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五十章 †完全なる白†

「"決定結界(サンクチュアリ)"……だと……?」

 バレットは瞠目する。

 自分とハクを除いて、見える景色全てが白に染まっている。

 足元の影すら存在しない、完全なる白。

 ──前にインフェルノのバカが言ってたはずだ……決定結界は失われた魔法……地上にも魔獄にも、使える者はいない。

 ──……あのクソババア以外には。


「何ゴチャゴチャ考えてんだ?」


 意趣返しのようにハクは言う。

 バレットはハッとして、目の前のハクに意識を向け直した。

「さあ、終わらせようぜ魔人。俺たちの戦いを」

 そしてハクは両手に巨大な白炎を纏う。

「終わらせる?クククッ……終わらせてたまるかよ!もっとり合おうぜ!」

 バレットはこの状況下でも怯まず笑い、飛び掛かる。

 だがハクにその拳は届かない。

 顔面にぶつかる寸前に、ハクがその手首を掴み留めていた。

「この"白の世界の最果て(ホワイト・エンド)"のルールは──"先に相手に一撃与えた方が勝者となる"。そして……"敗者は死ぬ"」

「あ!?」

 バレットは怪訝な顔で訊き返しながら、掴まれた手首を引き抜いた。

「シンプルだろ?正真正銘、これが最後の攻防になるってこった」

「テメエ……──」

「恨むなよ。コイツが俺の全力だ。全力の戦いがお望みなんだろ」

 眉間に皺を寄せるバレットの言葉を遮るように、ハク自身も残念そうにそう言った。


 † † †


「何が起きているんだ……?」

 水晶で観戦するレイボンは困惑していた。

 ハクが決定結界(サンクチュアリ)を発動した瞬間から、二人の周りを直径二十メートルほどのドーム状の結界が包み込み、内部を白が覆い隠していた。

「決定結界って……さっき貴女が使っていた"伝説の結界"ですよね?あのカガリという人が言うには、現代に使い手はいないはずですが……」

 とカイがマウトに目を向けると。

「……くくくっ……くははははっ!!面白いのう、ハク!!よもやそこまでの男とは!!」

 そこには食い入るように身を乗り出して水晶を覗き込む魔女の姿があった。


 † † †


 激しい打ち合いの中で、バレットの脳裏に蘇ったのは、いつの日かの記憶。



「何バレット、まぁた部下潰しちゃったワケ?」

 七落閻のキュートが、後ろからそんな声を掛けてきた。

 バレットの眼前には、バレットほどではないにせよ筋骨隆々の大男が、岩壁に減り込んで力無く項垂れている。

「フン、雑魚どもをチマチマ鍛えるより俺自身が強くなった方が早えだろうが」

「うっわ脳筋〜……インフェルノから何っ回も釘刺されてるでしょ、兵力を減らすなって。あと数年もしたら地上への大規模侵略が始まるんだよ?分かってるの?」

「チッ、とうとうテメエまでそんなくだらねえこと言い始めやがったか、キュート……随分第一階層(スウォーム)に染まったもんだな。第二階層(バーバリックレア)で見つけた時の方がまだ面白かったぜ」

「……君さあ、一体何を目指してるの?双魔統(ツインルーラー)の座でも狙ってるワケ?ムリムリ、やめといた方がいいって。あの二人は別格、分かってるでしょ」

 キュートは呆れた表情で言う。

「ライザー」

 バレットが口にしたのは、魔族の誰一人として逆らえない最強の王の名だった。

「……はい?なんて?」

 キュートは目を細め、聞こえなかった振りをするが、バレットは律儀にもう一度その名を口にする。

「ライザーだ。別に目指してるもんなんざ無えが……今俺が殴り合いてえのは、アイツだけだ」

「きゃははははっ!ほんっと君イカれてるね!絶対死ぬよ!」

 瞳に狂気を宿したバレットのその言葉が冗談などでないことは、キュートにもすぐに伝わった。

 だからこそ心の底からキュートは笑う。

「死んで何が悪い。俺たち魔族はやりてえように生きて死ぬ。そういう種族だろ。それが何だ、今の魔獄はどいつもこいつも、腰抜けばっかりだ。つまらねえ……」



 ──そうだ。

 ──それから何度もライザーに戦いを挑んだが、そのたびに双魔統(ツインルーラー)どもに邪魔をされた。

 ──アイツらとの戦いはつまらねえ。全力も出さず、殺す気もねえ、ただ俺をライザーから遠ざけるためだけの戦い……いや、あんなもん戦いですらねえ。

 ──ふざけやがって……最強なら前に出てこいよ。部下の後ろに隠れてふんぞり返って、何が王だ。

 ──一対一(サシ)ならあんなヤツらに負けやしねえ……だが、二人纏めて叩き潰せるくらいの力が無かったのも事実だ。

 ──許せなかった。ライザーも、俺自身の弱さも。


 ──強くなりすぎりゃ満たされねえ。

 ──強くならなけりゃ最強とはり合えねえ。


 ──俺は、どうすりゃいい。



 そんな葛藤ののちに、ふと意識が鮮明になる。

 眼前に広がる無限の白の中でただ一人、楽しそうに笑みを浮かべてこちらへ向かってくるハクの姿。

 忌々しい記憶に苛立っていたバレットも、それを見た瞬間に口角を吊り上げる。

「ははははは!!楽しいな人間!!」


 ──どうだっていい!俺はやりてえようにやるだけだ!それが魔族(俺たち)の本質なんだからな!


 と、吠えながらバレットが繰り出した拳は、空を切る。

 ハクはその拳の軌道を見切って最低限の動きでかわし。


 反撃の裏拳をバレットの顔面に直撃させた。


 バレットは僅かに仰け反るも、ダメージは大したものではなかった。

 この結界のルールさえ無ければ、まだ戦いは続いていただろう。

 その一撃をくらった途端にバレットはぴくりとも動けなくなり、全身の力が抜けていく。

 そしてやがて崩れるように地に伏した。

「……俺の勝ちだ」

 物悲しげな表情で、ハクは勝利宣言する。

 その勝者に対して、横たわったバレットが恨めしげに放った言葉は、意外なものだった。

「テメエ……何で手ェ抜きやがった……」

「はあ?どこをどう見たらそう見えんだよ。満身創痍だぜチクショウ……」

 ハクは息を切らし膝に手を付きながら、怪訝な顔をする。

「……決定結界(サンクチュアリ)のルール──アレは別に説明する必要なんざ無かったはずだ……黙ってりゃテメエの有利に進められた……なんなら一瞬で勝負を決められたかもしれねえ……そうだろ」

「…………」

 ハクは誤魔化すように目を逸らす。

「何故だ……俺に情けでも掛けたつもりか」

「……俺だって、もっと戦っていたかった。そんだけだ」

「……ケッ……」

 バレットも顔を背ける。

「つうかなぁ、手抜きっつうならあんただって片手無えじゃねえか。どうせなら両腕のあんたと戦ってみたかったぜ」

「……ククッ……バァカ、両腕あったらとっくにテメエはその辺で肉団子になって転がってる」

「はは……かもな……」

 そんなふうに二人は満足げな笑みを浮かべるも、やはりお互い視線を外したまま、合わせようとはしなかった。

 まるで別れを寂しがる親友同士のように。

「そう言やあ聞いてなかったな、あんたの名前」

「……バレットだ」

「バレットか。俺はハク……ハク・スパイラルだ。……じゃあな、バレット」

 静かに名乗り合い。

 バレットは恐らくその生涯で最高の好敵手となったハクの名をしっかりと頭に刻み込みながら、息絶えた。


 バレットの脈動が完全に停止すると同時に、二人を包む白いドーム全体を黒い亀裂が覆っていく。

 そしてまるで火花のように、弾けて散った。

「さて、レヘンたちの調子は……っと。……それどころじゃなさそうだ」

 "白の世界の最果て(ホワイト・エンド)"が消えて外に出たハクは周囲の状況に気付くと、気怠げに後頭部を掻いた。

 外には数十人の魔人が数百の大型魔獣を従えて、ハクを包囲していたのだ。

「かかれ!」

 リーダーらしき魔人の号令によって、魔族は一斉に襲い掛かる。

「勘弁しろよ……こっちはもう魔力スッカラカンなんだぜ?」

 溜め息を吐きながら迎撃の構えを取るハクだが、その拳の炎はあまりにも小さく、赤い。

 天性の戦闘センスで魔獣を次々と返り討ちにし、魔人の放つ技も辛うじてかわす。

 だがやはり限界は近付いていた。

 瞬間、背後に接近した大剣を持った魔人への反応が遅れる。

 ──クソッ、間に合わねえ……!

 ハクが諦めかけたその時。

 魔人は頭から真っ二つに斬り裂かれ、大剣が振り下ろされることはなかった。


「くはははは!!楽しませてもらった礼じゃ!助けてやろう!」


 そこに出現したのは、マウトの一団だった。

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