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五十五章 †始まりし終わり†

 † † †



 十月六日。

 "浄化カタルシス"が放たれたのは、魔族が地上に出現してから丸五日が経過した頃のことだった。


「か……解放されたのか……?俺たち……」

「ま、魔族はどこに行っちまったんだ……?」

「逃げて……いいのよね……?」

 捕虜として捕えられていた者。魔人のために働かされていた者。魔人から隠れてじっと耐えていた者。

 世界中の国々で、人々は異変に気付いた。

 先程までそこらじゅうを闊歩していた恐ろしい魔族たちが、あの光が降り注いだ途端に、忽然と姿を消したのだ。

「自由だああああ!!」

「やっと……終わったんだ……」

 手を挙げて喜ぶ者。ほっと胸を撫で下ろす者。崩れ落ちて泣き叫ぶ者。

 魔族の侵略が始まって以降静寂に包まれていたいくつもの街は、一斉に活気で溢れ返った。


 だがそれは束の間の休息でしかなかった。


「騒がしいぞ人間ども!」


 そんな声とともに、ある街の一人の男性の足元が崩落し、アスファルトに大きな穴が開いた。

「え?」

「あ、あの穴って……」

 次の瞬間、そこから何百という魔獣たちが雪崩れ込んできた。

 最初に崩落に巻き込まれた男性はあっという間に不気味な昆虫型の魔獣に食い尽くされ、白骨死体へと変貌を遂げる。

「うわあああっ!!」「魔人っ!魔人だあっ!」「きゃああああっ!!」

 人々の活気は、再び最悪の空気へと一変した。

 逃げ惑う民衆を、魔人は手から放出する魔力の弾のようなもので次々と撃ち殺していく。

 そして倒れた者から次々と魔獣の餌となり、その光景がさらなる恐怖と混乱を生む。


 この街だけではない。

 魔族は途轍もない速度で世界中に再侵略を開始した。



 † † †



 ヘワーナ国・首都ヘワギス。

「はあっ……はあっ……やった……のか……」

 息を切らしながらアランは言う。

 ボロボロの体で座り込んだアランとミシュリーの目の前には、大量に流血し倒れたマヒアの姿があった。

 胸に大きく剣の穴が開いたその死体は、血溜まりの中で目を見開いたままぴくりとも動かない。

「何だったのかしらね……さっきの光……あれのお陰で隙ができて、致命傷を与えられたけど……」

 ミシュリーも満身創痍で呟く。

 "浄化カタルシス"の光を浴びた魔族は跡形も無く消滅していたが、恐らくは光の効果が及ぶ前にマヒアが絶命したことで、死体が残ったのだろう。

「フッ……きっと天が味方したのさ……何はともあれ、これでこの町の平和は守られた……そうだろう……?」

「ふふ……そうね……」

 二人は見合って笑う。


「そうか?」


 と、若く粗暴げな男の声。

「!」

 二人は警戒するが、もはや戦う力どころか立ち上がる力すら残っていない。

「ミシュリー!後ろだ!」

 声を荒げたのは、ミシュリーの肩に乗る花の妖精。

 無論アランにはその声は届かず、ミシュリーだけが振り返ると。


「ヒャハハハハッ!!マヒアの野郎を()るたあ頑張ったじゃねえか!褒めてやるよ!」


 男の声とともに地面が砕け、土煙を巻き込みながら巨大な竜巻が立ち昇った。

 そして竜巻とともにその中に飛び出したのは、二日前にマジポリア学園を襲った魔人──マリスだった。

 マリスは十勇セレーネ・ディメンザンの末裔にして、魔獄最強の刃物使い"三牙鬼(トライデント)"の称号を持つ。魔法教師ウルマロ・サクと学園長ノウズ・ノームの二人に敗北を喫したが、左腕を捨てて逃げ延びた。

「ど……どうする?アラン……」

「……さあ……どうしたものかな……」

 アランとミシュリーはもはや打つ手がなく、顔を引き攣らせる。

「なんだよ、もう動けねえのか?ちぇっ、つまんねえな」

 飛び上がった宙空から二人の姿を目視した途端、マリスは大きく溜め息を吐いた。

 やがてマリスの周囲を渦巻く竜巻が消えていくと、同時に地面に開いた穴が露わとなり、そこから魔獣が続々と這い出てくる。

 が、それだけではない。

 マリス以外にも、五人の魔人が現れたのだ。

「ま……魔人が……六人も……!?」

 ミシュリーは絶望する。

 マヒア一人ですら三人掛かりで相当な苦戦を強いられたのだ。それが六人ともなれば、たとえ全快だったとしても勝ち目は薄い。

 勿論全員がマヒアクラスの強さと限らないが、今の二人にはそんな想像を働かせる余裕も無い。

「行け。速攻で制圧しろ」

「はっ!」

 マリスの命令で、現れた五人は一斉に町へ散開する。

 マリスだけはこの平和記念公園に残ると、三人の方を見て、にたりと笑い。

「ヒャハッ、お前らは俺が直々に殺してやる。マヒアを倒した褒美だ」

 そう言って腰に差した剣を引き抜いた。

「そりゃどうも……」

「人生で……一番嬉しくないご褒美ね……」



 † † †



 ヴァリアール王国・首都ヴァリオス──ヴァリアール城。

「や……やっと家に帰れる……!」

「なんだか知らんが、奇跡じゃ!奇跡が起きたんじゃ!」

「みんな逃げろ!今のうちだ!」

 魔人の世話をさせるため城に集められていた雑用係や給仕係が、魔族が消えた今、一斉に外へ駆け出していた。

 真っ先に城門へと辿り着いた女性。

 ──ああ、あの子は無事なの……?今頃きっとひもじい思いをしてるはず……どうか……!

 子供を家に残してきたのだろう。ヴァリオスの侵略開始からすぐ捕まったと考えれば、四日間は家を空けていることになる。

 小さな子供が食事を自分で用意できるはずもない。もしできていたとしても、あれだけの戦いが起きている中では、巻き込まれていないとも限らない。

 女性が門を開き、外に出ようとした瞬間。


「逃げられるとでも思ったか?」


 そこには数十人に及ぶ魔人たちが並んでいた。

「そん……な……!」

 女性はがくりと崩れ落ちる。

「この城は完全に包囲している!!即刻、城内へ戻れ!!外へ出た者はその場で殺す!!」

 魔人たちを率いるリーダー格らしき茶髪の魔人が布告した。



 † † †



 ドラガウル国・大都市ドラヘッド。

 最強の種族と言われる竜人族を有し、これまで出現した魔族を退け続けていたこの最強の国家にも、再び魔族が現れていた。

 その大通りで、耳を(つんざ)くような悲鳴が響き、近くにいた住民たちが一斉に逃げ始める。

「はあ……部下が三人も殺された……最悪だわ……」

 そこにはゴシックロリータのワンピースとカールのかかったツインテールが特徴的な女の魔人が、道路のど真ん中にへたり込んでいた。

 その周辺には他にも六人の魔人が立っている。

 そして女の足元には、白目を剥いて倒れた竜人族の姿があった。

 それ以外にも、離れた場所に四人の竜人族の死体が転がっている。恐らくこの魔人たちに敗れたのだろう。

「ねえ……どう思う?最悪よね……?どうしてわたしの部下はこんなに使えないの……?」

 女はゆっくり立ち上がると、隣にいた部下と思しき男の魔人の襟元を掴み、ドス黒い瞳で睨め付ける。

「お、落ち着けよミゼラブル……こっちは三人死んだが、向こうは五人死んだんだぜ?この町にゃもう竜人はいねえし、じっくり制圧しようじゃねえか」

 男は顔を引き攣らせながら、ミゼラブルと呼ぶその女を宥めた。

 ──クソが!なんでよりによってこのイカレ女のチームに入れられるんだよ!?ツイてねえ!

「許せない許せない……どうして私がこんな目に……」

 ──そりゃこっちのセリフだ!

 爪を噛みながらミゼラブルは嘆き、男は内心で異議を唱える。敢えて声に出して言わないのは、自分に矛先が向くのを恐れたからだろう。

「うぅ……キュートちゃん……キュートちゃんを……殺したヤツはどこ……!?私のアイドルを……人間風情がっ!よくもおおおおお!!」

 突如怒りのボルテージが急上昇し、ミゼラブルは叫ぶ。

 どうやらキュートに心酔していたらしい。

 叫びとともに魔力を全身から解き放ち、周囲のものを吹き飛ばす。

「だからソイツはこの国じゃねえし、もうダイザンが殺したって報告あっただろうが!うっせえな!」

「うるさい!いないんだったら全員殺すっ!人間なんて、連帯責任で滅べばいい!」

 そう言ってミゼラブルは逃げる民を追い、黒い傘で次々と薙ぎ倒していった。



 † † †



 アトスティ連邦南部・ドンボカン半島。

 やはりこの国にも魔人は出現していた。


「あ、あの煙……昨日のとはちょっと違うけど……魔族が出てくる穴……だよね……」

 遠くに上がる黒煙をホテルの窓から発見し、三毛ネコ獣人の観光客カフィは呟いた。

「あんたまさかまた様子見に行くとか言わないわよね?」

 と、怒りを含んだ声でカフィに迫るのは、ともに旅行に来ていたキツネ獣人のミチュア。

 二人の目的は新婚旅行だったのだが、不幸にもこのタイミングで魔族の侵略が始まり、最悪の新婚旅行になってしまった。

「昨日もいきなり引き返して、爆煙の中に突っ込んで行ってさ……あんたが着いた時には戦いが終わってたから良かったものの、もし他に魔族が残ってたら死んでたんだよ!?あんた!」

「はは、ごめん……分かってるよ……」

 カフィは苦笑を浮かべた後、すぐに真剣な顔に変わる。

「分かってる……けど……僕が手を伸ばすことで一人でも命が救えるのなら、僕は諦めたくないんだ」

 自分でもその衝動を抑えられないといったふうにもう一度笑い掛けると、救急箱を持ってホテルの部屋を飛び出した。

「えっ、ちょ、ちょっと!待ちなさいカフィ!」

 ミチュアもそれを追って部屋を出る。


 カフィが思い出すのは──四年前の事故。

 大雨の夜だった。

 両親とミチュアを含めた四人で食事をしていた時、スリップした四トントラックが店に突っ込んだ。

 四人全員が巻き込まれ重傷──そして両親は死んだ。

 あまりにも唐突な、何の前触れも無い死がそこにあった。


 ──僕は誰も失いたくないんだ……もう誰も……!



 † † †



 クリンゴ共和国・マジポリア魔法学園。

「先生!ムレファ先生!」

 魔法教師ウルマロ・サクは、同じく教師にして現代最高の魔導士と名高いムレファ・ベルジェーンの籠る第一開発室に、高速ノックをかましていた。

「うるさいな……なんだウルマロ。会議中だぞ」

 面倒そうにムレファはドアを開けて顔を出す。

「会議中!?先生が!?」

 中を覗くと、机の上にはパソコンが用意され、画面には何人かの顔が映し出されていた。

 その周辺には数十枚の紙が散らばり、弾丸の設計図のようなものが描かれている。

 ──そうか……"量産可能な魔力貫通弾"の共有を……。

 ウルマロはそれに気付くと、気まずそうに頬を掻く。

「あ、ど、どうも……ウ、ウルマロ氏……ですよね……!ムレファ氏から伺ってます……優秀な弟子だって……」

 と画面越しに挨拶してきたのは、禿げ頭の小人族──世界連盟・次世代開発室室長イディオン・シーンスタインだった。

「あ、は、初めまして!ウルマロ・サクと申します。会議中とは思わず、お邪魔してしまい申し訳ありません……」

 とウルマロも頭を下げる。

「お、お気になさらず……」

「それで、どうしたんだウルマロ。急ぎの用じゃないのか?」

「大急ぎです!!」

 ウルマロは即答する。

「世界規模の浄化の光が降り注いだと思ったら、今度は世界中に魔人が現れているんです!」

「魔人が?」

「それも途轍もない数……!これまでとは比べ物になりません!このままじゃ終わります!世界が!」

「そこまで!?分かったよもう!大体伝えられることは伝えたし、量産はそちらに任せるぞ、シーンスタインさん」

「わ、分かりましたっ!」

 それからすぐにパソコンを閉じると、ムレファはビデオ通話用に着ていた正装を窮屈だと言わんばかりに脱ぎ捨て、魔導士のローブを羽織り直す。

「行くぞウルマロ。敵はどこだ?近いとこから片っ端に──……!」

 二人は部屋を出た途端、すぐに異変に気付いた。

 廊下から漂う、血の臭い。

「おいおいウルマロ……これって……」

「そんなまさか……ここへ来る時には感じなかったのに……!」

 ウルマロは身震いする。

 それは考えたくもない事態だったが、ムレファは非情な現実を確認するように言う。


「……すでに……侵入されてるぞ……!」



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