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五十二章 †放たれし浄化†

 † † †



 天域上層──"神域(しんいき)"。


 直径一キロメートルほどの空間の中心に、石造りの巨大な白い城が天を突くように聳え立っている。

 そして城の周囲を囲むように、五つの塔が並ぶ。

 神域の空は白く、まるでハクの決定結界(サンクチュアリ)"白の世界の最果て(ホワイト・エンド)"の様相を思わせる。


 そんな空間に、咳き込む声が延々と響いていた。

 咳を発しているのは、神域の中心の城──"創星神殿(そうせいしんでん)"の一室にある巨大なベッドの上に横たわる、痩せこけた老人だ。

 周囲には白衣の天使が並び、容態を見守っている。

「創星神様!」

 と、両開きのドアを勢いよく開けて、ナースのような恰好をした水色の髪の女天使がそこへ駆けつけた。

「……ミゼロル……僕はもう駄目かもしれない……」

 口の端から血を溢しながら、"創星神"と呼ばれた老人は儚げな笑みを浮かべる。

「何をおっしゃいますか!まだまだ現役でいてくださらなくては困ります!」

「ふっ……死期が近いことくらい分かっているさ……」

 いかにも生真面目そうな眼鏡の天使──ミゼロルの言葉が、ただの気休めの言葉なのだと創星神は理解していた。

「それより、後継はもう決まったのかい……?僕は"知の神"グノウが良いと思うんだけど……」

 溢れた血を天使に拭き取ってもらいながら、創星神は尋ねる。

「いえ、それがまだ。"武の神"と"()の神"が強く反発しており……創星神の名を継ぐのは神域・天域に住まう全ての神と天使から認められた者でなくてはなりません。だからこそ、貴方にはまだ死んで頂くわけには参りません」

「やれやれ……困ったものだね……"六柱神(ヘキサスヒエロス)"には仲良くしてほしいんだけど……」

 と創星神は頬を掻いて苦笑する。

「特別不仲というわけではありませんが、星を導く頂点となれば認められない部分もあるのでしょう」

「まあ、それぞれ得意が違うわけだからねえ……ちなみにミゼロルは誰が良いと思う?」

わたくし大神官(メガレシノディア)ですので……公平な立場でなくてはなりません」

 ミゼロルは眼鏡をくいと上げながら、創星神の問いを受け流した。

「カタいなぁ……それで……下界の様子は?」

「知の神が送り込んだ神兵隊(ストラティオーティス)によって魔族は順調に討伐されています。数が多く苦戦は強いられていますが、大きな問題はありません。戦いはじきに収まるでしょう」

 ミゼロルは表情も声の調子も一切変えることなく、淡々と報告するが。

「嘘だね。僕に隠し事はできないと教えたはずだよ」

 創星神はすぐに見抜く。

「……申し訳ありません」

「本当は?」

「……創星神様の容態が悪化されるとともに、六柱神(ヘキサスヒエロス)の持つ神の杖(ラヴドス)の天力も弱まっています。その影響で下界への門を開けず、神兵隊(ストラティオーティス)を送り込めない状況です。唯一転送に成功していたロットの小隊も、バレットなる魔人によって全滅。現在は全ての国で魔族が出現し、二十五の国がすでに魔族の支配下に置かれました。死者は五千万人以上……僅か五日間の出来事です」

 ミゼロルは全てを正直に話した。

「…………そうか……そこまでの大事に至ってしまったか……僕の所為だな……」

 創星神は震える声で言いながら、悔しそうに俯く。

「……責任を……取らなければね」

 創星神は弱った体を無理矢理動かして立ち上がる。

「そ、創星神様、何を……!」

 と周囲で見守っていた天使の数人が体を支えようと駆け寄るが。

「大丈夫。覚悟はできているよ」

 創星神は手のひらを向けて制止する。

 それからその手を自分の体の前に伸ばすと、そこに古びた木製の杖が出現した。

 杖頭には白い輪が付いており、輪の中心には金色に輝く宝玉のようなものが浮かんでいる。

 創星神はその杖を掴むと、床に突き立て、目を瞑る。

 やがて宝玉が光を放ち始め。


「──聞こえるかい?みんな」


 杖へ向かって、創星神は語り掛けた。


 † † †


 天域・神の塔(テオンピルゴス)

「創星神様……?」

 天使たちを纏める"知の神"と呼ばれたグノウは、頭に響くその声に目を見開いた。

 隣に立つ神官(シノディア)ファイブルにも、同じように声は聞こえているようだ。

 それだけではない。全ての天使たちに声は届いていた。

「急にすまないね。創星神だ。みんなも知っての通り、僕はとても弱っていてね……もうすぐ死ぬ。まあもうすぐと言っても、あと数ヶ月は保つらしいんだけど……この状況で無駄に長生きしたって仕方ないだろう?」

「……!?」


「だから、今から全てを使い果たして死ぬことにした」


 その言葉にグノウはもとより天使たちも耳を疑った。

「な、なりませぬ創星神様!」

 グノウの持つ神の杖(ラヴドス)が淡い光を放つ。創星神へと声を送ったのだろう。

「その声、グノウか。心配してくれるのは嬉しいけど、どうせ死ぬのは変わらないんだ。それなら今の下界の状況を少しでも好転させたいじゃないか」

「し、しかし……貴方の命はこの天域と強く結びついておられる……!貴方が死ねば天域を守る結界も消失し、魔族に攻め入られる可能性も──」


「黙れ知の神!!」


 と一喝したのは、強気な女の声だった。

「武の神……」

 どうやらその声の主こそ、グノウの創星神継承に異を唱えるうちの一人、武の神だった。

 武の神は神域にある五つの塔の一つ──巨大な扉の上に"武"の文字を刻まれた塔の頂点に佇みながら、グノウと同じように自らの神の杖(ラヴドス)で語り掛けていた。

 とは言ってもその神の杖は、杖と言うより剣である。杖頭の代わりに柄頭(つかがしら)の部分が光ってその役割を果たしているようだ。

 その立ち姿はまさしく"武"を思わせ、褐色肌にライオンのごとく逆立った長い金髪、そして鍛え上げられた肉体を見せつけるかのような露出の高い鉄の鎧と白布を纏っている。

「創星神様がその程度のことをお考えになっていないはずがないだろう!天使と近付き過ぎてオレたち六柱神(ヘキサスヒエロス)の使命を忘れたか!?」

「!」

「オレたちが守るべきは天域の天使ではない……人界の命を守ることだろう!」


「その通りだ」


 と同意したのは、知的な若い男の声。

「"正の神"か。珍しく意見が合ったな」

 と武の神。

 この正の神と呼ばれた男もまた、別の塔の一室で杖を使って話しているのだろう。

「意見というほどのものでもない。ただの共通認識だ。それができていなければ我ら神に存在意義は無い」

 正の神は淡々と告げる。

「……まあ、そういうことだね。魔族の本当の狙いは下界じゃなく天域……かもしれない。でもそれならそれで良いじゃないか。僕たちの力の限りで迎え撃つんだ。それに、結界が消えれば下界にも自由に天使を向かわせられるだろう。今はこの結界は邪魔でしかないはずだよ」

「……くっ……」

 勿論、グノウもそんなことは重々承知していた。

 それでも、天域の象徴たる創星神を失うことは大きな意味を持つと案じていたのだ。

「"知の神"グノウ……"武の神"ビア……"環の神"ピュシス……"芸の神"テクネ……"正の神"ディケ……"休の神"アナパウシス……六柱神(ヘキサスヒエロス)みんなで力を合わせれば、きっと世界はまた良い方向へ向かうはずだ……勿論天使のみんなもだ……神たちに、力を貸してあげてくれ……これからの世界を、頼む」

 そこで念話は途絶えた。

 グノウは悼むように強く目を瞑る。

 ──創星神様……!


 † † †


「……それじゃあ始めようか」

 創星神は杖を突きながら、創星神殿の上部のバルコニーへと足を運んだ。

 ミゼロルもその後ろに付き従う。

「ミゼロル、今までありがとう。君が僕の大神官(メガレシノディア)になって二百五十年、楽しかったよ」

「……光栄でございます」

 ミゼロルは跪き、深く頭を下げる。

 創星神はその姿を見て微笑み、そして世界を見渡すかのようにバルコニーからの景色を眺めた。

 ──良い景色だ。

 そこから見えるのは何も無い白い空と、神殿の周りの塔だけだが、創星神にはきっとその下に広がる美しい世界が見えているのだろう。

 ──二千五十三年か。長いようで短かった……いや、短いってことはないか。僕は本当に、良い人たちに恵まれた。良い人生だった。

 ミゼロルや六柱神をはじめとする天使や神の姿が創星神の脳裏を駆け巡る。

 何百、何千という人の顔。

 その最後に浮かんだのは、一人の少年だった。

 ──ありがとう。全ては君のお陰だよ──アルケス。

 創星神は心の中でその少年──十勇アルケス・メガロドロンに礼を言う。二千年という(おびただ)しい年月を生きてきた創星神ともあれば、末裔ではなく十勇本人とも交流があったのだろう。

 それから静かに笑みが消えていき、表情は真剣そのものに変わる。

「さあ、最後の大仕事だ」

 そして杖を掲げると、杖頭の宝玉部分が先程よりもさらに強い光を放ち始めた。


「"浄化(カタルシス)"」


 その瞬間、世界は光に包まれた。



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