八十章 †止まりし心臓†
「どうします?相当強いですよね、あの人……」
ムレファの力を目の当たりにしたゲンマが、サイガたちに相談を持ち掛ける。
「ふふ……確かに魔力は圧倒的ですが……所詮は魔導士……接近戦に持ち込めば僕たちが有利ですよ」
「ケケッ、バァカ……魔人化して脳みそ働かなくなってんじゃねえのかぁ?無理だ無理。あれはハククラスのバケモンだぜ」
「……だったらどうすると言うんです?」
カイは不愉快げな声で尋ねる。
「こうする」
と。
サイガとゲンマはほぼ同時に、カイの首を斬り落とした。
「え?」
一分と経たず水晶から弾き出されたカイは、何が起きたのか理解できずに呆然としていた。
「くははははっ!やられたのうカイ!」
マウトの高笑いが会議室に響く。
魔導士たちも困惑する。
まさか戦いが始まる前に、敵が勝手に仲間割れを起こすなどと思いもしなかったのだろう。
「ケケケッ、まさかテメエも同じこと考えてるたあな」
サイガにとってもゲンマの行動は予想外だった。
元より殺しに慣れており、尚且つ前回のゲームでこの仮想空間がどういうものか理解している自分だからこそ、味方を躊躇なく殺すことができる──そう思っていたからだ。
「このルールなら、こうするのが手っ取り早いでしょう。どうせ彼はついて来れないでしょうし」
冷徹にゲンマは言う。
「ケケッ、違いねえ……これで俺らの力は五倍……これならギリ対等ってとこだ」
その光景を見た教師クレイは、現実を受け止めきれずにいた。
「そんな……彼が躊躇いもせず……人を殺すなんて……か、仮想空間とは言え……」
「落ち着けクレイ」
とムレファは目線をサイガたちに合わせたまま、隣のクレイを気に掛ける。
「サイガは元々ああいうヤツだっただろ。目的を達成するためなら倫理観は二の次、どんなことも最高効率でこなす天才。そりゃ勿論人殺しなんてしたことはなかったけど、今だって別に現実で殺したわけじゃないしさ」
「……はい」
クレイはムレファの言葉で気持ちを切り替え、意識を研ぎ澄ます。
残念ながらサイガがすでに現実で何人も人を殺めていることを、ムレファたちは知らない。
「ただ、あっちのサムライは気になるな。学園長、気付いた?」
「うむ……彼が剣を振る瞬間、白い霧のようなものが弾けた。あれは恐らくフウマ・ムラクモの……」
「フウマ……?と言うと、あの四鎋戦犯の……?」
「そうじゃ。魔力を練り合わせた霧を操るサムライ……まだ完全には至っておらんようじゃが……」
ゲンマやハクたちがマウトの一団に加わったのは前回のゲームの後だったため、カガリの報告にもゲンマの情報は一切存在しなかった。
ムレファたちは慎重にならざるを得ない。
「さて、始めましょうか」
ゲンマがそう言うと、突如、両チームを包み込むほどの広範囲に白い霧が満ちた。
かつてカガリとレイジがB2から逃げる際に放った水蒸気を彷彿とさせるような、数十センチ先すらぼやける濃密な霧だ。
「くっ、目眩しか……!だが魔力を集中して探ればこんなもの……」
クレイは周囲を警戒するが。
「無駄だ。この霧自体が魔力と融け合ってる」
ムレファはすぐに悟る。
霧そのものがゲンマの魔力と同化している以上、感知したところでその周囲の霧全てをゲンマとして認識することになるだけだ。
「ふむ……どちらも感知できぬとは、何とも魔導士泣かせな組み合わせじゃのう。それに加えて五倍の身体能力で襲ってくるとあらば、厄介この上ないわい」
などとノウズは言いつつ杖を掲げ、すでに無詠唱による魔法で対処を進めていた。
"三牙鬼"マリスとの戦闘でも使用した魔法──"上昇気流"によって、三人の周囲の霧は一気に上空へと巻き上がり、視界が開けていく。
が、そうしている間にもサイガたちは接近していた。
無論真正面から来るはずもなく、ゲンマは三人の右側から、そしてサイガは三人の背後を取っていた。
霧が晴れたことによって三人ともゲンマの位置はすぐに感知し。
「"甲空"ッ!」
とクレイの力強い詠唱が響くと同時に、三人が一斉に甲空を作り出す。
ゲンマの放った斬撃はいかに五倍の力になろうとも、三重に作られた空気の盾を貫くには至らない。
しかし魔力を消したサイガの位置はやはり把握できていなかったのか、三人は全く反応できないままサイガの剣が振り下ろされる。
「!」
瞬間、サイガの足元の地面が割れ、勢いよくマグマが噴き出した。
即座に左へと体を逸らしかわすサイガ。
──"反響感知"か。
──周囲に微弱な魔力を放ち続け、その反響を感知することで敵を捕捉する超高等技術……これなら魔力を隠してようが関係ねえ。
「ケケッ、まあコイツらクラスなら当然やってくるわな」
サイガは冷静にバックステップで距離を取りつつ、ムレファたちを観察する。
すでにサイガへと視線を向けているのはノウズだ。
ムレファも無論サイガに気付いてはいるものの、ゲンマの方へ注意を向けている。
クレイは今ようやく自分の背後からマグマが噴き出していることに気付き、振り返ろうとしているところだ。
「くくっ、彼奴も弱いわけではなかろうが……この次元の戦いには不相応じゃな」
と水晶の外から観戦中のマウトはそうクレイを評する。
直後、上空から拳大の岩の弾丸がサイガとゲンマに向けて降り注いだ。
先程ムレファが持ち上げた岩塊はいつの間にかミキサーに掛けられたかのように粉々にされ、その破片を飛ばしたのだ。
最初の数十発は剣で弾くが、全ては捌ききれないと判断したのか、二人は素早く駆け抜けて岩の雨をかわしていく。
だがさらにその進路上の地面から、次々と先程のマグマが噴き出す。
杖の動きを見るに、こちらはノウズによる魔法だろう。
上からは岩の弾丸、下からはマグマが途轍もない速度で絶えることなく襲ってくる。
「ケケッ、流石に刻銘二人相手はきちいな!魔力隠すとか悠長なことやってらんねえわ!」
とサイガは魔力を解放し、さらにスピードを上げた。
ゲンマもただ逃げ回るのをやめ、三人の姿を見据える。
次の瞬間二人は同時に剣を一閃し、サイガは"斬空"を、ゲンマは霧の斬撃を飛ばした。
ムレファたちが張っていた甲空は一撃で粉砕される。
すぐに張り直しつつ、攻撃の手も緩めないムレファ。
だがノウズは。
「ベルジェーン先生、クレイ先生。暫し任せるぞ」
と杖を両手で持ち掲げた。
「うん」「え、は、はい!」
二人はノウズの指示に従い防御に徹する──ムレファは防御しながらも岩の礫を飛ばし続ける。
「ケッ、あからさまに何か企んでんなジジイ」
「させませんよ」
そう言ってゲンマは高く跳び上がると、フィギュアスケートのように空中で高速回転する。
「"叢雲梯子"」
そのまま全身から霧を拡散すると、まさしく叢雲のごとく霧がやがて中空を覆い尽くした。
上空に浮かんでいた大量の岩粒も見えなくなり、ムレファの攻撃が止む。
「何だあれは……」
と空を見上げて警戒するクレイ。
直後、雲の切れ間から光が差し込むかのように、巨大な斬撃が降り注いだ。
もはや剣での攻撃というよりも数十メートルのギロチンが落とされるイメージに近い。
「"召喚"」
ムレファが唱え、三人は数十メートル前方の地点に移動することでそのギロチンを回避した。
だがサイガはそれを読んでいた。
移動先へと先回りし、剣を振り被る。
咄嗟の甲空も五倍の腕力に魔力の乗った斬撃は受け止めきれず、ノウズの左頸部へと刃が振り下ろされる──が。
間一髪その刃を弾いたのは、青い炎を纏ったクレイの拳だった。
「あれは……紅蓮拳か?」
レイボンが言うと、魔導士の一人が得意げな顔で答えた。
「舐めるなよ賊ども。彼の名はクレイ・F・スパイラル……魔法によって紅蓮拳の炎を自在に操作する、"蒼炎流"の使い手だ」
レイボンの推察通り紅蓮拳ではあるようだが、それはカガリの"紅炎流"やパペティアの"紫炎流"とも異なる、青い炎の流派だ。
連盟代表会議にて現れたインフェルノを迎え撃つ際に青い炎を放っていた実働部隊司令官──アウクストゥス・J・スパイラルも、恐らくはその使い手なのだろう。
「なるほど。彼も一応十勇の血を継ぐエリートというわけか」
「ヒヒッ……そうは見えんけどな……」
リヴァスは哀れむような、どこか自嘲的な笑みを浮かべる。
いくらエリートの血筋でも食らいつくのが精一杯の戦いに巻き込まれているこの状況は、まさしく今のリヴァスにも当てはまるからだろうか。
「チッ……出しゃばってんじゃねえよ!」
とサイガはそのクレイの右腕に回し蹴りを放ち、肘をへし折る。
「ぐあっ!」
あっさりと対処され、痛みに声を上げるクレイだが、それでも戦意を失うことなく残った左拳を突き出す。
サイガは"浮遊移動"で即座に身をかわすが。
「"紅蓮ノ大蛇"!」
クレイが唱えた瞬間、青い炎は文字通り蛇のように伸びてサイガを追尾した。
「"斬空"」
サイガは空中を逃げながらその炎へ剣の鋒を向け、空気の刃によって蛇を真っ二つに斬り裂く。
刃はそのままクレイ本体へ向かうが、寸前でムレファの甲空が阻止した。
「ケッ、その雑魚庇う労力無駄だろ!見捨てた方が良いんじゃねえかぁ!?」
手堅く防御を続けるムレファへの苛立ちを露わにして煽るサイガ。
ムレファは何も答えず冷徹な表情のまま、次々と斬空を放つ。
さらに。
「"紅蓮ノ猛禽"!」
とクレイも青い炎を何十羽ものハヤブサの姿に変えて、上空のサイガへと飛ばした。
その波状攻撃を、サイガはいとも容易く剣で打ち消していく。
そうしているうちにゲンマが力を溜め終えたのか、再び霧の切れ間から巨大なギロチンが落とされる。
が、力を溜め終えたのはノウズも同じだった。
「"完全追尾"──"心肺停止"」
ギロチンは三人に届く寸前、ただの霧へと戻り霧散する。
そして空中のサイガも突如動きを止め。
二人のセレーネの末裔は落下し、地面に打ち付けられ命を落とした。




