七十五章 †限界を超えし能力†
† † †
魔獄・第二階層。
その黒い針葉樹が生い茂る森の中を、名無しの女魔人の先導の元、リントは駆け抜けていた。
「そろそろよ。ヤツの魔力を感じる……」
魔人は声を殺して静かに言う。
戦闘型ではないためか、見つかるのを恐れているのかもしれない。
つう、と額から汗が垂れたのは、その恐怖からか、ここまで走ってきた疲れによるものかは不明だが──どちらにせよリントはそれを察し。
「止まれ」
とその進路上に先回りして立ち塞いだ。
魔人は僅かに目を見開き、足を止める。
「……何の真似?」
「どうやら君は疲れているようだ。ここで休んでいるといい」
「え……でも……」
「敵が近いのなら、後は私一人で捜し出すさ。戦場の経験は多いのでね。魔力とやらの感知はできずとも、近くの気配を察知することなど容易い」
ぴんと立った長い耳をピクピクと動かし、リントは任せておけと言わんばかりに微笑する。
そしてここまでよりさらに速く直進した。
「……アイツ、本当に人間……?魔力推進も無しに、あんなスピードが出るものなの……?」
魔人は呆然としながら、あっという間に彼方へ消えていくリントをただただ見送った。
「!」
数百メートル進んだ辺りで、リントは自身の脚に急ブレーキを掛ける。
──彼か……どう見てもただの子供だが……。
木の陰に隠れたリントの目線の先には、レヘンの姿があった。
「誰?」
「!」
突如レヘンはリントの隠れている木の方へと振り向き、じろりと見つめながら問い掛ける。
少年の姿からは想像もつかない巨大な殺気が一瞬で場を支配し。
「……やれやれ、気配は消したつもりだったのだがね。君も魔力とやらで感知できるのか?」
お手上げだというふうに両手を挙げつつ、リントは陰から姿を現した。
「いや?普通に気配感じたから」
「なるほど……ただの並外れた察知能力か。フフ、聞いていた通り、面白い子供だ」
「おじさん誰なの?」
困ったような表情で首を傾げるレヘン。
「失礼、私はリント・ペインタス。君を排除するためここへ送り込まれた兵士だ」
「……リント?」
レヘンはその名前を聞いた途端、目の色を変えた。
強烈な心当たりがあった。
戦う力を持つ自分が何としてでも止めなければならないと考えていた、最悪の大戦犯──"四鎋戦犯"について調べていた際に、浮かび上がった四人の名前。
フウマ、カカ、ダイザン、そして──リント。
「そうか、キミが"そう"なんだね」
レヘンは滑らかな動きで手のひらをリントに向ける。
──来る!
と警戒し両腕を剣に変えた時にはすでに、リントは地上二十メートルほどの空中に浮かび上がっていた。
無論自分で跳躍したのではない。
──……これが"超能力"か……!
初めて対峙する力にリントは驚愕する。
本来存在するはずのなかったアルケスの末裔──ここへ来て何故か世界各地でその存在が出現し始めたようだが、百年前から時の止まっていたリントが知ろうはずもない。
──発動した瞬間すら認識できず、逆らうことなど尚できない……。
──まさしく生物に許された能力の、限界を超えた力だ……!
そんな感想を抱いた直後、リントは勢いよく地面に叩きつけられた。
が。
「あれ?」
地面に突き刺さっていたのは一本の鉄棒だった。
かと思えば鉄棒の先端が四方八方、数百に枝分かれし周囲を襲う。
その糸のように細く伸びた鉄の枝によって、木々や岩や地面が次々と貫かれ、切り裂かれていく。
「わわっ!あぶなっ!」
とレヘンは咄嗟に超能力バリアを展開する。
鉄の枝はバリアに止められるも、次の瞬間には大量に展開されていた枝が一斉にレヘンを取り囲み、針のごとく尖らせた先端部分が全方位から襲い掛かった。
バリアは容易く砕かれ、レヘンを蜂の巣にしたかに見えたが、やはりレヘンは瞬間移動で数十メートル離れた位置に退避していた。
「バリアがこんな簡単に……魔力も使ってなさそうなのに……やっぱり強いな、四鎋戦犯」
歴史に残るほどの強さを改めて実感しつつ、全身を鉄に変えていたリントが元の姿に戻っていくのを観察する。
──鉄線の先端のみをオリハルコンの針に変身させることで、鉄のしなやかさを残しつつオリハルコンの貫通力を得る。これを防げるものなどないという自負はあったが、あのバリアにも効果はあったか。
──ならば、いくらでもやりようはある。
リントは人型に戻ると右腕のみを蛇腹の剣に変形させ、鞭のようにしならせる。
──オリハルコン製蛇腹剣……さあ、どう出る少年。
そのまま勢いよく振り抜き、剣は数十メートル先で様子を窺っていたレヘンまで一直線に伸びていく。
が、届く前にその勢いは止まった。
レヘンは超能力でリントの右肩を捩じ切ったのだ。
本体から切り離された蛇腹剣は、重力に負けてどさりと落ちる。
「どーん!!」
とそのままレヘンは両手をリントへかざし、超能力で押し飛ばす。
「……ぐ……!がっ……!」
まるでパチンコ玉のごとく木々や岩にぶつかり、血飛沫を上げながら吹き飛んでいくリント。
──何という圧……!体勢を立て直せない……!
その勢いは全く止まらず、やがてリントの体は肉塊へと変わり果てる。
──でも意味ないんだよなあ。シナンの末裔はすぐ治っちゃうんだもん。
──どうやって倒そう……。
困っているのはレヘンも同じだった。
ダークファイアとの戦いを経て、シナンの末裔の異常なまでの生命力は嫌と言うほど味わった。殺し切るためには何が必要か、弱点は何なのか。未だその答えは出ていないようだ。
「え!何!?」
突如、レヘンの足元に小さなネズミが大量に群がってきた。
そしてネズミの口から、ナイフの刃先が飛び出す。
「うわっ!」
レヘンは咄嗟に超能力で浮かび上がって高速回転し、足元に纏わりついたネズミを弾き飛ばした。
飛び散った肉片を、リントはネズミに変身させたのだ。
「ぐ……」
レヘンは痛みに顔を歪める。
反応が僅かに遅かったのだろう、レヘンの脚にはいくつかの浅い切り傷が刻まれ、どろりと血が垂れた。
「いてて……そうだった、体が千切れても操れるんだ」
ダークファイアとの戦いを思い出し、気を引き締め直す。
その間にネズミたちは肉塊と化したリントの元へと一斉に集まり、くっついて再生していく。
──あれ?でもアレは動いてないな……。
と、レヘンの視界に映ったのは、先程切り離したリントの右腕──もとい、オリハルコン製蛇腹剣だった。
蛇腹剣は何に変身するでもなく、ただそこに落ちたまま動かない。
「ふむ、勘付いたか……その剣はオリハルコンという伝説の金属で出来ていてな。君の察した通り、体から離れたオリハルコンは制御できないのだ。少なくとも私の力ではな」
肉片が回収されて元の形を取り戻したリントだが、右腕は切り離されたままだ。
「なるほど……」
レヘンは再び手のひらをリントに向ける。
瞬間、リントがレヘンの視界から消えた。
「え!」
攻撃対象を失い超能力は不発に終わる。
だがすぐに何が起きたのか理解したレヘンは。
「そこかっ!」
とリントの立っていた足元の地面を超能力で捲り上げた。
「くっ……!流石だな……」
その地面の下から、下半身をドリル状に変化させて地中へと潜っていたリントが現れる。
しかしその直後。
レヘンの足元から途轍もない速度で鋭い鉄線が突き出した。
地中に潜った一瞬のうちに、下半身の一部を切り離していたのだ。
恐らく常時張られていたであろうバリアは、鉄線の先端のオリハルコンによってあっさりと貫通され、レヘンの右腿を貫く。
さらに、腿の内側で鉄線は二つに分かれ、右脚を完全に切断した。
「ぐ……ぁあああああああっ!!」
絶叫が響く。
切断面から大量の血が噴き出す。
「ああ……流石は強者。良い"色"をしている」
その姿を見たリントは値踏みをするかのように目を細めつつ、鉄線を自らの右脚に回収していく。
「だが、やはり私の求める色とは違うようだ」
言いながら、這いつくばって痛みに苦しむレヘンの方へと歩みを進める。
──痛い……!!痛い痛い痛い痛い!!
全身から滝のような汗をかきながら、倒れたまま腿に手を当てて蹲るレヘン。
霞む視界の端には、ゆっくりと近付いてくるリントの姿。
──超能力……使わなきゃ……!!敵……来る……!超能力超能力超能力……!!
震える手のひらをリントへ向けるが、狙いが定まらない。
「……終わらせよう。子供が苦しむ姿は、私とてあまり見ていたいものではない」
リントは歩きながら左腕を剣に変え。
レヘンの眼前に到達すると、剣を高く振り上げ、その首へと振り下ろす。
が、その刃が届く前に、リントは吹き飛んだ。
「ぐっ……!?まだこんな力が残っていたか……!」
リントは即座に全身から鉄線を伸ばし、周囲の木々や岩に刺すことでその吹き飛ばしを耐え、体勢を立て直す。
「誰だか知らないが、感謝しよう。これでようやく命令が届く」
「!?」
リントは耳を疑う。
そのセリフは、間違いなくレヘンの口から放たれたものだった。
先程まで激痛に震えていたとは思えないほど冷静に、レヘンは超能力で浮かび上がり、リントを見据える。
「なるほど。お前、リント・ペインタスか。百年の眠りからようやく覚めたようだな」
「……何者だ?」
別人のような言葉遣いに、リントはそう尋ねるしかない。
体は間違いなくレヘンだが、これまで戦っていた純粋な少年とは"中身"が違うことを察したのだろう。
「知る必要は無い」
レヘンは冷たい声で答え、手のひらを向けた。
† † †
「あれ……?」
気が付くとレヘンは、マウトの屋敷に寝かされていた。
「よう、起きたかレヘン」
「ハクさん!」
傍らにはハク・スパイラルが座っていた。
「もしかしてハクさんが助けてくれたの!?」
「あ?」
レヘンは勢いよく体を起こして、嬉しそうに問い掛ける。
「あんなピンチから助けてくれるのなんてハクさんくらいしかいないよ!敵もすっごい強かったし!」
「……そうか、やっぱ戦ってたんだな」
「え?」
「いや、俺が起きた時にはお前がいなくなっててよ。魔力も感じねえもんだから外に出てみりゃ、屋敷の前で倒れてたんだよ」
「……屋敷の前で……?それ、変だよ!ボクが戦ってたの、ここからだいぶ離れた場所だよ!?」
困惑するレヘン。
リントと交戦した場所は、この屋敷から十数キロ以上も離れていたはずだった。
「わあってるよ。いくら寝てたっつっても、近くでお前が戦ってりゃ気付く。大方、予想以上に敵が強くて、ギリギリんところで瞬間移動使って逃げてきたんだろ」
「瞬間移動……」
「記憶がねえのも仕方ねえさ。脚にあんなデカい切り傷付けられてりゃあな。魔力で回復はさせたが、一応まだ安静にしとけ」
そう言ってハクはレヘンの上半身を優しく押し、再び寝かせる。
「切り傷……?」
右脚に目をやると、確かにそこには脚があった。
傷──などと呼べるほど生易しいものではない、完全に切断されたはずの右脚が。
「何……これ……」
巨大で不気味な違和感が、レヘンの視界をぐらつかせる。
「どうした?レヘン」
「……ボ……ボクの脚……ハクさんが見つけた時には繋がってたの?」
ゆっくりと深呼吸して何とか目眩を落ち着かせ、レヘンは確認する。
「ん?ああ。かなり傷は深かったがな。わざわざそんなこと訊くっつうことは、切り落とされたのか」
「……うん……」
ハクは眉間に皺を寄せて、少し考え込み。
「そうか……お前はとんでもなくイレギュラーな存在だ。何か、訳のわからねえ事態に巻き込まれてるのかもしれねえ。いや……むしろその中心にいるのがお前なのかもな、レヘン」
† † †
惑星エズクトゥレク。
魔族との戦いが起きている星──惑星クロスから、数千光年離れた位置に存在する小さな星だ。
地表の九割ほどが海に覆われ、生命は少数のみ存在するものの、気候などの環境から知的生命体が住むには向かず、様々な星が機械を送り込んで資源を掘り起こすだけの無人星。
そこへ、一機の小型星船が飛来する。
星船はその海の中へと突入すると、海底にある巨大な洞窟へ進んでいく。
海底洞窟の奥には小さな空間があった。
そこに星船は着陸し、一人の黒髪の男が降りてくる──ガルンビカイナ人だ。
男が岩の壁に向かって進むと、壁面に隠されていた長方形の自動ドアが開いた。
内部には無機質で機械的な通路が伸び、その傍にはいくつかの部屋があるようだが、男は全て素通りして一番奥の大きな部屋に入った。
「戻ったか、四号」
幅五メートルほどの大きなモニターの前に座っていたガルンビカイナの老人が、その椅子を半回転させて振り返る。
猫背になった白髪の老人で、ゆったりとした白衣を纏っている。その頭には他のガルンビカイナ人と同じようなヘッドホンは装着していない。代わりに、五センチ程度の小型の機械が両耳に付けられていた。
「はい」
と、入ってきた男は跪き返事をする。
「首尾は?」
「滞りなく。我々の存在に勘付いていた"極使八星"サトゥルノ・マガライオは確実に抹殺しました」
「そうか。分かった。下がれ」
「は」
短く返事をして、男はモニター室を後にする。
老人は椅子を元の向きに戻すと、巨大モニターに流れる謎のグラフや数値、そしてオレンジ色の液体に漬けられた脳のようなものが映された映像を眺め。
「どうだアギンドゥ……ようやく"第一成功体"に接続できた気分は」
と語り掛けた。
「最高だよお父さん!アイツ、意思が強すぎて全然ボクの命令聞いてくれなかったけどさ、やっぱりその分持ってる力も桁違いだ!敵をぐっちゃぐちゃにしてやったよ!」
そう楽しそうに語る少年の声は、老人の耳元の機械から聞こえている。
「そうか、それは良かった……やはりお前の力なら、レヘンの最大出力を引き出すことができるのだな」
「当たり前だよ!ボクは"アルケスサイル"でいっちばん凄いんだから!」
「ああ、そうだな……」
老人は僅かに口角を上げるが、その目はどこか悲しげだ。
「もう少しだ。もう少しで、お前に肉体を与えてやることができる……アギンドゥ……」




