五十八章 †潜められし愛二つ†
† † †
マジポリア北西部。
数十人の魔人と数百匹の魔獣が、ムレファを囲っている。
数人はすでにムレファの手によって倒され地面に転がっているが、それでも怯む様子は無い。
「勝てないって分からないのか……お前たち全員合わせたってこないだの幹部たちより弱いんだ。諦めて帰ればいいのに……」
溜め息を吐きながらムレファは言う。
「黙れ!人間風情が調子に乗りやがって!」
「数人倒したくらいで良い気にならないでよねっ!」
と魔人の男女が同時に仕掛けた。
が。
「ぐっ!?」
二人は飛び上がった空中で体中に蜘蛛の巣状の傷が入り、弾き返される。
ムレファは全く動いておらず、無詠唱で何らかの攻撃魔法を放ったか、あるいは結界魔法を予め張っていたのだろう。
「帰れって言ってるんだ。お前たちの実力じゃ無駄に命を落とすだけだぞ」
「うるせえええ!!」
やはり魔族たちは聞く耳持たず、一斉に向かってくる。
「"斬空"」
その横から放たれた空気の刃が、魔人の一人の首を飛ばした。
「何をモタモタやってるんですかムレファ先生。先生ならこれくらいすぐ片付けられるでしょ」
「ウルマロ……」
撃ったのはウルマロだった。
「いやいや、やり過ぎだって。コイツら今出てきたばっかで別にまだ何もしてないぞ……」
ムレファは顔をしかめて言う。
「て、てめえ!やりやがったな!」
「よくもビートルを!」
魔人たちの矛先はウルマロへ向くが。
「"斬空"」
と、再び放たれた空気の刃が二人の魔人の胴体を斬り裂く。
「マ、マンティス!ホーネット!」
「クソガキがああっ!!」
それでも当然全てを倒せてはおらず、残りの魔族たちはそのままウルマロの元へ突っ込んでいく。
「"蜘蛛の巣"」
ムレファが唱えると同時に、ウルマロの前にも蜘蛛の巣状の結界が出現。
それに反応できずに突っ込んだ魔人の皮膚が裂けた。
「ぐああああっ!!」
ざっくりと傷が入った手首から血を噴き出しながら、魔人は蹲る。
「甘い……こんな魔法じゃ致命傷にはなりませんよ先生」
とその蹲った魔人へ向けてウルマロは無詠唱で斬空を放ち、首を斬り落とした。
「…………!」
魔人たちは流石に恐怖を感じたのか、少し距離を取って足を止める。
「ウ……ウルマロお前……」
ムレファはその華奢な体をびくりと震わせる。
ウルマロの顔はつい先程までとはまるで別人のように、冷酷で怒りに満ちていた。
「生徒・教師含め三十二人が殺されました……四人が重傷……その中には僕のクラスの生徒もいました……やったのは魔族じゃありませんでしたが……同じです。この魔族たちだって、放っておけば罪も無い人たちに危害を加える。そうなる前に、確実に息の根を止めなきゃダメなんですよ。だってこれは、戦争なんですから」
ウルマロは冷たい声で言う。
それを聞いたムレファは溜め息を吐き。
「……分かったよ。終わらせよう」
神妙な顔で応えた。
──完全に怒りに囚われてる……校舎内じゃウルマロに敵うヤツはいないからって任せたけど……私がやるべきだったかもな……つくづく私は指導者に向いてない……。
それから僅か数分。
ムレファとウルマロの徹底的な攻撃によって、その場の魔族は全滅した。
魔人・魔獣含め魔族側の生存者はゼロ。
「学園長のところにも魔人が来てるみたいですね。行きましょう」
ウルマロは町の東側へと目を向ける。魔人の魔力を感知したのだろう。
ムレファと同じ刻銘魔導士であるノウズ・ノームが対処に当たっているようだ。
「まあ落ち着けウルマロ」
と、ムレファはウルマロの体に"光縄"を巻きつけて動きを止めた。
「……何の真似ですか先生……」
「頭に血が昇りすぎだ。魔法は冷静じゃなきゃ最大限の効果は発揮できない。初歩中の初歩だぞウルマロ」
そう言ってムレファはウルマロの精神を落ち着かせようと優しく微笑み掛ける。
「……ムレファ先生は良いですよね……」
「へ?」
予想外の反応にムレファは僅かに目を見開く。
「担当クラスも無いし……時々部屋から出てきて講義をするだけ……生徒への思い入れも、教師としての自覚も無いですもんね……」
ウルマロは静かな声で言いながら、拳を強く握り締め、全身を震わせる。
「自分の生徒が殺されて……冷静でいられるわけないだろ!!」
そして怒りを乗せて叫んだ。
瞬間、体に巻きついた光の縄が白い煙を噴き上げながら消滅を始める。
──"灼熱"か……!
──無詠唱魔法で私の光縄を焼き切るとは……ウルマロ……いつの間に随分成長してたんだな……。
ムレファは驚くと同時に、感慨に耽る。
そして改めて自分の不甲斐無さを悔いるかのように、目を瞑って下唇を噛んだ。
「……行かないんですか先生……まあやる気が無いんならしょうがない。学園に戻って防衛をお願いします。学園長の援護は僕一人でも──」
と背を向けたウルマロを。
「ごめんな、ウルマロ」
ムレファは後ろから強く抱き締めた。
"灼熱"により放った高熱がまだ体表近くに残っているのか、ウルマロに触れた部分から焼けるような音と煙が発生する。
ウルマロは意表を突かれたのか少しの沈黙の後、口を開いた。
「……何がですか。離してください」
「ごめん……確かにお前の言う通りだ。私には教師として、魔導士として……絶対に守り抜くという意志が欠けていた……」
高熱で火傷を負いながらも抱き締める手を離さず、ムレファは言う。
「けど……思い入れのある生徒なら、ここにいる……ウルマロ……私はお前を失いたくはない」
「……!」
「私は弟子の成長にすら気付けない、本当に不出来で愚かな師匠だけど……それでも、この愛は本物だ……だから……落ち着いてくれ。今のままじゃお前は、戦いの中で命を落とすことに──」
「離してください!」
ウルマロは叫び、ムレファを振り解いた。
「ウ……ウル──」
「そんなに火傷して、馬鹿じゃないんですか。無駄なエネルギーを使わないでください。魔族の攻撃はここに来て激化してるんですよ……だから失うわけにはいかないんだ。最強の魔導士であるあなたを──僕の尊敬する師匠であるあなたを」
背を向けたまま言う。
その声は普段のウルマロの声だった。
「……ウ……ウリュマロぉ……!」
ムレファは目に涙を浮かべて再び抱きつこうとするが、ウルマロは即座に察知してその顔面を掴みハグを阻止した。
「臭いので抱きつくのはやめてください」
「なにぃ?ちゃんと風呂入ったぞ、前の戦いが終わった後に一回」
「あれから二日経ってますけど!?なんで毎日入んないんですか……うわっ!手に鼻水付いた!勘弁してくださいよ!」
ウルマロはムレファのローブで手を拭う。
「ちょっ、何するんだウルマロ!私の大事なローブを汚すなっ!」
「まず自分の汚れ落としてから言えっ!」
† † †
マジポリア東部。
マジポリア学園学園長ノウズ・ノームは、すでに八人の魔人を倒し、残る五人を相手に互角の戦いを繰り広げていた。
「チッ……何なんだこのジジイは……!滅茶苦茶強えじゃねえか!」
「当然だライティ。ポンダーさんからの情報によれば、ヤツはトマホークを殺している」
「マジかよ……」
と話すのは、側頭部にS字の一本ヅノをそれぞれ左右対称に生やした双子の魔人だった。
どちらも上裸で長い黒髪、顔も背丈も似ているが、右ヅノの魔人は肋が浮き出るほどの痩せ型、左ヅノの魔人も四肢は細いものの胴体にはかなり脂肪が付いており、醜い風体をしている。
「ライティ、レフティ……実は俺もこの男に見覚えがある」
と、双子の後ろで腕を組んで仁王立ちする髭面の老魔人が口を開いた。
二人と同じく上裸で、左右の側頭部にS字のツノを持つ。プロレスラーのごとくがっしりとした体格で、胴体には右胸から左腰にかけて大きな傷跡が刻まれている。
「親父……つーことはコイツ、前回の戦争の生き残りかよ」
「ああ。記憶違いじゃなけりゃな」
その双子──ライティとレフティの父親らしき男は、眉間に皺を寄せて髭を触りながら、ノウズを睨め付ける。
「ほう……つまり主も、四百年前の"人魔戦争"に参加しておったのか」
ノウズは懐かしむように言う。
「あれは酷かったのう……人類も魔族も大勢死んだ。浄化の光が降らなければ、儂らは滅んでおったやもしれぬ……じゃが此度の戦は、その浄化の光が降ってなお続いておる……まるで悪夢のようじゃ」
「浄化の光?こちらでは"破魔の光"と呼ばれているあれのことか」
と右ヅノのレフティ。
「ケッ、腰抜けがよ。二度も同じ技で戦争を終わらせられるわけねえだろ」
と左ヅノのライティ。
「それもそうじゃな」
背後からダガーナイフを構えて静かに迫っていた女の魔人を何らかの無詠唱魔法で軽く吹き飛ばしつつ、ノウズはライティの言葉に納得する。
「つまり……主たち魔人があれから四百年間、毎日のごとくこの人界の各地に現れ続けていたのは……浄化の光を警戒するがゆえか」
「……そうなのか?」
とライティは隣のレフティや後ろの父親に目線を送る。
「流石に頭が切れるな、大魔導士よ」
厄介な相手だとばかりに頬を掻きながら、父親魔人はノウズを褒める。
「どういう意味だ?」
レフティもその情報は知らなかったようで、父親の方を振り返る。
が、説明を始めたのはノウズの方だった。
「四百年前のあの時まで、魔族が人界に攻め入ることなど一度たりとてありはしなかった。天域に強力な結界があるように、本来人界と魔獄の間にも結界があったのじゃ。しかし突然その結界は消えた。恐らくそれは天域におわす神の力が弱まったということ……こうして人魔戦争が勃発し──浄化の光によって戦は終わったはずじゃった。しかし、その後も毎日のように魔人は現れ続け、神は何度も浄化の光を放ち続けた。神の力は日に日に弱まり、およそ六十年前、いよいよ浄化の光は全く放たれなくなってしもうた」
説明中に再び背後から迫った大柄の中年魔人を、ノウズは無詠唱魔法にて屠る。
これで残る魔人は三人となったが、父親魔人は特に動じず。
「そうだ。そうやって時間をかけて神の力を削り取ってる間に、俺たちは魔獄で着々と戦力を整えてたんだ」
冷静な顔で言う。
「なんでそれ俺らに教えなかったんだよ親父」
「教えられなかったんだろう」
「あぁ?なんでだよ」
ライティとレフティのやり取りに、父親は溜め息を吐いた。
「この戦争の目的は、世界の全てを手に入れることだ。世界ってのは、魔獄・人界……そして天域も含められる。だが今、ライザー様は魔獄から出てこない……天域にはまだ結界が残ってるからだ」
「それがなんだよ?天域に入れねえから俺ら使って先に地上を征圧しようってことだろ?」
ライティは怪訝な顔で訊くが、レフティはすでにその意味を理解していた。
「結界が残っているということは、まだ神が生きている可能性がある。つまりまだ破魔の光が放たれる可能性も残っているということだ。だからライザー様は地上に出てこない。俺たちもライザー様にとっては……捨て駒でしかない。そうだろう、親父」
「……!……マジかよ……」
二人の突き刺すような視線が父親へと向けられる。
「……そうだ」
父親は腕を組んで、言いにくそうに答えた。
「…………!」
ライティは瞠目し、言葉を失った。
レフティも分かってはいたが信じたくはなかったのだろう、僅かに顔を俯ける。
「ふむ……魔族同士の間にも色々と思惑が働いておるようじゃのう……」
と三人の気まずい雰囲気を察したノウズは。
「どうじゃ、こちら側に付かんか?主ら」
真剣な眼差しで提案した。
「あぁ!?てめえ馬鹿にしてんのか!」
当然ライティは反発するが。
「そっちに付いて何の得がある?戦力差は明らかだろう。お前たちには魔族に支配される未来しかない」
あくまで冷静にレフティは訊く。
「確かにのう……人類の戦況は最悪じゃ。しかし、主らが勝ってどうなる。その先に何があると言うのじゃ」
「何が言いたい」
「主らの話を聞く限り、魔獄もあのライザーとやらに支配されとるのじゃろう?魔族が戦に勝ち、仮に世界を支配したとしても、その形には何の変化も起きぬとは思わんか。主らの下に人類が跪いても、結局主らはライザーの下に跪くしかない。本当にそれで良いのか?」
「…………」
ノウズの問い掛けに、ライティとレフティは黙り込んだ。
息子たちの気持ちが揺らいでいると気付いたのだろう。父親魔人が口を挟む。
「耳を貸すなライティ、レフティ。確かに俺たちが捨て駒扱いなのは事実だが……この魔導士の集まる学園に俺たちが送り込まれた意味を考えろ。七落閻ですら勝てなかったこの大魔導士の相手を任された意味を考えろ。ライザー様は、俺たちの実力を信じて──」
刹那、二人が同時に振り返る。
「「悪いな親父」」
二人の声が重なった。
父親は目を見開き。
「…………それが…………答え……か……」
か細い声で言う。
その左胸と右腹には、双子によって大きな風穴が開けられていた。
次の瞬間父親の口から大量の血が溢れ出し、やがてバランスを崩して仰向けに倒れる。
その死体に二人は少しだけ目線を残した後、再びノウズの方へと目を向けた。
「その話乗ったぜジジイ。親父はライザーに心酔してたが、俺たちはずっとウンザリしてたんだ」
「さあ、早速だが情報を共有しよう。人類の勝利のために」
恐らく実の父親であろう男を躊躇なく殺したライティとレフティに、やはり何か思うところがあるのかノウズは静かに目を細めつつも。
「……ああ……よろしく頼む」
そう告げる。
死体となった父親魔人の死に顔は、どこか嬉しそうに見えた──それはライザーの支配から逃れられた喜びか、自分を殺せるほどに成長した息子への感動か。
死んだ今となっては知る由もないことだった。




