七十四章 †魔を貫きし弾丸†
「あ……あんたら、街の警護は……」
辛うじて意識を保っているカガリはその後ろ姿に向かって問い掛ける。
「北部に出現した魔族の対処が終わりましたので、戻って参りました。援軍を警戒しているということであれば、各所に騎士団の精鋭を配置してますのでご安心を」
と、副団長のヴェルミリア・グランヴェーテが振り返って丁寧に答えた。
最初にフリーズらの元へ現れた際には二十人ほどいた騎士団員だったが、現在ここへ駆けつけたのはその半分の十人だけだ。
──……確かに、最初に見た時より団員が減ってんな。一度魔族を退けたとしても、今みてえに後から援軍が出てくる可能性も充分にある。いつどこに出現するか分からねえってのが魔族を相手にする上で厄介な要素の一つだ。
──流石夜の騎士団、ちゃんとしてやがるぜ。
カガリが感心していると。
「いや~、遅なってごめんなぁ。魔族自体はもうちょい前に片付いとってんけど、ちょっとやらなあかんこと増えてもうてな……」
深く溜め息を溢しつつ、ヨハンは言う。
──この状況で、戦うより優先してやらなきゃいけねえこと……?
カガリは引っ掛かるが、この状況で事細かに説明している暇はないだろうと、質問を飲み込んだ。
「何だてめえらは!」「吸血鬼か!?」
魔人たちは突然現れた集団に怒りを向ける。
「吸血鬼やのうて"ヴァンプ族"な。今時そんな悪者みたいな呼び方したら差別扱いで炎上すんで〜。ま俺はどうでもええねんけど……すまんな、出てきて早々……あんたら皆殺しや」
ヨハンは普段の飄々とした態度のまま、素早い手つきで左手の拳銃を構えた。
「んだそりゃ!そんな魔力も篭ってねえ玩具で──」
「避けろ!!」
リーダー格の魔人の声に反応し、その銃口の先にいた魔人は咄嗟に身を屈める。
そのスピードはヨハンが引き金を引くより速く、放たれた弾丸は魔人の頭上を通り過ぎたが、さらに奥にいた別の魔人に命中──頭部を貫かれて倒れた。
「な……!」「防壁が貫かれた……!?」
それを見た魔人たちは目を疑い、同じくカガリも驚愕する。
「……魔力貫通弾か……!」
「正解♪さあみんな、やったってー」
とヨハンが指示を出すと、騎士団員たちは一斉に両手を前に突き出す。
そして一瞬のうちに手を拳銃に変化させ、次々と発砲した。
「ぐあっ!?」
その弾丸はやはり魔力防壁を容易く貫き、魔人たちの体に風穴を開けていく。
僅か数十秒で魔人の二割ほどが地に伏した。
「舐めるなよ……!」
リーダー格の魔人はそう言って地面を叩き割り、地盤を捲り上げて壁を作った。
それに倣って他の魔人も、各々破壊した地面や建物の壁などの障害物を利用したり、魔法を使える者は自ら壁を作り出すことで、弾丸を防ぎ始める。
「貴様ら人間が魔力を貫く銃弾を持っているという情報はこちらにも伝わっている!防壁は貫けても所詮はただの弾丸!ならば物理的な壁で防げばいいだけのこと!」
レオザークが魔人相手に最初に魔力貫通弾を使用してからすでに四日──当然魔人側も対策は練っていた。
だが。
「甘いねん」
ヨハンは不敵に笑う。
気付けば魔人たちの上空に、コウモリの群れが羽ばたいていた。
そしてコウモリは突如、拳銃に変身する。
次の瞬間、銃弾の雨が降り注いだ。
全てが魔力貫通弾──魔人たちは一気に半数近く数を減らした。
銃弾を撃ち尽くすと再びコウモリに戻り、空中で一箇所に集まっていくと、やがて立体パズルが組み上がるかのように一つの塊となる。
塊の正体は、副団長ヴェルミリアだった。
「どや、凄いやろウチの副団長。あれだけの数に分裂して完璧に操れんのはあの人くらいやで」
ヨハンはカガリの方を振り返ってドヤ顔を披露する。
そこへヴェルミリアは静かに降り立ち。
「いいからあなたも戦ってください団長」
と釘を刺す。
「へいへーい」
ヨハンも面倒そうにサーベルを抜き放ち、魔人の方へと向かっていった。
「すっげえな……!」
カガリの元へ歩み寄って、心の底から漏れ出たような声でそう言ったのは、メルトだ。
「メルト!無事だったか!」
「へへ、カガリに比べりゃな。風に流されちまって、ちょっと道に迷ってた」
空中で魔力切れを起こした後、随分と離れた場所まで飛ばされていたようだ。
「ってハルにゃん!大丈夫か!?」
カガリの前に倒れているハルクスに気付き、メルトはすぐに駆け寄る。
「あたしを庇って魔人にやられた……クソッ、情けねえ……」
「……大丈夫だ、息はあるぜ。けど全身アザだらけだ。ハルにゃんに限ってこのまま目を覚さないなんてことはないだろうけど、早く治療してやんなきゃ──」
とメルトがハルクスを抱え上げようとしたその時。
「あらメルトちゃん、何よそんなに顔近付けて。私が寝てる間にキスでもしようとしたのかしら?」
ぱちりとハルクスが目を開けて、いつもの微笑を浮かべながら言った。
「ハルにゃん!」「ハルクス!」
その笑みに釣られるように、険しくなっていた二人の顔が同時に綻ぶ。
腹筋で上体を起こしたハルクスだったが。
「……っ……!いたた……レディの後頭部にあんな攻撃仕掛けるなんて……」
すぐにハルクスは顔を歪め、自身の後頭部を押さえた。
やはりダメージはかなり大きいようだ。
「大丈夫か?ハルにゃん。あんまり動かないほうがいい。魔人のことなら心配ない。今は夜の騎士団が戦ってくれてるからな」
そう言ってメルトが目線で示した方向へ、ハルクスも顔を向ける。
「あら……道理で生きてるわけだわ。みんなボロボロで、正直終わりかと思ったけど……」
「へへ、だな!でも良かったぜ。これでもっと戦える!」
メルトは笑う。
「うふふっ、流石メルトちゃん。どれだけ派手にやられても全然めげないわね」
「おう!もう逃げないって決めたからな!それに……自分でも感じてんだ。オレ、めちゃくちゃ強くなってる!みんなと並んで戦えてるのが嬉しいんだよ」
その純朴な笑みに、カガリとハルクスは今まで通りの慈愛に満ちた表情を見せるとともに、頼もしさを感じていた。
まだ数日の付き合いとは言え、メルトを最も間近で見てきた二人には、途轍もないスピードで成長していくその姿が強烈に焼き付いているのだ。
「……にしても、めちゃくちゃ強いな騎士団のみんな。すごい勢いで魔人が倒れていくぜ」
「ああ、思った以上だね」
と、そこにクツミカが合流する。
「あんな普通の拳銃で防壁って壊せるもんなの~?」
身を隠していたアダーもいつの間にかメルトたちの元に戻ってきていた。
「いや、あれは魔力貫通弾だ。魔法学園と次世代開発室が共同で量産体制に入ったとは聞いてたが……速攻で仕上げてきたらしいな」
「もう支給されてたってこと!?じゃあぼくたちが頑張って戦ってたの何だったの~!?最初からあの人たちに任せとけばよかったじゃん!」
アダーは自分の両頬に手を当てて嘆く。
「いや、多分、ついさっき届いたんだ」
「ほえ?」
「連盟は今密かに世界中に支給班を飛ばしてるはずだ。クロムは特に本部からは近いしな。他より届くのが早くても不思議は無え」
──やらなきゃいけねえことってのは多分、到着した支給班から弾を受け取って、騎士団内で分配してたんだんだろうな。
「つまり、ここからは人類も防戦一方じゃなくなるってことね?」
とハルクス。
「ああ、魔力を持たない普通の人間も魔人に対抗する術を得たんだ。戦況は劇的に変わるだろう……つっても人間自体のスペックが上がるわけじゃねえ。魔力推進で高速移動する相手に銃撃を当てるのは至難の業だ」
「確かにね。二回りほどあった力の差を、ようやく一回り程度まで縮められた、とでも言ったところか。そう考えるとやはり、この夜の騎士団の強さが際立って見えるね」
魔人を次々に屠っていく騎士団の姿を目で追いながら、クツミカは言う。
「へへっ、かっけえぜ!クロム最強の騎士団は伊達じゃねえな!」
メルトも目を輝かせながら、その戦いを目に焼き付けた。
日が登り始め、空はぼんやりと明るくなる。
いよいよ魔人は残り数人というところまで減っていた。
「嘘だろ……千人だぞ……千人いたんだ……何でコイツら、一人も死んでねえんだよ……!」
壁際に追い詰められ、ヨハンに銃口を突きつけられた魔人は憤慨する。
メルトたちの前に現れた十人の騎士団は、全員無傷で立っている。
「そらシナンの末裔やからなあ。殴られようが斬られようが穴開けられようが、俺らはそうそう死なんねん」
そうして喋っているうちにも一人、また一人と生き残りは騎士団の手で殺され。
「クソッ……」
この魔人が最後の一人となった。
「ほな、さいなら」
ヨハンは容赦なく引き金を引き、魔人の頭を貫いた。
壁に血と肉が飛び散る。
「おーし終了ー。いやあ、くたびれたわ。あんな数また来られたら溜まったもんやないでほんま」
自身の肩を揉みほぐしながら、ヨハンは言う。
「やめてください団長。そういうの、フラグって言うんですよ」
ヴェルミリアがヨハンの元へ駆け寄り諌める。
他の騎士団員たちも集まると、メルトたちの前まで近付いてきた。
「ンフフ、お見事」
と拍手をしながら最初に口を開いたのはクツミカだ。
「おおきに。お褒めに預かり光栄や、クツミカさん……やったっけ?」
ヨハンは軽く会釈する。
「すっごいよねえ!みんな超強かった!あの魔人たちが手も足も出てなかったもん!」
ハイテンションで称えるアダーに。
「いえ、魔力貫通弾のお陰です。あれが無ければ我々も魔力防壁への対抗策は少なかった」
と謙遜するヴェルミリア。
「そんなことねえだろ!貫通弾を対策されてもしっかり掻い潜ってたのは、間違いなくあんたたちの実力だぜ!」
「ああ、実際貫通弾無しでも魔人を倒してきたんだろ?」
メルトとカガリもアダーに同調して賛辞を贈る。
「それは数的有利の場合のみですから。火炎放射など多人数で取り囲みでもしなければ、魔人に対してそう当たるものではありませんし、一瞬当てた程度では致命傷にもなりえません」
「まあまあ、ええやんヴェルミリアさん。褒め言葉は素直に受け取っとこうや」
生真面目に反論するヴェルミリアに、ヨハンは呆れたような笑みを浮かべて口を挟んだ。
「……言うてもヴェルミリアさんの言う通りなんやけどな。連盟の人来てくれて、ほんま助かったわ」
「やっぱ連盟からの支給か」
「ああ、クロム王国がいっちゃん最初やったらしいで。弾数はどこも一律で四百発やって。正直心許ないけど、まあ連盟さんも大変やろし、贅沢言えんわ」
ヨハンは肩をすくめる。
「四百発……?あんたら、今の戦いで何発撃った……?」
「さあ?あんま数えてへんわ」
怪訝な顔で尋ねるカガリに、惚けた顔で首を傾げるヨハン。
「これからさらに増援が来るかもしれねえんだぞ!?」
「え!?そうなん!?なんも考えんと撃ちまくっとったわ!どないしよ~!」
「はあああ!?」
頭を抱えるヨハンに、カガリは声を荒げた。
「くだらない冗談はお辞めください団長」
強気な声で二人の嘆声をぴたりと止ませたのは、ヴェルミリアだ。
「案じる必要はありませんカガリさん。今回の戦いで実弾を使用したのは団長のみです」
「は……?」
「我々の変身能力で魔力貫通弾を再現したのです。実物の観察と、その原理の解明さえできれば、我々シナンの末裔は何にでもなれますから。そのために時間を要し、救援が遅くなったことはお詫び申し上げます」
「あはは、そゆこと♪俺が撃ったん、三十発くらいかなあ。それくらいやったら許してくれるやろ?」
「使いすぎです」
「ええ!?辛辣!」
相変わらずのコントを繰り広げる団長と副団長を、後ろの団員たちは慣れきった様子で見守っている。
「……んだよ、マジで馬鹿かと思ったじゃねえか……」
調子を狂わされたカガリは、目線を外して少し恥ずかしそうに頬を掻いた。
「プププ、でもさ、流石の魔族もすぐには攻めて来れないんじゃない?」
「だね。これだけ一方的にやられちゃ、敵も何らかの対策を練る時間が必要なはずだ。戦力の無駄遣いは避けたいだろうしね」
アダーとクツミカは推測する。
「よし!そんじゃあ今のうちに休もうぜ!次の戦いに備えてな!」
と、メルトの提案が採用され、疲れた体を癒すべく騎士団は基地へ、メルトらは街の宿屋へと向かうのだった。




