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六十七章 †死なざる王国†

 † † †



 クロム王国。

 日付変更線直下、クロドロジア大島(たいとう)の北部に位置し、陸地面積の六割を占める広大な君主制国家。

 その面積に反して人口は二千万人程度と少ないが、その理由は明白である。

 クロム王国は、ヴァンプ族──即ち吸血鬼が国民の七割を占める、通称"夜の王国"なのだ。

 日光に弱いヴァンプ族が暮らすためこの国の社会は昼夜逆転しており、街は日没後こそ活発に動き出す。ゆえに国外からの移民が定住することは少なく、ヴァンプは寿命が長い分あまり繁殖もしないため、人口は遥か昔からほとんど変わっていないのである。


 "浄化カタルシス"から数時間が経過し、クロム時間は現在午前四時を回る。

 北西部、由緒正しき石造りの建物が立ち並ぶ首都・ヴァンプシティにも、魔族が侵攻を開始していた。

 ゲートはすでに塞がれているものの、かなりの広範囲に渡って大量の魔獣が拡散している。

 ただし、肉弾戦において巨人族に次ぐと評されるヴァンプ族の強さは、魔族の想像を絶するものだった。

 ヴァンプの真骨頂とも言うべき再生能力に加え、骨格の近しい動物への変身能力。

 そしてその能力に頼らずとも、大型の獣人に匹敵するほどの高い身体能力を普遍的に持っている。

 街中に解き放たれた雑兵の魔獣程度では、そこに暮らす一般住民たちにすら容易く駆除されてしまうのだ。


「はあ……恐ろしいな……魔獄じゃ吸血鬼はダークファイア様くらいしか見たことなかったけど、地上の吸血鬼もここまで戦えるとは……」


 小さな建物の屋上から街を見渡しながら、その魔獣たちを操っているであろう魔人の男が不安げに呟く。

 赤黒いマッシュヘアーの隙間からは湾曲した二本ヅノが突き出し、すらりとした長身に黒いローブを羽織る。そしてその手には、先端にトゲ鉄球の付いた棒状武器を装備している。

 ──まあでも"魔導士の学校"とか"世界連盟の本部"とか、ポンダーさんが警戒してたいくつかの要素のうちの一つがこの"吸血鬼の国"らしいし、これくらいは当然と思わないとな……。

 ──あれは何だ?血か……?

 魔獣を倒した後の住民が休みながら、紙パックに入った飲み物をストローで吸っているのを見つけ、観察する。

 ストローを通っていく飲み物の色は、真っ赤に染まっていた。

 そしてそれを飲んだ途端、戦闘で疲労しているはずの住民は急激に力を漲らせて再び戦場に赴く。


「フリーズ、呑気に観察してないであんたがとっとと片付けちまいなよ」


 横からその魔人に口を出したのは、紺色の髪を腰の辺りまで伸ばした、いかにも強気な女の魔人だ。

 フリーズと呼ばれる男と同じく黒いローブを羽織るが、その前面は大きく開いており、いわゆる"女王様"風の露出の多いコスチュームを露わにしている。唇には青い口紅が塗られ、額の右側にはドリルのように捻れた短いツノを持つ。

「う、うるさいなジール……だったらお前がやればいいだろ。吸血鬼狩りなんて、お前の力が一番向いてるんだから」

 フリーズは眉を顰めて言う。

 ジールと呼ばれた女は鼻を鳴らして笑い、強気に切り返す。

「このあたしが愚民なんか相手にすると思ってんのかい?姉の言うことは素直に聞いとくもんだよ」

「チッ、都合いい時ばっか姉貴ヅラして……」

「あ?なんか言ったかい?」

「……別に……」

 そんな会話から、どうやら二人が姉弟であることが分かる。

 姉ジールの圧に押されてフリーズは仕方なく建物から飛び降りると、魔獣たちと互角以上に渡り合うヴァンプ族たちの前に参戦した。

「な、何やお前は……!」「気ぃ付けろみんな!魔人や!」

 住民たちも流石に怯むが、国を守るため覚悟を決めているのだろう。逃げるどころか、逃すまいと集まってきてフリーズを取り囲んだ。

 フリーズはそれを冷静に見回す。

 ──囲まれた……でも好都合だ。いちいち追いかけ回さずに済む。


「"氷結フリージング"」


 そう唱えて鉄球棒を一振りすると、一瞬にして周囲の住民たちが巨大な氷塊に捕らわれた。

「……はあ……良かった……この程度なら杞憂に終わりそうだな……」

 言いながら、凍らされた住民たちの方へとフリーズはゆっくり歩み寄り、鉄球棒を振り上げる。

 そのまま勢いよく叩きつけると、氷塊はその中の住民の腕ごと砕け散った。

 と、その時。


「オイオイオイ!あかんてそんなことしたら!」


 そう言いながら氷塊の奥から何者かが歩いてくるのが見えた。

 フリーズは警戒して目を細める。

「いくらヴァンプ族()うても、そんな大怪我そうそう治らんねんで。シナンの末裔やったらともかくな。せやから……こっからは俺ら、"夜の騎士団"が相手したる」

 現れたのは、黒と紫を基調とした軍服に身を包んだ、二十人ほどのヴァンプの集団だった。

 喋っていたのはその中でも先頭に立つ、茶髪のロン毛を綺麗にセットした、眼鏡の青年だ。

「夜の騎士団……なるほど、(ナイト)騎士(ナイト)を掛けてるのか」

「おっ!シャレが分かる魔人もおるんやなあ!……って別にそういうわけちゃうわ!張り倒すでホンマ!」

 ──騒がしいなこの人……。

 激しくノリツッコミするその青年に、フリーズが若干萎縮していると。


「団長、もう少し落ち着きを持ってください。私たちまで品性の無い集団だと思われかねません」


 その隣に立つ長身黒髪の女が耳元で静かに言った。

「うっさいわボケェ!誰が下品やねん!」

「うるさいのは貴方です。そうやって怒鳴るの、今時パワハラですよ」

「いや怒鳴ってへんて!ただのツッコミやろ!」

 冷めた顔で耳を塞ぐ女に、険しい顔で訴える青年。

 そんな二人のやり取りをフリーズは白けた表情で静観していた。

「あ?何見てんねんコラ」

 と青年はチンピラ顔負けに睨みを効かせる。

「はあ……そりゃ見るでしょ……目の前の敵から目を離す馬鹿がどこにいるんだ」

「それもそうやなあ。けど甘いで」

 フリーズの背後には二人の騎士団員が剣を構えて迫っていた。

 そのまま勢いよく剣が振り下ろされる。

「何が?」

 しかし、その剣がフリーズに届くことはなかった。

 無詠唱による"氷結フリージング"が背後の団員を襲い、その体を氷塊の中に封じ込めたのだ。

「はあ……言っとくけど不意打ちなんて無駄だよ。僕たちは魔力で敵の居場所を感知できる」

「そんくらい知っとるわ。せやから"甘い"言うてんねん」

「!」

 氷塊は瞬く間に内側から溶かされ、オレンジ色の炎が一直線にフリーズへと降り掛かった。

「俺ら"夜の騎士団"は、十勇シナンの末裔だけで構成された王国最強の部隊。あらゆる状況に対応できるように、何百っちゅう武器や道具の情報を頭ん中に叩き込んどる。氷が相手なら火炎放射器で溶かせばええねん」

 炎に包まれたフリーズに、青年はしたり顔で説明する。

 さらに青年の背後に整列していた騎士団員たちも前へ出てフリーズを取り囲むと、一斉に腕を火炎放射器に変えて炎を放った。

「どや?流石に効くやろ。連盟の情報によれば、魔力防壁でも熱までは防げんらしいしな」

 フリーズの体は轟々と燃え盛り、動く気配もない。

 が。


「ああ……なるほど……厄介だな」


「!」

 瞬間、フリーズを包んでいた炎が消えたかと思うと、羽織っていたローブがボロボロに焼け爛れてするりと落ちた。

 しかし当のフリーズ自身は、何事もなかったかのように無傷で立っていた。

「嘘やろ!?効いてへんの!?」

 青年は目を丸くする。

「あの羽織っていたローブが耐火性のものなのでは──」

 と横の女も驚きつつ、口元に手を当てて推測するが。

「いや、ただのローブだよ」

 それを遮るようにフリーズが否定する。

「これはただの──僕の"体質"だ」

「体質ぅ!?何言うてんねん!炎が効かん体質て何や──」

 と、言いかけたところで青年は気付いた。

 国を守る騎士団に所属し、自身も十勇の末裔である以上、他の十勇の特性についてもある程度の知識は持っている。

 青年が思い出したのは、"炎耐性マックス"にして二人の十勇の血を継ぐ一族。

「まさか……お前……」

「ああ。僕は十勇マイナとレッカの末裔──僕の前に、あらゆる炎は無力だ」

 フリーズは敢えて絶望感を演出するかのように、両手を広げて告げた。


「へえ、じゃあ試してみるか!」


 と、声が響いたのは上空からだった。

「ようやく来てくれたか」

 青年が空を見上げ、にやりと微笑む。

 そこには筋肉大膨張号Xスーパーパンプアップ・エックスが浮かんでいた。

 そしてすでにその下の乗降口が開き、カガリがフリーズたちの元へと降下しているところだった。

 ──この魔力……ジールと同じ……。

 空中のカガリの魔力を感知し、フリーズは僅かに眉を顰める。


「穿孔紅蓮拳!!」


 カガリは降下しながら、フリーズ目掛けて槍のごとく伸びる紅蓮拳を飛ばす。

 騎士団が放った火炎放射の威力とは比べ物にならないほどの速度で、その紅蓮の炎は真っ直ぐにフリーズを捕らえた。

 が、やはりその炎で火傷を負うような様子はない。

「あかんでカガリさん!こいつもアンタと同じスパイラルの一族や!炎は効かん!」

 青年がカガリに向かって叫ぶが。

「くくっ、んなこたあねえよ。あたしらに効かねえのは炎の"熱"だけだ。それなら"火力"で物理的に押し潰しゃいい!」

 カガリが言うとともに、穿孔紅蓮拳の威力はさらに増す。

「くっ……!」

 フリーズの顔から余裕が消え、咄嗟に両腕で防御姿勢をとった。

 徐々に降り掛かる炎の量は増大し、火力に押されてフリーズの足は地面を割り、沈み始める。


「オラアッ!!」


 とカガリが気合いを込めた瞬間、瞬間的に数倍にまで膨れ上がった火柱が地面に深く突き刺さり、巨大な穴を作り出した。

 その火柱に呑み込まれたフリーズも恐らく穴の奥底へと叩き落とされ、完全に沈黙している。

 氷塊に囚われていた周囲の住民たちもその熱によって解放された。

 空高く舞い上がった火柱はやがて消えていき。

「ふうっ、一発目から同族にブッ放すことになるたあな」

 と軽く嘆きながら、ようやくカガリが着地する。

「ひゃー怖……なんちゅう威力しとんねん……流石やなカガリさん」

 青年は熱を帯び陽炎の発生した穴を覗き込んで苦笑しつつ、カガリの方へ歩み寄った。

「あたしを知ってんのか」

「勿論!お噂は予々(かねがね)。俺は"夜の騎士団"団長のヨハン・デッドリー言います。よろしゅう。ほんでこっちが……」

「副団長のヴェルミリア・グランヴェーテです。以後お見知り置きを」

 やはり軽いノリでカガリと握手を交わす青年──ヨハンに対し、隣のヴェルミリアは、丁寧に深々と頭を下げて名乗る。

「おお、あんたがヴェルミリアか!ハルクスから聞いてるぜ」

「伺っております。魔族の本拠地への突入に際して、私も同行してほしいとの件ですね」

 メルト一行がこのクロムに訪れた目的──新たに仲間に引き入れんとする人物は、このヴェルミリアだったようだ。

「ああ。その件だが、一旦保留だ」

「え?」

 カガリの言葉にヴェルミリアは小さく驚く。

「事情が変わったんだ。手短に話すが、今から大体十三時間後、天域の結界が解けて天使の援軍が来る手筈になってる。それまでオレらでなんとか魔族を退け続けりゃ、相当形勢が傾くはずだ」

「て、天使ぃ!?あれもホンマにおんの!?初耳なんやけど!?」

「ああ。あたしも初めて見た」

 と大きなリアクションをとるヨハンをカガリは静かに受け流し、話を続ける。

「クロムからヴァリアールまでは十五時間近く掛かる。それなら今から向かうより、地上で戦い続けたほうがよっぽどいい。連盟本部からの連絡によれば、敵の幹部──"七落閻(ドミネイトセヴン)"とかいうヤツらも半分以上が削れてるらしいし、防衛だけに専念すりゃ少なくとも人類が滅ぶなんてことにゃならねえ」

 カガリは言う。

 実際には半分どころか全滅しているのだが、情報が錯綜し連盟も正確には把握できていない上、ポンダーに関しては魔獄内での仲間割れで殺されているため、そもそも知りようがない。


「はあ……舐められたもんだな……」


 焼け爛れた穴の中から、フリーズの声が響いた。

「まだ生きてやがんのか。流石はスパイラルの末裔……とは言え相当なダメージだろ。あんま無理すんな。大人しく投降すりゃ命までは取らねえぜ」

 穴の中へカガリが呼び掛けると、そこにはよろめきながら立ち上がるフリーズの姿があった。

 右手の鉄球棒は紅蓮拳によって無惨に砕け、ただの鉄棒になっている。

「……紅蓮拳……それにこの威力……やっぱりお前、"烈焔のカガリ"か」

「おう。あたしも随分有名になったもんだな」

 カガリは得意げに笑みを浮かべる。

「そりゃあんだけ大声で名乗り続けてたらな」と、ここに弟のレイジがいれば間違いなくツッコミを入れていただろう。


「ふんっ!!」


 と、そんなカガリを背後から襲ったのは、拳に炎を纏わせたジールだった。

 カガリはそれも魔力で感知していたのだろう。当然のように反応し、同じく炎の拳で受け止める。

「はっはっ!流石だね!噂通りだ、烈焔のカガリ!」

 ジールは飛び退いてローブを脱ぎ捨てると、両手に炎を灯す。

「誰だよあんた」

「あたしはジール!そこの出来損ないの姉さ!あんたとは一度()ってみたかったんだよ、同じ紅蓮拳の使い手としてね!」

 高慢に胸を反らし、見下しながらそう名乗った。

「くくっ、良いぜ。格の違いを思い知らせてやるよ」

 元々血の気の多いカガリも乗り気な様子で両拳に炎を灯し、受けて立つ。


「……はあ……恰好つけて立ち上がったのに……ジールのヤツ、横取りしやがって……」

 穿孔紅蓮拳の穴の底で、フリーズは頭を抱えて独りごちる。

 もはや使い物にならない折れた鉄棒を投げ捨てると、人差し指と中指を立てて杖に見立て、"浮遊フロート"を発動して穴の上まで浮かび上がった。

 ジールと戦い始めたカガリを視界に捉えると、鉄砲のようにして二本指を向ける。

「丁度いい……カガリ諸共撃ち抜いてやる」

 するとフリーズの周囲の瓦礫がゆっくりと浮かび上がり。

「"土塊(つちくれ)よ 荊棘(けいきょく)の群れと成りて 我が歩み妨げし壁を穿て"」

 詠唱が進むにつれ、瓦礫たちは捻れて鋭いトゲへと変わっていく。

「"残骸穿荊デブリスティンガー"」

 瞬間、カガリたち目掛けてトゲが一斉に放たれた──が、突如。

 上から降ってきた何者かが、素早くかつ的確に剣を振り回してトゲを斬砕した。


「へへっ、残念!お前の相手はオレだ!」


 勇者メルトだった。

「メルト!」

 それに気付いたカガリはジールの攻撃を捌きながらも声を掛ける。

「こっちはオレに任せてくれ!カガリはオレたちの切り札だ。これから十時間以上も戦わなくちゃいけないのに、こんなとこで魔力を使い果たされちゃ困るのさ!」

「はあ!?舐めてんのかメルトてめえ!あたしがコイツら程度に使い果たすかよ!」

 メルトの言い分にカガリは声を荒げるが。

「まあまあ、いいじゃないカガリちゃん♪見たでしょ、メルトちゃんの顔」

 と、メルトに続いて降りてきたハルクスがそれを宥めた。

 まるで未知の世界に心を踊らせる子供のように、メルトは楽しげな笑みを浮かべていた。

 奇しくもそれは、強敵を前にしたカガリ自身とも重なるような笑顔だった。

「メルトちゃんにとって初めての、魔人との戦い……しかも相手は十勇の末裔で、カガリちゃんと同じスパイラルの血筋……なのに、あんな顔してるのよ。うふふ……止められないわよねえ」

 期待の眼差しを向けながら言うハルクスに、カガリも反論する気を失う。


 ──カガリとの特訓でかなりコツは掴んだ。いきなり実戦で上手くいくか分かんねえけど……見てろよカガリ!オレの新技!

 メルトは目の前のフリーズを見据えて口角を上げ、愛剣"起牙丸"を構えた。

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