六十章 †優しきヤクザ†
「教えようか?"力"の使い方」
二人の横から何者かが口を挟んだ。
「あ?」
二人がその声に振り返ると、ビルの隙間の狭い路地に、頭にバンダナを巻いたラフな恰好の中年男性が、微笑を浮かべて佇んでいた。
その右目には薄緑色のレンズが付いた小型の機器が装着されている。
「あなたは……"情報屋"……?」
クロスは呟く。
「知り合いかよクロス」
「ドルード・ザキエフ……この近くで"ドルードカフェ"という小さなカフェを営んでる店主ですが……その実態は町一番の情報通……何度も世話になってます……」
「やあアンブラムくん。サイガ・ジャーキスの情報は役に立ったかな?」
こんな状況だと言うのに情報屋ドルードはまるで平時のごとく話し掛けてくる。
どうやらサイガを組に引き入れるため調査した際にも、クロスはこのドルードから情報を買っていたようだ。
「ど……どうしてあなたがこんなところに……危険です。早く避難を──」
「魔獣は」
と、ドルードはクロスの言葉を遮る。
「──魔力に反応する、というのは知っているかい?」
「はあ……?」
唐突な話についていけず、二人は戸惑う。
「ほら、だから魔獣は攻撃してこなくなっただろう」
「!」
そう言えば、と二人が振り返ると、先程仕留めきれなかった小鬼型の魔獣は、何故かその場で動きを止めていた。
どころか、町中に解き放たれた魔獣たちもクロスたちには目もくれず通り過ぎていく。
「私の開発した結界で魔力を遮断したんだ」
とドルードはダイヤルの付いた小さな金属の円盤を見せた。
「このダイヤルを捻ることで結界の大きさをコントロールできる。これで君たちも結界内に入れたんだ。とは言え、範囲を広げると充電の減りも早くなるのが欠点でね、できればもう少しこちらへ寄ってほしいな」
そう言ってドルードは手招きする。
やはり二人は話が理解できず困惑しつつも、取り敢えず指示通りにドルードの近くへ移動した。
ドルードはダイヤルを再度捻って結界を小さくすると、話を続ける。
「魔力はあらゆる生命に宿り、魔獣はそれを求めて攻撃する。何故なら魔獣は魔力から生まれた存在だからだ。周囲から魔力を取り込まなければ、いずれその体は崩れて消滅してしまう」
「て、てめえ……なんでそんなこと知って……」
「フッ、情報屋の仕入れルートを詮索するのはナンセンスだよ。さあ、もう一度訊こうか。"力"の使い方を知りたくはないかい?今ならお安くしておくよ」
「てめえこの状況で商売たあいい根性してやがるな……」
飄々と話すドルードに、チウスは苦笑を浮かべる。
「教えてください。手短にお願いしますよ」
クロスは懐から封筒を取り出して手渡した。
ドルードは受け取るとすぐに開封し、中から引き出した十枚ほどのお札を数え始める。
「……ふむ、少し足りないが……今回は後払いで構わないよ。君のことは信頼しているからね、アンブラムくん」
微笑を浮かべながらそう言い、ドルードは封筒を自身の懐に仕舞った。
それから二人の顔を交互に見て。
「さて、分かっているだろうが私の言う"力"とは勿論、"魔力"のことだ。魔族に対抗するには魔力しかない……とまでは言わないが、あるのと無いのとでは雲泥の差だろう」
「それは……本当に俺たちでも使えるんですか?」
「ああ。特に君たちのように、自分の命を顧みず戦いに臨む覚悟のある者ならば、より大きな効果が期待できると言っていい」
ドルードの醸し出す胡散臭い雰囲気に、二人は懐疑的に目を細めつつも、藁にもすがる思いで耳を傾ける。
「そうだな……まずは目を瞑ってくれ」
指示に従い、二人は目を瞑る。
「何が見える?」
「あ?何って……瞑ってんだから何も見えるわけねえだろ」
「フッ、そうだね、失礼した。では想像してみてくれ。君たち自身が最強と信じる存在……できるだけ詳細に、鮮明に、その瞼の裏に思い浮かべるんだ」
──最強……そんなもん決まってる。俺たちにとって最強ってのはあの人のためにある言葉だ。
二人とも考えることは同じだった。
仮にここに立っていたのが他の娑卍那組員の誰かであったとしても、答えは同じだっただろう。
レオザーク・キング──ワルチア最強のヤクザ。
「……思い浮かべたかい?ではその彼の背中に大きなファスナーが付いているのを想像してごらん」
「はあ……?」
とチウスは目を瞑ったまま眉間に皺を寄せるが、気にせずドルードは続ける。
「いいかい?彼は精巧な着ぐるみだ。君はそのファスナーをジーッと開け……彼の体を着る。最強の存在に、君がなるんだ」
まるで催眠を掛けるかのような語り口で、静かに囁いていく。
「大事なのは信じること……少しでも疑念があれば力は宿らない。君たちはすぐ傍で彼を見続けてきたはずだ。彼の力を明確に思い浮かべ……その力を自分に纏わせる。一度で駄目なら何度でも、繰り返し繰り返し、想像し続けるんだ」
二人は言われるがままに想像する。
と、その時。
「っ!?」
クロスは突如、目を見開いた。
「……感じたようだね、アンブラムくん」
「い……今のは……」
額を指で押さえながら、クロスは自分の体に起きた異変に戸惑う。
「それが魔力だよ」
ドルードの右目のレンズ越しに見るクロスの額には、魔力らしき反応が表示されていた。
どうやら魔力を感知する機械のようだ。
「今のが……!?」
「魔力とは脳の前頭葉から発せられる。そう、ちょうど君が今押さえている辺りさ。君はこれで魔力の世界に足を踏み入れたんだ。ここまで早く目覚めるとは私も予想外だったがね……君の元来の優秀さと、"彼"への崇拝、そして戦う力を求める意志の強さがそうさせたのだろう。その感覚をしっかりと記憶してくれ」
「クソッ、俺だって……!」
チウスはより強く目を瞑り、全身に力を入れて念じるが。
「おっと、力んではいけないよチウスくん。力を手にするにはそれぞれのペースがある。この状況だ、焦る気持ちは理解できるがね」
「……チッ……わ、分かってるっつうの……」
と、ドルードの言葉で力みを解く。
「さて、それじゃあアンブラムくんは次の段階へ進もう。と言っても先程とやることは変わらない。イメージだ。その額の辺りに感じた力を、先程の想像通りに自分に纏わせるんだ。それができるだけで攻撃も防御も格段に上昇するはずだよ」
クロスは再び目を瞑り、想像する。
──纏うイメージ……魔力が額から出ているなら、まずは顔面を覆う……仮面のように……。
──よし……次はヘルメットのように頭部全体へ……。
──このまま下へ……体の表面に薄く延ばしていく……。
感覚を掴んだのか、クロスはすぐに全身へと魔力を行き渡らせた。
「フッ、素晴らしい才能だよアンブラムくん」
ドルードは右目のレンズで魔力を確認し、ゆっくりと拍手しながら言う。
「これで……魔族と戦えるんですか?」
「いいや、まだだ。魔獣程度なら倒せるかもしれないが、知っての通り魔人には"魔力防壁"がある。君が今やっているのはその防壁を張る前の段階。それを防壁に変えるにはさらに魔力をコントロールし、硬質化しなくては──」
「こうですか?」
ドルードが説明を終える前に、クロスの纏った魔力はすでに防壁と化していた。
思わずドルードはごくりと喉を鳴らす。
「……天才だね、君は」
「どうも」
一言そう言ってクロスは、軍人たちを遊び感覚で蹴散らす魔人たちの方を見据える。
「待て、まだ防壁だけでは──」
とドルードが制止しようとするも間に合わず、クロスは飛び出した。
その踏み込みの衝撃でアスファルトが砕け散る。
「速い……!まさかまだ教えていない"魔力推進"まで習得したと言うのか……?本能で……?」
次の瞬間、魔人の眼前へとクロスが距離を詰めていた。
「な……!?何だテメエは!」
反射的に魔人は拳を繰り出すが、クロスはそれを難なく片手で掴み止め、そのまま握り砕いた。
「ぎゃあああああっ!?」
突然の痛みに絶叫する魔人。
クロスはさらにその砕けた拳を握ったまま引き寄せ、カウンターの拳を鳩尾に叩き込む。
「かはっ……!」
その一撃で内臓が損傷したのか、魔人は口から大量の血を噴き出した。
「!」
と、その横からもう一人の魔人がクロスを蹴り飛ばす。
間一髪腕でガードしていたクロスはすぐに体勢を立て直し、その魔人へと視点を定める。
「ポーカーフェイスッ!生きてるか!」
吐血し蹲る魔人にその魔人が声を掛けるが。
「も、問題ねえぜ……」
ポーカーフェイスと呼ばれた魔人はニヤリと笑みを浮かべ、震える手で親指を立てると、そのまま気を失った。
「も、問題大有りじゃないかっ!クソッ、なんてヤツだ!あの魔獄拳闘大会でベスト三十二まで勝ち上がり、あの魔力放出量コンテストで八十二位の記録を叩き出し、身内からは次期"七落閻"筆頭とまで言われたポーカーフェイスを一撃で……!」
「知るか」
謎に説明口調で騒ぎ立てる魔人を黙らせるように、クロスはその顔面目掛けて拳を繰り出した。
が、その拳は交差した腕に防がれる。
「舐めるなよ……!僕はポーカーフェイスよりもさらに上っ!魔獄拳闘大会ベスト十六にして魔力放出量コンテスト六十九位にして!身内からは次期"双魔"──」
「長えよ!」
長々と喋っている間にクロスは拳を引き、ガードの上からもう一度拳を叩き込んだ。
一撃目よりも多く込められた魔力で威力の上がった拳は、ガードする両腕ごと魔人の顔面に叩き込み、数十メートル吹き飛ばす。
そのままビルの壁面に叩きつけられた魔人は、ぴくりとも動かなくなった。
クロスは肩で息をしながら、自分の力を確認するように拳を見つめる。
──これが……魔力の力……か……。
と、その視界が突然霞み始めた。
元々限界だった体で、慣れない力を使ったからだろう。
がくりと膝をつき、倒れかけたその体を支えたのは、チウスだった。
「ハハ……やっぱお前凄えな……よくやったクロス」
「チウスさん……」
「後は軍に任せよう。すぐにDr.スルーのとこに連れてってやるからな」
チウスは肩にクロスの腕を掛けて運ぼうとするが、すでにチウスも限界だった。人一人の体重を支えながら立っているのがやっとだ。
足もおぼつかず、ろくに進めずにいると。
「大丈夫ですか!」
と、二人を両脇から支えに入ったのは、軍人たちだった。
「……オイオイ、軍人がヤクザ助けていいのかよ……?」
「何を今更。ここまで戦えたのはあなたたちのお陰です。我々の歯が立たなかった魔人も倒してくれました。本当に、ありがとう……!」
軍人の口から伝えられた心からの感謝の言葉は、限界を迎えた二人に深く染み渡り、口元が緩む。
「礼には及びませんよ」
クロスは言う。
「だって俺たちは……この町を守る、優しいヤクザですから」




