れちゃってるけど……」
イラルギが気まずそうに言うと。
「今すぐ引き返すんだ!!」
アランは半ば怒鳴り声のような声を出しながら詰め寄った。
「そうしてあげたいのは山々なんだけどねえ……周り見てよ」
「……?」
壁面に映し出された外の景色を見回す。
アランがルルナについて語っている間に星船はすでに都市部に到着しており、そしてその都市部は戦場と化していた。
地上と上空には数千の魔獣が駆け巡り、それを操る魔人の一人はこの星船に気付いて警戒しているようだ。
「ヒーローなんでしょ、君。ここを見捨てるって言うのかい?」
イラルギは困ったように後頭部を掻きながら言った。
「くっ……」
とアランは言葉に詰まる。
すると突然、壁面から廊下に繋がる穴が開き。
「イラルギさん、出るよ。降ろして」
そこから出てきたのは、ピンク髪の天使ピレッタだった。
船内の別の部屋で休んでいたのだろう。
「私も出ます」
「あたしも行くわ」
とミシュリー、次いでリオも立ち上がる。
「……任せていいかい?」
イラルギが三人の顔を窺いつつ尋ねると。
「うん!」「ええ」「ま、なんとかなるでしょ」
三人はそれぞれ頷く。
「ありがと、それじゃ降ろすよ」
イラルギが言うと同時に三人の足元から光が放たれ、同時に星船の底面からも地上へと一筋の光が落ちる。
アランは何が起きているのか分からなかったが、それでもイラルギの意図は察したようだ。
「すまない!ありがとう!恩に着る!」
と四人に向かって頭を下げた。
「別にあんた一人いなくたって大した戦力ダウンでもないしね。さっさとそのルルナって子んとこ行って、大人しく自分の町だけ守ってりゃいいのよ、"ご当地ヒーロー"」
光に包まれながら、揶揄うようにリオは言い、ミシュリーも笑って頷く。
話を聞いていなかったピレッタだけは、きょとんと首を傾げていたが。
次の瞬間、三人は船内から消え、地上の光の中へと降り立った。
「さ、引き返すよ」
とイラルギが言うと、星船はその場でくるりと向きを変え──と言っても外から見ればただの光る円盤で、どちらが前かなど分かりはしないのだが──、来た道を辿るかのように再び高速で進み始めた。
「す、凄いスピードだな……」
流れていく外の景色を見てアランは驚く。
「ヘワギスまでは十五分ってところかな」
「二千キロを十五分!?……ということは、まだヘワギスを出てそんなに時間は経ってないのか?それなら──」
「いや、残念ながらもう九時間は経ってる。さっきの国に着く前にもいくつかの都市で戦ってきたからね。君はその間ずっと眠ってたんだ。ま、あの傷じゃあ無理もない」
「……そうか……はっ、そう言えば、バカルタスは……?あの時、俺たちの傍にもう一人少年が倒れていただろう?」
「ああ、彼ならそこにいるよ」
イラルギはアランのすぐ隣を指差す。
そこには先程までのアランと同じように、治癒カプセルに入れられたバカルタスの姿があった。
「良かった……無事だったか……」
と安堵の溜め息を溢すが。
「その子、君より早くダウンしてたはずだよね。怪我はとっくに完治してるはずなんだけど……未だに目を覚まさないってのはちょっと怖いな……」
イラルギは自分の顎を摩りつつ、心配そうに言う。
「……もしかしたら、超能力のせいかもしれない」
「超能力?それって……」
「ああ。十勇アルケスと同じ力を持っているんだ、バカルタスは。俺もその力で強化してもらったからこそ魔族と戦えたが、あれがなければ俺なんて、本当にさっきの彼女が言った通り戦力にはならないだろう」
バカルタスが超能力で行ったのは強化ではなく潜在能力の解放──つまりアラン自身が引き出しきれていない本来の力だったわけだが、アランはまだそれを知らない。
「彼は前に、超能力を使いすぎると脳が疲れると言っていた。見た目には分かりづらいが、かなり大きな負荷が掛かっていたのかもしれない」
「なるほどねえ……」
イラルギは怪訝な顔をしつつ相槌を打つ。
──アルケスの力はとっくに世界から失われてるはず……一体何者なんだ?アランくんも今の口振りからして、何も知らないみたいだし……。
「穏やかじゃないったらないよ、まったく……」
† † †
魔獄・第四階層。
一切の光が届かないこの階層で、ウサギ姿のリントとその案内役の女魔人は休息をとっている。
とその時、ぴくりとリントの耳が動いた。
何らかの気配を感じ取ったのだろう。
「誰だ」
リントは目の前に広がる暗闇に向けて問い掛ける。
が。
「……返事は無しか」
それからリントは体をコウモリへと瞬時に作り変えて飛び上がると、その気配に向けて超音波を放った。
実際のコウモリと同じく、音の反響を感じ取ることで暗闇の状況を把握する。
「魔獣……数は八…… 第一階層や第二階層で見かけたものより明らかに大きい。今の私ではとても太刀打ちできそうにないな」
二人の周囲を囲んでいたのは、十メートルを超えるほどの巨大な魔獣たちだった。
魔獣同士も一枚岩ではないのだろう、互いに牽制し合って一斉に襲ってきはしないが、それでもじりじりと距離を詰めてきている。
「なるほど、確かに下へ行くほど危険になるというのは正しい情報のようだ。起きろ、呑気に寝ている場合じゃないぞ」
リントは膝を抱えて眠る女魔人の頭上に止まると、ぺしぺしと羽で叩いて起こす。
「……ん……何……?あれ……ここ……」
と目を覚ました女は、目を開けても真っ暗なままなことに僅かに動揺しつつ、少し経ってからここが第四階層であることを思い出す。
「寝惚けている暇があったら立て。逃げるぞ」
「え、ええ」
言われて女はすぐに立ちあがると、頭にリントを乗せたまま魔獣のいない方向へと魔力推進で駆け抜けた。
短時間ではあるが睡眠を取ったことで、少しは魔力が回復しているようだ。
しかし。
「速い……振り切れない……!」
魔獣たちの追跡速度は、女の知るそれとは一線を画していた。
──第四階層の魔獣……こんなに強いの……?農場産の強化魔獣と同じか、それ以上……!
カガリをもってして"そこらの魔人以上の強さ"と言わしめた、魔獣農場管理人クラウンが生み出す強化魔獣──それと同等以上の力を有する魔獣を相手に、戦闘タイプでもないこの女魔人が敵うはずもない。
折角回復した魔力も減り、女は徐々に減速し始める。
「速度が落ちているな……このままでは私も君も魔獣の餌だぞ。諦めるな」
「うるさい」
頭上から文句を言ってくるリントに顔を顰めつつ、女は走り続けるが。
「きゃっ……!」
背後から飛び掛かってきたライオンのような魔獣に、背中を爪で切り裂かれ、女は勢いよく転倒した。
さらに他の魔獣たちも追いつき、我先にと牙を剥く。
「やれやれ、こうなっては仕方ない……少し血を貰うぞ」
言って、リントは女の首筋に噛み付いた。
「っ……!」
女は驚いたように目を見開き、そして少しずつその目は虚ろになっていく。
リントが喉を鳴らして血を飲むと同時に、その体は凄まじい速度で再生を始める。
僅か数秒後、リントは本来のウサギ獣人の姿へと回復した。
「寝てて構わない。すぐに終わる」
意識が途絶えていく女にそう声を掛けてから、リントは魔獣たちと対峙する。
直後、その両腕は無数に枝分かれする鉄線へと変わった。
糸のごとく細い鉄線は鋭利な刃と変わらない殺傷力を発揮する──ほんの一瞬で八体全ての魔獣をバラバラに解体した。
だが。
「……やれやれ、前言撤回。すぐには終わらなさそうだ」
周囲にはさらに数十もの魔獣が集まってきていた。
暗闇の中で姿は見えないが、完全に力を取り戻したリントにとってその気配を察知することは造作も無い。
元に戻した腕を再び鉄線に変えて魔獣を斬り裂いていくが、頑丈な甲殻を持った魔獣が混ざっていたのか、鉄線を弾かれる。
「おっと、硬いのがいるな」
と、リントは鉄線の先をオリハルコンに変えて甲殻を貫き、体内に侵入させた鉄線を内側で爆弾に変えた。
魔獣は破裂する。
そのまま流れるように次の魔獣に鉄線を伸ばすが、再び甲殻持ちの魔獣が鉄線を弾く。
同じようにオリハルコンで貫通し、内側から斬り刻む。
しかしさらに甲殻持ちばかりが現れ始め、徐々にただの鉄線だけではまともに戦えなくなった。
いかに硬くともオリハルコンの前に無力なのは変わらない──とは言え、異常は感じていた。
──何だ……?こちらの攻撃に順応しているのか……?だが、この魔獣どもにそんな力も知恵も、あるようには思えない。
──何者かが操っている……?
「待て」
と、その"何者か"が言うとともに、魔獣たちは動きを止めた。
低い男の声だ。
リントはその声の方へ、元に戻した右腕を向け。
「ふむ……言葉が分かるようだな。では今一度訊かせてもらおう。……誰だ?」
目の前に広がる暗闇へと問う。
すると今度は答えが返ってきた。
「何者でもない。千年も昔、戦に敗れて暗闇に堕とされた……ただの魔人だ」




