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六十八章 †進化せし者†

 

「ええ……?なんや、俺ら蚊帳の外やんな。せっかく出張ってきたんに……」

 目の前で魔人と戦い始めたメルトたちに、騎士団長ヨハンは首を捻った。

「魔獣はまだ残ってますよ団長。それに北部へ向かった少数部隊からの応援要請も入っています。ここは彼らに任せて、我々はそちらを対処するべきかと」

 ヴェルミリアは腕を剣に変え、飛び掛かってきた魔獣を斬り裂きつつ提案する。

「結局雑魚掃除かいな。ほなみんな、やっといてー。俺この人たちの戦い見守っとくから」

「堂々とサボらないでください」

 腰のポーチから紙パックを取り出しストローを刺すヨハンに、ヴェルミリアは冷たい視線を向けて諌める。

「ヴェルミリア副団長の言う通りや。あんたまだ何もしてへんのに、何"ブラッドジュース"飲もうとしてんねん」

 とヨハンから飲み物を取り上げたのは、騎士団の一人だった。

 恰幅のいい銀髪のモヒカンで目つきは悪く、顔面の左側には大きな火傷跡が残っている。

「ちょ、ダリア!血分補給くらい別にええやろ!」

 と慌てて取り返すヨハン。

 ダリアと呼ばれた男は怪訝な顔で睨み。

「けっ、何であんたが団長なんや。ヴェルミリアさんなら誰も文句あらへんのに」

 とストレートに毒を吐いた。

「何でってそりゃ、俺がデッドリー家の長男やからやんか。デッドリー家は国の宝なんやから、尊敬せなあかんでー。なあみんな……ってあら?」

 そんな憤慨を向けられることにも慣れているのか、変わらずへらへらとした態度でヨハンは言うが、騎士団の面々はすでに魔獣退治に向かっており誰もいなくなっていた。

「……認められたきゃ仕事せえや」

 吐き捨てて、ダリアも魔獣の元へと走っていった。

「へいへーい。やりゃええんでしょやりゃあ」

 面倒くさそうに口を尖らせながら、ヨハンもそれを追う。

 右手では腰に差したサーベルを抜き、左手では軍服の内ポケットから拳銃を取り出し、流れるように魔獣を殺していく。


「わあ、すっごいね〜あの人。めちゃくちゃ強いじゃん。なんであんなに嫌われてんだろ〜」

 と、それを見て驚くのは、ハルクスに続いて降りてきたアダーだった。

 傍らにはクツミカもすでに降りてきている。

「私の情報網によれば彼──夜の騎士団団長ヨハン・デッドリーは、変身できないのよ」

 とハルクス。

「変身できない!?シナンの末裔である意味!」

「そう、クロムの王族にして代々騎士団長を務めるデッドリー家の長男にもかかわらず、彼は変身能力を持たずに生まれた。国を守る立場にある人間としては致命的よ」

「……なるほど〜、だからハルにゃんもあの人じゃなくて副団長さんを仲間に選んだんだね〜」

 得心がいった様子で頷くアダーだが。

「いえ、そうじゃないわ」

 ハルクスは否定する。

「ほえ?」

「どういうことだい?」

 クツミカも関心を寄せ、尋ねる。

 ハルクスは笑みを浮かべながらヨハンに熱い眼差しを送り。

「ウフフ……見ての通りよ。彼、変身しなくても普通に強いの。きっとみんなを見返したくて、死に物狂いで鍛えたのね。私には服の上からでも彼の筋肉の美しさが理解できるわ」

 と誇らしげに言った。

「ほえ〜。じゃあどうして……?」

「それはね、単に仕事への意識がめちゃくちゃ低いからよ。やる気がないの」

「あ、そういう問題!?」

「きっと実力を認められて騎士団長に就任した時点で、燃え尽きちゃったのね。まあ正直気持ちは分かるわ。私も筋肉アイドルとして頂点に上り詰めた時は、そこがゴールだと思って調子に乗ってたもの。だけど夜の騎士団は国中の憧れ的存在……そんなんじゃあ国民に示しがつかないでしょ?」

「……そっか~。でもそれだけ苦労してきたってことだよね~。ぼくちょっと同情しちゃうかも」

 アダーはそう言って苦笑する。

「名家に生まれた者の苦悩というヤツか。ンフッ、まあ僕は天才すぎて努力とは無縁だったけれど……確かに気の毒だとは思うよ」

 髪を掻き上げつつ、クツミカはふと横へ目を向ける。

 そこには新たに三人の魔人が現れていた。

 フリーズ曰く、ポンダーが警戒したいくつかの場所のうちの一つであるヴァンプシティ──そこに差し向けられる魔人が、たった二人で済むはずもなかった。

 マジポリアにも連盟本部にも、幹部を含む数十人を向かわせていたことを思えば、フリーズとジール以外にもまだ数十人が街に現れていて不思議ではない。

「さて、何はともあれ、僕らも始めようか。儚くも美しき──戦いを」

 言いながら、挑発するように流し目で魔人たちを見据えるクツミカ。


 それを見た魔人は。

「チッ……ジールたちがおっ始めやがったからこっちに来てみりゃ、余りもんみてえなヤツらしかいねえじゃねえか」

「そ、そんな怖い顔で文句言わないでよぉ。おしっこ漏れちゃう」

「ぎゃははは!オデが全員潰してやるど!」

 とちくはぐなやり取りをしながら、ゆっくりと近付いてきた。


「はあ~しょうがないにゃ~……真ん中のおっきい人は肉体派の二人にお任せしま~す」

 とぼやきつつ、"夢想の絵筆アメツァレン・ピンツェラ"を取り出すアダー。

「それじゃあ僕が真ん中をやろう。キミたちはそれぞれ左右を頼むよ」

 続いてクツミカがかっと目を見開き、"竜憑依(ルナ・ゴラド)"を解放する。

「分かったわ。実は私もメルトちゃんと同じで魔人相手は初めてなのよねぇ……お手柔らかに♪」

 初めてとは思えないほど余裕たっぷりな表情で敵にウインクを送りながら、ハルクスは組んでいた腕をついに解いた。



 一方、フリーズと対峙するメルトは。

 ──参ったな……任せてくれなんて言ったけど、コイツさっきの穿孔紅蓮拳ですでにフラフラだ……。

 新たに考案した技を使うまでもなさそうな敵を前に、戸惑っていた。

 フリーズは次々に"残骸穿荊(デブリスティンガー)"を飛ばしてくるが、明らかに狙いが定まっていない。メルトはほとんど動いていないにもかかわらず、トゲの弾はメルトの横を通り過ぎていく。

 たまに正面に来たとしても、メルトの腕力ですら簡単に叩き落とせる程度の威力しか出ていない。

 ──……けど、相手は十勇の末裔だ。油断はしねえ。

 メルトは気を引き締め直し、集中する。

 トゲの弾の動きを的確に目で追いながら、タイミングを伺い。

 ──今だ!

 フリーズが弾を撃ち尽くし、新たな弾を瓦礫から作り出す、その僅かな隙を突いてメルトは飛び出した。

 が。

「っぶねえ!」

 メルトの踏み込んだ足元から、突如巨大な氷の槍が突き上げられた。

 間一髪、メルトは強く地面を蹴って空中へ逃げる。

「……はあ……それをかわすのか……どんな反射神経してるんだよ……」

 フリーズは眉を顰める。

「反射じゃねえさ。近接武器しか持ってないオレをそう簡単に近付けさせるわけないからな。罠には警戒してた」

「チッ……ていうか何それ?なんで浮いてるんだ……」

「へへ、秘密」

 魔力推進によって空中を自在に移動する──レイボンとの戦いで身につけた、メルトだけの技。

 フリーズが知るわけもなく。

 ──"浮遊移動フロートムーヴ"かと思ったが、魔力の流れからして魔法じゃない……やろうと思えば推進で擬似的なものはできるだろうけど……そうだとしたら効率が悪すぎるだろ……。

 と思考に意識を裂く。

 カガリも言っていた通り、魔力推進や魔力防壁は魔力の消費が激しい。

 だからこそそれを扱う者には、使用する魔力量を調節しつつ必要な場所やタイミングに絞って発動する精密な魔力操作が求められるわけだが、人体を浮かせるほどの推進をし続けるとなれば、当然その消費もかなり増える。

 つまりこの空中浮遊は、身軽な風船族にのみ許された特権なのだ。

 ──まあいい……何にしても飛べるだけなら問題は──。

 瞬間、メルトは加速した。

 罠の発動すらさせないまま、意識の隙間を縫うようにフリーズへと距離を詰め、起牙丸を振り抜く。

「!!」

 しかしその刃はフリーズの体表に届く前に動きを止めた。

「"甲氷層アイスシールド"」

 と唱えるフリーズの体表には、厚さ数センチメートルの氷の層が纏わりついていた。

 ──魔力防壁じゃない……!?剣が抜けねえ!

 その"甲氷層"に沈み込んだ起牙丸の刃は、凍りついて固定された。

 メルトの足が止まったその隙にフリーズは杖代わりの二本指をメルトの眉間へと向け、"残骸穿荊デブリスティンガー"を撃ち放つ。

 周囲から一斉にメルトを目掛けてトゲが飛来するも、咄嗟に起牙丸を手放して再び空中へと回避した。

「ふうっ、やっぱ油断ならねえな、十勇の末裔……!」

「こっちのセリフだよ。何なんだ?お前は」

 フリーズは自らも浮遊し空中のメルトの目前に接近していた。

「!」

「飛べるのは自分だけだとでも?」

 そして再びメルトの眉間へ二本指を向けるが。

「思ってねえよ!」

「!」

 メルトはフリーズの伸ばした腕を右手で掴んで照準を逸らすと、引いた左拳を強く握り締める。

 ──カガリとの特訓がこうも早く役に立つとはな……。

 ドラガウル国からクロム王国への移動中に筋膨X(パンプアップ)の中でカガリに教わった、剣を失った時のための徒手空拳の技術。

「はっ!!」

 と気合いを込め、メルトは渾身の左ストレートをフリーズの胸部に叩き込んだ。

 無論胸部にも"甲氷層(アイスシールド)"を纏っていたが、メルトも先程の斬撃よりさらに多くの魔力を込めていたのだろう──氷の層を弾き飛ばす。

「かはっ……!」

 と、フリーズは予想外の威力に耐えきれず、吹き飛ばされてビルの壁面に激突した。

 さらに追撃しようと高速で接近してくるメルトを目で捉えたフリーズは、すぐに二本指を立ててメルトへ向ける。

「"大氷壁(アイスウォール)"!!」

 フリーズが唱えた瞬間、二人の間に直径五メートルほどの分厚い氷壁が出現した。

 その表面には近付くのも躊躇うほどの鋭い氷柱が大量に突き出ている。このまま突撃すればメルトは蜂の巣になるだろう。

 が、メルトは速度を緩めない。

 ──行くぞ──進化したオレの必殺……!

 と飲み込んだ爆薬が右拳を膨張させ。


「"爆薬魔拳(ばくやくまけん)"っ!!」


 巨大な拳を氷壁へ叩きつけた。

 ただの"爆薬パンチ"ではない、魔力を纏った拳は、氷柱をものともせず容易く粉砕し奥のフリーズごと押し潰す。

 フリーズはどうやら氷壁だけでなく体表にも魔力防壁を張っていたが。

 ──クソッ……防壁が……壊される……!

 元々満身創痍だったフリーズの魔力防壁など弱々しいものだった。

「くそおおおおおおおおおっ!!」

 断末魔が響き。

 そしてメルトの拳がビルの壁面ごと叩き潰すとともに、声が途絶えた。

 ビルの内部の瓦礫の中で、フリーズは倒れる。白目を剥いて口や全身から血を流し、体のあちこちが折れてあらぬ方向に曲がっていた。

「やっ……た……」

 とそれを確認した瞬間、メルトの口から空気が一気に抜け、さながらジェット風船のように吹っ飛んでから落下する。

 メルトは僅かに息を切らしつつ、ビルに開けた大穴を見上げ。

「……あちゃー……やりすぎたかも……」

 と苦笑を浮かべた。


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