五十四章 †噛み合わざる神†
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神域・創星神殿。
"浄化"を放った後、創星神はその場で力無く倒れ、神殿に仕える白衣の天使たちによってベッドへと運ばれた。
「創星神様……安らかにお眠り下さい」
大神官ミゼロルと天使たちは、ベッドの横で跪く。
「我ら星樹の子……全てを賭けて、貴方の愛したこの世界を、必ず護り通します」
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天域・神の塔。
「……創星神様の気配が……消えた……」
空を見上げて、知の神グノウは呟いた。
「儂が生を受けて四百二十年……一度たりとてその気配が途絶えることはなかった……本当に……創星神様はお役目を果たされたのじゃな……」
そして再び祈るように強く目を瞑った。
それからしばらくしてグノウは目を開けると、下界の様子を映し出す"千里鏡"へと視線を向けた。
「……世界中の魔族の反応が無い……魔族の王を名乗っておったライザーとやらも……しかし……」
自らの長い髭を撫でながら、物思わしげに言う。
「ええ。何人かの魔人には逃げられましたね……」
とその隣のファイブルも同調した。
「それに恐らく、敵はまだ戦力を温存しているはずです。出現していた魔族のほとんどは雑兵の魔獣で、それを操る魔人は一箇所につき精々二、三人程度……明らかに魔人の数が少なすぎた」
「うむ……とは言え、下界ももう限界じゃった。"浄化"無しではこのまま滅亡を待つだけじゃったろう……とにかく今は創星神様のお言葉の通り、神たちの意思を統一することが何より先決じゃ。団結無しでは我らに勝ち目など無い」
そう言うとグノウは神の杖を突き立て、杖頭に光を宿らせ。
「……聞こえるか、六柱神よ」
杖に向けて言葉を投げかける。
「知の神か」
最初に反応したのは、武の神ビアだった。
「言われずとも分かっている。今こそ一致団結の時──そう言いたいのだろう」
「……その通りじゃ」
「創星神様がそれをお望みとあらば、オレは忠実に遂行するだけだ。ここからはオレが指揮を取る。貴様たちも従え。戦に関してはオレが最も優れているんだ。文句はあるまい」
「ちょっと待ってよぉ」
「何?」
口を挟んだのは、呑気な口調の女だった。
神域・創星神殿を囲む塔の一つ──大きな扉の上に"休"の文字を冠したその塔の最上階の部屋で、その女は寝ぼけ眼を擦りながら、フォークのような形状の神の杖を握っていた。
「うぇへへ〜……あたしは戦わないよぉ?だって"休の神様"なんだも〜ん」
女ははだけた寝巻きの裾から手を突っ込んで豊満な腹を掻き毟りつつ、口の端から涎を溢しながら言う。
「休の神……貴様久々に口を利いたかと思えば……」
「しょうがないじゃ~ん。ずっと寝てたんだも~ん。なんか起きたら大変そうなことに巻き込まれそうになっててホントめんどくさ~い」
「貴様……!巻き込まれるとは何だ!創星神様に世界を任された神の一人だという自覚が──」
武の神ビアが怒りに声を震えさせていると。
「まあまあ、落ち着きなヨ!そんなにイライラしてちゃ綺麗な顔にシワができちゃうゼ?ビアっち」
軽薄な雰囲気の若い男の声が、ビアの声を遮った。
扉の上に"芸"の文字を冠し、壁面や窓、至る所に彫刻の装飾が施された塔の最上階で、金に輝く太縁メガネを掛けたその男は、ペインティングナイフのような形状の神の杖を握っている。
「芸の神……」
「ちなみに僕っちもパスだヨ!」
大きなキャンバスに油絵具を乗せながら、芸の神と呼ばれる男は言う。
「何だと!?事態は一刻を争うんだ!オレたちが団結せずして──」
「何故なら僕っちたちにはそれぞれ役割がある!……分かってるでショ?"芸術"を司る僕っちや"休息"を司るアナっちには、戦争なんてできないのサ。そんな野蛮なことは、ビアっちたちに任せるヨ」
「そういうこと~」
芸の神の意見に、休の神も欠伸混じりに同意する。
「貴様ら……!」
「テクネの言う通りです。戦う意思のない子を戦場に送り出すなんて、わたくしには耐えられません」
母性のある声で混ざってきたのは、植物の蔦が生い茂り草花に包まれた、"環"の文字を冠する塔の神。
顔には僅かに皺が目立ち、衣服は纏っていない。途轍もない毛量の白髪を体に巻くことで辛うじて大事な部分を隠している。
「環の神、貴様までそんなくだらんことを言うか……状況を理解できていないのか?」
もはや呆れた口調で武の神ビアは言う。
「あなたもですビア……わたくしは誰も戦わせたくなどありません。いつだって人の争いは醜い……どうして母なる自然の一部として、穏やかに生きられないのでしょう……」
言いながら、環の神は悲哀に満ちた表情で溜め息を落とした。
「馬鹿者が。貴様たちも地上の様子は見ていたはずだ。魔族の王の戦いでいくつの山が消し飛んだ?貴様の司る"自然"すらヤツらは容赦なく打ち砕く。それを止めるには、剣を取るしかない!」
発破をかけるように力強く神の杖を床に打ち付け、ビアは声を荒げる。
「その通りじゃ。それにいずれヤツらは天域を攻めてくるじゃろう……そうなればおぬしたちにその気が無くとも、ここは戦場になる」
とグノウもビアに続けた。
「無論分かっています……ですが、あなたたちに戦わせはしません。母たるわたくしが、一人で迎え撃ちます」
「何!?」
「……無茶を言うのう……魔族がどれだけ残っておるかも分からんと言うのに……」
手前勝手な六柱神の面々に、ビアとグノウが頭を抱えていると。
「いつまでくだらぬ言い争いをしている」
"正"の文字を冠する塔の最上階──何も無いその部屋の真ん中に、頭を剃り上げた男が翼を小さく畳み正座をしたまま、木刀の形の神の杖で割って入った。
「正の神」
「我ら神はただ正義を全うするのみ。地の底より這い出た罪人たちに、厳正なる裁きを下すのだ」
その男──正の神は何もない正面を見据えて、淡々と言う。
その恐ろしく真っ直ぐな瞳には、目の前の白い壁ではなく、目に焼き付けた魔族たちの姿でも映っているのだろう。
「そんなことは分かっている!だが作戦を練らなければ勝てる相手ではないと言っているんだ!」
「喚くな。作戦など不要。創星神様に神の称号を与えられし我らならば、魔族などに遅れを取るはずがない。修行を怠るからそんな焦りが生まれるのではないのか?武の神」
「何だと!?」
「よせ二人とも。くだらぬ言い争いをしている場合ではない。おぬしが言ったのじゃろう正の神」
口喧嘩が始まりそうな気配を察し、慌ててグノウが止めに入る。
「皆もじゃ……冷静になれ。儂らに神の称号をお与えになったその創星神様ご自身が、儂らに力を合わせろと仰ったのじゃ。儂らを信じたその言葉に、報いるべきじゃとは思わぬか?」
グノウはなんとか説得を試みようと、創星神の名を出した。
たとえ心が別々の方向を向いていても、創星神への忠誠心だけは、天域に住まう全ての神と天使が平等に持っていると信じているからだ。
神たちは一瞬沈黙するが、すぐに口を開く。
「そうだな。ならばお前たちが我らに合わせるべきではないのか。我らの得意はそれぞれ違うのだ。お前たちのやり方を押し付けるのではなく、それぞれのやり方を貫けばいい。それこそが我らの力を最大限発揮できるベストな方法だ」
「さっすがディケくん、良いこと言う~。じゃ、あたし寝るね~。おやすみ~」
「あら、おやすみなさいアナパウシス。寝てばかりいないで、たまにはしっかり食べなければいけませんよ。後でわたくしの塔のお庭で採れた果物を持っていきますね」
「ホント~?ピュシスちゃんありがと~」
と、やはり取り合わない。
芸の神に至っては反論すらなく、もはや聞いているかどうかすら疑わしかった。
「……チッ、だから貴様では駄目なんだ知の神。貴様は確かに賢く優秀だが、それだけだ。頂点に立つには神としての威厳がまるで足りていない」
「そんなことは分かっておる!儂も別に頂点に立とうなどとは考えておらぬわ!」
神たちのあまりのバラバラ具合に引っ張られたのか、ビアとグノウまで仲間割れを始める始末である。
「失礼致します、グノウ神様、ビア神様。大神官ミゼロルです」
と、創星神に仕えていた神官ミゼロルが念話に口を挟んだ。
その口振りからして恐らく他の四人には念話を送っていない。
「ミゼロル……創星神様のご様子は」
グノウはふと冷静さを取り戻して尋ねる。
「たった今、お亡くなりになられました」
「!……そうか……」
──分かってはいた……覚悟もできておった……元々数ヶ月の命だということは分かっとったんじゃ……その数ヶ月が早まっただけ……分かっておったはずなのに……こうも堪えるとはのう……。
グノウは俯きながら、自分の胸元を押さえ、揺らぐ心を落ち着かせる。
「……気持ちは分かるが、死を悼むのは戦いの後にしろ知の神」
「ああ……分かっておる」
ビアの言葉でグノウはゆっくりと顔を上げる。
「それで、何用だミゼロル。六柱神の念話に割り込むとは、余程重要な連絡なんだろう?」
「はい。芸・正・環・休の四柱が協力的でないことは分かっておりました。故に私はその神官たちに声を掛け、現在グノウ神様のおられる神の塔へ向かわせています」
「流石じゃなミゼロル……」
グノウは創星神の後継にもその名を挙げるほどにミゼロルを評価していた。
その評価は正しかったのだと改めて確信する。
「急ぎ、ビア神様も神官グラディオネとともにグノウ神様の元へ向かってください。お二人の指揮で、魔族を討ち滅ぼすのです!」
「了解した」「ああ」
二人は希望を見出したように、力強く頷いた。




