五十七章 †交わされし契約†
† † †
同刻、魔獄の辺境──マウトの屋敷。
地上からこの屋敷へと連れて来られたマウトの一団とハク一行は、広間のテーブルを囲んで話していた。
「なるほど?要するにアイツは魔族の逸れ者で、人類の味方ってわけだ」
マウトについての説明を受けたハクは、首を傾げながらも把握する。
「人類の味方……っちゅーと語弊ある気ぃするけどな……まあ大体そんな感じや」
とリヴァス。
「で、どうしてあなたたちはその逸れ者に従ってるんですか?」
と怪訝な顔をするゲンマ。
「別に従っているつもりはないがね……芸術を極めるためだ」
とドヤ顔のレイボン。
「自由に生きるためです」
と微笑を浮かべるカイ。
「「馬鹿のお守り」」
リヴァスとサイガの声が重なる。
「……ふうん……お姉さんは?」
黙っていたシガナに、レヘンが振る。
「え、えっと、なんと言うか……ルール……?です……」
シガナは困った様子で、正直に事実を述べた。
他の四人と違い、シガナは本人が望んでついてきているわけではない。
「ルール?どういう意味だ?」
「君と同じさ。マウトは"決定結界"の使い手なんだ。彼女はそのルールに従い私たちと同行することになった」
横からレイボンが説明する。
「……あー、まあアイツならそれくらいできても不思議じゃねえか……」
とハクは特段驚いた様子も見せず、かと言って思うところが何も無いわけでもなさげに片眉を上げた。
「そういやあんた、今どういう精神状態なんや?」
リヴァスはふとシガナに尋ねる。
「まだウチらに同行したないって感情はあるんか?それとも完全にそういう感情上書きされてもうたんか?」
「…………さ、最初はそうだったと思います……記憶が朧げですけど……ただこの二時間くらいで皆さんの人となりが少し分かってきて、そんなに悪い人たちでもないのかなぁって思い始めたら、段々と意識がはっきりしてきました……な、なので今は、自分の意思で同行しようと思ってます!もし誰かが間違いを犯そうとしたら、私が止められるように……ってごめんなさい!余計なお世話ですよね!烏滸がましいですよね!」
シガナはそう言いながら何度も頭を下げた。
「ヒヒッ、ええやんけ。常識人ウチしかおらんかったからな。助かるわ」
リヴァスは微笑み掛ける。
元凶であるマウトは勿論のこと、爆発狂いのレイボンに、魔人化したカイ。サイガは今のところ落ち着いているようだが、いつ殺人鬼の人格が復活するとも限らない。
リヴァスがそう言うのも無理はなかった。
「改めてよろしゅうな、シガナ」
「はっ、はい!よろしくお願いします、リヴァスさん!」
リヴァスが伸ばした手をシガナは小さくしゃがんで掴む。
小人族にしてヴァンプ族──身長四十センチ程度のリヴァスと、二メートルほどの長身を誇る竜人族シガナの間に、女同士の奇妙な友情が芽生えた。
「待たせたの」
と、そこにもう一人の女が出現する。
ライザーらのところへ乗り込んでいたマウトが帰ってきたのだ。
「妾のことはもう訊いたか?ハク、レイボン、ゲンマ」
「ああ、大体な。俺らを仲間に引き入れたいんだろ?」
「そうじゃ」
ハクは自分の顎を撫でながら、少し考え込む。
──んー……仮にも連盟に所属する人間が、魔人含んだアウトローな連中と行動を共にすんのは正直だいぶヤベえんだよなぁ……間違いなくアウクストゥスのジイさんにブチギレられる。ただ、この女の強さに心惹かれてる自分もいる……。
「お前らはどうしたい?」
自分だけでは答えは出ないという結論に至ったのか、レヘンとゲンマに話を振った。
「ボクはいいと思うよ。仲間は一人でも多い方が楽しいし」
レヘンはにこやかに答える。
「ああ、レヘンはそう言うと思ったぜ。ヤクザすら仲間にしようとしてたくらいだもんな。お前のその良い意味でも悪い意味でも純粋すぎるとこが気に入ってんだ俺は。お前はどうだ?ゲンマ」
「僕も構いませんよ。少なくとも敵対するよりはマシでしょう。まあさっきのように巻き込まれそうになることはあるかもしれませんが、レヘンくんがいれば緊急回避はできますし」
「なるほど……──だそうだ。そういうわけだから、よろしくなお前ら」
と、二人の意見を聞いてあっさりとハクは答えを出し、マウトに手を差し出す。
「くくっ、それは何よりじゃ」
マウトはいつも通りの微笑を浮かべたまま、その手を取った。
「で、これからどうするんだ?このままアイツらんとこに全員で乗り込むか?アイツらも魔獄にいるんだろ?」
握手を終えたハクが尋ねる。
「そう焦るなハク。妾はもっとこの戦を楽しみたいのじゃ。この水晶で戦況を見ながら、ゆっくりと計画を決めようではないか」
マウトはどさりと椅子に腰掛けて脚を組むと、いつものごとくテーブルの真ん中に出現させた水晶玉に地上の様子を映し出した。
「いやそういうわけにゃいかねえよ。こうしてる間にも地上の人間が殺されてんだぜ。こっちはできるだけ早く戦争を終わらせてえんだ」
「何じゃ、戦いが好きなクセにそんな小さいことを気にするのか?」
「小さいことって……俺にだってちったあ良心はある。バレットとの戦い見てたんなら分かるだろ。戦いは好きだが周りを巻き込みたくはねえよ」
「ふむ……だが今のうぬの魔力で乗り込んだところで、ライザーどころか双魔統にも勝てんじゃろうのう」
「う……」
それは事実だった。
バレットとの戦いでハクは魔力を使い果たし、全身の筋肉も疲労で小さく震えている。
「レヘン、うぬの超能力もだいぶ消耗しておるんじゃろ?未だまともに戦えそうなのはゲンマくらいじゃが……ゲンマ一人ではどうしようもないのう」
「あはは、その通りだね」
とレヘンは苦笑する。
「まあ、僕とレヘンくん二人掛かりでもあのダークファイアって人に勝てませんでしたからね……」
ゲンマは先刻の戦いを思い出して少し落ち込んだ様子だ。
「そういうことじゃから、うぬらは休んでおれ。休むのも立派な戦のうちじゃ」
マウトは得意げな笑みを浮かべる。
ハクは大きく溜め息を吐いて、椅子にどかっと座り、悔しそうに言う。
「……チッ……わあったよ……魔人にそんな正論で諭されるたあ思わなかったぜ……」
† † †
同刻、クリンゴ共和国・マジポリア学園。
すでに学園内に侵入したという魔族を捜して、ウルマロは校舎内の廊下を走っていた。
── クソッ……一体どこから入ったんだ!?学園は結界で常に守られてる……門以外からは入れないし、もし結界を壊しでもしたらすぐ警報が鳴るはずなのに……!
事実、前回マジポリア学園を襲撃した"三牙鬼"の三人も、門の外に穴を開き、魔獣を門から侵入させることで攻撃を仕掛けている。
「ん……?あれは……」
と、ウルマロは廊下に何かを発見しすぐに駆け寄った。
「ドゥーズさん!」
それは意識を失って倒れている、ドゥーズ・ドレッドノートだった。
ウルマロが担任を務める初等部一年の学級長であり、十勇シュウ・ドレッドノートの末裔だ。
シュウの特性である鋼の肉体のお陰か、幸い大きな怪我は無さそうだったが、ウルマロは念のためその口に魔法薬を流し込んだ。
「ウ……ウルマロ先生……」
と、ドゥーズは意識を取り戻し、弱々しく呟く。
「ドゥーズさん、大丈夫。喋らないで。目を閉じて休むんだ」
ウルマロはドゥーズを少しでも楽にさせたい一心で微笑み掛ける。
「わ……私……」
「いいんだ。君は何も悪くないよ。周りは見ないで……目を瞑って……大丈夫だから……」
優しく言いながら、ウルマロがドゥーズの眼前に手のひらをかざすと、ドゥーズはゆっくりと目を閉じた。眠らせる魔法──"強制睡眠"を使ったのだろう。
その周囲には、何人もの生徒や、教師までもが倒れていた。
頭部や首を恐らく刃物で掻き切られ、大量の流血によって廊下は真っ赤に染まっている。
ドゥーズ以外に生きている者はいない──ウルマロはその光景を見せるわけにはいかないと考えたのだ。
「……ウル……せんせ…………ズアドさん……が……──」
と最後に小さくそう言い残し、ドゥーズは完全に眠りに落ちた。
「ズアドさん……?確か、六年生の学級長……まさか彼女が魔族と戦って……!?早く見つけないと……!」
ウルマロはドゥーズを抱えて立ち上がり。
「"召喚"」
と唱える。
次の瞬間、二人は白いベッドの前に移動した。
「ここで眠ってて、ドゥーズさん」
ウルマロはその保健室らしき部屋のベッドにドゥーズを寝かせると、部屋の外に出て振り返り、ドアを閉める。
そしてそのドアに、杖の先で引っ掻くようにして簡易的な魔法陣を描く。
「"絶対防御"」
そう唱えた瞬間、保健室全体に青白い結界が張られた。
その名前からして相当強力なものなのだろう。
ウルマロは目を閉じ、魔力を探る。
──どこだ……魔族の気配……!学園内に侵入して、これだけ暴れても気付けないなんて……魔力の隠し方がとんでもなく上手い……!間違いなく、かなりの手練れだ……。
と、その時。
「!」
背後から迫る魔力に気付き、ウルマロは咄嗟に身を屈めた。
首を狙ったその一撃は空を切る。
「ハッ、かわしたか。流石はA級魔導士ってとこか?」
コンバットナイフを逆手で握った、シャムネコ獣人の少女が、そこに立っていた。
細身だが筋肉の付いたその体には学生服を纏い、顔を隠すように黒いマスクを着用している。
その頭に、ツノは無い。
「……何の真似だい……ズアド・リーさん」
その少女が、初等部六年学級長──ズアドだった。
「悪いがそれは答えられねえ。契約なんでな」
ズアドはニヤリと笑い、電気を纏いながらウルマロへと斬り掛かった。
──速い!
と感じつつもしっかり反応し、"甲空"で斬撃を防ぐ。
「契約……!?何の話!?君は一体……何者なんだ……!」
「言えねえっつってんだろ」
次の瞬間、ズアドの纏う電気が激しく弾けると同時に、ウルマロの甲空が砕け散った。
ウルマロは即座に飛び退き斬撃は回避したが、想定外の強さに動揺していた。
──初等部の生徒に僕の甲空が壊された……!?
──"電撃"を自分の体に使って筋力と神経反応を強化してるのか……!でもそんなことしたら自分の方がダメージを負うはず……なのに……何で意識を保ったまま平気で動けるんだ……!?
戸惑うウルマロの表情を見て、ズアドは笑う。
──ハッ、分からねえよなぁ……。
──拷問訓練を乗り越えたアタシには電気が効かないなんてことが、分かるはずねえよなぁ!?
「まあ、いいや……」
「は?」
ズアドは一切反応もできないうちに、黒いベルトのようなもので四肢を拘束されていた。
「今はそれどころじゃないんだ……君なんかに構ってる暇は無いんだ……学園の外にも魔人が大量に現れてる……ムレファ先生や学園長の手伝いに行かなきゃ……」
ウルマロは手で顔を覆いながら、ぶつぶつと言う。
「ふ、ふざけんな!こんなもん──」
「無理だよ。それは捕らえた相手の魔力を奪う"封印帯"だ。これ以上電撃での身体強化はできないし、仮に腕力だけで破れたとしても……貯蓄はまだいくらでもある」
ウルマロが静かな怒りに満ちた表情で説明している間にも、そのベルトは次々とズアドの周囲に現れ、その体に巻き付いていく。
しかしウルマロには全く魔法を使っているような素振りはない。
「クソッ、どうやって──」
そしてズアドは何も分からないまま、その体を完全にベルトに覆われた。
まるで繭のごとく一切の身動きを封じられ、沈黙が訪れる。
「……念のためだ。地下牢に封印する」
ウルマロがその繭の表面に手のひらで触れた瞬間、二人は薄暗く狭い部屋に移動した。
そしてさらに大量の黒い鎖が周囲に出現し、ズアドを覆うベルトの上から何重にも巻き付けられていく。
その姿を冷徹な瞳で見つめながら、ウルマロは言う。
「これは一部の先生以外には内緒にしてるんだけどね……校舎内には僕の魔法陣が張り巡らされてるんだ。だからどこからでも無動作・無詠唱で"召喚"を発動できる……最初の一撃で僕を殺せなかった時点で君の負けだ、ズアド」




