六十九章 †踊りし人形†
「メルト」
と声を掛けたのはカガリだ。
メルトはその声に振り返り。
「カガリ!見てたか!?オレの新技!」
と弾むように立ち上がって自慢げに言うが。
「すまん、見てなかった……あの女、思ったよりやりやがる」
カガリはそう言ってへたり込んだ。
よく見ればその口元からは一筋の血が伝い、黒セーラーの一部が焼け焦げて露わになった肌にはアザが浮かんでいる。
「だ、大丈夫か!?」
メルトはすぐに駆け寄る。
「ああ、問題ねえ。苦戦はしたが勝ちは勝ちだ」
カガリと交戦したジールは頭部を消し飛ばされ、その体だけが転がっていた。
「へへ、流石だな」
それを見たメルトはまるで自分のことのように誇らしげに笑みを浮かべ。
そして背後に感じた魔力へと目線を向けた。
「烈焔のカガリィ……よくもガキどもをブチ殺しやがったな。命……貰うぜぇ」
現れたのは頭部の左右に合計十本ものツノを生やし、顔中に大量にピアスを付けた女の魔人だった。
フリーズ以上の長身でモデル体型ながらも、胸の膨らみはジール以上に発達し、鮮やかなピンク色のベリーショートヘアの襟足だけを長く伸ばし二つ結びにしている。
外見は三十歳程度に見えるが、フリーズたちをガキ呼ばわりしていることから、それなりに年齢を重ねているのだろう。
「チッ、しょうがねえな。来い──」
カガリは立ちあがろうとするが、メルトがその肩に手を置きそれを止めた。
「休んでろカガリ。オレが守ってやる」
にっと笑ってその魔人の前に立つメルト。
「あ?誰だよてめえは……邪魔だ」
魔人は怪訝な顔で言う。
「オレは勇者メルト!あんたこそ誰だよ!」
「……パペティア」
威勢よく名乗るメルトに対し、投げやりに答える魔人──パペティア。
「パペティア。カガリはオレたちの切り札だ。そう簡単に戦わせてやると思うなよ!」
メルトはパペティアの意識をカガリから逸らそうと挑発する。
「知るかよ……」
パペティアは面倒そうに眉を顰めるが、メルトはさらに。
「つうか言っとくけどな!カガリがやったのはそっちの女の魔人だけで、向こうのビルのヤツ倒したのはオレだぞ!」
と噛み付く。
「てめえごときにアイツが負けただぁ?んなわけねえだろ……えーっと……アイツ何つったっけ名前。まあいいや……取り敢えず邪魔すんなら殺すわ」
パペティアはやはり投げやりに言い、両腕を左右に広げる。
「"死体人形の舞踏会"」
パペティアが唱えた瞬間、両手の先から糸のような魔力が街中に拡散した。
「何だ……!?」
メルトが警戒し両手を構えたのも束の間。
その頬に炎の拳が襲い掛かる。
メルトは間一髪上体を反らしてかわす。
「……!」
その拳の主は、頭部を失ったジールの体だった。
さらに。
「"氷結"」
とビルの穴から起き上がってきたフリーズが、二本指でメルトに照準を合わせながら唱える。
「くっ!?」
メルトはすぐに空中へ回避するも間に合わず、足元が氷に捕らわれる。
「メルト!」
それを見たカガリは紅蓮拳から小さな炎の粒を飛ばし、氷を溶かした。
「サンキューカガリ!」
と空中からカガリに礼を言うメルト。
その視界に入ったのは、カガリを取り囲むようにぞろぞろと近付いてくる魔獣たちだった。
「な、何だありゃあ!?」
メルトが驚くのも無理はない。その魔獣たちはすでに死に、塵となって消えかけているのだ。
カガリもすぐに立ち上がって紅蓮拳を構える。
「コイツは……"死体操術"かよ……!」
「何だ?それ……」
「死体を操る魔法……協会に禁止指定されてる魔法の一つだが……アイツらにゃそんなもん関係ねえわな」
静かにパペティアが広げた両手の指を折り曲げた瞬間、一斉に魔獣たちがカガリを襲う。
「波濤紅蓮拳!」
カガリは全方位に炎を広げ魔獣たちを瞬殺すると、すぐに首無しジールの元へと飛び掛かった。
いくらメルトが強くなったとは言え、魔人三人相手では分が悪い。
ジールはカガリの紅蓮拳を同じく紅蓮拳で受け止める。
「くく……身のこなしは生前と変わらねえか……」
カガリは苦し紛れの笑みを溢すが。
「生前と変わらねえだ?んなわけねえだろ……ソイツら全員死体だぜ。痛みもなけりゃ体力の限界もねえ。あたしの魔力が尽きねえ限り無限に踊り続けんのさ」
パペティアはそう言って、指揮棒を振るかのように両手を動かし、そこらじゅうに転がる魔獣の死体をカガリへと差し向けていく。
「チッ、邪魔だ!」
無論ただの魔獣がカガリに敵うはずもなく次々と粉砕されるが、狙いはカガリを倒すことではなかった。
「カガリ!」
助けようと空中から降りてくるメルトに。
「オイオイ、てめえの相手はソイツらだろ」
「!」
フリーズとジールの二人が立ちはだかる。
メルトは再び急上昇して回避するが、フリーズは浮遊移動、ジールは紅蓮拳のジェット噴射によって追跡してくる。
「"斬空"」
フリーズが指先を向けて放つ空気の刃をなんとかかわしつつ、メルトは距離を取ろうと全力で飛行するも、その速度は明らかに不足していた。
接近する魔力に気付いて振り向いた時にはすでに、至近距離で首無しジールが紅蓮拳を振りかぶっているところだった。
「ぐあっ!」
その一撃でメルトは空中から一気に叩き落とされる。
魔力防壁が無ければいくら風船族とは言え死んでいただろう。
──クソッ、どうする……十勇の末裔二人相手に戦えるのか……?今のオレの力で……。
瓦礫から起き上がりながら、メルトは考える。
今でこそ剣術と魔力を得たが、訓練する前までは恐らくこの街に暮らす一般ヴァンプたちにも勝てない程度の強さしかなかった。
そんな自分が、魔人にして十勇の末裔──しかも一人はカガリを苦戦させるレベルの相手に、数的不利の状況で戦うことなどできるのか。
「!」
そんなメルトの視界に入り込んだのは、魔獣たちと戦うカガリの姿だった。
カガリは飛び掛かってくる大型の魔獣を殴り飛ばしながら、ほんの一瞬メルトと目が合うと、にやりと笑みを浮かべる。
そしてメルトも、釣られるように笑った。
──ま、ゴチャゴチャ考えたってしょうがねえ。
──それより戦いに集中しろ。オレがカガリを守るんだ!
ぐらついていたメルトの精神は、カガリとの僅かなアイコンタクトによってあっさりと立ち直る。
二人の信頼関係はそれほどに強固なものとなっていた。
そして空中のフリーズとジールを見上げ。
──カガリと並んで戦えるようになるには、あれくらい一人で倒せなきゃ話にならねえ。そうだよな、カガリ。
再び飛び上がろうと僅かに膝を曲げた瞬間。
「"氷結"」
とフリーズがメルトの全身を氷塊に封じ込めた。
しかし直後、メルトの体は大きく膨張し、氷塊を砕く。捕らわれる寸前に爆薬を飲み込んでいたのだ。
メルトはすぐに体内の空気を口から噴出させると、その勢いを利用して地面スレスレを高速移動する。
上空から次々に放たれる"氷結"を全てかわしながら、メルトは先程落としたままだった起牙丸を拾い上げた。
そのまま地面を蹴って一気に空中へ浮上──フリーズとジールに空中で対峙し、起牙丸を構える。
「来いよゾンビたち!オレが終わらせてやる!」
その様子を見上げながら、カガリは。
「くくっ、いい啖呵切るじゃねえかメルト」
と嬉しそうに笑う。
が、すぐに視線を下ろし、死体たちを操るパペティアを睨め付けた。
「さあ、邪魔な雑魚は片付けた。あたしと戦ろうぜパペティア」
周囲の魔獣を全て消滅させ、もはやパペティアの操り人形となる死体は無い。
「あぁ……?何だよ……お姫様みてえに守られてるだけかと思ったぜ」
欠伸混じりにパペティアは言う。
「欲しいんだろ?あたしの命がよ!!」
カガリは右手の紅蓮拳で加速し一瞬でパペティアに接近すると、左の紅蓮拳を突き出す。
しかしその瞬間カガリの足元から四本の腕が伸び、両足首を掴み止めた。
──まだ死体人形を隠し持ってやがったか!
カガリは転倒しかけるも、咄嗟に炎を噴射して無理やり空中へ上昇。地面の下に隠れていた二つの死体を引き摺り出した。
その顔を見てぴくりと目を見開く。
──ヴァンプ!?
その死体は魔族ではなく、このヴァンプシティで殺されたであろうヴァンプ族のものだったのだ。
だが、カガリは微塵も揺らがない。
空中で縦に高速回転し、足首に縋り付く死体を振り落とす。
石畳に叩き付けられたヴァンプの死体たちは、ぐちゃり、と鈍い音を立てて潰れた。
カガリはすぐさま体勢を立て直し。
「こんなもんで動揺すると思ったかよ!"穿孔紅蓮拳"!!」
と空中から放った炎の槍に対し、パペティアは静かに右手のひらを向けると、紫色のバリアを展開。
「オイオイ……いいのかよ、民間人の死体をそんな乱暴に扱って……」
穿孔紅蓮拳を完全に防ぎつつ、怪訝な顔でパペティアが言うと。
「そりゃこっちのセリフだ!敵も味方も関係なしか!?クソみてえな技だな!」
カガリも全力の嫌悪感を示しながら言い返す。
──チッ、めんどくせえ……。
──"死体人形の舞踏会"は敵の死体を操ってこそ輝くはずなんだがな……ヴァンプの連中、どいつもこいつもなかなか死なねえ上に、せっかく手に入れた死体もこのザマかよ。
──ポンダーめ、なんであたしをこんなとこに送りやがった?
そんな苛立ちをぶつけるようにパペティアが右手を捻る動きをすると、バリアは回転しながら槍のように変形し、カガリへと一直線に撃ち出された。
「"紅蓮壁"!!」
カガリは前方に炎の壁を作り出し、その槍を燃やし尽くす。
しかし間髪を入れずにパペティアがさらに右手を握り込むと、その瞬間カガリを球状のバリアが包み込んだ。
そしてバリアは内側へ圧縮され、カガリの体を押し潰していく。
「波濤紅蓮拳!!」
とカガリは両手の炎を一気に増大させ、バリアを粉砕。
そのままその炎を後方にジェット噴射してパペティアに接近し。
「激烈紅蓮拳!!」
渾身の紅蓮拳を叩き込む。
が、パペティアはそれを紫色の炎を宿す拳で受け止めていた。
「紅蓮拳……!しかも紫かよ……!?」
ぶつかり合う紅蓮拳に力を込めながら、カガリは驚愕する。
「くくっ……あたしがアイツらの母親なんだよ……!紅蓮拳ぐれえ持ってて当然だろ!」
カガリに似た凶暴な笑みを浮かべてパペティアは叫ぶ。
「"ガキども"って、そういう意味か……ケッ、だったら名前くらい覚えてやれよ!」
カガリも釣られるように笑みを浮かべながら、さらに火力を上げるが。
「知るかよ!名前なんざ……どうでもいいだろ!」
パペティアはそれをさらに上回る火力を出し、カガリを吹き飛ばした。
カガリは空中で数度回転して着地し、立ち上がって再び紅蓮拳を燃やす。
「……くくっ……何だよ、本体も普通に強えんじゃねえか……お姫様みてえに守られてるだけかと思ったぜ!!」
「言ってろクソガキィ!!」
意趣返しのように言うカガリに、パペティアは舌ピアスを覗かせて大きく叫んだ。




