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五十六章 †天へ吠えし臆病者†

 † † †



 ヘワギスの平和記念公園で、絶体絶命の窮地に追い込まれたアランとミシュリー。

「ほらよ!」

 と十メートルほど離れた位置から二人に向けて、マリスが剣を軽く横に振った。

 勿論そんな距離から刃が届くはずはないが。

「伏せろっ!」

 アランがミシュリーに覆い被さるように倒れ込むと、その数センチ上を風の刃が通り過ぎ、奥の木が斬り倒された。

「な……!」

「ヒャハッ、初見でよくかわせたな!まあマヒアを倒したくらいだ、この程度には反応できて当然か!そら、次行くぞ!」

 そのまま容赦なくマリスは剣を高速で何度も振り下ろす。

 マリスの得意魔法"鎌鼬(デスゲイル)"による風の刃がいくつも発生し、その全てが一直線に二人へと飛んでいく。

 ──クソッ、もう力が……!

 アランは動けず、ただミシュリーを庇うように体を盾にすることしかできない。

 一撃で木を斬り倒すほどの威力だ。庇ったところで人体など簡単に貫通し、二人とも刃の餌食になることは想像に難くなかった。

 だが。

「…………!?」

 その刃は二人に届く前に弾かれ、その背後の生け垣だけがズタズタに斬り裂かれた。

「あ……?何だお前」

 マリスは眉を顰める。


「参ったね……みんなの到着まで基地で待機って命令だったけど……やっぱり見過ごせないよねえ、ピレッタちゃん」


 そこに現れたのは、銀河機関"オルデナ"に所属するガルンビカイナ人──イラルギ・レベルスだった。

 アランたちを"結界エスクトゥ"で包み込み、攻撃から守ったのだ。

 そしてマリスの背後に、何者かの剣が迫る。

「舐めんな!!」

 マリスは叫ぶとともに振り返りながら、剣を振り抜いた。

 剣同士がぶつかり合い、大きな金属音が鳴り響く。

「天使が不意打ちたあ感心しねえなオイ!」

 その剣の主は、イラルギと行動を共にしていた"神兵隊(ストラティオーティス)"の若き天使、ピレッタだ。

 激しい刃の擦れ合いで火花が飛び散る。

「ヒャハハッ、知ってるぜその顔!バレットの右腕を斬り落としたヤツだな!今までどこに隠れてやがった!?」

「くっ……!」

 さらに何度も剣を力強く振り下ろし、ピレッタを圧倒するマリス。

 ピレッタはなんとか受けてはいるものの、その威力に押されて徐々に後退りしていく。

「まあどうだっていい!お前をブッ殺しゃあ俺は七落閻(ドミネイトセヴン)にも劣らねえと証明できるってわけだ!ヒャハハハッ!」

 その剣戟を見てイラルギは察する。

 ──エルフ族の剣士……あの魔人、セレーネの末裔だ……!相手は隻腕とは言え、斬り合いじゃ分が悪い……!

「ピレッタちゃん!一度距離を──」

 と言いかけて、やめた。

 ピレッタの表情が冷静そのものだったからだ。

 猛烈な斬撃の嵐を防ぎながら、ピレッタは思い出していた。


 † † †


 三年前・天域。

「あーもう!また負けたあ!なんでー!?」

 ピレッタは納得いかない様子で、大の字になって寝転がる。

 そんなピレッタに、神兵隊(ストラティオーティス)の古株天使ロットが訓練用の木剣を手入れしつつ、面倒くさそうに声を掛けた。

「確かにお前は天才だよ。俺なんかすぐ追い抜かれちまうくらいにな」

「はあ?」

「だがな、どんな天才にも癖はある。そいつを見抜けば、格上を出し抜けることだってある」

「そんなの分かってるよ!でもロットさんにそういうの見えないんだけど!」

「そりゃ隠すように鍛錬してるからな……それでも完全には消えねえ。癖ってのはそういうもんだ。つまりお前にゃまだ見極める力が足りてねえ。勝ちてえなら癖を見極める力を高めろ。そんで自分の癖を隠せ。そうすりゃお前は誰にも負けねえ」

 そう言ってロットはピレッタの頭をぽんぽんと軽く撫で、にっと笑った。

「簡単に言わないでよ!てか私の癖って何!?」

 それでもやはりピレッタは納得いかずに口を尖らせ、そのモヤモヤをぶつけるように語気を強める。

「馬鹿、んなもん自分で考えろ!俺は忙しいの!見習いのお前にそんな時間使ってやるほど暇じゃねーんだよ!」

 ロットは呆れたように言い、逃げるように去っていく。

「あ!こら逃げるな!ロットさん暇でしょ!昼寝してるとこしか見たことないんだけど私!」

 ピレッタはしつこくそれを追った。


 † † †


 ──そうだ。

 ──癖だ。癖を見極めろ。

 ピレッタは集中してマリスを観察する。

 ──右上からの振り下ろし。振り上げながら重心移動。左上から振り下ろし。横薙ぎ。また右上。

 ──……今!!

「なっ!」

 ピレッタの剣がマリスの剣を弾き飛ばす。

 そして間髪を入れずにその首へと追撃を仕掛けた──が。

「ってえな……!」

 首に痣は残したものの、斬れてはいない。

 ──防壁か!

 ピレッタが僅かに怯んだ隙に、マリスは弾かれた剣の元へと飛び込み拾い上げる。

 そして即座に剣の先をピレッタへと向け、大きく横に広がる風の刃を放った。

「死ねぇ!特大の"鎌鼬(デスゲイル)"だ!今度はカスみてえな結界じゃ防げねえぞ!」

 マリスは煽るように言う。

 ピレッタは翼を広げて飛び上がり刃をかわすが。

 ──掛かった!

 その瞬間、風の刃は無数に分裂し、竜巻となって上空のピレッタへ襲い掛かった。

「やっぱりね」

 とピレッタ。

 ピレッタは翼をまるで貝殻のようにして自身を包み込むと、高速回転しながら竜巻から脱出した。

「何!?」

「あんたは一見勢い任せに見せて、めちゃくちゃ用意周到なんだ」

 翼を広げ直し、マリスを見下ろしながらピレッタは言う。

「横に広い刃を結界じゃ防げないと敢えて伝えることで、上への回避を誘導した。さっきの魔力防壁もそうだし……最初に竜巻の中から出てきたのも、穴から這い出る無防備な瞬間を見られないためでしょ?」

 図星を突かれたのか、マリスは苦い顔で目元を痙攣させる。

「ヒッ……ヒャハハッ!だから何だ!?そんなもん分析して勝ったつもり──」

「あ、もしかして町への攻撃を部下に任せて死にかけの三人にトドメ刺そうとしたのもそうだったりする?なんかもう用意周到ってより……臆病なんだね、キミ」

 とピレッタは哀れみの視線を向ける。

「んだと──」


「ごめんね、隙だらけだよ」


 激昂するマリスの背後に、ピレッタは移動していた。

 直後、驚いた顔のマリスの首が、ずるりと落ちた。すれ違いざまに高速で斬撃を浴びせたのだろう。

 ──七落閻(ドミネイトセヴン)にも劣らない……か。

 脳裏に過ぎるのは、ピレッタが最初に出遭った七落閻、バレットとインフェルノの姿。

「悪いけど……やっぱりキミじゃどう考えてもあの化け物たちには届かないよ」

 足元に転がるマリスの首に、冷ややかな顔で小さく吐き捨てた。

 ふぅ、とピレッタは剣を収めながら息を整える。

 余裕を持って勝利したかに見えたが、流石にセレーネの末裔相手にノーダメージとはいかなかった。竜巻から抜け出す際に、全身に軽い傷を負っていたのだ。

「イラルギさん、その人たちを船で治してあげて!私は残りを片付ける!」

 ピレッタは自分の傷などお構いなしに、アランたちを気に掛ける。

 イラルギは心配しつつも、状況が状況なだけに即断即決が迫られる。実際ピレッタよりもアランたちの方が遥かに重傷だ。

「りょ、了解!無茶はしないでね!」

 とイラルギは送り出す。

「うん!」

 ピレッタは力強く頷くとすぐに飛び上がり、町へと散った魔族の元へ向かうのだった。



 † † †



「……三牙鬼(トライデント)が一人、マリス殿が敗死した模様ですじゃ」

 魔獄にて、ポンダーはライザーらに報告する。

「チッ……ヤツの用心深さと生への執着は評価していたんだがな。まあ片腕ではあの天使相手に敵うはずもない」

 ダークファイアは腕を組みながら、然して未練もなさそうに言う。

「ふん、死にそうだからって腕捨てて逃げ帰ってきた腰抜けなんてどうだっていいんですよ。せっかく尖兵としてもう一度チャンスを与えてやったというのに、結局何の成果も無しに死んじゃってさ」

 同じくB2も腕を組んで、不快感を示す。

「くくっ、本体は地上に出てすらいないうぬらが、よくもまあ腰抜けなどと言えたもんじゃのうB2」

「!」

 B2を背後からマウトが抱き締め、その耳元で揶揄うように囁いた。

「まだいたんですかマウト!さっさと自分のお仲間のところにでも帰ったらどうです!?」

 咄嗟にマウトの手を引き剥がし、飛び退きながらB2は言う。

「ああ、彼奴らなら全員(わらわ)の屋敷に匿っておる。新たに迎え入れたハクたちも今頃レイボンたちに説明を受けておるじゃろう。まだこちらに付くとは分からんがの」

「訊いてないんですよ!消えてください!不快です!」

「その通りだ。ライザー様に従わない()れ者に用は無い。今すぐここから立ち去れ」

 普段から喧嘩ばかりの双魔統(ツインルーラー)も、マウトの前では団結して責め立てる。

 それほどにマウトの力を恐れているか、あるいはそれほどにマウトを嫌っているのか。

「くくっ、そう焦らずとも、うぬらの計画を盗み聴きするつもりなどない。初めから全て分かっておってはゲームがつまらんからの。うぬらの計画の成功を祈っておるぞ。くははははっ!」

 そう言ってマウトは消えた。

「チッ……何がゲームだ。クズめ」

 ダークファイアはマウトが消えた虚空へ向かって吐き捨てる。

「……しかし、これだけの魔人を送り込んでも次なる破魔の光が降ってくる様子はありませんね。さっきので本当に神は力尽きたと見ていいんじゃないですか?」

 とB2は話を本題に戻した。

「いえ、天域の結界が消えていない以上、まだ油断はできませぬ。ライザー様の分身体でさえ消されたのを見たでしょう……破魔の光は力の大小問わず問答無用に魔族を消滅させる、最悪にして絶対の力なのですじゃ」

 ポンダーは眉間に皺を寄せて忠告する。

 過去に"浄化カタルシス"を目の当たりにしたことでもあったのだろうか、相当なトラウマを抱えているようだ。

「……とは言え仮に再び破魔の光が放たれたとて、先程のように事前にその力を感じ取れるならば、大した脅威にはならないのではないか?マウトのように魔獄(こちら)へ退避すれば良いだろう。どうせ魔獄までは届かんのだ」

 とダークファイア。

「馬鹿なんですか?油断はできないって今聞きましたよね?油断した幹部が何人死んだと思ってるんですか?学習能力無いんですかあなたは」

「……ああすまなかったなその通りだ。誰かのように油断して"烈焔のカガリ"を取り逃しでもしたら大変だからな」

「それいつまで言ってるんですか!器ちっさ!学習したからいいんですよ!ほんっと馬鹿なんですね!」

「何だ、開き直りか?それでは同じミスを繰り返すのも時間の問題だな」

「はあ!?意味分かりません!馬鹿の理論には付き合い切れませんよまったくもう!」

 噛み付いてくるB2に、煽り返すダークファイア。

 そんな見慣れたやり取りを受け流しつつ、ポンダーはライザーに頭を下げて進言する。

「ライザー様、近いうち結界は破れます。それまでに"分裂ダブル"で失った魔力を少しでも完全な状態へ回復できるようお休みください。地上の侵略と監視は全て私めが取り進めておきますゆえ」

「ああ」

 ライザーは頷くと、玉座に座ったまま静かに目を瞑った。


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