六十一章 †再び降り注ぎし光†
† † †
天域・神の塔。
下界の様子を映し出す鏡──"千里鏡"のある鏡の間にて、二人の神と六人の神官は会議を始めていた。
「やはり魔族はまだ戦力を温存しておった。それも"浄化"前よりさらに膨大な軍勢じゃ」
知の神グノウは千里鏡を見ながら言う。
その発言に武の神ビアがぎらりと鋭い眼光を光らせ、噛み付いた。
「知の神、貴様、創星神様が"浄化"を使うのは早すぎたとでも言いたいのか?自分は全て分かっていたと?」
グノウは小さく溜め息を吐き。
「そうは言っておらん。創星神様もこうなることは予見しておったじゃろう。じゃからこそ儂らにあんな言葉を残したのじゃ」
──六柱神みんなで力を合わせれば、きっと世界はまた良い方向へ向かうはずだ……。
──これからの世界を、頼む。
ビアもその言葉を思い出し、歯を食いしばり拳を握り締めながらも、ゆっくりと心を落ち着ける。
「……残念ながら六柱が協力することは今のところ叶っておらんが、それよりも早急に作戦を練らればならん。力を貸してくれ、神官たちよ」
「はっ」
と純白のスーツに身を包んだ六人の天使は胸に手を当てて小さく頭を下げる。
それからグノウの神官であるファイブルが口を開く。
「"浄化"後、下界に出現した魔人はおよそ三千人、魔獣はおよそ十万体に及び、現在も増え続けています。すぐにでも神兵隊を送り込みたいところですが、未だ天域の結界は閉じたまま、門が開けない状況です。創星神様がご逝去なされたとは言え、その命と強く結びついている結界はすぐには消滅しないのでしょう。ただ、少しずつ結界が弱まっていることが確認されており、このペースだと完全に消えるのはおよそ十七時間後──」
「十七時間だと!?それではオレたちが参戦する前に下界が滅んでしまうぞ!」
ビアは眉を顰めて怒鳴るように口を挟んだ。
「ああ。おぬしの言うことも尤もじゃが……儂らにはどうすることもできん……それほどに結界は強力なのじゃ。おぬしも分かっておろう。何故この天域が二千年以上、一度たりとも下界からの侵入を許しておらぬのか」
「くっ……!」
グノウに嗜められ、ビアは溜まりに溜まったフラストレーションを必死に抑え込む。
「今は信じるしかない。人類の力を……」
「ええ。ですからそれまでは、迎撃と下界の対応に当たる戦力を整えることに尽力するべきかと考えます」
ファイブルは至って冷静に進言する。
「……分かった。ならすぐに神兵隊全名を大訓練場に集めろ」
ビアは静かに神官たちに命令を出した。
「は……?いや、まずは儂らで戦術や配置を──」
「敵は人類に思わぬ反撃を受け、幹部の多くを失い、さらに"浄化"で戦力は半減している。そんな状態でこの天域へ踏み込んでくるのならば、ヤツらには一分の油断も無いと見るべきだ」
「うむ、じゃからこそ戦略は重要じゃろう武の神」
「ああ戦略は重要だ。だが力が足りない。ヤツらの数を見ろ。恐らく魔獄にはあの数倍の戦力をまだ温存している。神兵隊はおよそ五千名──策を弄したところでじわじわと削られて終わりだ」
ビアの表情が先程までと異なり冷徹な軍師のごとき顔になっていることに気付き、グノウははっとする。
──この表情……切り替えたか、武の神。ならば儂は何も言うまい。"武"においてこの天域で此奴に勝る者なぞ一人として存在せんのじゃから。
そう考え、グノウは口を噤んだ。
「今必要なのは強さだ。十七時間で戦力を底上げする」
言いながら、ビアは七人の顔を確認する。
「グノウ、ファイブル、それとスフォーア、ハルシクス。貴様たちはここで下界の監視を続けろ。グラディオネ、ピクトゥ、ロゴスリーはオレと来い」
「はっ」
神官たちは再び胸に手を当て応える。
「今からオレが全神兵に、武の極意を叩き込む」
† † †
「助けてくれルーフ!」
「ああ!?」
大陸南西・スクワール共和国を襲っていた魔人の元に、別の魔人が酷く怯えた顔で飛んできた。
「ピラーズ、お前の担当隣の町だろ!なんでこんなとこまで逃げてきてんだよ!」
ルーフと呼ばれた魔人は怪訝な顔で怒鳴りつける。
「馬鹿てめえ、あんなのに勝てるわけねえだろ!ウォールもフロアもやられた!いきなりとんでもねえヤツらが降ってきやがったんだよ!」
ピラーズという魔人の必死の訴えに、ルーフはやはり怪訝に眉を顰めつつ、その言葉に疑問を抱く。
「……降ってきた?天使か?」
「違え!アイツらは……」
「宇宙人だ」
そう名乗ったのは、上空に浮いた光る円盤だった。
「ちくしょう!もう追いついてきやがった!」
それを見上げたピラーズは戦慄する。
「な……何だコイツは……!?」
同じくルーフも初めて目にしたその"星船"に、何事かと驚愕していた。
「追いついた?泳がせてやっただけだ。逃げるっつうことは助けを求めるってことだろ。なら逃げた先には仲間がいる」
僅かに怒りの乗った声が二人に返答する。
そして円盤の下部から一筋の光が地上へ落ちると、その中に一人の影が浮かび。
光の中から金髪のリーゼントを携えたガルンビカイナ人の男が姿を現した。
「銀河機関オルデナ所属、"極使八星"第二位、アルティサル・リブナー。上層部の決定は全魔人の抹殺だ。俺は初めからそのつもりだったがな……生きて帰れると思うなよ」
全身の装甲を青白く光らせ、アルティサルは魔人たちに両手のひらを向ける。
「な……舐めてんじゃねえぞ!そんな枝みてえな体で──」
「"杭打ち"」
瞬間、二人の手足に光の杭が突き刺さり、地面に打ち付けられた。
「ぐあああっ!」「な、なんだこりゃあ!」
手足を貫かれた痛みから、二人は叫喚する。
「くそっ!クソォッ!こんなもんで勝ったつもりかよ!」
と、それでもルーフは痛みに耐えつつ魔力を放ち、なんとか片腕を地面から剥がすことに成功するが。
「"断罪落刃"」
アルティサルが言うとともに光の刃が二人の首に落ち、頭部を斬り落とした。
ゴロン、と転がった頭部を踏み付け、アルティサルはヘッドホンに手を当て、話す。
「こちらアルティサル。スクワールに現れた四体の魔人を殺した。そっちはどうだメルクリオ」
† † †
「おう、こっちも順調だ。タッカスタ王国に現れた魔人十五体中、十四体討伐完了。王様もばっちり救出したとこだ」
同じくヘッドホンを通してアルティサルと通信する青髪のガルンビカイナ人、メルクリオ。
セイウス洋の西側に位置する先進国・タッカスタ王国にメルクリオは訪れていた。
「た……助かった……!何者か分からんが……ありがとう……!本当にありがとう……!」
王族と思しきちょび髭の中年男性がメルクリオの足元に泣きながら縋り付く。
それをひょいと持ち上げて立たせると。
「いえいえ、お気になさらず。それじゃ、俺たちは魔獣掃除に行ってきますんで」
余裕のある笑みを見せてそう言い、装甲の光で浮き上がった。
そのまま窓から外に出ると、そこはどこかの高層ビルの上層階だったようで、眼下には魔獣が闊歩するビル街が広がっている。
「さて、さくっとやっちゃいますか」
メルクリオは高速で街の上空を飛び回り、数百メートルほどの円を描いた。
「オッケー、範囲内の全魔獣捕捉っと……」
親指と人差し指で輪っかを作り、覗き込むようにして魔獣たちを見下ろす。
「"魔力分解"」
その瞬間、円の下にいた全ての魔獣の体が塵となって霧散した。
──な、なんだぁ!?魔獣がいきなり自壊しやがった!これもアイツの技かよ!?
建物の柱の影に隠れて、一人の魔人が青ざめながらその光景を見ていた。
「おお、そこにいたんだ」
「!?」
メルクリオがその魔人の前へ降り立つ。
「な、なんで分かった!?魔力は完全に消していたはず……!」
「いや、別に俺たち魔力に反応してるわけじゃないし。心音や呼吸音で分かんの。今まで魔獣がいっぱい彷徨いてたからその音が掻き消されてたんだけどな」
とヘッドホンを指差しながら言う。どうやら音から敵の位置を割り出すような機能もあるようだ。
「ちなみにさっきのは"魔力分解"っつって、魔力の結合を破壊する、魔獣を殺すためだけに俺が作った技だ。普通の生き物にゃ効かないから民間人を巻き込む心配もない。便利だろ?……んで、これが──魔人を殺すための技──」
「"断罪落刃"」
と、メルクリオの繰り出そうとした技を遮って、先にその魔人を仕留めたのは、上空から降りてきたオレンジポニテの女性ガルンビカイナ人──フピテルだった。
「ああっ、フピテル!なんで横取りするんだよ、最後の一人だったのに!」
「馬鹿かお前は。"その技"を使うような相手ではないだろう。無駄な消費は避けろと言ってあったはずだぞ。敵の数は我々の想定を遥かに上回っているんだ」
子供のように喚くメルクリオを、フピテルはクールに嗜める。
「ちぇっ、かっこよくキメたかったのに……」
「門は塞いでおいた。早く残りの魔獣を片付けてこい。現状魔力分解を扱えるのはお前だけなんだ。終わり次第すぐに次の地点へ向かうぞ」
「へいへーい」
メルクリオは不服そうに口を尖らせながら再び浮上し、上空から魔獣たちを消滅させていくのだった。




