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六十六章 †脳裏巡りし走馬灯†

 † † †



 命暦一六〇〇年。


 今から四百二十五年前──魔族が初めて地上に戦争を仕掛けた。

 当時の魔獄を統べる王はライザーの母、フォースだった。

 従えた魔人の数はおよそ二万。魔獣はおよそ十五万。

 現代でライザーが従える大軍勢には遠く及ばない数だが、同じくこの当時は人類も強力な現代兵器を持たず、むしろその侵略速度は現代以上と言えた。


「フォース様、侵略は順調ですじゃ。このままいけば七日もあれば完全にこの星を征圧できましょうぞ」

 地上の拠点とする城で、ポンダーが報告する。

 すでにポンダーは中年くらいの年齢に見えるが、右目の眼帯はまだ付いていない。

 無論、この城は地上の国から奪い取ったものである。


「かっかっか!微温(ぬる)い微温い!こんなものか、地上の虫螻(むしけら)どもよ!」


 二十メートルほどの大巨人──魔獄女王フォースは、上機嫌に眼下の街へと叫んだ。

 通常より巨大なれど見た目は普通の巨人と変わらず、ライザーのような獣の顔は持っていない。手入れなどまるでしていない長い黒髪を野生的に後ろへ垂らし、ティアラのような金色の冠を額に装着している。

「あまり(はしゃ)がれるな母上。みっともない」

 その後ろには、当時十五歳の若きライザーが控えていた。

 まだ成長途上のためかフォースよりも背は低く、通常の巨人と同じ十メートルほどだ。

「かっかっか!貴様は真面目すぎるのだ!完全に侵略が終わってしまえば、もう二度とこんな大戦(おおいくさ)は味わえんのだぞ!?祭りと思って愉しむがいい!」

「……しかし、一部の地域ではこちらにも甚大な被害が出ている。十勇の末裔や魔導士の力は侮れぬ」

 眉間に皺を寄せ進言するライザーに、フォースは怪訝な顔で訊く。

「そこまで慎重になる理由は何だ?」

「…………いや、我の考えすぎやもしれぬ。気にされるな」

「?……おかしなヤツだ。まあ良い」

 首を傾げつつ、フォースは再び街へと視線を落とした。

「貴様もよく見よ、この世界を」

 フォースに呼ばれ、ライザーもその横に立って街を見下ろす。

「何を感じる?」

「……何も」

「かっかっか!それでこそじゃ。この程度では満ち足りまい。貴様はいずれ我を超え、我らが祖、十勇"ルイン"をも超え、最強の魔族となる運命なのだからな。そのために穢らわしい獣人などと子を成したのだ」


「貴様は、この世界の頂点に君臨するために生まれたのだ」


 当時のライザーに、名は無かった。


 魔獄において、親が子に名付けるという文化は無い。

 魔人の持つあまりに自分本位な性質から、子を作るという行為すらも乱暴に乱雑に行われるのが常だ。

 地上の人類のように、まともに恋愛をして子を成すことなど滅多に起こり得ない。

 故に産んだ子を忌み嫌い捨てる者や、産んだ子に興味すら持たずに捨てる者も後を絶たず。

 そうした歴史から、やがて親による命名文化も失われていった。

 名を持っている魔人に関しては、成長するにつれその性格や特徴、戦闘方法などから次第に周囲から呼び名を与えられ、それが定着する。

 ごく一部には未だ命名を行う一族も存在するが、現在魔獄に生きる者のほとんどがこの名付け方法に則っているのだ。


 † † †


 戦争開始から四日目──クリンゴ共和国・マジポリア。

「クソッ!何なんだこのジジイ!」「つ、強すぎるっ!」

 数十人の屈強な魔人たちが、強力な突風に纏めて弾き飛ばされ尻餅をつく。

 その中心には一人の老いた魔導士が立っていた。


「その程度では儂は倒せんぞ?魔人どもよ。さあ、もっと仲間を呼んで向かってくるが良い」


 長く伸ばした白髭を触りながら言うのは、マジポリア学園学園長──ノウズ・ノームだった。

 見た目は現代とほとんど変わらない。現在千五百歳を超えるというノウズはこの時点でも千歳をとうに超えているのだからそれも当然と言える。

 被害を最小限に留めるべく、あえて挑発し敵兵を自分の元へと集めようとしているのだろう。

「舐めやがって……調子に乗るんじゃねえ!」

 と、すぐに立ち上がって飛び出したのは、左右の側頭部にS字のツノを持つ若い魔人だった。

「無駄じゃ」

 ノウズがそう言って軽く杖を掲げると、その先から空気の刃──"斬空(エアブレード)"が魔人の胴体へと真っ直ぐに滑走し、右胸から左腰にかけて大きな傷を付けた。

「がはっ……!」

 大量に出血しながら魔人は勢いよく倒れ込む。

「仲間を呼ばねば、(ぬし)たちも同じ目に遭うだけじゃぞ?さあ──」

 と周囲の魔人たちに目線を送ると。


「なるほど、流石は地上の魔導士たちの頭目……一般兵では歯が立たんか」


 そこにポンダーが現れていた。

「退がりなさいお前たち。戦力を無駄に失う意味は無い」

 カツン、と杖を突き立てた瞬間、周囲の魔人たちのそれぞれの足元に、小さな魔獄への(ゲート)が開いた。

 魔人たちは呆然としながらも、指示に従って続々と逃げ帰っていく。

「桁外れの魔力……何奴……」

「私めはポンダー。魔獄女王フォース様の右腕にございます」

「……なるほど……」


 二人の大魔導士の力は拮抗していた。

 戦いは長引き、両者の受けたダメージという点のみで見れば、痛み分けに終わる。

 ただしポンダーが撤退しマジポリアの町は守られたため、実質的にはノウズの勝利と言えるだろう。


 † † †


 戦争開始から五日目のことだった。

「かっかっかっ!貴様がやられるとはなポンダー!確かに息子の言った通り、侮りは禁物だったようだ!」

「申し訳ございません……次こそは必ず……」

 拠点の城にて、フォースの前に跪き深く頭を下げるポンダーの右目には、包帯が巻かれていた。

 ノウズとの戦いで受けた傷によるものだ。

「それで、戦局はどうなっている?」

「は。恐らく地上人類の兵はすでに全体の五割ほどを切っておりますじゃ。一方でこちらの被害は魔人二百五十名に魔獣が数千体……一割にも満たない程度のものです。いかに強力な魔導士がいようとも、彼奴らの守り切れる範囲はたかが知れております。数的有利が覆りつつある今、侵略速度は加速度的に上昇していくものと思われますじゃ」

「かっかっか!まあそうだろうな!我らとの力の差を──…………何だあれは?」

 そんな報告の最中に、それは降り注いだ。

 遥か遠くの空に、一筋の光。

「魔力が……消えている……!?」

 ポンダーはすぐに察する。

 そして察した次の瞬間には、光は拠点の城まで到達した。


 "浄化カタルシス"──魔族の間では後に"破魔の光"と呼ばれることになるその光は、地上各地に攻め入った魔族の大軍をものの数十秒で全て包み込み、有無を言わさず完全に消滅させていった。


「ぐああああああああああああ!!」


 フォースは鼓膜を裂くような叫声を上げる。

「母上!」

 ライザーとポンダーに覆い被さるようにして、フォースが二人を庇っていた。

「ぬぅ……!ポンダー……此奴を連れて魔獄へ逃げろ……!」

「……はっ……!?」

 ポンダーの脳は理解を拒む。

 忠誠を誓った主が、そんな声を、そんな言葉を発することなど、有り得ないと思っていたからだ。

「これは……神の仕業だ……!クソッ……絶対に許さぬぞ……!世界の管理者にでもなったつもりかあああッ!!」

 フォースは天へ向かって吼える。

「フォ……フォース様……!」

「早くしろポンダー!!我が子を絶対に死なせるな!!」

「はっ!」

 ポンダーはすぐに杖を地面に打ち付け、ライザーが通れる程度の大きなゲートを開いた。

 降りていくライザーの顔を見ながら、フォースは最期の言葉を口にする。

「良いか……貴様こそが我らの希望……!貴様こそが……全ての頂点に立つ……王になるべき存在なのだ……!!」


「……神を滅ぼせ、我が息子……"昇る者(ライザー)"よ……!!」



 † † †



 ──これは……あの時の……記憶……。

 ライザーは微睡(まどろみ)の中にいた。

 意識が薄れていくのを感じる。

 必死に目を開いても、視界は暗闇の中だった。

 ──……何が……起きている……我は……B2とダークファイアに裏切られ……──。

 そしてやがて、再び意識は微睡に呑み込まれていく。


「あははははっ!やっと堕ちましたよ、この化け物!」

 B2は歓喜に満ちた顔で言う。

 ライザーは力無く玉座に体重を預け、目を閉じて項垂れている。

 そしてB2がその手に持っていた、鉄槌から変化させた槍は、無くなっていた。

「流石にかなり時間が掛かったな。だがこれで──ライザーは我らのものだ」

 ダークファイアも僅かに口角を上げた。

 ライザーは目を瞑ったまま、ぴくりとも動かない。

 ──何をした……!?ライザー様……!

 ポンダーは状況への理解が全く追いつかず息を荒げる。

「気になりますか?ポンダー」

 そこに、ニヤリと悍ましい笑みを浮かべたB2が詰め寄った。

「ふふっ、教えてあげますよ……ボクの"半身"をライザーに注ぎ込んだんです!」

「……!?」

 ポンダーにはその言葉の意味が分からず、ただただストレスと困惑で顔の筋肉を痙攣させる。

「ポンダーほどの感知能力があればとっくに気付いてますよね?ボクが"魔人じゃない"ってこと。気を遣ってくれたのか、それとも強ければ正体なんてどうでも良かったのかは分かりませんけど……誰にも言わないでくれてありがとうございました。それだけは本当に感謝してますよ」

「……!」


「そう、ボクは"魔獣"なんです」


 B2は揶揄うような笑みを浮かべて言いながら、その口からは獣のような鋭い牙を覗かせた。

「"B2"という呼び名……由来など気にしたことはなかっただろう。名など魔獄では大した意味を持たないからな。これは第五階層(ボトム)でコイツを見つけた時に、私が付けたものだ」

 とダークファイアが口を挟む。

「単純すぎてボクずっとヒヤヒヤしてましたよ、探られたらめんどくさいですし。ホント考えが足りませんよねえダークファイアは」

「何だと?」

「だって、"(ビースト)"のBから取ってるんですよ?分かりやすすぎでしょう。ちなみに、2はどこから来たと思います?」

 とポンダーの顔を覗き込むようにして尋ねるが、ダークファイアによって口を塞がれっぱなしのポンダーが答えられるわけもなく。

「……ちょっとダークファイア、これじゃ会話にならないじゃないですかぁ」

 とB2は口を尖らせる。

「馬鹿め、この男は魔導士だぞ。口を解放すれば魔法を詠唱されるに決まっているだろう」

「ちぇっ」

 ダークファイアの正論にB2は反論もできず、仕方なくそのまま話を続ける。

「実はぁ……2は双子って意味です!魔獣は周囲の環境から魔力が集まって生まれますけど、その時同時に複数の魔獣が生まれることがあるんです!……ってポンダーならそんなこと知ってるでしょうけど……そうやって生まれた魔獣は、大体似たような魔獣になるんですよ。だって同じ魔力から生まれたんだから、当然ですよねぇ」

 と肩をすくめ。

 今度は、すんと静かな表情に変わる。

「……でも、ボクは違った。人型で魔力密度も濃く、高い知能を持って生まれたボクと、うっすーい魔力でガスみたいな体の、知能もほとんどないボクの半身。放っておけば消滅しそうなその半身を、心優しいボクは飼ってあげたんです──魔力を流し込むことで自在に形を変える、武器としてね」

 時に、敵を殴り潰す鉄槌として。

 時に、自身を飛ばせる翼として。

 時に、王を貫く槍として。

 様々な姿に変化していたB2の鉄槌は、生きていたのだ。

「もう分かりますよね?その半身をライザーの中に注ぎ込んで、体を乗っ取ったんです!」

「……!!」

 B2の手元から槍が消えたのは、その全てがライザーの体内へと侵入したためだった。

「いやあ苦労しましたよ。なんせ半身は馬鹿ですから。野生の魔獣で試したり、末端の兵で試したり……入り込んだ相手を内側から操れるようになるまで、何度も何度も繰り返し調教したんです。まあそのお陰で、強さも大きさも関係なく、入り込みさえすれば誰であろうと完璧な操り人形にできるようになりましたけどね」

 玉座で項垂れるライザーの肩に飛び乗り、B2は叫ぶ。


「さあ、目覚めろ!ボクの新しい"武器"!!」


 瞬間、ライザーは目を見開いた。

 その瞳はB2と同じ、光を吸い取るかのような暗黒に染まっていた。

 ライザーはその巨体をゆっくりと、ぎこちない動きで立ち上がらせる。

「うーん、流石にこの大きさを操るのは初めてなので、慣れるまで時間が掛かりそうですね……」

 その動きを見たB2は顎に手を当てて言う。

 ──何だ……これは……。

 ──体が勝手に動いている……?

 ぼんやりとした意識の中でライザーは、自身の体に起きた異変に困惑していた。

 僅かに動いたライザーの表情に気付いたB2は思わず吹き出す。

「フフッ……!実はこれ体の支配権を奪うだけなので、意識は若干残るんですよねえ。まあ残ったところで体を動かすことはおろか、喋ることもできませんが!くくくっ、いい気味ですよ。今まで散々ボクたちをこき使ってくれた分、お前にはしっかり償ってもらわないと!」

 ライザーはその巨大な手を、ダークファイアによって捕縛されたままのポンダーへと伸ばす。

 ──やめろ……何をする気だ……!


「殺せ」


「!」

 冷酷な声で発せられるB2の命令。

 ライザーはそのままポンダーを巨大な手で掴み上げ──握り潰した。

 指の隙間から鮮血が流れ出て、ボタボタと地面へ滴り落ちる。

 四百年──母の代から数えればさらに長きに渡って仕え続けた忠臣を、自らの手で殺したのだ。

 殺すという覚悟の元、自らの意思で攻撃するならばともかく、その攻撃にライザーの意思など微塵も篭っていない。

「あははははっ!最高!」

 その光景にB2は手を叩いて喜ぶ。

「まったく趣味の悪い……しかし、計画は成功だ。これで我々が魔獄を完全に支配した」

 ダークファイアが僅かに嫌悪感を表情に出して言うと。

「我々?くくっ、やっぱり馬鹿ですねお前は」

「何?」

 B2はライザーの肩の上で凶悪な笑みを浮かべたまま、ダークファイアを見下す。

「ライザーの力を手にした今、お前なんてボクにとってはゴミ同然!お前もボクの支配下にあるんだよ!この世界の頂点に君臨するのは、ボクだけだ!」

 すると、ライザーはポンダーを粉砕した拳をそのまま高く掲げ、ダークファイアへと振り下ろした。

 が。

「調子に乗るなB2。馬鹿は貴様だ」

「!」

 その拳はダークファイアの直前で止まる。

「高揚して契約を忘れたか?お前を第五階層(ボトム)で見つけたあの時、"使える"と確信して第一階層(スウォーム)へ連れてきてやったが……その時に言ったはずだ。"計画が完遂されるまで、お前の半身は私を決して攻撃できない"と」

「そんなのただの口約束──」

「いいや、私はあの時、お前の半身に私の"血"を混ぜたのだ。当時まだ今ほどの知能が無かったお前は覚えていないかもしれないがな」

「……!」

 余裕の表情で語るダークファイアに、B2は顔を顰め、ぎりぎりと歯を噛み締める。

「今のお前になら分かるだろう。吸血鬼との"血の契約"は決定結界(サンクチュアリ)にも等しい絶対的な強制力を発揮する。まあ、私が契約を交わしたのはお前の半身の方だけだ。お前自身が武器も無しに直接戦うと言うのであれば相手になるが?」

 腕を組んだまま強硬な態度でダークファイアは言う。

 B2の視界には、話に割って入る余地も無く待機していたリントも映り込んでいる。先程の裏切りはあくまでライザーを欺くための演技ではあったが、もし本当に二対一にでもなれば勝ち目は薄い。

 B2は苛つきながらも、少しの間逡巡し。

「……チッ……まあ良い。だったら全部終わった後で、お前はブチ殺してやりますよ」

 と、一先ずは矛を収めた。

「フン、好きにしろ」

 ダークファイアはそっぽを向き、吐き捨てるように答えた。


「さて……何にせよこれでライザーは墜とした。残すは神だ。このボクを見下すヤツは、一人残らず地の底に叩き墜としてやる」

 B2が言うと同時に、ポンダーが死んだことで祭壇上を覆い隠していた"暗幕カーテン"が消えていく。

 そこへ周囲の魔人たちの視線が注がれた。

「あ?何やってんだB2のヤツ……」「ライザー様の肩に……?」

 何の事情も知らない魔人たちは、ライザーの肩に乗ったB2を見てざわめき立つが。

「聞け魔人ども!!ライザーはボクの(しもべ)となった!!」

 B2の大声がそのざわつきを掻き消した。


「今日からはボクが!!魔獄王だ!!」




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