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八十三章 †救いしヒーロー†

 † † †


 四日後。

「ルルナ……どうして何も言わずに……」

 土砂降りの町の中で、レインコートを着たアランは、項垂れ、立ち尽くしていた。

 魔導士によれば、ルルナはマジポリアから消えた時と同様に、空間を魔力で無理矢理歪めることで異空間へと消えたらしかった。

 その異空間を探し出すことは現在確立されている魔法では難しく、故にこれまでもルルナの居場所を突き止められなかったのだ。

「……クソッ……とにかく今は……探すしかない」

 アランは再び走り出す。

 この四日間、アランは毎日走り回ってルルナを捜し続けていた。

 だが魔導士の説明が事実だとすれば、当然町中を捜したところでルルナが見つかるはずはない。

 そんなアランと。

 黒い傘を差し空色のマントを羽織った、金髪に黒髪の混じった特徴的な髪色のエルフの少年がすれ違う。

 ──エルフ……?珍しいな。観光か……?

 と過ぎりつつも、アランは捜索を続けた。


 一方で、バトビエ孤児院にそのエルフの少年は訪れていた。

「あのー……ここにティーレって女の子がいたって聞いて来たんですけど……」

 少年がインターホンに向かって言うと、しばらくしてアランの母が出てきた。

 ルルナが消えてから碌に眠れていないのだろう、その目の下には大きなクマが出来ている。

「どなた……?ルルナちゃんの知り合い……?」

「ルルナって……そうか、ここではそういう名前なんだっけ……そうです。俺、サイガ・ジャーキスって言います。ティ……ルルナとは幼馴染でした。三年くらい前に魔人化して消えちゃったんですけど……俺、ルルナを見つけるために速攻で魔法勉強して、魔導士になったんです!」

 少年──若きサイガは、現在からは想像もつかないほどの真っ直ぐな瞳で言う。

「そう……でもごめんね……ルルナちゃんはもうここにはいないのよ……魔導士でも見つけ出すのは難しいって、協会の人が……」

 子供を前に取り繕う余裕もなく、アランの母は悲しげに告げた。

 だがサイガはにっと笑い、マントの内から杖を取り出して見せる。

「分かってます!でも、俺がティ……ルルナを見つけるために新しく開発した探知魔法は、完全に閉ざされた異空間を炙り出す!」

「え……?」

 その希望に満ちたサイガの表情に、アランの母は目を見開いた。

「ルルナが消えたのがどんな異空間であれ、結局はこの世界から無理矢理ちぎり取った空間でしかない。つまり、繋がりが完全に断たれたわけじゃないんです。俺の探知魔法"異空検出(アナザーセンス)"はその繋がりを見つけ出す。効果範囲は半径たった百メートルだから、とにかく使いまくるしかないけど……俺は一生掛かってでも世界中くまなく探知して、この世のどっかにあるその繋がりを見つけ出して、ティーレを……ルルナを必ず連れ戻します!」

 そう力強く宣誓するサイガ。

 アランの母は希望を見出したかのように、瞳を潤ませ笑みを浮かべる。

「ふふ……何だかあなたなら、本当にやってしまいそうね」

「はい!それで、手掛かりがないかと思ってここまで来たんですけど……何か無いですか?」

「手掛かり……?そう言われても、あの子、気付いたら消えてたから……」

「アイツの気に入ってた場所とかは?」

「そんなのでいいの?それならたくさんあるわ。どうぞ、入って?お菓子でも食べながら話しましょう」

 と、母は孤児院の中へサイガを招き入れる。

 ルルナが過ごしたこの二ヶ月間の中で気に入っていたものや場所をサイガに思いつく限り紹介し、どんな生活を送っていたのか詳細に話していった。


「ケケッ……アイツ、全然変わんねえな。記憶が無くなっても、やっぱティーレはティーレだ」

 話を聞いたサイガは懐かしむように笑う。

 アランの母はその顔を見て、自分を恥じるような思いに包まれた。

 幼馴染だという彼は、一体どれほどの時間をルルナと共に過ごしたのだろうか。

 たった二ヶ月過ごしただけの自分なんかよりも、サイガは何倍も辛かったに決まっている。

「……どう?役に立ちそうかしら」

 ルルナとの思い出を語り尽くしたアランの母は、こんな情報で良かったのだろうかと心配そうに尋ねるが。

「はい!ありがとうございました!」

 サイガは明るくを返事をした。


「もしまた何かあったら連絡ください!俺もティー……ルルナ見つけたらすぐ連絡するんで!」

 孤児院の玄関先でサイガは言う。

「ええ。気を付けてねサイガくん。行ってらっしゃい」

「行ってらっしゃいって……なんか母ちゃんみたいっすね」

 小さく手を振るアランの母に見送られ、サイガは気恥ずかしそうに頬を掻いた。

「ふふ、あの子の幼馴染なら、私にとっても家族みたいなものよ。あの子が見つかったらまた遊びに来てくれる?」

「勿論!んじゃ、行ってきます!」

 こうしてサイガは再び旅立った。


「──っていうことがあってね」

 夕方、帰ってきたアランに母はサイガのことを話した。

「あの時のエルフの少年……ルルナの関係者だったのか……あの歳で一人旅とは珍しいと思ったが……」

「あら、何よ。アランも会ってたの?」

「いや、町ですれ違っただけだ。だが、そんなことなら声を掛けておけばよかったな」

「ふふふっ、きっとまた会えるわよ。ルルナが見つかったらその時は、三人で、ね」

「ああ……そうだな」

 アランの表情は少しだけ明るくなった。

 サイガの探知魔法によって、僅かだが希望が見えたのだ。

 同時に、自分とそう変わらない歳の子供が全てを懸けてルルナを捜しているという事実にも、奮い立たせられた。


 † † †


 およそ五年後──現在から数えれば三年前。

 アランはすでにヒーロー活動を始めている。

 だがルルナが消えたあの日から、頭の片隅には常にルルナのことを置いていた。

 日々のパトロールでもやはり、初めて出会ったあの日と同じようにルルナがどこかに倒れていやしないかと、町の隅々まで捜し続けた。


 ある日、どんよりとした曇り空の下でパトロール中のことだった。

「……いるわけない……か……」

 と、ルルナを最初に見つけたあの河原の橋上を、アランは自転車で通り過ぎる。

 そんなアランの前に。


「お前がアラン・バトビエか」


 突如、いかにも不健康そうなエルフの女が現れた。

 その女が身に纏う見覚えのある黒いマントに、アランは驚愕しつつ急ブレーキを掛ける。

「魔導士……!?」

「ああ、そうだ。私はムレファ・ベルジェーン」

 その正体は、刻銘(ネームド)魔導士ムレファだった。

 今とほとんど変わらない、地面に引きずりそうなほどに伸ばした髪と目元のクマは、ムレファを知らない者にとっては、どこか威圧的でおぞましい印象を与える。

 アランの目には特撮番組の敵幹部のようにも映ったことだろう。

「……って何だその恰好?」

 と怪訝な顔で訊いたのはムレファの方だった。

 アランお手製のヒーロースーツは、確かに町の中で見るには少しばかり異物感を感じさせる──ムレファの言えた義理ではないが。

「……魔導士が俺に何の用だ?」

 アランはムレファの問いをスルーしつつ自転車を降りると、怪訝な顔で尋ね返す。

 見た目の怪しさだけでも充分警戒に値するだろう──だがそれ以上に、あの日魔導士たちが現れ、魔力や魔人化について聞かされたことが恐らくきっかけとなって、ルルナは姿を消したのだ。

 魔導士に良い印象を持てないのも当然だった。

「この町に魔人の反応があった」

 ムレファはそんな鋭い視線も気にせず、静かに告げる。

「どういうことだ……?魔人がどこかに潜んでるとでも……?」

「そうじゃない。私が開発した"魔人感知機"が魔人の出現を予知したんだ」

 と、ムレファは長い髪を右耳に掛け、耳たぶに着けた四角錐状のイヤリングを見せる。

 その金色の表面には不思議な紋様が彫られ、淡く青い光が明滅している。

「最新の研究で、異空間から魔人が現れる時、必ずその前に微量の魔力が漏れ出すことが分かった。よほど研ぎ澄ましてなければ感じ取れないような、ごく微量の魔力だ。この魔人感知機はそれを感知する。私はこの感知に従ってこの町に来た」

 アランは何となく、ムレファがこれから何を言うのか予感していた。


「ここへ来て確信したよ。これはティーレの魔力だ」


「…………!」

 予感通りだった。

 心臓が大きく跳ね、脈打つ音がアランの鼓膜に響く。

「ティーレとは私も会ったことがある。というか、ティーレが魔人化して姿を消す瞬間に私も立ち会ってたんだ」

 申し訳なさそうに、顔を伏せて言うムレファ。

「子供だと侮っていた。魔法も使えない子供が、魔力の圧だけで閉じた異空間を作り出すなんて、普通はできるはずないんだ……だけど、ティーレは魔人化した者の中でも別格の魔力量だった。その魔力がそれを可能にした……」

 アランにはあのルルナが、魔導士すら恐れるほどの力を持っているなどとは信じ難かった。

 だがムレファの悔しげな表情が、それを事実だと認識させる。

「でも、だからこそ私たちは研究を続けた。サイガが開発した探知魔法を皮切りにして、学園にも"異空間科"が設けられ、研究の深度はさらに増した。同時に、魔人化についても魔導士協会で研究が進められて、色んなことが分かってきてる。もう同じ轍は踏まない──研究の成果を、見せてあげる」

 ムレファはそう話しながら顔を上げる。

 魔人化の研究が進んだのは恐らく、ワルチアで魔人化しレオザークと戦った凶亞狗會(きょうあくかい)のヤクザ──シキトウが協会に連行されたためだろう。

 耳元の魔人感知機の明滅は徐々にペースが上がり、ピピピピ、とアラームが鳴り始めた。

「来るぞ」

 ムレファは一言、警告する。


 次の瞬間。

 橋の下に流れる川が、大渦を巻いて高く跳ね上がった。

 そしてその渦の中心から、ルルナは勢いよく浮上して現れる。

「ルルナ!!」

 思わずアランは叫ぶ。

 空中に飛び上がったルルナはその声に反応して視線を落とし、すぐにアランを捉えると。


「あはっ!!アラン!!あいたかった!!だいすきだよ!!」


 ニタリ、と不気味な笑みを浮かべて叫び放った。

 アランの体を寒気が襲う。

「……ルルナ……本当に……ルルナなのか……!?」

 身長や体つきは大人っぽく成長しているとは言え、かつてのルルナの面影は確かに残っている。

 ただ、そのルルナの凄惨な顔つきだけは、もはやアランの知るルルナのものではなかった。

 その疑問に答えたのは、ムレファだ。

「ああ。あれが本当"の"ルルナだよ。魔人化した者は魔力が昂った時、眠っていた感情が一気に溢れ出す」

「……!」

 アランが驚愕したのも束の間、ルルナは空中からアラン目掛けて飛び込んだ。

 その突撃の威力で橋は崩壊する。

「あれ?」

 と、抱きついたはずのアランが見当たらず、キョロキョロと辺りを見回すルルナ。

 ムレファが"召喚《サモン》"によってアランとともに回避したのだ。

 橋の向こう側に移動したアランたちを見つけたルルナは。

「ちょっとアランー!どうしてにげるの!?」

 怒りを露わにする。

 と同時に周囲に散らばった橋の瓦礫が魔力によって巻き上がり、さらに川の水も巻き込んで巨大な竜巻へと変化していく。

 それを見たアランはすぐに周りを確認し。

「くっ、何だあれは……!みんなを避難させなければ!」

 と市民の命を優先する。

 まさしくヒーローの鑑のような精神だが、ムレファはそのアランの翻したマントを掴んで引き留める。

「慌てるな。来る途中で人払いの結界をすでに張ってある。それにあの子の目当てはお前だ。そのお前が避難誘導なんかしたら、むしろ巻き込みにいくようなもんだぞ」

 確かにその通りだとアランは向き直る。

「……アラン。あれを見ても彼女を救いたいと思うか?」

「当たり前だ」

「はは、即答か。なら、腕を貸せ」

「腕……?」

 理由は分からなかったが、その答えを聞く前にムレファに右腕を差し出すアラン。

 地面をも抉り取りながらどんどん拡大していく竜巻を見て、いちいち全てを訊いている暇は無さそうだと諦めたのだ。

「これから"魔力連結(マジックコネクト)"を施す。ティーレの魔力とお前の魔力を連結させることで暴走を抑える」

「何でもいい、ルルナを助けてやれるのなら!」

 アランの表情から、その覚悟はひしひしと伝わった。

 ムレファがアランの右腕に手をかざすと、そこから鎖を模ったような青い紋章が少しずつ浮かび上がる。

「連結した直後はティーレの魔力が一気にお前の体に流れ込む。相当な衝撃が襲うだろうけど、絶対に意識を失うな。失えば魔力に呑まれて、最悪お前まで魔人化するかもしれない。精神を強く持て」

「分かった」

 とんでもないことを言っている自覚はムレファにもあるのだが、アランは全く動じない。

 衝撃に備えて、ただ拳を強く握り締める。


「なにごちゃごちゃはなしてるの!?そのひとだれ!?ルルナだけみてよっ、アラン!!」


 ルルナは叫ぶ。

 そして突如竜巻が弾けたかと思うと、ルルナが一瞬にしてアランの目の前に接近していた。

 振り被った拳を突き出す──狙いはムレファだ。

「久しぶりだなティーレ。まあ覚えちゃいないか、そんなに話したことがあるわけでもないし」

 ムレファは小さく分厚い"甲空(エアシールド)"を作り出し、拳を防いでいた。

「ほんとにだれ!?アランからはなれてよっ!!アランは、ルルナのなんだからっ!!」

 と再び拳を振り被るルルナ。

 だが。


「すまない、ルルナ……寂しい思いをさせた」


 二撃目が放たれる前に、アランがルルナを強く抱き締めた。

「何してる……!?」

 その動きはムレファにも予想外だった。

「……!!アラン……!?どいて!!そのひところすから!!」

 とルルナは全身から魔力の衝撃波のようなものを放ち、周囲のものを吹き飛ばす。

 散乱した瓦礫は勿論、塀や街灯、ガードレールまでもへし折れ、倒れる。

 が、アランは依然としてルルナを離さなかった。

 本来人間が耐え切れるような衝撃波ではなかったが、ヒーローを志し鍛え続けた肉体と、絶対に離さないという意地が、それを成させたのだ。

「離すものか……俺はお前を助けるぞルルナ……俺は……ヒーローだからな……」

 言って、アランは笑う。

「……!!」

 だがやはり、体はガクガクと震え、限界を迎えようとしていた。

 そして同時に、アランの右腕に施されていた"魔力連結(マジックコネクト)"の紋章が、完全に浮かび上がった。

 連結が完了したのだ。

「まずい……アラン、来るぞ!魔力の奔流が!」

 アランの精神力ならば耐え切れるだろうと確信していたムレファだったが、連結する前にここまでのダメージを負うとは考えていなかった。

「ぐあああああああああっ!!」

 アランの絶叫が響き渡る。

「ア、アラン……!?」

 自分を抱き締めたまま突然苦しみ始めたアランに、ルルナは動揺する。

 やがてアランの全身が激しく痙攣を始め、目の焦点は合わず、鼻と口からは血が垂れ落ちる。

「くっ、やっぱり今の状態でこの膨大な魔力を受け入れるのは無理だ……!一度連結を解いて──」


「大丈夫だ……!」


「!!」

 連結を解除しようとアランに手を伸ばしたムレファを、アランは制止した。

「家族一人守れないで……何がヒーローだ……!!安心しろルルナ……一緒に帰るぞ……俺たちの家に……」

「アラン……!」

 笑い掛けるアランに、ルルナは涙を浮かべる。

 そして壊れ物を扱うかのようにアランを優しく抱き返した。

 だが徐々に、ルルナを強く抱き締めていたアランの腕から力が抜けていく。

 気絶した──わけではなかった。

「……暴走していた魔力が収まった……連結が安定し始めたんだ……!」

 ムレファは言う。

 アランは魔力の衝撃に耐えるため全身を強張らせていたが、その衝撃から解放されたことで弛緩したのだ。

 ──凄い……あんな状態で魔力を耐え切ったのか……。

 ──まったく、レオザークといい、アランといい、本来根性でどうにかできるようなものじゃないんだけどな……魔力を使えない人類の底力には、時々本当に驚かされるよ……。

 ムレファは呆れて溜め息を溢しながらも、その口元は笑っていた。


「アランッ……ルルナ……なんてひどいこと……!ごめん……ごめんねアラン……!」

 正気に戻ったルルナは大粒の涙を流しながら、倒れかけたアランを抱き止める。

「フッ……気にするな……ってこんなボロボロで言っても恰好つかないな……」

 自嘲的な笑みを浮かべるアランに、ルルナはブンブンと首を横に振る。

 アランはルルナの肩を借りて歩き出す。

「さあ、帰ろう……みんなお前を待ってるんだ……」



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