四十八章 †忌み嫌われし魔女†
「黙れB2、いちいち騒ぎ立てるな。貴様のその金切り声は聞くに耐えん」
ダークファイアは冷静にB2を諌め。
「何ですって!?」
「それより、今は敵の迎撃を考えろ。幹部クラス以外では足止めにもならんのだろう?ポンダー」
と、反発してくるB2を受け流しつつ、ポンダーに尋ねる。
「はい。ヤツらに雑兵をいくらぶつけたところで、無駄に戦力を減らすだけでしょうな」
ポンダーは頷く。
「ならば……私が出る」
ダークファイアは背中に生えた漆黒の羽を大きく広げ、飛び立った。
そのままダークファイアは、城より数百メートル付近まで一瞬で辿り着く。
「誰かいる……!」
そこへ飛来したレヘンとゲンマもまた、ダークファイアの放つ圧倒的な魔力を感じ取ったのか、ぴたりと静止した。
三人は空中で対峙する。
「貴様たちごときがライザー様の御前に立てると思うな」
風圧で乱れたオールバックの銀髪を掻き上げつつ、威圧的な低い声で告げるダークファイア。
「気をつけてゲンマさん。もしかしたらさっきの人より強いかも……」
そのプレッシャーからか、レヘンの頬を嫌な汗が伝い落ちる。
ゲンマも同じく、剣を構える両手が僅かに震えていた。
「私は魔獄王ライザー様直属の最高幹部"双魔統"が一人、ダークファイア!行くぞ!」
ダークファイアは名乗りを上げると同時に翼を羽ばたかせ、瞬時にゲンマへと距離を詰めると、手刀を振り下ろす。
ゲンマは反射的に刀で受けるが。
──……重い……!
その威力を受け止め切れず、自身が足場とする霧を貫いて勢いよく墜落した。
「ゲンマさん!」
と心配の声を掛けるレヘンに、ダークファイアは容赦なく斬りかかる。
が、金属音が響いて手刀が空中で止まった。
同じ力を持つバカルタスの用いていたバリアーのようなものを、レヘンも張っていたのだろう。
その隙にレヘンは両手をかざし、ダークファイアの両翼を捉えると、それを毟り取るかのように手を握り込む。
「!」
瞬間、ダークファイアの漆黒の翼がちぎれ、赤い鮮血が噴き出した。
さらに。
その背後から刀が振り上げられ、ダークファイアの胴体は右腰から左肩にかけて両断される。
そこには再び霧を使って上昇してきたゲンマの姿があった。
「良かった!無事だったんだね!」
「地面にぶつかる寸前に霧をクッションにした。気を抜かないでレヘンくん、この人たぶん──!」
と言いかけたところで、ちぎれたダークファイアの両翼が剣山のような形状へと変化し、ゲンマを左右から挟み込んだ。
ゲンマはギリギリで反応して抜け出し、距離を取る。
そしてすぐにダークファイアへ視線を戻すと、その体は無傷だった。
「やっぱり、シナンの末裔か……!」
十勇シナン──究極の再生能力と変身能力を併せ持つ、最強の吸血鬼。
剣山はやがてダークファイアの背に帰ってくると、再び翼となって接合される。
ダークファイアは眉を顰めながら無造作に首をコキコキと鳴らし、前後の二人へと交互に視線を送った。
「シナンって十勇の?だとしたら、ほぼ無敵なんじゃないの?どうする?」
「……どうしようか……ハクさんなら完全に蒸発させるとかで対処できそうだけど……ああもう、だから三人で戦いたかったのに……!」
「まあまあ、いないものはしょうがないよ。それより──」
二人はダークファイアを挟んで話し合う。
と。
「敵を前に作戦会議などするな!!」
「!」
ダークファイアは怒号とともに両腕を蛇のように変化させ、二人を襲った。
バリアーによってレヘンにその蛇の牙は届かず、ゲンマもまたその蛇を瞬く間に輪切りにしていく。
しかし切り口から噴き出した黄色い血液がゲンマに付着した瞬間、ゲンマの皮膚を溶かした。
「ぐっ……!?酸か!」
ゲンマは痛みに顔を歪める。
すぐに霧を全身から発し、付着した酸を弾き飛ばす。
が、気付いた時にはダークファイアの袖からさらに何百匹もの蛇が伸びてきて、全方位からゲンマに牙を剥いた。
──返り血が危険なら……斬らなければいいだけだ。
ゲンマは鞘に刀を納め。
「"叢雲渦"」
技名らしきものを唱えると、全身から発する霧が一気に膨れ上がり、ゲンマを中心として巨大な渦を巻いた。
蛇は近付くことすらできず吹き飛ばされていく。
一方でレヘンのバリアーは、その外側に絡み付いた数百の蛇による絞め付けと噛み付きによって、少しずつ限界に近付いていた。
──凄いパワーだ……超能力の壁を無理矢理突破しようとするなんて……。
そして次の瞬間、ついにバリアーは粉々に砕け、一斉に蛇が中へと流れ込む。
しかしそこはもぬけの殻だった。
「どーん!」
と、いつの間にかダークファイアの背後に移動していたレヘンが両手のひらを向けてそう言うと、ダークファイアは途轍もない速度で吹き飛んでいった。
一瞬にして数百メートル先のビルに激突したダークファイアの様子を、固唾を飲んで見守る。
その隣へ、全身に霧を纏ったゲンマが近付き話し掛ける。
「ふう……凄いねレヘンくん。取り敢えずハクさんが来てくれるまで、こうして時間を稼ごうか」
「そうだね。今のでも全然効いてないみたいだし」
レヘンは硬い表情のまま答えた──いつもの底知れなさも、今は感じられない。
ダークファイアは当たり前のようにビルの瓦礫の中から立ち上がり、翼を広げて飛び立つと。
「なるほど。貴様、インフェルノの"瞬間移動"のような技を持っているのか」
一瞬のうちに戻ってきて言う。
「うん。ボクのは"瞬間移動"だけどね」
余裕ぶって答えるレヘン。
しかしここまで手応えが無いと焦りも見え始める。
「そうか。ならば厄介な貴様から消そう」
ダークファイアはそれを見透かしたように鋭い視線をレヘンへ向ける。
そして両腕と長い髪の先端をドリル状に変形させ、一気にレヘンへと伸ばして仕掛ける。
「させるか!」
と伸びた髪の一部をゲンマが斬り落とすが。
落とされた部分は止まることなく自律して動き、一人でにレヘンの元へと襲い掛かる。
──斬ってもダメか……!そう言えばさっきも捥がれた翼が自律して動いてた……!
レヘンの元へ到達したドリルは途轍もない速度で回転し、まるで悲鳴のごとき金属音を響かせながらレヘンの張った球状のバリアーをあらゆる方向から削っていく。
バリアーはやがてひび割れ。
「死ね」
ダークファイアの言葉とともに砕け散る。
が、やはりレヘンは瞬間移動で脱出していた。
当然そう来ることはダークファイアも織り込み済みのはず──となれば、先程と同じ背後への移動はできない。
幸いここは空中だ。選択肢は前後左右だけではなく。
──上──だろうな。
ダークファイアは読んでいた。
ドリルで取り囲み視界を奪った隙に、翼に隠して背中をボウガンのように作り変えていたのだ。
読み通りダークファイアの頭上にレヘンが出現すると同時に、ボウガンから矢が放たれる。
矢はレヘンの腹部から後頭部へと貫通し、そのまま上空へ消えていった。
だが刹那。
「!」
強い衝撃がダークファイアを下から襲い、空へと突き上げる。
途轍もない速度で上昇しながらも無理矢理視線を下へ向けると、そこにはダークファイアに手をかざすレヘンの姿があった。
──ダミーか……!
矢によって貫いたレヘンの体は霧散していく。
ゲンマが霧で作り出した分身だったのだ。
「いくら不死身でも、宇宙まで飛ばしたらどうなるかな?」
ニヤリと笑みを浮かべるレヘン。
──ヤツの出す霧には濃い魔力が宿っている……そのせいで読み違えたのか……!
レヘンの傍らに浮かぶゲンマに視線を移しつつ、軽視していた自分に苛立ちを露わにする。
だがそうしているうちにも高度は上がり、雲を突き抜けた。
空気が薄くなって呼吸も難しくなるとともに、気温も低下して寒気が襲う。
と、その瞬間、ダークファイアは爆発した。
「ええ!?」
レヘンは動揺する。
変身能力を使って体内に爆弾か何かを作ったのだろう。
肉体が爆散し何千もの肉片となったことで、レヘンの超能力から逃れたのだ。
何千の肉片はその後、空中の数箇所に集まると数十の肉塊になり。
数十の肉塊はやがて、数十匹のコウモリへと変化する。
「ここからじゃよく見えないけど……何か来るよ!」
レヘンが注意を促し、ゲンマは黙って刀を構え上空を警戒する。
コウモリの群れは地上まで一斉に急降下し、レヘンとゲンマに襲い掛かった。
ゲンマが迎撃のため刀を振り上げようとした瞬間。
「!!」
コウモリは一斉に眩い閃光を放ち、爆発。
拡がる爆炎が瞬く間に空を埋め尽くし、レヘンとゲンマの姿を完全に呑み込んだ。
† † †
そんな三人の戦いを、マウトの一団は水晶で観戦していた。
「……う……美しい……!」
レイボンが呟く。
「いや感動するトコそこちゃうやろ……メチャクチャや……レベルが全然ちゃう……」
リヴァスは冷静にツッコみつつも戦慄した顔で言う。
「サイガと戦ったアダーとかいう人の戦い方に似てますが……あれは本体が弱いから許されてた性能だ。それをリヴァスさんと同じ不死の肉体でやれるとは……」
流石のカイも驚いた表情を見せている。
「で、ですが、同じシナンの末裔なら、リヴァスさんも同じ戦い方ができるのでは……?」
とシガナが自信無さげに訊くが。
「ケケッ、無理に決まってんだろボケ。あの威力が出せんのは魔力纏ってるからだ」
サイガが口を挟み。
「そもそもウチじゃあそこまで変身使いこなすんも無理やて。所詮一般人やからな……やっぱ戦い慣れとるヤツとは差ぁ出るわ」
リヴァスも呆れたように溜め息を溢した。
「ご、ごめんなさ……」
と小さく謝罪するシガナに、「ドンマイ」と励ますようにリヴァスはその腿裏を軽く叩く。
「くくっ、ダークファイアはライザーを除けば魔獄で最強と言われておるからのう」
マウトはテーブルに頬杖をついて、楽しげに言う。
「最強──ですか……え?じゃあ貴女はどうなんですか?」
とカイ。
マウトは自称"魔獄最強の魔人"──そこに名前が上がらないはずはない。
「………………妾は別格じゃ」
「何ですか今の間は」
「……」
仲間たちからの怪しむ視線に、マウトは大きく溜め息を吐き。
「……妾は嫌われておるんじゃ。ライザーの下についとらんのが気に食わんのじゃろう。まこと、小さきことよ、くく……」
と白状した。
「ああ、道理でこんな辺境に住んでるわけだ」
納得したようにカイは言い。
「ま、周り、誰も住んでなさそうですもんね……」
「ケケッ、気に食わないんじゃなくて普通に嫌われてるだけだろ」
「なるほど。私を最初に誘ったのは、そういう点においてもシンパシーを感じたからか」
「ん……まあ、ドンマイや」
と怪しむ視線が哀れみの視線に変わる。
「わ、妾を哀れむな無礼者ー!」




