七十九章 †浮かびし月†
† † †
時は再び数分前に遡る。
マジポリア学園・会議室。
世界連盟・次世代開発室との協力により量産型の魔力貫通弾の開発を迅速に終わらせたムレファは、学園長ノウズ・ノームや、同盟を結んだ双子の魔人ライティとレフティ、その他二十人ほどの魔導士たちと合流し、この戦争についての議論を交わしていた。
そんな中で、教師ラオからの"通話"が掛かり、ウルマロのピンチを知る。
「──分かった。すぐ行く」
と通話を切ったその時だった。
「それよりまずは、妾たちと遊ばぬか?」
ムレファの目の前に出現する、黒いジャッカルの面を被った女──マリカ・マウト。
そしてその後ろには、レイボン、リヴァス、カイ、サイガ、シガナ、ゲンマの六人。
「誰?お前たち」
「マリカ・マウト。魔人じゃ。妾たちは魔獄王ライザーを討つべく仲間を集めておる」
「悪いけど急いでるんだ。また今度な」
とウルマロのことしか見えていない様子のムレファはマウトを冷たくあしらうが、周りの魔導士たちは違う。
マウトの放つ圧倒的な魔力は、その場を凍り付かせるには充分だった。
「マ……マウト……!何しに来やがった!」
右ヅノの魔人レフティは立ち上がり、引き攣った声を上げる。
ライザーと同等の強さを持つというマウトの存在は、魔獄では知れ渡っている。ライティとレフティも当然認知していた。
「此奴がマリカ・マウトか……なるほど……連盟の情報通り、本当に人間の仲間を集めておるようじゃの……」
自らの長い髭を撫でつつそう言ったのは、学園長ノウズだ。
「何じゃ、知っておるのか?」
「主たちが戦ったカガリからの情報じゃよ。それに、世界各地からの報告も入っておるようじゃ。どこからともなく現れ、魔族を倒す集団がおるとな」
「くくっ、これだけ暴れれば流石に知られておるか」
いつものごとく不敵に笑うマウトに対し、ノウズは平静を装って喋っているが、そのあまりに次元の違う魔力量に圧倒されているのか、頬を一筋の汗が伝う。
すると、ウルマロの元へ向かおうとマウトらに背を向けていたムレファが口を開いた。
「……召喚が使えない……これが"決定結界"か」
気付けば、部屋全体が結界に包まれていた。
振り返ったムレファにマウトは視線を移し。
「左様。見るのは初めてか?」
「当然だろ。本当に存在するのかすら怪しいと思ってたレベルだよ。……学園長はむかーし見たことあるらしいけど」
「うむ……とは言っても、千年以上も前の話じゃ」
「くくっ、どうやらうぬらは知らぬようじゃな……」
マウトの一団はすでに目撃している。
この現代で恐らく唯一、決定結界を修得している人間──ハク・スパイラルの存在を。
「何の話だ?」
含み笑いを浮かべるマウトに、怪訝な顔をするムレファ。
「くく、いや、何でもない。召喚とやらは確か空間に干渉し物体を移動させる魔法じゃったな。それが何故ただの結界などに阻害されるのか、分かるまい?……くくっ、答えは簡単、この結界の内と外は完全に隔絶された異空間となるからじゃ。これはある種、"新たな世界を創造する力"とも言えよう」
「世界を創造……!?」
魔導士たちはざわめき立つ。
「無論、かなり限定的ではあるがの」
「それで、この結界のルールはカガリたちにやったのと同じってことでいいのか?」
ムレファは冷静に尋ねる。
「いいや、違う。今回は少しゲームを変えさせてもらった。同じゲームをしてもつまらぬからの」
マウトの言葉に、やはり魔導士たちはどよめく。
圧倒的に精密な魔力操作と、未だ解明されていない発動方法が必要とされる決定結界の性質上、そう容易くルールを弄れるようなものではない、というのが共通の認識だ。
現代で使用者はいないが、仮に存在するとしてもその決定結界は一人につき一つのルールのみしか設定できないはず。
それが覆されたとなれば魔導士たちが狼狽えるのも無理はない。
「くく、そう案ずるな。これも"運命の遊戯"であることに変わりはない。妾の運命の遊戯は"ゲームをして褒美を取り合う"というルールのみを設定した決定結界じゃ。そのゲームの内容については結界を張る段階で決めることができる」
マウトは飄々と解説する。
「そして今回のゲームは──代表者三名による、命の奪り合いじゃ」
「ケケッ、ゲーム考えんの面倒くさくなったか」
自信満々にルールを発表したマウトに、サイガが茶々を入れる。
「うるさいわ!話は最後まで聞け!命の奪り合いとは言っても、前回と違い今回は三対三のチーム戦。そして、代表者の中からランダムに選ばれた一人を殺すことが勝利条件となる。カギとなるその一人は相手には分からない」
「なるほど。一人殺してそれで終わりという可能性もあるわけか」
腕を組んで聞いていたレイボンはそう言って頷くが、隣のリヴァスは納得のいかない表情で首を傾げた。
「でもそんなん、結局先に人数減った方が不利になるんやから、一人目で決まらんでも、そのまま追い込み漁みたいになるだけとちゃうん?」
するとマウトは嬉しそうに笑い。
「くははっ!よくぞ訊いてくれたリヴァスよ。そこが面白いところじゃ。人数が減ったチームはその瞬間から、身体能力が五倍ほどに強化される!まるで竜憑依のようにの」
「ふふ……人数が減ったからと言って不利になるとは限らないわけですね」
カイは薄ら笑いを浮かべて言う。
「一人減って五倍ということなら、二人減っても終わらなければさらに五倍になるんですか?」
ゲンマは顎に手を当てながら尋ねる。
「左様。つまり最大で二十五倍もの力を得る可能性があるわけじゃ。くくくっ、心踊るじゃろう?」
「分かった。始めよう」
ウルマロのことで焦っているのだろう、ムレファは杖を構え、急かすように言った。
だがマウトはあくまでゆったりと自分のペースで話を続ける。
「くくっ、そう慌てるでない。まだ何を賭けるのか言っておるまい」
「何だっていい」
「今回賭けるのは……うぬじゃ。大魔導士ノウズ・ノーム」
と、マウトが指差したのは、学園長ノウズだった。
「何じゃと……!?」
これまでで一番のどよめきが場を包み込んだ。
恐らく現在この人界で最も長く生き、生涯魔法に関わり続けている、魔法の歴史そのものとも言えるこの学園のトップである老魔導士を、あろうことかマウトはゲームの賞品に設定したのだ。
「くはははっ!その代わり妾たちが負けた場合、妾がうぬらの下に付く!お互いのボスを賭けたゲームというわけじゃ!」
「ふ、ふざけるな!」
と魔導士たちは声を上げるが。
「分かった。それでいい。早くやろう」
それでもやはりムレファは、静かに苛立った声で告げる。
「くくっ、良かろう。参加する三人はそこのサークルに立て」
マウトが言うと、両陣営の前の床に光るサークルが浮かび上がった。
マウト陣営の方はあらかじめ決めていたのか、カイ、ゲンマ、サイガが順にサークルへと入る。
敢えてそうしたのか、実力で選んだ結果なのかは不明だが、三人とも共通してセレーネの末裔である。
「サイガ……」「行方不明になってたっていうジャーキス家の長男だよな?」「本当にヤツらと組んでたのか……」
カガリの報告にはサイガのことも含まれていたのだろう。
学園に在籍していた当時を知る魔導士たちは、その変わり果てた姿を目にして動揺する。
そんな中で、ムレファは真っ先に無言のままサークルに足を踏み入れた。
だが残る二枠を誰が埋めようかと魔導士たちは顔を見合わせる。
「ああ、無論妾は参加せぬが、うぬは別に構わぬぞ?ノウズよ」
と見かねたマウトは付け足す。
「そうか。ならばお言葉に甘えるとしようかのう……」
そう言ってムレファの横に並び立つノウズ。
「あと一人は……」
ノウズは振り返って魔導士たちに端から目線を送っていく。
ここに集まっているのは、刻銘でこそないものの全員がA級魔導士──本来魔導士の最高到達点であり、全ての魔導士が目指すべき等級だ。
誰を選んでも足を引っ張るようなことはないだろう。
「「俺が行く」」
レフティとライティが魔導士たちを差し置いて一歩踏み出すが。
「いえ、私が出ましょう」
とそれを手で制止し、ワックスで塗り固めたツヤツヤの黒髪を光らせながらサークルへと踏み込んだのは、青いマントを羽織った恰幅のいい中年男だった。
「クレイ先生」
ノウズにクレイと呼ばれたその魔法教師は、サイガへと視線を送り。
「私は彼の担任でしたからね……責任を果たさなければなりません」
神妙な顔つきで告げる。
「ケケッ、責任だぁ?誰だよオッサン。凡人の出る幕じゃねえってことくらい分かんねえのかぁ?雑魚は引っ込んでろよ」
そう言って中指を立てるサイガに、どうしてこうなってしまったのかとクレイは眉間に皺を寄せて目を閉じた。
「さて」
と、参加者が出揃ったのを見てマウトが指をパチンと鳴らすと、先程まで議論が交わされていた机の中心に、前回と同じ大きな水晶玉が出現する。
「もう知っておるじゃろうが、この水晶の中は仮想空間……思う存分殺し合うと良い。そして勝利条件となる者には、味方にのみ見える目印が浮かび上がる」
「目印?」
「くく、見れば分かる。では始めるぞ。仮想空間に入った瞬間、ゲームスタートじゃ」
マウトが言うと同時に二つのサークルが光を放ったかと思うと、六人の参加者たちの姿が消え。
仮想空間の中の離れた二点に召喚された。
前回と同じく仮想空間内は無限に続く荒野だったが、一つ違うのは地面から大きく突き出たトゲのような岩が点在していることだ。
障害物が増えたことにより戦い方も変化するだろう。
ムレファは近くに敵の魔力が無いことをすぐに察知すると、味方陣営の二人に目線を向けた。
そしてすぐに気付く。
──なるほど、これが目印か。
学園長ノウズの体に、白いオーラのようなものが纏わりついていた。
どうやら勝利条件──ムレファたちからすれば敗北条件となる一人には、ノウズが選ばれたようだ。
「二人とも、感じておるか?」
と特にプレッシャーも無げに冷静さを保ったノウズの問いに、ムレファとクレイは頷く。
「はい。サイガ君の魔力が消えた……彼は学園にいた頃から、魔力の隠し方が誰よりも上手でしたからな」
言いながら、クレイは腰のベルトに数本差した杖の一本を抜き、サーベルのように構えた。
「こうなるとどこから来るか分からぬ。用心するんじゃ」
魔導士は肉体派の戦士たちと違い、常人と身体能力はそう変わらない。
故に魔力を感知することで攻撃を予測し防御を展開するわけだが、セレーネの末裔というフィジカルモンスターが魔力を隠して攻撃してくるとなれば、魔導士側は相当不利な戦いを強いられるだろう。
だが、あくまでそれは普通の魔導士の話である。
「まず邪魔な障害物をどかそうか」
この現代最強の魔導士ムレファ・ベルジェーンには、到底当て嵌まるものではない。
「"浮遊"」
ムレファが小さく唱えた瞬間、周囲数百メートルに渡って突き出ていた数千もの岩々が、地面から一斉に引き抜かれ、上空の一点に集まっていった。
僅か数秒後、まるで月のごとき巨大な岩の塊が完成する。
「見つけたぞサイガ。私がお灸を据えてやる」
岩の陰に隠れていたサイガ含む相手チーム三人の姿が、魔導士たちの視界に捉えられる。
サイガは浮かべた狂気的な笑みを引き攣らせて言う。
「ケケッ……化け物が……!」




