七十七章 †触れられし禁忌†
「ちょ……超能力……?」
ウルマロは理解が追いつかず訊き返すが、それに答えたのはズアドだ。
「ハッ、十勇アルケスの力だろ。大抵のことは念じただけでできちまうっつう万能の力だ。てめえ、何でそんなもんを持ってる?」
「知るか!生まれつきだ!」
とフシオが人差し指を上に向かって折り曲げると、ズアドの体は浮かび上がって天井に衝突する。
無論その程度で倒れるわけもなく、ズアドは体を回転させて天井に着地していた。
そのまま天井を蹴り、フシオとの距離を詰めようとするが。
「おっと」
背後から召喚で封印帯を巻き付けようとしていたウルマロに気付き、咄嗟に空中で軌道を変え、壁面を走ってフシオの奥側へと回り込んだ。
「危ねえな。だが、アタシの言う通りだったろ?ガキを囮にすりゃあ隙が生まれることもあるってな」
「うるさい!」
ウルマロは怒鳴りつつ、再び封印帯を次々と呼び出す。
勿論フシオを囮にしようなどという気はウルマロには一切無く、むしろ助けようとしたのだが、結果的にはそうなってしまった。
「ハッ、そう怒るなよウルマロ先生。ただでさえアタシに効かねえ魔法がさらに弱くなっちまうぜ?」
封印帯を軽々とかわしながら、ズアドは言う。
魔力の操作精度は精神状態に大きく左右される。ズアドは敢えて煽ることでそれをさらに乱そうとしているのだろう。
──"召喚"は確かに便利な魔法だが、強力ゆえに魔力を読みやすい。アタシの速さなら、来ると分かってさえいりゃあまずくらわねえ。
──まあそれはいいとして……何なんだ?このガキは。アルケスの末裔……そんなもんが存在するはずはねえ。偶然同じ力に目覚めた……?こんなガキがか?いや、有り得ねえ……二千年以上も現れなかった力だぞ……。
──だとしたら……。
思考の末にズアドが辿り着いたのは、一つの真実だった。
「てめえ、クローンか?」
「くろーん?何だそりゃ!知るか!オレはフシオさまだ、バカめ!」
フシオは本当に全く分かっていない様子で答えつつ、ズアドを超能力で吹き飛ばす。
数十メートル続く廊下を一直線に飛ばされて、最後は壁に激突する。
「……チッ……反則だろこの力……」
それでもズアドは大したダメージも負っていないようで、砕けた瓦礫を払い落としつつ、おもむろに立ち上がる。
──しかしあの感じ、嘘は吐いてねえらしいな。本当に自分でも知らねえのか……。
フシオを見据え、表情や口調から真偽を読み取る。
と、そうしている間にもウルマロは無詠唱で封印帯を呼び出し捕えようとしてくるが、ズアドはやはりすぐに反応してかわしていく。
そして。
「ハッ……辞めだ。帰るわ」
ズアドは僅かに肩をすくめてそう言った。
「は……?」
突然冷めたような態度をとったズアドに、ウルマロは目と耳を疑う。
次の瞬間ズアドは傍に伸びる通路へと入りウルマロたちの視界から消えたかと思うと、そのまま奥へと駆け抜ける。
その先にズアドが見つけていたのは、上へ続く階段だった。
だがウルマロもすぐに召喚で移動し、ズアドの前に立ち塞がる。
「ふざけるな!三十二人も殺しておいて、逃げられるわけないだろ!」
杖を向け、十発ほどの斬空を一気に放つ。
その狭い通路に逃げ場などない。
「効くかよこんなもんが」
ズアドは爪でそれを容易く薙ぎ払った。
「くっ……!」
──どうしてこんなに強い……!?魔力の総量も平凡だし、見たところ十勇の末裔でもない……殺し屋とは言えただの獣人の子供が、"電撃"で肉体を活性化しただけでここまで強くなるものなのか……!
一度は倒したはずのズアドの想定外の強さに、ウルマロの表情にも分かりやすく焦りが出る。
ズアドはその揺らぎを見逃さない。
刹那、ウルマロの左奥へと踏み込み、背後から首筋へ手刀を叩き込んだ。
その強い衝撃によりウルマロは意識を飛ばされ、がくりと膝をつく。
「ハッ、じゃあな、先生」
ズアドは言い残し、階段から地下牢を後にした。
そのまま途轍もない速度で走り抜けて、校舎を抜け、正門から学園の外へ出る。
それでもさらに走り続け、学園からどんどん遠ざかっていく。
「……やっぱりな」
と、走りながら口元に手を当て、ズアドは小さく呟いた。
──依頼人との連絡が途絶えてやがる。
鼻から下を覆う黒マスクに何らかの連絡機能が付いているのだろうか。
それを用いて殺しの依頼人との連絡を取ろうとしたが、どうやら相手の応答はなかったようだ。
──魔族に襲われたか、それとも戦争の混乱に乗じてアタシを切り捨てたか。どちらにせよ、依頼人が消えた以上この契約は終わりだ。もう魔導士どもを相手する意味も無え。
──三年潜伏して前報酬だけたあ最悪の結果だが……まあ、魔力操作を会得できたのは収穫だったな。
などと考えを巡らせていたズアドだが。
突如、町中で立ち止まった。
「……さて……ついて来てんのは分かってるぜ、ガキ」
そう言って振り返る。
「ぎゃははっ!流石だなバカめ!」
建物の影からドヤ顔をしながら出てきたのは、フシオだった。
「何か用か?」
「は?ビビらないのか?どうやってあのスピードについて来れたんだって」
「だから、ついて来てんのは分かってたっつってんだろ。どういう事情か知らねえが、てめえはアルケスの力を持ってんだ。何しようが不思議はねえよ」
「ふん、オレはオマエに興味がある!何なんだオマエ!」
「あ?」
指をさして言うフシオに、怪訝な顔をするズアド。
「変なグルグル巻きの中から出てくるし、あのウザいウルマロより強いし、オレのこともなんか知ってるし……おもしろい!オマエ、オレの子分にしてやるぞ!」
──……馬鹿馬鹿しい。中身は本当にただのガキだな……。
──だが、コイツの正体が気になるのも確かだ。
「……そうだな。友達くらいならなってもいいぜ。ついて来いよ、アタシのアジトに招待してやる」
「アジトだと!?そんなのあるのか!ぎゃはは!オマエ、ワルだな!」
「うるせえよ。善だの悪だのくだらねえ。この世は弱肉強食──生き残ることが全てだ」
† † †
マジポリアの南の隣町・ガクレア。
マジポリアほどではないが、クリンゴの中ではかなり治安の安定した住みやすい町だ。人口はマジポリアと同程度で、町並みにも大きな違いはない。
そんなガクレアの東部の寂れたビルに、ズアドは潜んでいた。
「ここがアジトか!ボロいな!」
「ほっとけ」
二人はその一室に入り、中古かあるいはどこかで拾ってきたかのようなオンボロのソファに腰掛ける。
そしてズアドは今までのピリついた雰囲気を失い、だらしなく背もたれにもたれ掛かりながら、本題に入った。
「んで?てめえは何なんだ?順を追って説明しろよ」
「オレはフシオさまだ!超能力者だ!」
「それは分かってんだよ。その力、生まれつき使えたっつってたな。特殊な生まれか?家族は?」
「別に普通だぞ。センサイコジ?とかいうので、オレはジジイとババアのヨウシなんだ」
「……そりゃ普通とは言わねえよ。だが、なるほどな。他に何か変わったことはあるか?てめえの周りで」
「変わったこと?そうだなー……そう言えば、時々頭ん中に声が聞こえるぞ」
「声?」
「オレと似たような声だ。まあオレと違ってあっちはガキっぽいけどな!」
──……二重人格……?いや、何か別の存在が干渉してるのか……?
「ソイツはいつもなんて言ってるんだ?」
「ああしろこうしろって命令してくるんだ。ウザいし意味わからないから無視してるけどな!」
フシオは面白くなさそうに口を尖らせる。
「その命令ってのは?」
「別に、くだらないことだ。親の言うこと聞けとか、物を壊すなとか、ウルマロみたいなウザいことばっかり言ってくる」
──……普通ならコイツの養親を怪しむべきだが……だとしたらわざわざそんな声に干渉させる必要あるか?クローンを造ったヤツの狙いは何だ?超能力者を魔法学園に入れる意味……二つの力のハイブリッドを作り出すことか?
だらけきった表情でソファの上にぱたんと寝転がりつつも、ズアドの思考は鋭く冴えている。
「ハッ、面白え。陰で何かが動いてるらしいな。狙いは"神話の再現"……ってとこか?」
「シンワ……?なんだそれ」
──消せ。
「!?」
突如、フシオの脳内に声が響き、頭を抱えて蹲った。
「あ?どうした……」
異変に気付いたズアドは起き上がってその顔を覗き込む。
瞬間、これまでの悪ガキとは全く異なる冷徹な雰囲気を纏った表情が見え。
「"召喚"!!」
咄嗟にズアドは唱え、アジトの外に脱出した。
外に出たズアドが目にしたのは、直前まで自分のいたアジトが、巨大な竜巻に呑まれて粉々に分解されていく光景だった。
「ハッ……禁忌に触れちまったか……」
ズアドは苦笑する。
「アドリー家の者だな」
「!」
ズアドはその声に振り返る。
竜巻の中心にいたはずのフシオが、一瞬でそこへ移動していた。
"瞬間移動"だろう。
「聞いたことはある。その戦闘技術の高さから"十一番目の十勇"と評されることもある、代々殺し屋の家系……特に潜入工作員として組織に潜り込み、物品や情報、技術を盗んだ上で、殲滅し独占することを生業とする者が多い。今回の場合は、"魔法"の技術といったところか」
「ハッ、物知りなこって。お察しの通り、アタシの本名はズゥル・アドリーだよ。てめえは誰だ?」
「お前が知る必要は無い」
「オイオイそりゃねえだろ。こっちは名乗ってやったんだ」
「名乗れと言った憶えも無いな」
会話に勤しむ気など微塵も無いのだろう、フシオはズアドもといズゥルの方へと手のひらをかざす。
「召喚!」
すぐにズゥルはその場を離脱し、数キロ先の隣町・ゲーニルコロットへ飛ぶ。
が。
「無駄だ」
すでにそこにフシオが立っていた。
──くそっ、終わりかよ。
ズゥルが諦めかけたその時。
フシオが突如として動きを止めた。
魔力と違って感じ取ることはできないが、誰の目にも分かるほど周囲で荒れ狂っていた超能力の奔流も、同時にぴたりと途絶える。
巻き上げられていた瓦礫や砂塵が、雨のように降り注ぐ。
──何だ……?何で止まった……。
「そこまでなのです、ズアド・リー!」
そこに召喚で現れたのは、ドゥーズ、ミノア、そしてショウの三人だった。




