四十九章 †求め合いし拳†
† † †
「……チッ……テメエ、本気も出さずに死ぬつもりかよ?」
「あ?」
ヴァリアール城北東・カウテンツの町で交戦中のハクとバレットは、殴り合いの最中にふと立ち止まった。
「さっきから周りばっか気にしやがって……」
「あ、バレてた?」
バレットの指摘に、ハクは惚けた顔で答える。
「当たり前だボケ!死にたくなきゃ全力で戦え!周りの雑魚の命なんざ知ったことか!」
と、バレットは苛立ちをぶつけるように左拳を真横に振り抜いた。
その魔力と拳圧によるものだろうか、その拳の先にあった小さなビルが粉々に砕け散る。
「ハハ、そうしてえのは山々なんだがな……そういうわけにもいかんのよ。部隊は抜けたが一応まだ世界連盟所属ってことになってるんでね」
ハクは面倒そうに頭を掻きつつ、提案する。
「どうだ?ここは一つ、場所を移さねえか?俺だってあんたとは本気で戦り合いてえと思ってんだ」
それを聞いた瞬間バレットは口角を大きく上げる。
「ハッ、上等だ!最初からそう言えよ!」
──コイツ、マジで一般人の生き死にに興味無えんだな……ただ暴れてえだけの戦闘狂……正直このまま続けてたら勝ち目は薄かったが……好都合だぜ。
ハクは苦笑を浮かべつつ、人差し指で手招きする。
二人は大きく跳躍し、建物の上を次々飛び移りながら、物凄いスピードで町を離れていく。
バレットが屋根や屋上を蹴るたびにその部分が崩壊するが、今は気にしている場合ではない。
何より、ハク自身も全力での戦闘が楽しみで仕方なかったのだ。
数分後、二人は人気のない山の高台に到着しようとしていた。
「ここらでいいだろ。俺ら以外に魔力は感じねえ」
ハクは高く跳躍しながら、周囲に感知を張り巡らせて安全を確かめる。
バレットはそれを聞くやいなや、移動中より遥かに強く踏み込み、目の前を跳ぶハクへと一気に距離を詰めた。
「はははははっ!だったら始めようぜ人間!本気の殺し合いをなァ!!」
「!!」
狂気的な笑みを浮かべつつ、その超スピードに乗ったまま左拳を繰り出すバレット。
その拳に、ハクは白い紅蓮拳を横から滑り込ませて受け流す。
空中でぶつかり合った二つの拳が空気を振動させ、山全体の木々が大きく揺れ動くとともに、驚いた鳥の群れが一斉に飛び立つ。
そして二人は高台の上に十数メートルほど離れて着地し、対峙した。
着地の衝撃により両者の足元の地面は放射状にひび割れる。
ほんの一瞬、静かに睨み合ったかと思うと。
次の瞬間には、さらに大きなクレーターを地面に開けて両者同時に踏み出し、その中心で再度ぶつかり合う。
それはもはや凡人が見れば"瞬間移動"と見紛うほどの速度──肉体派の十勇の末裔である両者の素の身体能力の高さと、高精度・高出力の魔力推進が併さったことでその速度は生み出される。
二人が拳を重ねるたび、腕を振るたび、踏み込むたびに、山は抉れ、砕け、削れていく。
幾度とないぶつかり合いの中で少しずつ両者の体に傷が増えていくが、二人にとってはどうでもいいことだった。
「クククッ……ははははははは!!面白え!!良いぞ人間!!もっと俺を楽しませろ!!」
「くくっ、こっちのセリフだぜ魔人さんよ!!片腕でここまでやるたあ、とんだバケモンじゃねえか!!」
似た者同士の二人は心の底から戦いを楽しみ、笑う。
そうして僅か数分のうちに、そこにあったはずの山は完全に消滅した。
† † †
魔獄──マウトの屋敷。
「こっちの方は随分大味な戦いやな……」
ハクとバレットの殴り合いを水晶で覗いていたリヴァスは、怪訝な顔で言う。
「くくっ……そう見えるかリヴァス」
とマウト。
「違うんか?」
リヴァスは首を傾げ、周りの仲間たちもマウトに視線を集めた。
「まあ、半分正解と言ったところか……確かにバレットは大雑把なヤツじゃ。魔力操作も得意ではないが、出力でそれを補っておる。見た通りの脳筋じゃ」
「……と言うことはあのハクさんはそうではないと?」
カイが顎に手を当てながら訊く。
「左様。あれほどの速度、目で追うことも困難じゃろうが……サイガなら見えておるのではないか?」
「ケッ……」
マウトに問われ、サイガは不愉快そうにそっぽを向く。
見透かしたような態度が気に食わなかったのだろうか。
「くく……無論出力自体も人類最高峰であることには違いないが、それだけではない。彼奴はカガリのやっていたような"波濤"や"穿孔"などをより高いレベルで混ぜながら器用に戦っておる。それでもバレット相手では大ダメージとはいかぬようじゃがの。あの速度の中であれほどの技を使いこなせるとは……くくっ、妾の想像以上じゃ」
楽しげに語るマウトに、「なるほど」とレイボンは腕を組みながら頷く。
「要するに彼は、"戦闘の天才"──というわけか」
† † †
ヴァリアール城北東の上空。
「!!」
ダークファイアの起こした爆発を、レヘンはまたも"瞬間移動"でかわしていた。
移動先はダークファイアの上下──上からはレヘン、下からはゲンマが同時に反撃を仕掛ける。
レヘンの超能力で高速落下させ、その勢いに斬撃を合わせることで威力を上げる算段だったのだろう。
が、斬撃は脚を硬質化させることで受け止められる。
「くっ……!?硬い……っ!」
そして逆にゲンマの方が地面に叩き落とされた。
霧をクッションにして致命傷は避けたものの、その手には痺れが残り、刀にも刃毀れが目立ち始めている。
「ホントに強いなあ……どうしよっかゲンマさん」
とレヘンはゲンマの元へ瞬間移動し相談を持ちかける。
「どうするって、ハクさんが来るまで時間稼ぐしかないでしょ」
ゲンマはその一点張りだ。
そこへゆっくりとダークファイアが降りてくると。
「貴様の瞬間移動……自分以外も移動させられるのか。便利なことだな」
レヘンに語り掛けた。
先程の爆発をかわした際、ゲンマも同時に瞬間移動していたことが気に掛かっていたのだろう。
「うん、そうだよ。近くの仲間じゃなきゃ無理だけど」
レヘンはあっさりと白状する。
「ちょ、ちょっとレヘンくんダメだよそんな簡単に手の内晒しちゃ!」
「あ、そっか」
ゲンマの注意でレヘンは素直に反省する。
──要するにその力で私を宇宙へ移動させるような真似はできないわけか。敵・味方の区別などどうやってつけているのか分からないが……いずれにせよ厄介なことに変わりはない。
分析しながら、次はゲンマに視線を移し。
「貴様は何故また剣を使った?斬撃は無駄だと分かったはずだろう」
ダークファイアは尋ねる。
「何故って、僕はサムライですよ。刀を使うしか攻撃手段は無い」
「戯言を……先刻霧の技を見せたばかりでそんな嘘が通じると思うな」
「思っちゃいませんよ。素直になんでも答える気はないと言ってるだけです」
「…………」
心理戦のような掛け合いをしつつ、睨み合う二人。
「どーん!!」
と、レヘンは空気を読まずに横からダークファイアを超能力で吹き飛ばした。
† † †
カウテンツ西方の山岳地帯。
ハクとバレットが戦い始めてからおよそ三十分が経過した頃。
──あー……ヤベエな。魔力がだいぶ尽きてきた。
超速戦闘の最中、ハクは僅かに息を切らしながら、脳内で嘆いた。
常に全力で戦っているということは、当然消耗も激しくなる。
──まあそりゃ向こうも同じだろうが、向こうは恐らくシュウの末裔……素のパワーが桁違いだ。こっちは魔力が尽きたら紅蓮拳も使えねえってのに……。
──先に魔力が切れたらこっちの負け。同時に切れてもこっちの負け。
──クソッ、こんな楽しい戦いを魔力切れなんかで終わらせてたまるかよ。
──また頼んでみるか?ちょっと休憩しようぜって。
──ハッ、無理だろうな。この戦いに水を差すような真似は俺だってしたくねえし。
ハクがそんなことを考えている間に、凄まじい打ち合いの余波でいよいよ四つ目の山が平らにされようとしている。
と、その時。
「ゴフッ!!」
バレットの一撃がハクの腹に減り込んだ。
ハクは勢いよく吐血し、見開いた目を充血させる。
「あ!?テメエ何をゴチャゴチャ考えてやがる!戦いに集中しろ!」
バレット自身もその拳が当たるとは思っていなかったのだろう。
ハクの胸ぐらを掴んで引き寄せ、バレットは頭突きを放つ。
が、間一髪、ハクは紅蓮拳でその顎にアッパーカットを合わせた。
「がっ!?」
両者同時に仰け反り、よろけながら数歩後退る。
「……馬鹿野郎……その戦いを楽しむためにゴチャゴチャ考えてんだろうがよ……」
ハクは口から溢れ出す血を腕で拭いながら、口角を上げて言う。
しかしダメージは明らかにハクの方が大きかった。
顎を殴られて揺れる視界を、首をブンブンと横に振ってすぐに取り戻すバレットに対し、ハクは吐血が治まっていない。
──内臓がやられたか……なんつうパワーだよ……。
ハクは片手に紅蓮拳を構えつつ、もう片手で自身の腹部を押さえる。
するとやがて吐血が治まった。
恐らくはマウトがレイボンに使用したような、魔力による治癒だろう。
──治してもジリ貧だな……魔力が尽きるのを早めるだけだ……。
──しょうがねえ……アレ使うか。
と、ハクは覚悟を決めたようにふうっと息を吐くと、静かに目を閉じる。
「テメエ……何の真似だ」
諦めを感じさせるようなハクのその脱力に、バレットは眉を顰めた。
とは言え、一対一でここまで自分を楽しませた相手にはもはや信頼感すら覚え、本当に諦めているなどとは微塵も思っていないのだろう。
バレットは再び笑みを浮かべると、拳を強く握り、狙いを定める。
未だ僅かに揺れる視界が段々と確定していき、完全にハクの姿を捉えたその瞬間。
「──"不可侵なる秩序の下に 彼我と森羅を断絶せよ"」
「は?」
ハクが静かに呟いたのは、何らかの詠唱だった。
意表を突かれ思わずバレットの足が止まる。
「"我等 焦がれ 滾り 果てるもの"……"見届けたるは 命を分かつ無垢"」
ハクは目を開け、右手を掲げる。
そして空を掴むかのように、掲げた手を握り締めるとともに。
「"決定結界" 発動──」
「"白の世界の最果て"」
瞬間、二人の視界が白で覆われた。




