六十五章 †兇器交えし双魔統†
「B2か……遅かったな。もはやライザーを討つ準備は整っている」
ダークファイアは言う。
「……何をしているのかと訊いてるんです」
「この変化させた右腕は何だと思う?」
「質問してるのはこっちですよ!」
B2は声を張り上げた。
だがダークファイアは一切動じずに答える。
「言っておくが大砲などではない。そんなものでライザーを殺せるならば苦労はしないからな」
「!」
そう言われてからポンダーは気付く。
──馬鹿な……"分裂"が解除された後、眠りにつき少しは回復しているはずのライザー様の魔力が、むしろ……減少している……!
普段のポンダーならそれに気付かないはずはなかった。
だがこの緊迫する戦争の最中、意識のほとんどを地上に向けている中で、最も近くにいた味方による裏切りなど、あまりにも想定を逸脱していた。
「"魔力吸引機"──地上において、動きの鈍い巨大な魔獣が現れた際などに使われる魔道具の一種だ。文字通り前方の魔力を吸引する。数時間も当てていれば魔獣を構成する魔力を完全に吸い尽くし消滅させられるが、無論魔人相手に使えるようなものではない。だが……呑気に寝ている馬鹿など恰好の餌食だ」
「ふざけてんじゃねえぞクソコウモリ!!」
B2は激昂しながら、一瞬でダークファイアへと距離を詰める。
自分の背の翼を掴むと翼は瞬時に鉄槌へと変形し、そのままダークファイアの頭部へと振り下ろされる。
だが。
「……何かしたか?」
「!?」
ダークファイアは無傷だった。
そして砕けていたのは、鉄槌の方だった。
「馬鹿な……!今あの女が変身したのは……オリハルコンか……!」
そこへ遅れて到着したリントが驚愕する。
自分にしかできないと思っていた"非実在物質"への変身──ダークファイアの頭部はまさしくそれを行なっていた。
「ほう、先程の騒ぎ……まさか貴様が起こしたものだったとはな、リント・ペインタス。地上から落ちてきたあの像が貴様であることには気付いていたが、封印が解けるとは思わなかったぞ」
ダークファイアは横目にリントの顔を見て、僅かに口角を上げた。
「……何故私を……?」
「フン、何故だと?私と同じシナンの末裔にして、たった一人で数万人を殺した大犯罪者だ。知っておくに越したことはあるまい」
「まさかその変身は……」
「ああ、貴様を見て学んだのだ。感謝しているぞ、本当に」
「……そう易々と真似できるものじゃあないはずなんだがね……」
リントは打ちのめされたかのように眉間に手を当て、溜め息を吐く。
ダークファイアも小さく溜め息を溢し。
「そうだな。習得には苦労した……だが、あの地上の戦争から何年経ったと思っている?──百年だ。それだけあれば私程度の凡骨でも、貴様が五十年の人生で編み出した技を模倣することくらいはできる」
見下すような鋭い目線で言い放った。
「ごちゃごちゃと……うるさいんだよ!!」
B2は怒号を上げつつ、砕け散ったはずの鉄槌をその腹に叩き込む。
が、やはりダークファイアは傷一つ負うことなく、鉄槌の先が粉砕された。
「クソッ!」
「無駄だB2。こうして貴様と直接やり合うのはいつ振りだったか……貴様が双魔統の座に胡座をかいている間にも私は練磨を絶やさなかった。今や私と貴様の間には、埋めようの無い大きな差がある」
「うるさいっつってんですよ!」
余裕綽々と煽るダークファイアに、B2は苛立ちながらも砕けた鉄槌を即座に再生させる。
恐らく七落閻のトマホークのように、B2の鉄槌も魔力によって作り出したものなのだろう。
──なるほど、攻撃を受ける部分だけを瞬間的にオリハルコンに変えたのか……全身を変化させれば私のように元に戻れなくなりかねないからだ……この女すでに、私よりもオリハルコンを使いこなしている……。
間近でそれを見物するリントは、顎を摩りながら冷静にダークファイアの戦力を分析していた。
「何してるんですかリント!見てないで手伝いなさい!同じオリハルコンなら攻撃が通るはずでしょう!」
B2は指示を出すが。
「……いや、私に劣勢のお前を助けてやる義理はない」
「はあ!?」
まるで当然のごとく、リントはその指示に背いた。
「何を驚く?所詮脅しで従えたに過ぎない部下だ。信頼する方がおかしかろう。お前より上の存在がいるなら私はそちらにつくまで。構わないか?ダークファイアとやら」
そう言ってダークファイアに目を向ける。
「……好きにしろ」
ダークファイアは投げやりに答える。
「……この……!」
B2の内側に込み上げる怒りと動転──もはや罵声すら出てこなかった。
そんな時だった。
「──……騒々しい……我の前で何をしている、貴様たち」
「!!」
ライザーが目覚めた。
「ラ、ライザー様!ダークファイアが謀反を起こしました!直ちにボクが殺します!」
慌ててB2は向かっていくが。
「邪魔はさせん」
と、その横から右腕を剣に変えたリントが斬り掛かる。
B2は即座に反応し鉄槌で剣を弾くが、鉄槌には大きくひびが入った。
「馬鹿かよお前!ライザー様は別次元なんだよ!ライザー様が目覚めた時点でダークファイアの計略なんか無意味なんだ!大人しくこっちについときゃいいって分かん──……っ!」
訴えかけるB2の顔面に、リントは容赦なく蹴りを放ち吹っ飛ばす。
B2はそのままライザーの座る玉座の足元へと転がっていった。
「ふざけやがって……!」
とすぐさま立ち上がって鉄槌を再生し、反撃の構えをとるが。
「もう良い、邪魔だ。我がやる」
ライザーが立ち上がった。
二十メートルを超えるその巨体を全員が見上げる。
「……!」
ここまで冷静さを保っていたダークファイアも流石に動揺したのか、その頬を一筋の汗が伝い落ちる。
ライザーは目覚めたばかりの動きを確認するように自身の拳を見ながら、指を数度屈伸させた後、強く力を込めて握り締める。
──空気が震えているようだ……これが魔族の王の力か……!
その途轍もない迫力に、リントも足をすくませる。
ライザーはその拳をゆっくりと掲げ、勢いよく振り下ろす。
が。
「!」
ダークファイアたちを潰す直前で拳はぴたりと止まった。
「フン、殺せまいライザー……貴様の頭脳たるポンダーは」
ダークファイアはポンダーの顔を掴んで持ち上げ、盾にするようにライザーの方へと翳していた。
「以前の地上侵攻から四百年……当時を知る数少ない生き残りにして、貴様の母の代から絶えず忠臣として仕え続けた参謀……貴様からすれば育ての親のようなものだろう、ライザー」
得意げに語るダークファイア。
盾として使われたポンダーは、もはや諦めたように脱力したまま動かない。
──ライザー様……このポンダー、覚悟はできておりますじゃ。私めごと葬りください……などと、言うまでもありますまい。貴方様ならばきっと成し遂げられる……信じております、我が王よ。
そんな祈りを捧げるかのように目を瞑る。
ポンダーの想いを知ってか知らずか、ライザーは拳を再び振り上げ、次の一撃の準備をした。
「フン、やれるものならばやってみるがいいライザー!」
「……くだらぬ」
ポンダーを盾にしたまま挑発するダークファイアに、ライザーは一言そう呟いて、容赦なく拳を振り下ろす。
だが、拳はダークファイアには届かなかった。
「……何の……真似だ……B2……!」
ライザーの腹に、B2の鉄槌が槍のように形状を変えて突き刺さっていた。
「死ね、ライザー!!」
B2は凶悪な笑みを浮かべてそう叫ぶ。
すると槍の先端がドリルのごとく回転し、その傷口を抉り始めた。
血と肉片の混ざったものが次々に飛び散る。
「あははははっ!刺さる刺さる!魔力が吸引されて防壁が作れないでしょう!待ってたんですよこの時を!」
「ぐっ……き……貴様……」
ライザーはすぐに腹部の前で槍を構えるB2へと手を伸ばすが。
「させると思うか」
そう言ったのはダークファイアだった。
魔力吸引機に変容していた右腕は形状をさらに変え、巨大なライフルのような姿になっている。
「貴様から吸引した魔力──返してやろう」
銃口が白い光を放つ。
瞬間、B2へと伸びた巨大なライザーの右腕が、その光の弾に撃ち抜かれてへし折れた。
「ぐああっ……!」
ライザーは痛みに悶絶する。
「痛みを感じるなど、随分と久し振りのことなんじゃないか?ライザー」
「あはははははは!泣き叫んでも構いませんよ、存分にね!ポンダーの用意したこの"暗幕"のお陰で、外のヤツらには何も聞こえませんからねえ!恥を晒さずに済みますよ!」
双魔統は勝ち誇ったようにライザーを嘲弄する。
──何故だ……!
腹部と右腕を襲う激しい痛みに呻きながら、ライザーは脳内で嘆いた。
──何故こうなる……我らの悲願は近く達成されるはずだ……そうだろうポンダー……!
──我こそが世界の……全ての頂点に君臨する王になるべきだと……そう言ったではないか……!
──母上……!!




