八十二章 †流れ着きし少女†
「ルルナって……アランの妹の?」
アランの出した名前に、ミシュリーはとある少女の顔を思い出す。
「……あの子を一人にしてはダメなんだ……!」
カプセルから抜け出しつつ、アランは言う。
「一人って、家に家族はいるでしょ?」
「そうじゃない!僕が近くにいなきゃダメだってことだ!」
「どうして……?」
困り顔をするミシュリーの問いに、アランは返答に詰まった。
同じくイラルギとリオも不思議そうに首を傾げ、アランに視線を向けている。
「それは……──」
† † †
八年前──ヘワーナ国・首都ヘワギス。
アランがまだヒーロー活動を始める前のことだった。
「フンフンフフフン♪美しき世界が~闇に包まれる時~白き稲妻迸る~♪」
憧れのヒーロー"サンダー仮面"の主題歌らしき歌を口ずさみながら、アランは早朝のランニングを行っていた。
その途中、河原の橋の上を通過した時、ふとその下に何かを発見する。
「ん?何だ?あれは……」
すぐに河原の石階段を降り、駆け寄ると。
「……人間……!?」
そこに倒れていたのは、ボロボロのワンピースを纏った一人の少女だった。
歳は当時十歳のアランとそう変わらず、長い金髪と白い肌、小さく華奢な体、そして誰もが認めるような美貌が特徴的だ。
だが、そんなことが気にならないほどに目立っていたのは、額から突き出た二本の禍々しいツノだった。
「ツノ……!?に……人間じゃない……のか……?」
まるでヒーロー番組に出てくる敵キャラクターのごときその見た目に、アランは驚愕し足をすくませる。
が。
「はあっ……はあっ……!」
「!」
少女は険しい表情で息を荒げていた。
よく見ればその体はずぶ濡れで震えており、恐らく川を流されて打ち上げられたのだろう。
「だ、大丈夫か!待ってろ!すぐに病院に連れていく!」
アランは怯える自分の体を強引に動かし、少女を背負うと、近くの小さな病院へと走った。
数時間後。
「先生、少女の容態は?」
少女を寝かせた病室から出てきた医者の元へ、そのすぐ横のベンチに腰掛けていたアランはすぐさま駆け寄る。
「安静にしていれば大丈夫だよ。体が冷えて高熱が出ていたけど、もう治まってる。それより、気になるのはあのツノだけど……」
「あ、あれ、アクセサリーとかじゃないのか?」
「僕もそう思ったんだけど、どうも違うようだ。あんな症状は見たことがないよ……」
医者は眉間に手を当てて頭を悩ませていた。
現在から見ればその正体が魔人であることは一目瞭然だが、この時魔族の存在は世界連盟によって秘匿されていたため、一般の町医者などには知りようもない。
「……入ってもいいのか?」
「ああ、勿論。彼女の身元が分かるようなものは持ってなかったから、取り敢えず警察を呼んでおいた。それまで傍で見ていてあげてくれると助かるよ」
「分かった。ありがとう先生」
丁寧に頭を下げ、アランが病室に入ると、少女は静かに寝息を立てて眠っていた。
起こさないようにゆっくりと近付き、その寝顔を覗き込む。
──ツノ……やっぱり本物だ……まるでサンダー仮面に出てくる"デス・レディ"のようだが……こんな小さな少女が、そんなに悪いヤツだとは思えないな……。
しばらくそうしてじっと見つめていると。
ぱち、と少女の瞼が開き、数回の瞬きの後、アランと目が合った。
「……あなた……だれ……?」
少女は寝ぼけた様子で尋ねる。
「お……俺はアラン・バトビエ……」
恐る恐る、アランは名乗る。
しかし少女は状況が飲み込めていないのか、きょとんとして小さく首を傾げるだけだ。
「き、君は一体何者なんだ……?一体どうしてあんなところに倒れてた?何か覚えてるか?」
「……わたし……わからない……なにも……おもいだせない……」
少女は不安げに顔を伏せる。
「……!」
──記憶喪失……というヤツか……?
アランは初めて見るその症状に動揺する。
ツノが生えた人間を見るのも、記憶喪失の人間を見るのも、そしてここまで美しい人間を見るのも初めてだった。
謎の胸の高鳴りを感じて怖くなったのか、アランは咄嗟に。
「せ……先生!少女が目を覚ました!」
と医者を呼んだ。
それから医者や警察、アランの両親や、噂を聞きつけた近隣住民も集まり、十数人が病室の外から覗き込む落ち着かない状況の中で、少女の事情聴取が行われた。
急に大人たちに囲まれ、少女は怯えるようにアランの後ろに隠れる。
歳の近いアランには特に警戒心がないのか、アランが大人たちの質問を復唱することで、間接的に事情聴取を進めていった。
しかしやはり少女は記憶を失っているらしく、身元についてもツノについても、結局は何も分からず仕舞いだった。
「どうしましょうかねえ、こんなベッピンさん拾ってきて……」
のほほんとした雰囲気を纏うアランの母は、頬に手を当てて言い。
「まあアランには懐いてるみたいだし、一先ずはうちに来てもらうのがいいんじゃないか?」
ガタイが良く優しげなオーラを纏うアランの父が提案する。
「ああ、それがいい!バトビエさんのとこなら安心だ」
と警察や集まった住民たちも口々に言う。
「……それでいいか?少女」
アランは自身の横にぴたりとくっついて離れない少女に目を合わせ、尋ねる。
少女はよく分かっていない様子できょとんとしつつも、こくりと小さく頷いた。
「決まりだな!」
父は笑い、そして周囲の大人たちもまるで自分のことかのように喜びの笑みを浮かべる。
どこの誰とも分からないツノの生えた不気味な少女だろうと、笑って受け入れる──この優しさこそが、世界一平和な国であるヘワーナ国の国民性なのだろう。
翌朝。
「ようこそ、"バトビエ孤児院"へ!」
アランの実家──白い外壁にオレンジ色の三角屋根が目立つ、小さな孤児院へと少女は案内された。
「と言っても、今は他の子は誰もいないのよ。独り立ちしたり養子に迎えてもらったりして、ちょうどみんなここを去ったばかりで、寂しいなぁって思ってたところなの。勿論それは凄く喜ばしいことだけど……それと同じくらい、あなたが来てくれて嬉しいわ」
アランの母は少女の目線に合わせるようにしゃがみ、慈愛に満ちた笑みを浮かべて言う。
「今日からは君も我が家の一員だ。本当の家族だと思って存分に頼ってくれ」
同じく父もその大きな体をできる限り低くして、親指を立てながら言う。
相変わらず隣にぴたりとくっついている少女の横で、アランは何やら思案顔をしていた。
「ん?どうしたアラン」
「……いや、名前がないと不便じゃないか?」
記憶の無い少女は、自分の名すらも覚えてはいなかった。
ここまで"少女"と呼んでいたが、家族になる以上はちゃんとした名前を付けるべきだ──そう思ったのだろう。
「確かにそうだな。じゃあアラン、お前が付けてやったらどうだ?」
「そうねえ、その子アランのことが好きみたいだし」
「俺が……?」
両親の提案に、アランは言い淀む。
アランはこれまで一度も、人は勿論生き物にすら名前など付けたことがなかった。
不思議そうにアランを見つめる少女のその星空のような黒い瞳に、何か言わねばとアランは絞り出し。
「……ルルナ」
月を思わせる名を口ずさんだ。
「あら、素敵な名前じゃない♪うふふっ、アランったらセンスあるわぁ。今日からよろしくね、ルルナちゃん」
母はそう言って笑い掛けた。
少女──ルルナはその名が気に入ったのか、初めて僅かに口角を上げ。
「ルルナ……」
と嬉しそうに自分の名を復唱した。
喜ぶルルナの顔を見て、思わずアランも顔を綻ばせるのだった。
† † †
それからおよそ二ヶ月後。
未だルルナの身元は不明のままだった。
警察も国中のネットワークを用いて調べたがどの行方不明者にも該当せず、いよいよ国際的なところまで捜査は拡大していた。
「アラン、きょうもランニング?ルルナもいく!」
休日の朝、ランニングウェアを着て玄関を出ようとしているアランの元へ、食パンを咥えたルルナが慌てた様子で駆け寄る。
「ハハ、そう慌てなくても、待ってるからゆっくり食べてくれルルナ」
アランは笑い、壁に体重を預けながら、ルルナが飲み込むのを待った。
この二ヶ月間で二人の距離は、もはや本当の家族と呼んでも遜色ないほどに縮んでいるようだ。
「たべた!ごちそうさま!」
パンを飲み込みそう言うと、ルルナは玄関横に掛けられたニット帽を深く被り、額のツノを隠す。
そのニット帽にはアランの母によって色々と装飾が縫い付けられており、ツノが目立たないよう工夫されている。
「うん。食後に激しい運動は良くないから、まずは軽いウォーキングから始めよう」
と、アランがドアを開けると。
「魔導士協会の者です。ティーレ・フェアリさんですね。ご同行願います」
そこには黒いマントに身を包んだ、二人の男が立っていた。
「魔……導士……?」
アランは耳を疑う。
魔導士など、この時は当然ただの空想の存在だと認識しているからだ。
二人の視線はそんなアランを一切捉えず、その後ろのルルナに向かっていた。
「ティーレって……ルルナのこと……?」
ルルナはそのティーレというのが自分の名前なのだと悟ったのだろう。
男たちはルルナの反応を見ると困ったように顔を見合わせ。
「記憶を失っているというのは本当なんですね……あなたはクリンゴ共和国に住んでいた、ティーレ・フェアリさんです。魔力の暴走を引き起こす"狂魔症"を発症し、"魔人化"した後に行方をくらませていました」
「狂魔症……?魔人化……?」
初めて聞く言葉に、アランは理解が追いつかない。
と、そこへ。
「あんたら何者だ?うちの家族に何か用かい?」
玄関先での異変に気付いたアランの両親が出てきて、二人を庇うように立った。
「バトビエ院長ですね?私たちは世界連盟の魔導士協会に所属する魔導士です」
男たちは深く頭を下げ、世界連盟の所属証明らしき金色のバッジを提示した。
両親はそれを見て驚くと同時に、やはりアランと同じく耳を疑う。
「ま、魔導士……?」
それから男たちは全てを説明した。
世界連盟の情報操作によって秘匿されている、魔導士。魔人。魔力。
そして、感情が極端に昂った時、無自覚に魔力が暴走する原因不明の病──"狂魔症"。
魔力を限界以上に出力することで、魔力の発生源である前頭葉から頭部周辺に影響してツノが発現する現象──"魔人化"。
「ルルナのツノはその魔人化によるものだと言うのか……?」
話を聞いたアランはやはり信じられないという表情で尋ねるが。
「はい」
と魔導士の男は短く頷くだけだ。
アランと両親は困ったように顔を見合わせる。
「……話は分かったが……何故あんたたちがこの子を連れていく?本当にこの子がそのティーレという子なんだとしたら、この子の本当の家族が迎えに来るべきじゃないのか?」
父は警戒した。
いかに平和な国と言えど、孤児院の訪問者の中には、親や関係者を騙って子供を狙う者も全くいないわけではない。この国の外から来た者ならば尚更だ。
「ご家族は……いないのです」
「え?」
すると魔導士は身を乗り出し、両親にのみ聞こえる程度の小さな声で伝えた。
「大変申し上げにくいのですが、かつてティーレさんが狂魔症を発症し暴走した時……彼女の手によって、ご家族は殺されています」
「……!!」
信じられなかった。
この二ヶ月間生活を共にし、ルルナはツノこそあれど、どこにでもいるただの純粋無垢な子供だと確信していた。
「魔人化はとても危険な現象です。このままではあなたたちご家族だけじゃない、この町を危険に晒す可能性もあります。我々の監視下に置いておくのがベストなのです」
「勿論悪いようにはしません。連盟の育児施設でなら健全な生活を送れますし、優秀な学習指導により将来的には連盟や魔導士協会に入るという選択肢もあるかもしれません」
魔導士たちも決して悪気があるわけではない。
ただ仕事として世界の平和を守るべく、何とか説得を試みているだけなのだ。
ふう、と父は大きく息を吐き、冷静に言う。
「……時間をくれないか。考えを整理したいし、本人ともしっかり話し合いたい」
「分かりました。ではまた改めて訪問させていただきます。それと今回の件に関しましては、くれぐれもご内密に願います」
魔導士たちは深々と頭を下げ、去っていった。
その後、四人はテーブルを囲み話し合う。
「君はどうしたい?ルルナ……いや、ティーレ」
アランは尋ねる。
「ルルナは……ルルナは、ティーレじゃない。ルルナはルルナ。アランがつけてくれた、だいじななまえ。ルルナ、みんなといっしょにいたい」
寂しげな表情でルルナは告げた。
まだ喋りは拙いが、その思いは三人にも強く伝わっていた。
「そうだよな。分かってる」
アランは安堵したように笑みを浮かべ。
両親も優しく口角を上げて、ルルナの頭を撫でながら言う。
「彼らには悪いが、やっぱり断ろう」
「ええ。子供が誰かの元に旅立つときは、必ず子供の意思が最優先。それがこのバトビエ孤児院の鉄則だもの」
三人の反応に、ルルナは目に僅かに涙を浮かべる。
何も分からないなりに、三人との別れをどこかで覚悟していたのかもしれない。
「みんな……ありがとう……」
声を震わせながら、ルルナは感謝を口にした。
そして翌朝──忽然とルルナが消えた。




