七十六章 †未熟なる悪†
† † †
天域の結界が解けるまで、およそ十時間。
クリンゴ共和国・マジポリア学園。
クリンゴ時刻で午後八時を過ぎた頃、延々と続いていた魔族の攻撃がようやく止み、学園の魔導士たちは束の間の休息を過ごしていた。
とは言え、休んでいる間も気を抜くことはできない。
学園長ノウズと魔導士協会の指示の元、学園は教師と生徒を緊急招集する。
それは指揮・連携をしやすくして学園やこの町の守りを固めるとともに、戦えない生徒たちを校舎内に避難させる目的もあった。
初等部低学年の生徒を集めた、大講堂にて。
「ウルマロ先生、大丈夫?」
学園生徒の一人、竜人とエルフのハーフにして十勇チノイの末裔──キルト・ランゼルは、疲弊した様子の担任教師ウルマロ・サクの顔を覗き込む。
「あ、あの、しっかり休んでくださいね。先生になにかあったらと思うと、わたしたち……」
心細そうに眉を顰めて言うのは、キルトの親友であり、レッカ、マイナ、セレーネの血を引くスーパーエリート少女──ミノア・ジャーキスだ。
「ハハ、ありがとう。でも僕のことはいいから、二人はドゥーズさんを看ていてあげてくれないかな。一人で寝ているのは寂しいだろうし」
ウルマロがそう言って笑い掛けると。
「はい!」
二人の少女は声を揃えて返事をし、大講堂の後方のドアから出て行った。
学級長のドゥーズ・ドレッドノートは、謎の暗殺者ズアド・リーに襲われた後保健室で眠らされていたが、現在はこの大講堂の隣の大きな医務室に移動しているようだ。
大医務室にはドゥーズだけでなく、この戦いの中で傷付いた教師や生徒も寝かされている。
ウルマロは両手で自身の顔を覆い、大きく溜め息を吐いた。
倒しても倒しても、魔獄から絶えず現れる援軍により、魔導士たちは消耗させられていた。
それは魔力や体力だけでなく、精神的にもだ。
魔力感知によってある程度予想はつくとは言え、敵が町中のどこに現れるか正確には分からず、さらに"召喚"での移動にも魔力を使う。
それだけの広範囲に現れるとなれば、無論ウルマロやムレファたちだけで対応するには限界があり、数十人の教師だけでなく成績上位の生徒たちも駆り出すことを余儀なくされる。
小型の魔獣程度ならば難なく倒せるにしても、魔人が相手では当然ながら死の危険が伴う。
それは生徒想いのウルマロにとっては特に、大きな心労となっていた。
「魔人──……今のところこの町に現れたのは七百三十四人です」
と、ウルマロの隣で呟いたのは、レッカとマイナの血を継ぐ眼鏡の少年──ショウ・スパイラルだ。
「数えてるの?」
「はい、何かの役に立てればと思って……」
自身なさげに言うショウの顔を見て、ウルマロは感心していた。
──……凄いな……あれほど広範囲に現れる魔人の魔力を正確に感知できてるのか、この歳で……そんなの僕にだって無理だ……流石はスパイラル家──と言うか、この子が天才なんだ。
ごくりと唾を呑んだ後、すぐに笑顔を作ってから。
「そっか、ありがとうショウ君。きっと君は優秀な魔導士に──」
とショウの頭に手を伸ばそうとしたその時。
「ギャハハハハハハ!!」
廊下をどたどたと走りながら笑う少年の声が、講堂の中にまで響いた。
「……今の声……」
「フシオ君?まったく……勝手に外に出ないように言っておいたのに……ちょっと行ってくるね」
とウルマロは立ち上がるが。
「待ってください先生。ここは僕が行きます。こんなことで先生の体力を使わせたくありません。少しでも休んでてください」
ショウがウルマロの肩を抑えて、大人ぶったような笑みを浮かべながらそう言った。
「……そっか。ありがとうショウ君。それじゃあ、お願いしようかな」
ウルマロは腰を下ろす。
「それじゃあ行ってきます!」
ウルマロに任されたことが余程嬉しかったのか、ショウは張り切った様子で大講堂を後にした。
──まあ校舎内にさえいてくれれば、何かあっても魔力で感知できる。
──それにしてもフシオ君、こんな時でもブレないなあ……まだ子供だし、状況を理解できてないんだろうけど……。
やれやれ、とウルマロは溜め息を溢した。
「待ってくださいフシオ君!」
ショウが廊下に出ると、奥へと走っていくフシオの後ろ姿が見えた。
学園随一の悪ガキであり十勇シナンの末裔──フシオ。
「なんだガリベン!うるさいぞ!」
「うるさいのはフシオ君ですよ!こんな時に何騒いでるんですか!早く講堂に戻りますよ!」
「ヤだね!べー!」
フシオは全くスピードを緩めることなく駆け抜け、ショウもそれを追う。
「こらー!別にフシオ君が不真面目で評価落とすのは勝手ですけど、先生に迷惑掛けるのだけはやめてください!」
「バーカ!一学期の成績オレより低かったクセに!」
「なっ……じ、実技だけでしょ!」
「ギャハハハ!実技以外の成績よくても意味ないだろ!ベンキョーできたって魔導士にはなれないんだぞ!」
「う、うるさーい!今そんなの関係ないし!」
そんな言い合いをしながら追走は続く。
「やーい、ここまでおいでー!」
とフシオは煽り散らかしながら、廊下の角を曲がるが。
──しめた!あの先は倉庫しかない行き止まりだ!
ショウはこの学園内で生徒が立ち入り可能な全ての場所の構造を完璧に把握していた。
追い詰めたと安心してスピードを緩めながら、ショウが角を曲がると。
「……あれ?」
そこにフシオの姿はなかった。
周りに窓はなく、倉庫にも鍵が掛かっている。
「一体どこに……」
とショウはキョロキョロしながら、奥の倉庫の方へと進んでいく。
「ああっ!こ、これ……!」
よく見れば倉庫の前の床に、子供一人が通れるサイズの穴が開いていた。
下を覗き込むと。
「ギャハハハッ!オレがオマエなんかに捕まるわけないだろバーカ!」
舌を出して煽るフシオがそこにいた。
恐らく魔法で穴を開けたのだ。
「な、何考えてるんですかー!こんなのイタズラじゃ済みませんよ!」
「知るかっ!」
とフシオは再び逃げていき。
「あ!こら!待ちなさい!」
ショウも慌ててその穴から下の階へ降りると、そこは薄暗い廊下になっていた。
「あれ……?でも……」
と、ショウは違和感を感じて立ち止まる。
──今までいたのって、一階だよね……?この学園に地下があるなんて聞いたことないし……だとしたらここって……一体……。
自分の知らない場所に迷い込み、急に不安になるショウ。
「お?なんだコレ!」
先に行ったフシオの声が聞こえ、ショウはびくりと顔を上げる。
「フ、フシオ君……?」
「おい!こっち来い!」
「え!?」
「オマエ、コレ何か分かるか!?」
興奮気味のフシオに呼ばれて駆け寄ると、そこには。
「……これは……」
大量の黒いベルトと鎖で覆われた繭のようなものが、牢の中に入れられていた。
「"封印帯"と……"封印黒鎖"……!どちらもB級以上の魔導士にしか扱えない上級魔道具です……それにこの牢も、魔力を弾くコーティングがされてある……ここまで厳重に封印するなんて、一体何が……──」
「ふーん。解いてみるか」
「はい!?」
フシオは指先を杖代わりに、その繭へと向ける。
「どーん!!」
その一撃で、牢は円状にくり抜かれ、繭は砕けた。
「なななな、何やってるんですか!?」
「ギャハハハ!ビビりすぎだぞオマエ!」
「ビ、ビビるビビらないとかの話じゃない!封印されるってことは、とんでもなくヤバいのが中に眠ってるってことですよ!?そんなの勝手に解いたら──」
「ハッ、その通りだぜクソガキ」
「!?」
砕け散った繭の中から、纏わり付いた帯を剥がしながら、シャムネコ獣人の少女──ズアド・リーが姿を現した。
「間に合わなかったか……!」
と、そこへウルマロが"召喚"で駆けつける。
「先生!」
「げ、ウルマロ……」
安堵するショウと、イヤな顔をするフシオ。
「よう、ウルマロ先生。昼間はよくもやってくれたなあ」
フシオの攻撃のせいか封印帯とともに身に纏っていた制服までボロボロと剥がれ落ち、露出度の高い恰好になっているズアドは、生徒たちを無視してウルマロを睨め付ける。
「ズアド・リー……力の差は思い知らせたはずだけど、まだ向かってくる気かい?」
ウルマロもズアドと目を合わせ、杖を構えた。
「ハッ、やってみろよ。同じ技がアタシに通用すると思うんならな」
手も足も出せずに封印されたとは思えないほど余裕たっぷりな表情を見せながら、ズアドは指先で挑発する。
次の瞬間、ズアドの周囲を大量の封印帯が取り囲む。
ウルマロは一切動いていない。前回と同じように、校舎に張り巡らせた魔法陣によって無動作・無詠唱で召喚したのだろう。
が、ズアドはそのベルトが巻き付く前に、途轍もないスピードで脱出してウルマロを殴り飛ばした。
「ぐっ……!?」
さらに一瞬で馬乗りになると、ウルマロの首を絞め上げる。
「遅え。アタシは元々殺し屋として鍛え上げた肉体に、ここで学習した魔力を纏ったんだ。所詮インテリ集団の魔導士どもとはレベルが違うんだよ」
「……く……」
ウルマロは苦しむが、そのままやられるほど柔でもなかった。
──来い!第三の契約者……"ハンマージャイアント"!!
再び無詠唱にて召喚を発動し、三メートルほどの巨躯を持つ、ハンマーのような両腕を持った鬼型の使い魔をズアドの背後に呼び出した。
使い魔──ハンマージャイアントはズアドの頭部目掛けて、その腕を横から振り抜く。
「ハッ、当たるかよこんなもんが」
ズアドはそれを難なくかわしたかと思うと、すれ違いざまにハンマージャイアントの両腕を手刀で破壊。
さらに流れるように滑らかな動きで背後からその首に両脚を掛け、ゴキン、とへし折る。
「な……!」
ハンマージャイアントはがくりと膝をついた。
──ハンマージャイアントをこうも容易く……!
「ファ……"火炎球"!」
と、ズアドを狙い澄まして横から炎の球を放ったのは、ショウだった。
「あ?何だそりゃ」
当然のごとくかわし、睨め付けるズアド。
「せ、先生!僕も戦います!」
ショウは果敢に言うが、杖を持つ手は恐怖に震えている。
「ショウ君……!無理だ!早く逃げ──」
ウルマロがそう言い終える前に、ズアドは地面を蹴ってショウの目の前に接近し、その喉元へと手刀を放った。
が、その手刀は空を切る。
「……あれっ!?」
気が付くとショウは大講堂に戻っていた。
「ハッ、逃がしたか。生徒想いなこって」
ギリギリのところでウルマロが召喚を発動し、ショウを強制的に移動させたのだ。
「だがこれで頼みの綱も消えたぜ。ガキを囮にすりゃ、まだアタシを捕える隙くらいは生まれたかもしれねえのによ」
「どこの世界に生徒を囮にする教師がいるんだ」
ウルマロは立ち上がり、杖を構えてズアドと再び対峙する。
しかし一瞬でズアドを見失う。
ズアドはウルマロが瞬きする間に距離を詰め、身を屈めて懐に入り込んでいた。
「!!」
目では追えずとも魔力で反応するウルマロ。
咄嗟に自身とズアドとの間に蜘蛛の巣状の罠魔法──"蜘蛛の巣"を展開する。
しかしズアドはそれも読んでいたのか、あるいは反射的に動いたのか、即座に地面を蹴って斜め前へと方向転換し避けたかと思うと、そのまま壁を蹴ってウルマロの背面へ移動した。
ウルマロが振り返るより速く、ズアドの手刀が伸びる。
「どーん!!」
突如、ズアドは横からトラックに跳ねられたかのごとく吹き飛んで壁に激突した。
「フシオ君!?」
その奥には人差し指を立てて鉄砲の形を作ったフシオが立っていた。
恐らくいつものように、指を杖代わりにして"移動"を放ったのだろう。
「ぎゃはははは!ウルマロ、オマエ弱すぎ!子供に負けてるじゃん!」
フシオはまるで緊張感も無く笑う。
しかし。
「チッ、何だぁ?今のは……」
──何をしたんだ……?
ズアドとウルマロは大きな違和感を感じていた。
「先生よぉ、今のてめえが教えた……わけねえよなぁ?今の攻撃……魔力を感じなかったぜ。魔法じゃねえ、別の何かだ」
と起き上がりながら、ズアドは言う。
ウルマロもその攻撃の正体が分からないのか、呆然としていると。
「当たり前だろ!今のは"超能力"だ!」
フシオが自慢げに明かしたのは、存在しないはずの力の名だった。




