七十章 †真なる名†
「やれやれ……やっぱり魔人っていうのはどいつもこいつもとんでもない強さね。一般人には荷が重いわ」
と、天を衝くようなモヒカンと左右二本のツノを携えた魔人の顔面を掴み上げながら、ハルクスは嘆いた。
両者とも全身にいくつもの打撲痕が残されており、激しい戦いを物語っている。
「な……何が……一般人だ……!」
魔人はそう言って体を捻り、脇腹へ蹴りを入れようとするが、ハルクスはそれを腕で受ける。
「……いったいわねえ……こんな脚の力だけで打ったような軽い蹴りでこの威力が出るんだから、魔力って狡いわ」
ハルクスは僅かに顔を歪めたものの、それでもまだ余裕を感じさせる。
しかし魔人はその蹴りの反動でハルクスのアイアンクローから逃れていた。
「フン、魔力も使えねえ下等種族が……!っつうか……どこが一般人だよてめえ!魔力無しでなんでそんなパワーあんだよ!」
魔人は汗を拭いながら吠える。
「うふふっ、これが筋肉の力よ。最高のトレーニングと徹底した栄養管理、そしていつでも最高のパフォーマンスを発揮できる状態の維持……その全てが出来てこそ筋肉アイドルたる私の務め」
「筋肉アイドルって何だよ……どうせてめえシュウの末裔──」
「私の前でその名を口にしないで」
突如、ハルクスの目の色が変わった。
一瞬にして魔人の至近距離に踏み込み、その腹部に鉄拳を叩き込む。
「ごあっ……!?」
防御は全く間に合わず、魔人は血を吐きながら飛んでいく。
その飛んだ先に。
「おっと」
クツミカがいた。
"竜憑依"によって鋭利になった爪が手刀の形で突き立てられ、飛んできた魔人の胴体を貫く。
血を吐きつつも踠く魔人だったが、やがて気を失い力無く項垂れる。
「あら、ごめんなさいねクツミカちゃん、そっち飛ばしちゃって」
「ンフフ、問題ないよ。こっちもさっき終わったところだ。なかなか強かったけど、竜の力を宿した僕の敵じゃあないね」
魔人に突き刺さった手刀を引き抜きながら、クツミカは涼しい顔で答えた。
ハルクスと違い苦戦した様子は一切なく、その後ろには巨躯の魔人が倒れているのが見える。
「流石ねクツミカちゃん」
「キミこそ随分と余裕そうじゃないか。ただの人間にしては」
そのクツミカの言葉から、何か気遣いのようなものを感じ取ったのか、ハルクスは僅かに眉を顰めた。
「……うふふ、もしかしてさっきの見られてた?」
「ああ、すまない。聴覚も抜群に上昇しているもので」
クツミカは少し気まずそうに目を逸らす。
「全部聞こえてたのね」
「……ああ。盗み聞きするつもりはなかったんだがね。まあ僕は他人に興味なんてないから、言いたくないことは言わなくていいよ」
ファサァ、と髪を払いながら言うクツミカに、ハルクスは。
「いえ……むしろ、そんなアナタになら話していいかもね……興味なかったら忘れてちょうだい」
と前置きし、告げる。
「私の本名は、ハルクス・ドレッドノート。十勇シュウ・ドレッドノートの家系よ」
「ほう……?ではその筋肉は、血筋によるものだと?」
「まさか。アナタなら見て分かるでしょう、この筋肉。鋼鉄の体なんかじゃないわ」
胸筋をピクピクと動かしながら肩をすくめるハルクス。
「……だとすると……夜の騎士団の彼のように、力を継げなかったのか?」
クツミカは推測を投げ掛ける。
それが正しいのであれば、シナンの末裔でありながら変身できない騎士団長ヨハン・デッドリーにハルクスが随分と感情移入していたのも頷ける。
しかし、ハルクスは首を横に振った。
「それ以前の問題よ。私はね、捨て子だったのよ」
「……!」
悲しげな微笑を浮かべてハルクスは言う。
「ドレッドノート家はカガリちゃんのスパイラル家と同じく世界連盟に所属してる。その任務の中で、私の養父バルムルスがサイフィンの紛争地帯に捨てられてる私を見つけたの。子宝に恵まれず焦っていた彼は、私をすぐに養子に迎えた。勿論、周りには血が繋がっていないことを隠してね。けれど私は一般人……鋼の肉体を持つドレッドノート家の跡継ぎとしては相応しくない。会合の場でも常に奇異な目で見られたわ」
「それで外に?」
「ええ。ルックスだけは良かったからアイドル事務所に入ってね、順調だったわ。だけどずっと、どうしてもあのドレッドノートの筋肉が私の頭にこびり付いて離れなかった。腹が立って仕方がなかったわ。あの家が嫌で外に出たのに、あの筋肉に心を囚われたままなんてね……だから私はアイドルを辞めて、筋肉アイドルになったのよ」
「……?」
その意味が理解できず、クツミカは首を傾げる。
「ドレッドノートの筋肉を忘れるには、私自身がそれ以上の筋肉を付ければいい……それが私の出した結論よ」
ハルクスはそう言って、輝くような白い歯を見せつけ、にかっと笑った。
それを見たクツミカもやや呆れたような微笑を浮かべる。
「ンフフ、それでそこまで鍛え上げるとは、恐れ入るよ」
「うふふっ、ありがと♪でもまだまだよ。何者にも揺るがされない究極の筋肉に辿り着くまで、私は磨き続けるわ♪」
とハルクスは誇らしげに上腕二頭筋を膨らませた。
「ちょっとそこ〜!何おしゃべりしてんの〜!?」
そこへ割り込んできたのはアダーだ。
今し方魔人を倒し終えたようで、"夢想の絵筆"をブンブンと振り回しているアダーの背後には、華奢な体に不釣り合いな巨大なツノを持つ魔人が、全身に火傷を負って倒れていた。
「魔人倒してもまだ魔獣が残ってるでしょ!休んでるヒマないよ!」
アダーは頬を膨らませて怒る──が。
「魔獣?どれのこと?」
ハルクスはそう言って肩をすくめた。
「はあ~!?」
と聞き返しながら周囲を見渡すアダー。
そこには一体足りとも魔獣の姿はなかった。
「あれ?もしかしてもうみんな倒しちゃった感じ……?」
呆気に取られるアダーに、ハルクスは答える。
「ええ、地元の人たちがね。でも全部焼き尽くしたのはカガリちゃんよ。私もよくは見てなかったけど……」
正確には、ヴァンプ族たちによって倒された魔獣の死体がパペティアによって操られ、カガリによって灰燼に帰した。
三人の視線は、火炎を撒き散らしながら戦うカガリとパペティアの方へ、そしてその上空で空中戦を繰り広げるメルトと姉弟の方へ向けられる。
「わ~お……すっごい……」
カガリとメルトの激しい動きを目の当たりにして、アダーは思わず舌を巻く。
「やれやれ、まるで野獣同士の喧嘩だ。美しくないね」
「そうかしら?花火大会みたいで綺麗じゃない」
髪を掻き上げながら言うクツミカに、ハルクスは冗談を返した。
──思った以上に強えなコイツ……。
カガリは戦いながら、段々と危機感を覚え始めていた。
「どうしたよカガリ!もう限界か!?」
「誰が!」
紅蓮拳がまたもぶつかり合う。
大きな炎の波が周囲に拡散し、ビルの窓という窓が熱に歪められて割れていく。
パペティアは未だ笑みを浮かべたままだが、カガリの表情は必死そのものだ。
──あたしもメルトも魔力の限界が近え……なのにコイツは全く魔力切れの気配がねえ。死体操術を使いながら戦ってるんだ、消耗はあたしらより遥かに激しいはずなんだがな……。
一方、メルトは。
「くっそー!反撃する隙がねえ!」
二人の猛攻に対し、逃げの一手を取り続けるしかなかった。
「"斬空"」
フリーズが唱えるとともに、幾重にも連なった空気の刃が放たれる。
それを魔力推進により避けていくが、避けた先には首無しジールが先回りしていた。
「!!」
紅蓮拳のアッパーカットが叩き込まれる。
メルトは魔力防壁を纏った腕でガードするも、その威力に押されてさらに上空へと弾き飛ばされる。
「……!?」
が、お陰でメルトは気付いた。
十数メートル下で、フリーズとジールは浮いたままメルトを見上げて静止しているのだ。
──追ってこない……?絶対追撃が来ると思ったのに……。
周りを見れば、戦いの中でいつの間にか随分と高度が上がっている。八階建てほどのビルが並ぶ街並みが、数百メートル以上も下に見える。
──そうか!"死体操術"で操れる範囲には限界があるんだ!だからパペティアがカガリと地上で戦ってる今、アイツらはこの高さまでは追ってこれねえ!
──なら、今がチャンスだ!
と、メルトは爆薬に着火し飲み込み、止まっている二人の方へと急降下する。
次の瞬間、拳が膨張し。
「爆薬魔拳!!」
叫びながら、その巨大な拳を振り下ろした。
しかしフリーズを一度戦闘不能にしたその技が、再びフリーズに直撃することはなかった。
当たる寸前で首無しジールがフリーズを横から弾き飛ばし、一身に引き受けたのだ。
ジールは全身の骨を砕かれ、上空から一気に地上まで叩き落とされる。
──メルト!やったのか!
と百メートルほど離れた地点に落ちてきたジールに気付いたカガリは、メルトのいる上空へと目をやる。
が、そこには全身を凍結され落下するメルトの姿があった。
ジールによって助けられたフリーズが、爆薬魔拳によってメルトに生まれた隙を突き"氷結"を放ったのだ。
「メル──」
思わず叫びを漏らしたカガリの腹に、パペティアの紅蓮拳が直撃する。
カガリは吹き飛ばされビルの壁に叩きつけられるもすぐに立ち上がり、再度紅蓮拳を灯そうとした──が。
「…………嘘だろ……魔力切れ……?」
炎はつかない。
絶望するカガリに。
「くくっ、あっけねえ幕切れだな!まあ気にすんな!てめえもあっちの風船も、仲良くあたしが使ってやるからよ!!」
パペティアは言い、紫の紅蓮拳を構えて飛び掛かる。
「!」
が、その拳は届かなかった。
「やれやれ、世話の焼けるリーダーだね」
クツミカがカガリの前に立ち、紅蓮拳を受け止めたのだ。
「へえ……竜人ってヤツか。くくっ……いいな……ついでにあんたの死体も貰っとこう」
パペティアはニヤリと笑う。
次の瞬間、パペティアの背後から子供が描いたようなピンク色のミサイルが飛来し、背中に直撃──大爆発を起こした。
それはアダーが夢想の絵筆で作り出したものだった。
「死体操るとか趣味悪すぎ!引くんですけど!」
そう言って絵筆を振り回すアダー。
同時に周囲に次々とミサイルが出現し発射されていく。
「そらそらそらそら~っ!!ブッ飛んじゃえ~っ!!」
着弾と同時に爆発が何度も何度も繰り返され、轟音が街中へ谺した。
その百メートルほど離れた地点では、凍り付いたメルトをハルクスが抱えていた。
地面に落下して砕け散るという最悪の結果は免れたようだ。
「メルトちゃん……生きてるのかしらこれ」
ハルクスは困った表情で呟く。
メルトは頭から爪先まで全身が氷塊に包まれ、一切動けない状態だ。
「!」
その上空から雨のごとく降り注いだ氷の針を、ハルクスは咄嗟に背筋で受け止める。
それからメルトを地面に置くと、改めてフリーズを見上げ。
「うふふ……魔法ごときで私の筋肉を壊せると思わないことね♪」
といつもの微笑を浮かべた。
アダーが攻撃している間に、クツミカはカガリを抱えてパペティアから距離を取っていた。
「はあ……はあ……どう!?けっこう効いたんじゃない!?」
アダーは疲弊した様子で絵筆を振るのをやめ、立ち昇る黒い爆煙の中へとドヤ顔で問い掛ける。
「……なんだよ、こんなもんか」
「ほえっ!?」
爆煙の中からゆっくりとアダーの方へ姿を現したパペティアは、ボロボロになった服に反して、体にはほとんど傷を負っていないようだった。
「うっそん!?今のでノーダメ!?」
「……やれやれ……化け物かい?彼女は……」
流石のクツミカも苦笑を浮かべる。
「あたしと同等以上に戦り合えるんだぜ……化け物に決まってる」
クツミカの腕から下ろされたカガリは、膝をつき息を整えながら言い、残る僅かな魔力を全身に纏いながら立ち上がる。
──……B2とまではいかねえが……そこらの魔人とはレベルが違いすぎる……幹部クラスと言われても驚かねえ……。
──何より厄介なのはアイツが魔導士だってことだ……紫の紅蓮拳──"紫炎流"は、紅蓮拳に魔法で生み出した炎を練り合わせて戦う……威力は"紅炎流"とさして変わらねえが、炎操作の精密性や自由度は段違いだ……そして何より、魔法のお陰で圧倒的に魔力効率が良い……残る魔力にここまで差が付いたのもそのせいだろう……。
カガリはパペティアを睨め付けながら、戦いの中で分析したパペティアの力について思考を纏めていき。
「クツミカ」
と隣のクツミカに声を掛けた。
「何だい?」
「……"あれ"使え。アイツはそのレベルだ」




