六十三章 †飛び散りし色†
イラルギはオルデナからの応援やピレッタから聞いた天域の状況などを説明、同じくカガリもこれまでの経緯と、現在クロム王国へ向かっている旨を伝えた。
「──なるほど。そりゃあ不気味だねえ。人間の仲間を集める魔人か……」
この状況下であまりに異質なマウトの存在にはイラルギも懸念を抱いたようだ。
「だが今はアイツらを気にしてる場合じゃねえ。あたしらの仲間集めの旅も次で終わりにするつもりだ。状況が状況だしな」
カガリはあくまで冷静に言う。
「そうだね。ピレッタちゃんみたいに優秀な天使さんたちが戦いの準備を進めてるってんだから、それが整うまで被害を最小限に抑えるのが今の僕らの最優先事項だ」
イラルギも同意する。
「そいじゃあこれくらいで失礼するよ。また何かあったら連絡するから、そっちもお願いね」
「分かった」
と、そこで通話が終了した。
「……だってよ」
カガリはスマホをポケットにしまいながら、目の前に座る三人と後ろのメルトに目線を送る。
「へへ、宇宙人の援軍、頼もしいぜ!それにしても、神様の上にさらに創星神様なんてのがいるんだなー!」
メルトは嬉しそうに言う。
「カガリちゃんは知ってたの?」
とアダー。
「いや、初耳だよ。今この世界で知られてる天域の情報なんてのは、ほとんど推測に過ぎねえ。歴史上であらゆる研究者がどんな手段を取っても、天域にゃ一切干渉不可能だったんだ。それくらいとんでもねえ結界が張られてんのさ」
カガリが首を横に振りながら両手を広げて答えると、アダーは怪訝な顔をした。
「ん~?じゃあなんで"神"とか"天域"って名前知ってるの?」
「……さあな……?気にしたこともなかったぜ……」
とカガリは腕を組んで首を傾げ。
そして思い出したように口を開く。
「だが、確か"神"ってのは、命暦以前に世界を一人で纏めてたっつう指導者の名乗ってた称号だ。詳しいこたあ何も記録に残ってねえが、とんでもない力を持っていたと言われてる。浄化の光──本当の名は"浄化"だっけか……たぶん初めてあれを見た当時の人間が、天に何かとんでもない存在がいることを察して、その指導者に準えたんだろう」
「うん……?だとしたら何故その指導者は"神"を名乗ったんだろうね?いや、逆か。こちらからは天域が見えなくとも、向こうからは見えているわけだから、その指導者の名を天域の住人が拝借したとも取れるね」
クツミカは顎に手を当てながら、新たに浮かんだ疑問を自ら推理していく。
それに追従するように、ハルクスも自分の推論を語る。
「そもそもその指導者ってのが本当に神様だったんじゃない?天使がこちらへ降りて来れるのなら、神様だって降りて来れるはずでしょう?」
「まあ、その可能性もあるな。知らんけど」
適当な相槌を打つカガリ。
「じゃあ、"天域"は?」
とメルト。
「いや、だから知らねえって。あたしが連盟に入った頃にはすでにそう呼ばれてたんだからよ」
カガリは面倒臭くなったのか、説明を放棄した。
結局何を答えたところで推測に過ぎないのであれば、そこに労力を使う意味はない。
「んなことより、続き始めるぞメルト!」
「おう!そうだな!」
そう言って二人は元の位置へと戻り、ミット打ちを再開する。
座らされていたアダー、ハルクス、クツミカの三人は顔を見合わせ、説教されずに済んだと微笑を浮かべた後に、同じくそれぞれの位置へ戻った。
† † †
「ふあ〜あ……暇だな……」
魔獄・マウトの屋敷で休んでいるハクは、退屈そうに寝転がりながら大きな欠伸をした。
「あ、見てよハクさん。ゲンマさん、また魔人を一人倒してるよ。これで十五人目だ」
レヘンはテーブルの上の水晶玉に映し出された地上の様子を見ながら、そんなハクに声を掛ける。
「あぁ?そりゃそこらの雑魚にゃ負けねえだろアイツは」
ハクは視線すら向けることなく雑に答えた。
ハクが最初にゲンマと戦った際には、レヘンより弱いと判断し落胆していたが、それなりにゲンマの実力は評価しているらしい。
「……ったくアイツら……こんなとこに俺ら置いて地上の魔族狩りに行きやがって……」
「まあまあ、しょうがないじゃん。今のボクたちが行っても足手纏いだよ。それに……あのバレットって人との戦い、最高だったんでしょ?」
「……そりゃそうだがよ……」
七落閻のバレット──ハクはあの戦いで全てを出し切った。
今までの人生で出逢った中で、間違いなく最も楽しい殴り合いだったと、あの戦いの直後は感じていたはずだった。
だがその充足感は、さらに遥か上の次元で戦う二人──魔獄王ライザーとマリカ・マウトによってあっさりと覆された。
そしてその二人すらも凌駕する、絶対的な神の力も目の当たりにした。
受け入れがたい事実を思い返しながら、ハクは目を細める。
「……どうしたの?」
思うところがありそうなハクの顔を見て、レヘンは首を傾げつつ訊く。
「いや、何でもねえよ……まあいいや。魔力回復しときてえし、俺は寝る!お前も観戦してねえで休んどけよ、レヘン!」
ハクは不機嫌そうにそう言って、レヘンに背を向けるように寝返りを打ち、目を瞑った。
「はーい。おやすみ」
と苦笑を浮かべるレヘン。
それから再び水晶玉に視線を戻すと、マウトたちの戦いは終わっていた。
「くくっ、良いのう。特にシガナ、うぬがそこまでやるとは思わなかったぞ」
マウトは言う。
ルギナミ村での戦いで仲間にした竜人族シガナ──その戦いをマウトたちが目の前で見るのはこれが初めてだった。
「あ、ありがとうございますっ……」
シガナは自信なげな様子で小さく頭を下げる。
「ふふ……魔人に引けを取らない膂力もさることながら、水を操る"竜憑依"はかなり応用の利く便利な能力のようですね」
とカイもその力を高く評価した。
一方で、レイボンは。
「はあ……はあ……まったく、魔人というのはどいつもこいつもこんなに強いのか……明らかに下っ端程度の連中にすら、私では歯が立たない……」
膝に手を付いて、息を切らしながらぼやく。
「ヒヒ……今思えばパンチャーとかいうんも、雑兵に毛ぇ生えた程度のレベルやったんかもな……もう魔人は強いヤツらに任せて、ウチらみたいな凡人は雑魚魔獣でも相手にしとくんがお似合いや……」
と同じく疲れた様子のリヴァス。
「君のどこが凡人だ?リヴァス……だが同感だね……これでは芸術を堪能する余裕も無いよ」
レイボンは呆れた顔で言い、大きく溜め息を吐いた。
周辺の魔族を全て倒し終え、マウトらはそんなやり取りを交わす。
が、レヘンは戦い以外の人間関係には興味が無いのかテーブルを離れると、窓の外を覗いた。
すぐ近くには今にも噴火しそうな活火山が、頂上からマグマを垂れ流す。空は分厚い雲が覆い、大地にはいくつもの巨大な亀裂が刻まれている。亀裂の崖下には、焦げたように真っ黒な葉の樹木が鬱蒼と生い茂り、その所々にはさらに深い地の底へと続く亀裂が見られた。
「すごいなー。こんな景色地上じゃ見れないや」
表情から心情を読み取りづらいレヘンだが、間違いなくその目は輝いている。
いわゆる"子供らしさ"はなかなか他人に見せないものの、少年の心を持っているのは確かなようだ。
「ハクさん、ボクちょっと外見てくるね!」
と、すっかり寝入っているハクに一言残して、レヘンは屋敷を飛び出した。
† † †
魔獄・第一階層。
ライザーや双魔統らの鎮座する祭壇には、暗幕のような黒い結界が張られ、内部が見えないようになっている。恐らくライザーが眠りについている間、邪魔が入らないようにするためにポンダーが張ったものだろう。
そしてその祭壇の周囲数千メートルには、数万に及ぶ軍勢が控えていた。
"浄化"発動後に地上へ出たのは、未だほんの一部に過ぎない。
そんな中で、ある範囲にいた雑兵の魔人たちが口を開いた。
「なあ、これ何なんだよ?邪魔じゃねえ?」
「うん。アタシもずっと思ってた。こんなの前からあったっけ?」
スムーズな侵攻のため綺麗に整列している魔人たちの列を乱すように、それは直立する。
「あーこれ、なんか降ってきたんだよな」
「はあ?降ってきたって……どこから?」
「地上から。昨日パンチャーのヤツが出ていったろ?人間に負けて死んじまったらしいが。そん時に開けた門から落ちてきたんだよ」
そこに立っていたのは、アトスティ連邦・ドンボカン半島の中心にあり、"芸術の国"が作られるきっかけとなったとされる銅像。製作者も製作時期も、モデルすらも一切不明の、筋骨隆々なウサギ獣人の像。
即ち、"英雄像"だった。
あの時パンチャーが現れた際の爆発に巻き込まれ、粉砕されたかに思われたが、恐らく奇跡的にそれを耐え抜き、穴を通ってこの第一階層へと落ちていたのだ。
とは言え、無傷とはいかなかった。
像のあらゆる箇所に、焦げ付いた痕やひび割れが残ってしまっている。
「でもよお、なんかかっけえよなコレ。良い筋肉してるし、結構強そうだぜ」
感心するように微笑を浮かべながら、英雄像の肩を撫でる魔人に対し。
「なあに言ってんだお前。人間が作ったもんなんかに感心してんじゃねえよ。どけ、俺がブッ壊してやる」
と、一人の魔人が前に出ると、肩に担いでいた薙刀を大きく振り上げ。
「オラァ!」
そのまま刃の部分を英雄像の脳天に振り下ろす。
と。
「かってえ!何だこりゃ!」
振り下ろされた薙刀の方が、ぽきりと折れていた。
「ど、どうなってんだ!?お前、魔力込めたよな!?」
「あ、ああ……!粉々にするつもりだったんだぞ……!」
魔人たちは狼狽する。
魔力を込めた渾身の一撃に、ただの銅像が耐えられるはずはない。
「一体何で出来てんだよこれ……」
周囲の魔人たちの怪訝な視線が英雄像に集中する。
「ん?でもちょっと割れてんぜ?」
その中の一人が、気付きを口にした。
微かではあるが頭部に薄いひびが入っている。
そのひびは少しずつ頭部全体へ、そして体へと拡がっていく。
それを魔人たちは口を半開きにしながら見守る。
やがてひびは全体へ行き渡り。
「お、砕けるぞ!」
英雄像は砕け散った──かに思われた。
「え?」
しかし砕けたのは、表面だけだった。
内側から姿を現したのは、英雄像と同じ姿をした、黒ウサギの獣人だった。
「……一体どこだ?ここは」
首を鳴らしながら、周囲の魔人を見回す。
「な……何者だてめえ!」
「私か?私はリント。リント・ペインタスだ」
紳士的に背筋を伸ばし、毅然とした態度で獣人は答えた。
「……ふむ。お前たちは魔人だな?実物を見るのは初めてだが……なるほど、良い色を生みそうだ」
「ああ!?何言ってん──」
刹那。
その薙刀使いの魔人の、鼻から上が切断されてずるりと落ちた。
血飛沫が勢いよく噴き出す。
「てっ……てめえ!なんだその腕!」
気付けばウサギ獣人──リントの右腕が、細く鋭い刃に形状を変えていた。
「まさかアレか?ダークファイア様と同じ、シナンの末裔──」
「御名答」
次の瞬間、気付いた魔人が頭から真っ二つに両断される。
「ざ……ざけんじゃねえぞ!いきなり斬り掛かってきやがっ──」
「ここがどこだか分かってん──」
「調子に乗るんじゃねえ!この人数相手に何ができ──」
と、リントは向かってくる魔人を次々と捌き。
「どこだか分からないから訊いたのだがね。ここはどこだ、と」
呆れたように言いながら、自分の顎を摩る。
それから周囲に飛び散った大量の血に目をやり。
「……気のせいだったか。ただの血だ」
小さく溜め息を吐いてぼやく。
「何言ってっか分かんねえん──」
また一人、斬り裂かれて倒れる。
「やめたまえ。私は何も、人を殺したいわけではないんだ。無用な殺人などしないに越したことはない」
全身に返り血を浴びて全く説得力のないセリフを吐きながら、リントは周囲の魔人たちに鋭い目線で威圧した。
「……何やら騒がしいですな」
祭壇の上、最後の七落閻となった老魔人ポンダーは、異変を察知して目を細めた。
「見てきます」
とB2が背に黒翼を生やし、祭壇から飛び立つ。
祭壇に張られた暗幕の結界は物理的な行き来を阻害するものではないらしく、B2の体はするりと通り抜けた。
熟練の魔人ともなれば、魔力の場所や大きさをただ感知するだけではなく、魔力の増減や震えのようなものまで正確に読み取り、その魔力の主が誰なのか、戦っているのかいないのか、優勢なのか劣勢なのか、現場を見なくともある程度把握できる。
それを用いてポンダーは戦況を見ているのだろうが、今は地上に意識を向けているせいかリントの出現には気が付いていなかったようだ。
だがB2もポンダーほどではないにせよ感知能力は持っている。数万の軍勢の中からでも、異変の起きた場所を見つけるくらいは造作も無い。
B2は一直線に飛行し、リントの元へと辿り着いた。
「……誰ですかあなたは」
上空からリントを見下ろしながら尋ねる。
その周囲には斬り捨てられた魔人のバラバラになった死体が散らばり、もはや池のようになった血溜まりがリントの足元を満たしていた。
「リント・ペインタス。お嬢さんはどうやらこの有象無象とは違うようだな。さて、どんな色を見せてくれるのか」




