五十三章 †終わりし戦†
† † †
ヴァリアール王国・カウテンツ西方の山岳地帯。
「くははははっ!あの時と比べて腕が錆び付いたようじゃのうライザー!双魔統なんぞの後ろでいつも踏ん反り返っておるからそうなるのじゃ!」
狂気の笑みを浮かべて、ライザーの巨大な拳をかわすマウト。
二人の戦いの余波は尋常ではなく、ハクとバレットの戦いですら児戯に思えるほどの破壊が起きていた。
周囲は数キロに渡ってクレーターにまみれ、ここにいくつもの山が存在したなどとは誰も気付かないだろう。
もしも都市でこれが行われていたならば、それだけで数百万人の被害が出ていたかもしれない。
そして恐るべきはその戦いが始まってからまだ五分も経っていないということだ。
「なんて戦いだよ……もはや怪獣同士の喧嘩じゃねえか……」
数キロ離れた地点から、次々と山が崩壊していくさまを眺めながら、ハクは呟く。
全てを出し尽くす最高の戦いを楽しんだ直後に、間違いなく自分より遙か格上の戦いを見せつけられたハクは、ただ呆然とすることしかできなかった。
「ウチらからしたらあんたも充分怪獣やで……」
リヴァスは小さくツッコむ。
「でもボクが間に合って良かったよ。間に合ってなかったらみんな巻き込まれて死んでたかも」
と、ハクの横で胸を撫で下ろしたのは、レヘンだった。
ライザーの放つ膨大なエネルギーはレヘンたちにも感じられており、戦いが始まればその周囲が壊滅状態に陥るのは目に見えていた。
そしてハクにはもうその場から逃げる体力すら残っていないことも察していた。
そのためレヘンたちはダークファイアとの戦闘から"瞬間移動"で逃げた後、すぐにハクたちの元へ飛び、全員同時に遠く離れた場所へと避難させたのだ。
「ほ、本当に助かりました!ありがとうございます!ありがとうございますっ!」
シガナは何度も頭を下げる。
「あはは、いいよ。ついハクさんと一緒に助けちゃったけど、敵じゃないんでしょ?」
「……今んところはな。ケケッ……」
サイガは冷笑で答えた。
「一体何者なんですか、あの人……あっちのデカいのが魔獄王とかいう人なのは分かりますが……」
ゲンマも冷や汗を垂らしながら尋ねる。
異常なまでの魔力量でハクすら恐怖させるほどのライザーと、マウトは互角に渡り合っている。
俄かには信じがたい光景だったが、それはマウトの仲間とて同じことだった。
「さあ……僕たちも知っているのはマリカ・マウトという名前だけですよ。あの人がまともに戦う姿を見たのもこれが初めてなんですから……ふふ……」
カイは困惑混じりの笑みを浮かべて答え、レイボンもそれに続ける。
「マウトが一体どう動くかなど知る由もない。今だって、折角集めた仲間たちを、自身の戦いに巻き込んで殺しかねなかったんだ」
そんな時だった。
「……待てライザー。何か……」
と戦いの最中にマウトは突如立ち止まり、天を見上げた。
「黙れ!」
構わずライザーは拳を振り抜く。
が、その拳はマウトに片手で受け止められていた。
「くくっ、どうしたライザー。うぬにしては随分と熱くなっておるようじゃの。バレットたちの戦いに当てられたか……それとも妾に計画を狂わされることが余程悔しいのかのう?」
「戯言を」
煽るマウトに、ライザーは大きく口を開けると、口から巨大な青い閃光が放たれた。
閃光は一直線に進み、直線上のいくつもの山々を消し飛ばす。
しかし当のマウトはそれをかわし、ライザーの背後に移動していた。
「馬鹿者。分からぬのかライザー。途轍もない力が世界に降り注ごうとしておる」
これまでにない冷静な口調でマウトは耳打ちするが。
「知ったことか!!」
とライザーは巨大な手でマウトを鷲掴みにする。
「チッ、仕方あるまい。妾とて死ぬのは困る。聞く耳持たぬならそこで死ねライザー」
マウトはそう吐き捨てると、ライザーの手の中からいつものようにするりと姿を消す。
そして避難していたハクたちの元に出現した。
「うおっ!?なんだよ!どうした!?」
思わず立ち上がるハク。
「一度退くぞ」
瞬間、マウトの一団は地上から姿を消した。
荒野の中に一人取り残されたライザーは、ようやく天を見上げる。
戦うべき相手がいなくなったことで、マウトの言っていた"降り注ごうとしている力"について、ライザーも意識を向けたのだろう。
だがそれが何かを理解する暇も無く、天から光が降り注いだ。
神兵隊たちが下界へ降りてきた時に雲間から差し込んだような、一筋の光ではない──全ての空を覆うほどの、凄まじい光の束だ。
光をその身に浴びたライザーは、瞬時に跡形も無く消滅した。
† † †
同刻、クリンゴ共和国・ワルチア。
七落閻の一人、不死の肉体を持つ巨人ダイザンを、再生しても動けないよう頑丈な杭とワイヤーで拘束することに成功した娑卍那組と軍隊たちはその後、穴から溢れ出した魔獣の対処に当たっていた。
他の町の支部からも援軍が駆けつけ、魔獣は速やかに殲滅できると思われたが、巨人が出てくるほどの巨大な穴だったせいか現れる魔獣の数も多く、それを閉じるのにもかなりの苦戦を強いられた。
幸いダイザンが大暴れしてくれたお陰で住民たちの避難は完了しており、ロケットランチャーや戦車などの地上兵器も投入できたが、それでも巨大な体を持つオーク型の魔獣や、飛行能力を持つ鳥型・竜型などの魔獣には劣勢な状況が続いた。
深夜にようやく穴は閉じられたが、その間にも魔獣は増え続け、正午を回った今でも戦いは続いている。
「クロス、一度軍に任せて休むぞ……このままじゃ保たねえ……」
黒ネコ獣人クロスの元へ、チワワ獣人のチウスが息を切らしながら駆け寄る。
「そうですね……」
二人とも夜間ぶっ通しで戦い続け、満身創痍の状態だった。
同じく数少ない娑卍那組の生き残りや軍の兵士もボロボロで、重傷を負っている者も多く見られる。
そんな時、天が眩い光を放った。
「な……何だ……?」
クロスたちは光る空を呆然と見上げる。
「魔獣が……消えていく……!」
気付けば地上の魔獣は光を受けると同時に次々と消滅していた。
地面に固く拘束されていたダイザンまでも、一切の欠片すら残さず消え去った。
† † †
同刻、ヘワーナ国・首都ヘワギス。
ヒーローを自称する青年アラン・バトビエ、街の超能力少年バカルタス、そして剣士に覚醒した花屋の娘ミシュリー・ヤマダによる、魔人マヒアとの戦いは未だ続いていた。
バカルタスによる潜在能力の解放もあり、アランもミシュリーも凄まじいパワーでしばらくは三対一の戦いを優位に進めていたのだが──。
「大丈夫?アランくん」
ミシュリーは横でふらついているアランに声を掛ける。
「はあ……はあ……問題無い……バカルタスのお陰で血も止まっている……まだまだやれるぞ……!」
アランは強がって答えるが、視界は霞み、限界などとうに超えていた。
グチャグチャに折れ曲がった左腕だけでなく、この戦いの中でさらに身体中に傷を負い、確かに出血こそ少ないものの、もはや立っているだけで精一杯だと一目で分かる。
──問題無いわけないでしょ!
と思いつつも、ミシュリー自身もアランを避難させられるほどの体力は残っていなかった。
聖剣によって戦闘能力そのものは開花したとは言え、元々はごく平凡な花屋の娘──体力が底上げされたわけではなかったのだ。
さらに、追い討ちをかけるように数分前、バカルタスが限界を迎えて倒れた。
二人の力を強化しながら、自身も戦う──そんな芸当が可能なのは間違いなくアルケスの末裔としての才能だが、その分消耗はこの場の誰よりも激しかったのだろう。
アランたちは今、倒れたバカルタスを庇いながら戦っているのだ。
「フフ……もう諦めたらどうかな?そんな状態で僕に勝てるわけがない」
マヒアは不敵に笑って言う。
無論マヒアも、三人を相手に無事では済んでいなかった。右腕にはいくつもの打撲痕が、左肩には大きな斬創が残されている。
それでも余裕の表情を崩さないのは、意地か、バカルタスが倒れたことへの安堵か、あるいは、まだ何か奥の手を隠し持っているのかもしれない。
「誰が……諦めるものか……!うおおおおおっ!!」
力を振り絞りアランは特攻を仕掛ける。
ミシュリーも同時に仕掛けるが。
「無駄だよ」
とマヒアは二人の同時攻撃を隔壁で弾き返しつつ。
──そんなことよりも……何だ?この力……。
上空に感じる莫大なエネルギーを察知し、警戒していた。
──これは魔力じゃない……どちらかと言えば──。
瞬間、光が降り注いだ。
† † †
天を覆う光は世界中を包み込む。
地上に出現し人々を蹂躙していた数千万という魔族たち──魔人・魔獣にかかわらずその全ては、一瞬のうちに消滅した。
† † †
「この光……まさか浄化の光か!?」
ドラガウル国西部・ドラウィングの空港から発ち、次なる目的地へと向かう筋肉大膨張号X機内にて、窓の外を覆った光にカガリが反応した。
「浄化の光?」
メルトは首を傾げる。
「天域の神が放つっつう、魔族を殺す光だ。連盟ではそう呼んでた……つってもあたしも映像でしか見たことねえんだけどな……あれは六十年以上も前に全く見られなくなったんだ」
「ふ〜ん、なんでなんで〜?」
とアダーも寄ってくる。
「知らねえよ。ただ一説によると、神の力が弱まったからだと言われてる。ちょうどその頃から天使の存在が確認されるようになってな。浄化の光が打てなくなったから、代わりに天使が出張るようになったと考えりゃ筋も通る」
「どうしてそれが今になって?もしかして二代目の神様でも就任されたのかしら」
一トンのバーベルを上げながら、ハルクスが言う。
「さあ、どうだろうな……天域については魔獄以上に何も分かってねえんだ。何せとんでもなく強力な結界が張られてて、観測することすらできねえらしい」
「へえ……まあ何にしても、あんなすごい光が世界中に降り注いだんなら、もしかして戦いも終わるんじゃないか?」
「ああ……だといいがな」
† † †
魔獄。
「この烈々たるの破魔の光……四百年前を思い出しますな……」
巨大な黒い石造りの祭壇のような場所で、壁面に地上の様子を大きく映し出しながら、七落閻の老魔人ポンダーが呟いた。
「これが神の力……」
ごくり、と息を呑みながらB2はその映像を見守る。
その隣には同じように戦慄した表情を浮かべるダークファイアの姿もあった。
「だが、全て計画通りだ」
三人の後ろの巨大な玉座に座るのは、消滅したはずの魔獄王ライザーだった。
「その通りでございますライザー様。もはや神に力は残っておりませぬ。じき、天域の結界も消えるでしょう」
自身の口髭を触りながらポンダーは言う。
そして杖で石床を二度叩くと、四人の乗る祭壇上がガコンという音とともにゆっくりと浮上した。
そのまま祭壇はエレベーターのように上へ上へと上昇していく。
と、その時。
「なるほどのう。それが狙いじゃったか」
「!」
ニヤニヤと笑いながらライザーたちの前に一人で現れたのは、マウトだ。
「地上におったのは分裂で作り出した偽物というわけか。くくく……道理で貴様と戦り合っても歯応えがないはずじゃ、ライザー」
"分裂"──対象と全く同じ姿の分身を作り出す魔法。代償として、その対象が持つ魔力も本体と分身に二等分される。
つまり、僅か数分の間に山をいくつも消し去るほどの巨大な力の塊──それはライザーの半分の力でしかなかったということになる。
「マリカ・マウト……貴様を地上の魔族とともに葬れなかったことだけは計算外じゃ」
冷静沈着だったポンダーはマウトを見た瞬間に突如として眉間に皺を寄せる。
「くくっ、残念じゃったの。神の力はうぬらの想定以上に弱っておったらしい。じゃから破魔の光とやらも、発動前に気付くことができた」
本来創星神の発動した"浄化"なる技は、即座に降り注ぐはずだったのだろう。
だが、マウトはおろかマヒアにもその力は事前に察知されていた。
「しかし意地が悪いのう。第五階層などに隠れてこんな計画を企てておったとは。妾にも教えておいてくれれば良いものを……くくっ」
「チッ……お前が計画の邪魔をしてくることなんて分かり切ってたんですよ。だから細かな計画は我々四人のみで共有していたんです。まさかお前が地上のカスどもと手を組むとは思いませんでしたがね」
B2もマウトには煮えたぎるような怒りの視線を向けつつ言う。
「やれやれ、嫌われたもんじゃ……ん?待て待て、四人のみじゃと?そう言えば他の幹部が見当たらぬが……」
マウトは言われて気付き、キョロキョロ辺りを見回す。
「フン、言ったはずだ。七落閻など、天域を墜とすための駒に過ぎん」
ライザーは脚を組んで座ったまま、事もなげに言う。
「まさか初めから彼奴ら全員……あの破魔の光を誘き出すための餌じゃったと言うのか……?」
「そうだ」
流石に動揺した様子のマウトに、ライザーはやはり当然のように即答する。
「く……くははははははっ!!良いのう!やはりうぬは面白い!あれほどの猛者どもを、こうも易々と切り捨てるか!」
「キショ……何笑ってんだよババア……」
一人で大笑いを始めたマウトに、小さく毒づくB2。
マウトは「くく……」と笑いを引きずりつつ、少しずつ静かな喋りを取り戻し。
「……いや、すまぬな……しかし、確かに違和感を感じておらんかったわけではない。地上を攻め落とすのであれば全軍を一斉に放てば良い。じゃがうぬらは段階的に攻撃を仕掛けておった」
「そうだ。段階を分けたのは、破魔の光による全滅を避けるため。これによって我らの元には──」
ダークファイアが答える。
と同時に、上昇し変わり続けていた周囲の景色が、ぴたりと止まった。
目的地──第一階層に到着したのだ。
「──十万の魔人と、三百万の魔獣が残った」
そこには、途方もない数の魔族の軍勢が整列していた。
軍勢はライザーたちの魔力に気付いて、一斉に祭壇へと視線を向ける。
ライザーはゆっくりと立ち上がり、宣言する。
「戦は終わりだ……我らの頭上を飛び回る目障りな虫どもを、殲滅せよ」




