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六十二章 †届きし朗報†

 † † †



「ピレッタちゃん、朗報だ」

 ヘワーナ国・首都ヘワギスの町中に散った魔獣を猛スピードで斬り裂いていくピレッタの耳に、イラルギの声が響く。

 ヘワギスにマリスを始めとする魔人たちが出現し、その対処に当たることを決めた時点で、イラルギは別々に行動する状況になることも想定し、あらかじめピレッタに通信デバイスを渡していた。

「どうしたの?イラルギさん」

 耳に取り付けたワイヤレスイヤホンのような機器に手を当てながら、ピレッタは応える。

「今し方連絡が来たよ。オルデナ(うち)の仲間たちがこの星に到着したそうだ。全員ではないけどね。今来てるのは二十人──オルデナ最強と名高い"極使八星(エグスキ・システマ)"も四人来てくれた。それぞれ二人チームを組んで各国の魔人の対処に当たってるそうだ」

「そっか。でも大丈夫かな……魔人、強いよ?」

「大丈夫大丈夫。まあ僕らはマルテくんにおんぶに抱っこのワンマンチームだったから、ピレッタちゃんにしたら頼りないだろうし、心配になる気持ちも分かるけどさ」

「いや、そんなことは……」

 自虐的に微笑するイラルギにピレッタは慌てて否定するが、イラルギは特に気にもせず報告を続ける。

「けど今回はちゃんと連携をとってチームを動かしてる。これまでの傾向からして人類の重要な拠点となる場所や人の多い都市に強い魔人が出てくると予測できる。そういうところには対処人数を増やしたり、八星(エグスキ)を向かわせたりしてるよ。これで少なからず、風向きは変わるはずだ」

「そっか、ありがとイラルギさん。残りの魔人を片付けたら、私もみんなと合流して他の国の対処に──」

 と、周辺の魔獣を倒し終えたピレッタが次の標的の位置を探ろうとした時。


「いや、最後の一人ならちょうど終わったところよ」


「!」

 通信に割り込んできたのは、リオだった。

「流石リオくん。怪我は無いかい?」

「ええ、平気」

 優しく尋ねるイラルギに、リオは落ち着いた声で答えた。

「……ていうか、ワンマンチームって何よ!あたしだって結構活躍してたでしょ!いつも星船(ふね)で待機してるイラルギさんと違って!」

「げ、聞いてたの?」

「当たり前でしょ回線繋がってんだから!丸聞こえよ!」

「ごめんごめん!謝るよ!僕が悪かった!」

 そんな二人の絆を感じさせるやり取りに、ピレッタはくすりと微笑する。

「……どうしたの?ピレッタ」

「いや、リオちゃんが元気になって良かったなーって」

 安堵の表情を浮かべて伸びをしながら、ピレッタは言う。

「……ありがとね。ピレッタがめげずに何度も話し掛けてくれて、傍にいてくれたから、立ち直れた。ホントあたしダサすぎたわ……でももう大丈夫」

 顔は見えなくとも、恥じらいながら礼を言うリオの顔が想像できるようで、ピレッタはやはり嬉しそうに笑った。

「そっか!……でもね、私だって同じだよ。神兵隊(ストラティオーティス)のみんなを失って、すっごいしんどかったし、心細かった。だけど二人が傍にいてくれたから、こうして戦えてるんだ」

「ピレッタ……」

「こっちこそありがとう、リオちゃん!一緒にこの世界を救おう!」

「うん!」

 リオからの明るい返事を聞いたピレッタは、その喜びを胸に、大きく翼を広げて飛び上がる。

 そして百メートルほどの上空から、魔獣の生き残りがいないか確認しながら、イラルギの待つ星船(イサルオンツィ)へと向かった。


「ピレッタ」


 と、そこに再び通信が入った。

 ピレッタはすぐに耳の機器に手を当てるが、どうやら声はそこから出ているわけではない。

「この声……神様!?」

「ああ」

 声の主は天域にてピレッタが仕えていた"知の神"グノウだった。

 神の杖(ラヴドス)で脳内に直接語り掛けているのだ。

「おぬしも気付いとるじゃろうが、先刻下界を覆い尽くした光……あれは創星神様が使った"浄化カタルシス"の光じゃ」

「……はい……でも創星神様って、お力がもうほとんど残ってないんですよね……?」

「うむ……創星神様はその残るお力の全てを使い果たし、お亡くなりになった」

「……!」

 その驚きからか、ピレッタの飛行速度が僅かに緩む。

 天域では誰もが幼い頃から創星神を絶対の存在として信じ崇め、命を捧げるよう聞かされて育つ。

 だが一般の天使と創星神とでは直接の関わり合いがあるわけでもなく、ましてピレッタは高い忠誠心を持っているような模範的な天使とは程遠い。

 それでも、ショックは大きかった。

「儂もまだ完全に受け止めきれてはおらん……じゃが、今はそれでいい。目の前の戦に集中するのじゃ」

「……はい」

 ピレッタは胸に手を当てて深呼吸し、そのショックを頭の片隅へと追いやる。

「今、天域では戦いの準備を進めとる。天域の結界が解けるまで十六時間……それまで儂らは下界には干渉できん。なんとか保たせてくれ。おぬしの仲間たちにもそう伝えてくれるか、ピレッタよ」

「はい!」



 † † †



 セイウス洋上空。

 依然としてメルト一行は筋肉大膨張号Xスーパーパンプアップ・エックスに乗り移動中だった。

「馬鹿、そんなんじゃ威力出ねえぞ。もっと腰入れろメルト」

「お、おう!」

 剣を失った時のためにサンドバッグを使ってメルトに徒手空拳を教えるカガリ。

「ンフフ……スパルタだねえ彼女」

「だね~、メルトくんのこと大好きなクセに、容赦ないよね~」

 ランニングマシンで軽く体を動かすクツミカと、その横で休んでいるアダー。

 そして相変わらず微笑を浮かべながら、途轍もない高負荷トレーニングを行う、筋膨X(パンプアップ)のオーナー、ハルクス・ジェン・フートラッド。

「そんでハルにゃんはなんでいつもそんなに楽しそうなの~?」

 それを見たアダーは不思議そうに尋ねる。

「うふふっ、人生楽しまなきゃ良い筋肉は育たないわ。感情も筋肉も、自分の一部であることは変わらないからね」

「ププ……ハルにゃんもそんなスピリチュアルなこと言うんだね~」

 ハルクスの答えに、アダーは揶揄うように笑うが。

「スピリチュアルなんかじゃないわよ?人の体は沢山のパーツが複雑に連動して形成されてるの。楽しければそれだけ動きも軽やかになるし、筋肉の動きも変わる。それくらいの経験はみんなあるでしょ?そうやって付けた筋肉は、よりしなやかで、より美しくなるのよ♪だから私はいつでも楽しむの。筋肉を育てるためなら、感情だってコントロールするわ」

 ハルクスは自信に満ちた顔で力説する。

 しかし残念ながらアダーには理解できなかったらしく冷ややかな目で苦笑していた。

「まあ君のその筋力を思えばあながち間違いとも言い切れないかもね。ンフフ……」

「プププッ、確かに!普通の人間の中じゃ世界一なんじゃない?そのパワー」

 とクツミカがハルクスの謎理論を軽く擁護すると、アダーも面白がってそれに乗っかる。

「そうねえ、大会には出たことないし出る気もないけど、負ける気はしないわ」

「え~?なんで出ないの~?」

「私は記録なんかより記憶に……いえ、歴史に残りたいのよ!そう、筋肉アイドルとしてね……!」

 自分に酔ったような恍惚とした表情を浮かべながら言うハルクスに、アダーの表情は再び苦笑に戻った。

 クツミカはどこか通ずるところがあるのか静かに笑みを浮かべながら、ランニングを続けた。


「それにしてもさ~、こんなことしてていいのかな~ぼくたち」

 惚けた顔で言うアダーに、一行の視線が集まった。

 メルトはカガリ相手にミット打ちをしながら言う。

「分かるぜアダー。魔族の攻撃がさらに激化したって聞いて、焦る気持ちはみんな同じだよな」

 世界連盟本部とも連絡の取れるカガリや、ハルクスの情報網によって、飛行しながらも世界の状況は随時確認していた。

「けど、焦ってもしょうがねえ。この海のド真ん中じゃ何もできねえし……今はとにかく備えるんだ。いつでも戦えるようにさ。だよな?カガリ」

「ああ。次の目的地──クロム王国に着いたら、たぶん速攻で戦いになる。クロムにも魔族は大量に押し寄せてるからな。いや、何なら今この瞬間、あたしらを狙って筋膨X(パンプアップ)を攻撃してくる可能性だってゼロじゃねえぜ」

 とメルトのポヨンとしたパンチをミットで受けつつ、カガリも冷静に語る。

 "烈焔のカガリ"の名が魔族の間でも知れ渡っているカガリは勿論、バラサに出現した魔族を一人で返り討ちにしたアダーも目を付けられている可能性は充分にある。

「怖いこと言わないでよ~」

 アダーは眉をハの字にして言うが。

 その瞬間、機内に放送が入る。操縦室からの報告だった。


「前方五百メートルに巨大な魔獣が出現!急旋回します!しっかり捕まってください!」


「うっそ〜ん!?」

 アダーは頭を抱える。

 ハルクスはそのアダーを片腕で掴み上げて抱き寄せると、もう片腕で手すりを掴んで体を支えた。

 他三人も咄嗟に近くの固定物に掴まる。

 急旋回により筋膨X(パンプアップ)はギリギリで魔獣への衝突を避けたが、乗組員全名に強いGが襲い掛かった。

「ぐおおお!潰れるっ!」

 柔らかいメルトの体はそのGで壁に押し付けられ半分ほどの厚みになっている。

 トレーニング器具は基本的にGに耐えるようしっかりと固定されているものの、それでもいくつかは派手に倒れて床や壁に激突する。

「マジかよ……」

 一方でGに関しては何の問題もなく耐えていたカガリだったが、窓から大型魔獣の姿を確認して僅かに動揺した。

 外には全長五十メートルはあろうかという、数十枚の昆虫の羽を生やしたヘビような不気味な魔獣が機体を見据えて飛んでいた。

 メルトもクツミカもその巨大な魔獣を前に、流石に冷や汗を額に浮かべる。

 が、そんな中でもハルクスは冷静だった。


「良いわ。"アレ"、使ってちょうだい」


 パチン、と指を鳴らす。

「了解」

 パイロットの短い返答が機内に響いた(のち)筋膨Xパンプアップはガタガタと小さく震動を始めた。

「なになにっ!?ハルにゃん何が起きてるのこれ!」

 慌てふためくアダー。

「この震動……下の方からだな。なんとなく察しちゃいたが……ハルクスてめえ、何か積んでやがんな?」

 カガリは呆れたふうに片眉を上げる。

 乗組員たちからは見えないがカガリの察した通り、機体の底が開き、格納されていた四発のミサイルがせり出していた。


「うふふ……名付けて"筋肉大膨張砲スーパーパンプアップ・キャノン"!」


 ハルクスは自信満々に言うが、キャノンではなくミサイルである。語感を優先したのだろうか。

 進行方向を変えて飛行する筋膨Xを、大口を開けて追跡する魔獣。

 パイロットはその口に照準を合わせ。

「スリー……トゥー……ワン……ファイア!」

 掛け声とともに発射スイッチを押した。

 放たれたミサイルは一斉に口の中へと吸い込まれ。

 次の瞬間、魔獣内部で爆発が起こり、さながら爆薬を呑んだメルトのごとく腹を大きく膨らませる。

 だがメルトと違い風船ではないその体が、急激な膨張に耐えきれるわけもなく──破裂した。


「おおおおっ!すげえ!あんなデカいのをブッ倒した!」

 窓から微かに見えた後方の魔獣の散り様に、メルトは目を輝かせる。

 しかし逆にカガリは不機嫌な様子でハルクスに迫った。

「ハルクス……あんたなあ、言ってたことと違うじゃねえか!なぁにが"ただのプライベートジェット"だ!がっつり兵器積んでんじゃねえか!」

「いえ、あの時は積んでなかったわよ。ドラヘッドで燃料補給した時に、ついでに買っておいたの。ドラガウルは何も竜人族だけじゃない。兵器開発も一流だからね。じゃなきゃ"最強の国家"だなんて呼ばれないわ」

「だ・か・らぁ!なんでそういうの先に言わねえんだ!」

「うふふ、ごめんね。ついアイドルの血が騒いでサプライズしたくなっちゃった♪少しくらい秘密があった方が魅力は増すものよ」

「あのなぁ……!戦争なんだぞ!?分かってんのか!?」

 額に血管が浮き出るほどに怒声を張り上げるカガリに、メルトが口を挟む。

「まあまあカガリ、お陰で助かったんだし、そこまで怒んなくても……」

「いーやダメだ!怒るね!あんたら三人、そこに座れっ!」

 しかしカガリの怒りは収まらず、矛先はハルクスのみならずアダーとクツミカにも向けられる。

「え!?ぼくも!?」

 巻き込まれたアダーが目を見開いた。

「たりめえだ!隠し事ばっかしやがって!」

 やれやれ、と大人二人が仕方なく横並びに座り、アダーも溜め息を吐きながらその横に付く。

 が、説教が始まる前にカガリのスカートのポケットから、着信音が鳴った。

 カガリは小さく舌打ちしてスマホを取り出し、着信画面を見ると。

「……イラルギ?って確かオルデナの……」

 そこに表示されていたのは、イラルギ・レベルスという名前だった。

「あの宇宙人のおっちゃんか!」

 その名前にメルトも食いつく。

「もしもし?こちらカガリ」

「あ、どうもカガリくん、昨日ぶりだね。他のみんなも一緒かい?」

 電話越しのイラルギの声は、普段通り飄々としていた。

「ああ」

 カガリは全員に聞こえるようにスピーカーをオンにする。

「そうか、良かった。それじゃ早速だけど、情報共有といこう」

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