六十四章 †造反せし妖鬼†
リントは紅い瞳を光らせ、上空に羽ばたくB2の姿を見据える。
「名前訊いてるんじゃないんですよ。それくらい分かるでしょう」
B2は不快そうに眉を顰めた。
「……失礼。確かにその通りだ。私はアイ王国軍・第二十五亜人部隊隊長、リント・ペインタス。獣人族と吸血鬼の間に生まれた、十勇シナン・デッドリーの末裔。二月九日生まれの五十一歳で、趣味は絵画。特技は剣術だ。好きな食べ物は──」
「そこまでは訊いてません」
紳士的に頭を下げるリントに、やはり苛立つB2。
「……それで、なんでそんなヤツがこんなとこにいるんですか」
「こんなところも何も、それは私が訊いているところだ。だが彼らが答えもせずに襲ってくるので返り討ちにしていた」
やれやれ、とリントは両手を広げて肩をすくめる。
「ここは魔獄です。人間ごときが踏み入っていい場所じゃないんですよ」
B2が苛立ちながらも答えると。
「ほう、魔獄。つまり魔族の隠れ家というわけだな?道理で魔人しかいない」
リントはそう言って、興味深そうに周りを見回した。
すると、近くの魔人の一人が口を挟んだ。
「あ、あの、B2様!私、見ていました!この男は門を通って地上から落ちてきた銅像の中から現れたんです!」
「銅像から……?」
B2は怪訝な顔をする。
「銅像と言うと語弊があるな」
と、リントは顎を摩りながら口を出す。
「あれは──"オリハルコン"だ」
「は?何ですかそれ」
B2は不可解そうに片眉を上げる。
「……ふむ、魔獄では知られていないのか。世界で最も硬いとされる、伝説上の金属だ。本来シナンの変身能力と言えど実在する物質以外は作れないが、私の磨き上げた変身能力がそれを可能にした」
「……それで?なんでそんなものの中から出てきたんですか?」
「それが……聞いてくれるかお嬢さん、本当に理不尽な話なんだ。私の趣味は絵画だと言ったろう?数多の絵を描き世に放ったが、どうも私には才能が無くてね……一枚も売れなかったんだ」
悲しげな顔で首を横に振りながら自分語りを始めたリントに、B2は眉間に皺を寄せながらも、訊いたのは自分なので仕方なく話に耳を傾ける。
「だからこれで最後にしようと、私の全てを込めた最高の一枚を描き上げることに決めた。それを描き終えたら完全に筆を折るつもりだったんだ。ところが最後の最後で、納得のいく色が出せなかった。必要だったのは、燃え盛る炎の美しい赤色だ。幼き頃に見たその色は強烈に私の脳裏に焼き付いていて、どうしてもその色を出したかった。そんな時──戦争が起きた。何故こんな時にと思ったが、それはむしろ幸運だった。戦場で敵を斬るたび噴き出す血飛沫……その色は私の求める赤に限りなく近い色だったのだ」
まさしくこんな色だと言うように、足元の血溜まりを手で掬いながら、リントは話す。
「だがそれでも完璧には程遠い。私はその最高の色を求めて戦場を駆け抜け、斬って斬って斬り尽くした。敵も味方も関係無く。しかし、ある日戦争は終わりを告げた。そして私は重大な戦犯として捕まり、処刑されることになった」
「どこが理不尽なんですか。めちゃくちゃ妥当じゃないですか」
B2の冷めたツッコミも聞かず、リントは続ける。
「あの一枚を完成させる前に死ぬわけにはいかない。そう思った私は身を守るために、肉体の全てをオリハルコンに変えたのだ。だがオリハルコンは途轍もなく強力な物質……自分でもその変身を解除できなくなってしまった。目も耳も何もかもを変化させたため周囲の状況も分からず、やがて意識も薄れていき、私は闇の中で深い眠りについた」
「自業自得すぎる」
「だがどうやら流石のオリハルコンも長い年月の中で朽ち始めていたのだろう。所詮は空想の産物だ。お前たちのお陰でオリハルコンの殻から抜け出すことができた。そこは感謝している。……とまあ、これが顛末だ。ご清聴ありがとう」
満足げに語り終えたリントは再び紳士的に頭を下げた。
聞き終えたB2は冷めた目をしながらも、何か思うところがあるのか首を捻る。
「……どうした?」
「その話……似たような話を聞いたことがあります」
「ほう。と言うと?」
「ボクたちの仲間にダイザンっていうのがいました。不死の呪いを受けた巨人です。確かソイツが──」
「ダイザン……!」
その名を聞いた途端、リントは嬉しそうに笑みを浮かべた。
「……知ってるんですか?」
「勿論だ。ダイザン・ゴンザレス──私と同じく世界連盟によって捕まった、"五国大戦"の大戦犯……確か"ルインの再来"などと呼ばれていたかな。いや懐かしい……だが何故それが魔族のところに?」
「マウトっていう変態が、地上で封印されてたのを見つけて持ち帰ったんですよ。それをポンダーとインフェルノが解析して、封印を解い……ってなんでボクがそんなこと説明しなきゃいけないんですか」
B2は大方説明した後でふと我に帰った。
「フフ……面白い。他の戦犯たちはどうなったんだ?他にも何人かいたはずだ」
「知りませんよ……いや、確かポンダーが"四鎋戦犯"とか言ってましたかね……地上各地に封印された四人の戦犯……ダイザンはその内の一人だと」
「四人……だとしたらそれは私とダイザン、それにフウマ、カカを加えた四人のことだろうな。まともに処刑しても殺せないと当時は大騒ぎになっていたが……そうか、結局封印という手段を取ったんだな」
リントは自身を封印してしまう以前の記憶を思い返して懐かしみ、笑みを浮かべる。
が、そろそろB2の我慢も限界だった。
大きな溜め息を吐くと、空中でターンして背を向ける。
「お前のことは大体分かりました。もう結構です。ボクらは今地上侵略で忙しいので」
「地上侵略……!?ほう……なるほど……それでこの大軍勢が集結しているというわけだな?」
リントは魔人たちをぐるりと見渡して、得心がいったように顎に手を当てた。
「ついて来てください。ダイザンと同程度の実力なら、お前は大きな戦力になる。ボクに従って地上を攻撃するんですよ」
「……!?……私に人類を裏切れと……?」
人差し指で誘うB2に、リントは動揺するが。
「元々人殺しでしょう」
B2は即答する。
「従わなければ?」
「殺します」
「…………」
先程までもリントを睨め付けるB2の眼力はかなりのものだったが、今リントに向けられているのはそれとは全く異なる、本気の殺意。
当然リントもすぐに察した。
「ふむ……冗談ではなさそうだ。本気で私を殺せると思っている者の目だな。そして恐らく実力も、私と同等以上と見た。恐ろしいお嬢さんだ。名前は?」
「B2」
B2は静かに短く答える。
それから少しの睨み合いの末。
「……良いだろう。B2、私が貴方の下に就こう」
リントは跪き、頭を下げた。
それを見たB2は大きく口角を吊り上げる。
が。
「お、お待ちくださいB2様!人間を我々の仲間に入れるおつもりですか!?」
「コイツは仲間を何人も殺したんだぞ!」
周囲の魔人の数人が声を上げた。
「黙れ。ボクに指図するな。死んだのは弱かったからだ」
とB2はそんな声を歯牙にも掛けず。
「行くぞリント」
「了解」
リントを引き連れて、ライザーの座す祭壇へと戻っていった。
† † †
「……な……何の真似ですじゃ、ダークファ──」
B2がリントの話をイライラしながら聞いている頃、祭壇の上では。
「喚くなポンダー」
「っ!?」
ダークファイアが左腕の先をスライム状に変化させ、ポンダーの口を覆うように張り付けて塞ぐ。
そして反対の右腕は巨大な大砲のような形になり──砲口の部分は何やらラッパのように広がっているが──その砲口は玉座で眠りにつくライザーへと向けられていた。
ライザーへの忠誠心は魔獄軍の中でも群を抜いて高かったダークファイアが、謀反を起こすなどと微塵も考えていなかったのだろう──ポンダーはまるで心臓を握られたかのように目を見開いて血走らせ、滝のような汗をかく。
「分かっていたはずだぞ、ポンダー。私は……いや、全ての魔人は他人の下に付くことを嫌う。それは魔人の本能だ。貴様とて同じだったはず……だが貴様は遥か上の存在を前に挫折し、敗北を認め、屈服した」
悪びれもせず淡々と言うダークファイア。
ポンダーは激しい怒りを顔に表しながら、手に持った杖を勢いよく振り上げてダークファイアに先端を向ける。
その瞬間、ダークファイアの足元の地面が盛り上がり、巨大なトゲとなって鋭く突き出した。
「フン、老いた貴様が詠唱も無しに放つ魔法など、恐るるに足らん」
ダークファイアは体を鋼鉄に変化させていた。恐らくはその上に魔力防壁も張られているだろう。
土から作り出されたそのトゲ程度が、貫けるわけもなかった。
そしてダークファイアはすぐさま翼を叩きつけ、ポンダーの杖をへし折って魔法を封じる。
「何、そう気にすることはない。何かが大きく変わるわけではない。ただ──頂点の担い手が代わるだけだ」
そこへ。
「何をしてるんですか?ダークファイア」
空を飛んで現れたのは、鬼の形相をしたB2だった。




