八十一章 †柔らかき感触†
「……え?負けてもうたけど……?」
ゲームが終わり、最初に沈黙を破ったのはリヴァスだった。
「や……やった……!」「勝ったんだ!」「流石刻銘魔導士のお二人!」「我々の勝利だ!」
とその後徐々に状況を呑み込んだ魔導士たちの歓喜の声が、会議室を満たしていく。
「くはは!これは参ったのう!まさかうぬらが負けるとは、想定外じゃ!うぬらに有利なルールにしたつもりだったんじゃがのう!」
マウトは特に気にする素振りもなく普段と変わらない様子で笑いながら、水晶から弾き出された二人へと視線を向けた。
「……チッ……反則だろあの即死技……」
サイガは胸の辺りを押さえつつ、顔を背けて愚痴を溢す。
一方で、ゲンマは状況を理解できていなかった。
「えっ……と……何が起きたんですか?」
「"心肺停止"──文字通り、対象の息の根を止める魔法じゃ」
答えたのはノウズだ。
マウト陣営の全滅に伴いゲームが終了し、同時に魔導士陣営も水晶から解放されていた。
「その強力さ故に精密な魔力操作を必要とし、発動できたとてそう簡単に当たるものでもない。じゃから"完全追尾"で必中を付与した」
「簡単に言うけどそれも超A級レベルの魔法だよ、学園長……」
と横のムレファが小言のように情報を付け足す。
「うむ、到底実戦の中で使える芸当ではなかった。この連鎖魔法を構築できたのは間違いなく、ベルジェーン先生とクレイ先生が時間を稼いでくれたお陰じゃよ」
「勿体無いお言葉です……不甲斐ない……」
ほとんど戦いに関与できなかったと肩を落とすクレイに、ムレファは軽く背を叩いて励ます。
そのムレファの表情は先程までの冷徹な顔からは想像もできないほどに穏やかだった。
「ムレファ先生、ウルマロくんは……」
「ああ、無事みたいだね。今はウルマロの生徒が見てくれてる」
決定結界のルールが完遂され結界が消えたことで、外の魔力を感じ取れるようになったのだ。
意識を失っているウルマロの魔力を感知し、ムレファは安堵していた。
「ふむ……これで主は儂らの下についた──ということで良いのかの」
改めて、ノウズはマウトに確認する。
「左様。くくっ、煮るなり焼くなり、雑用に扱き使うなり、何でも好きにするが良い」
無抵抗だと言わんばかりに両腕を大きく広げるその妙に清々しい態度に、魔導士たちは警戒の目を向けるが。
「案ずるな。裏切りなどせぬ。決定結界のルールは絶対……発動者とてそれを覆すことはできんのじゃからな」
マウトはやはり笑みを浮かべたまま説明した。
無論それでも警戒は全く解けないが。
「やれやれ、本当に自分勝手なボスだな。君に誘われたから僕らはここまでついて来たというのに、その君が敵の下に堕ちるとは」
言って、レイボンは肩をすくめる。
「ほんまやで。ここ何時間で魔族狩りして、やっと仲間感出てきたゆうんに」
リヴァスも呆れた様子で頭を掻く。
「なんかすみません、僕たちが負けたばかりに……」
ゲンマは気まずそうに謝罪を口にし。
「え、えっと、それじゃあもしかして私たちは解散ですか……?」
とシガナは困ったように尋ねた。
「まあそうなるんじゃないですかね……まあ味方を平気で斬るような人たちですし、僕はどうでもいいですが」
先程サイガとゲンマに斬り捨てられたカイは不満げにぼやく。
当のサイガは気怠げにそっぽを向いたまま、口を開かない。
解散の雰囲気が漂う中、マウトはまるで全て計画通りとでも言うような笑みのまま言う。
「くくっ、何を言っておる。此奴らは敵ではない。妾たちの討つべきは魔獄軍じゃ。共通の敵を前に、同じ道を歩むことに何の問題もありはせぬ。うぬらも妾とともに、此奴らと共同戦線を組もうではないか」
マウトの一団の面々は一様に怪訝な顔でマウトを見た。
同じく魔導士たちも、いきなりゲームを仕掛けておいてどの口が言うのかとざわつく。
が、そのトップであるノウズは。
「うむ、儂も同じことを考えておった。主らのここまでの戦果は学園にも届いておる。主らに救われた町も、十や二十では効かぬということもな。どうじゃ?儂らとともに戦わんか?」
そう言って一団に手を差し伸べ、迎え入れることを提案するのだった。
† † †
魔獄。
暗闇が辺りを包み込み、少なくとも常人の目には一切の光が映らない。
そんな場所で、一匹のヘビが彷徨っていた。
「見つけたわ、リント」
と、そこに現れたのは、四鎋戦犯リントの案内役として先導していた褐色の女魔人だ。
無論、暗闇の中でその姿は見えないが。
「君か。この暗闇の中でよく私を見つけられたな」
ヘビは言う。
その声は女が言った通り、リントの声そのものだった。
「魔力で分かる」
「フッ、そうだったな」
並外れた感知能力によって女は追ってきたのだろう。
「ところで、ここは一体どこだ?」
リントは尋ねる。
「ライトレス……第二階層から続く第四の階層よ。死にかけの状態で穴に落ちて、運良く逃げ延びたのね」
「ああ。本体は再生できないほど細切れにされたが、"切り離した尻尾"は見逃されたようだ」
「尻尾……?」
女はウサギのもふもふとした短い尻尾を思い浮かべるが、それをリントは察して訂正する。
「物の例えだ。戦いの最中、オリハルコンの蛇腹剣に変身させていた私の右腕は、レヘンによって捩じ切られていた。体から離れたオリハルコンは操れないが……オリハルコン同士の"接続部"は、通常の鋼鉄で繋いでいたのだ」
「……なるほど?その接続部をヘビに変えたのね」
「そういうことだ」
と、話しながらリントはゆっくりと形を変えていく。
やがてヘビは小さな黒ウサギになった──と言っても姿は見えないのだが。
「しかし、何故私を追ってきた?こんな暗闇の中で、上へ戻るのがそう簡単だとは思えないが」
リントはその愛らしい姿からは想像もつかないダンディーな声で再び尋ねる。
「……殺せなかったんでしょ、あの人間の子供。私が一人で帰ったって、癇癪を起こしたB2に殺されるだけ。仕事を完遂するまではあなたに同行するしかない」
「なるほど、確かにあのお嬢さんならやりかねない。フッ、君も運が悪いな」
「ええ、本当に」
と答えつつ、女はちょこんとリントの隣に座った。
「何故座る?」
「……あなたの言った通りよ。今の魔力量じゃ上へ戻るのは難しい。少し休む」
「そうか……すまなかったな。私が負けたばかりに」
「先に戻っててもいいわよ。上へ続く穴の位置なら教えられる。あなたならコウモリにでもなって飛んで行けるでしょ」
「やれやれ、私はそこまで恩知らずな人間だと思われているのか?」
「……だってあなた、大罪人でしょう」
「フッ、それもそうだ。だが安心したまえ、君を見捨てるつもりはない……と言うより、そもそも肉体のほとんどを失っている今の私には、そこらの魔獣にすら遊ばれる程度の力しか残ってはいない。君といた方がまだ安全だろう。あの少年へのリベンジマッチなど夢のまた夢だ」
「そう……それじゃあ、しばらく休みましょう……」
女はそう言って、自分の膝に顔を埋めた。
と、数秒後には寝息を立て始める。
──……思っていた以上に疲弊していたらしいな。こんな華奢な体で、私を探してここまで辿り着いたのだから当然か。
──やれやれ、君が起きていてくれなければ、今の小動物に等しい私を一体誰が守ってくれると言うのだ。
そんなことを思いつつも、リントは女に寄り添うようにして小さな体を丸める。
そしてレーダーのごとくピンと耳を立てたまま、眠りに落ちた。
† † †
「はっ!?痛っ!?」
と、驚いたように体を勢いよく起こし、同時に額を打ちつけたのは、ヘワーナ国・首都ヘワギスに住む自称ヒーローこと、アラン・バトビエだった。
打ちつけたとは言っても、その材質はガラスのように透き通っていながら柔らかな感触をしている不思議なもので、大きな痛みはない。
「な、何だこれは!?」
アランは狼狽する。
カプセルのようなものの中に閉じ込められていたのだ。
その透明な蓋を両手でバンバンと叩いて出ようとするが。
「大丈夫よアラン、落ち着いて」
とカプセルの外から声を掛けたのは、花屋の娘であるミシュリー・ヤマダだ。
まさしく普通の花屋といったエプロンを前に掛けた恰好に、およそ似つかわしくない聖剣を大事そうに抱えている。
「ここは私たちを助けてくれた宇宙人さんの宇宙船の中よ」
「う、宇宙人……?」
困惑するアランの前に、その一員であるリオが現れる。
「あんたが入ってるのは治癒カプセル──人体を自動修復する機械よ。凄い大怪我してたから取り敢えず入れといてあげたんだけど、その様子ならもう大丈夫そうね。呆れるほど頑丈だわ」
その説明を聞き、アランはカプセルの蓋を叩いていた自身の左腕が治っていることに気付く。
アルケスの末裔である魔人マヒアとの戦いの中でグチャグチャに折れ曲がり、この左腕はもはや一生使い物にならないだろうと諦めていたが、宇宙技術の前にはそんな常識は通じないようだ。
「……す……凄いな……」
受け入れがたい現実に呆然としつつも、言葉を絞り出すアラン。
「入れといてあげたってリオくん、彼ら運んだの僕だからね?」
と、イラルギが口を挟んだ。
イラルギは天井から伸びるコードをヘッドホンに繋ぎ星船を操縦しているようで、船内の壁面には周囲を流れていく景色が映し出されている。
「うるさいわねぇ、良い歳してそんな細かいこと気にしないでよ」
「と、歳は関係なくない!?」
辛辣だが二人の関係性を感じる和やかなやり取りに、アランは少しずつ冷静さを取り戻し。
「……あなたは……?」
と尋ねる。
「何よ、助けた時に顔合わせたんじゃないの?」
「いやあ、彼は僕たちが駆けつけてすぐ、糸が切れたみたいに倒れちゃったからね」
イラルギは困ったように笑う。
「そうか……あの時の……ありがとう」
アランは朧げながらも途絶える前の記憶を辿り、マリスの攻撃から"結界"で助けられたことを思い出した。
「いいんだ。君たちも大きな戦力になるだろうし、失いたくなかった。僕はイラルギ・レベルス。僕たちは"オルデナ"という銀河の治安を守る機関の所属でね、今この星中で現れ続けてる魔族を退治して回ってる。ちょうどそろそろ次の国に着く頃だ」
と、空や山しか無かった景色が段々と高度を落としていき、やがて周囲には住宅街が見え始める。
都市部ではないためか、まだ戦場にはなっていないようだが。
「次の国って……え?ヘワーナを出たのか!?」
アランは驚きに声を荒げた。
「あー、ごめんね勝手に連れて来ちゃって。でも君をカプセルで回復させたかったし──」
「違うんだ!俺はあの町から出ちゃダメなんだ!」
その尋常ではない慌て方に、イラルギたちが困惑する中。
「落ち着いてアラン」
とミシュリーは冷静に声を掛けた。
「ヘワギスの町が心配なのは分かるけど、実はあの後世界連盟の人が来てくれてね、防衛は任せるよう言われたのよ。魔力貫通弾っていう魔力に特効のある弾丸もあるから、魔人が来ても大丈夫だって。だから私たちは、世界中に出向いて魔族と戦うのよ。あの町だけじゃなくて世界中の人を守るのが、ヒーローの役目でしょ?」
それはヒーローを名乗るアランには恐らく最高の諭し文句だっただろう。
だが。
「そうじゃない……そうじゃないんだ!頼む!引き返してくれ!!」
アランはカプセルの蓋をこじ開けて体を起こし、必死の形相で訴えた。
「そ、そうじゃないってどういうこと……?アラン、どうしちゃったのよ……」
「ダメなんだ……!俺がヘワギスを離れたら……"ルルナ"が……!!」




