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四十六章 †崩れざる平和†

 

 † † †


 同じ頃、アランは自転車でのパトロールを続けていた。

「アランさん、今日もお疲れ様です!」

 丁寧に挨拶してきたのは、スクールバッグを背負って登校中の少年。

「ハハ、相変わらず何も起きないけどな!バカルタス、気を付けて行けよ!」

「はい!」

 バカルタスと呼ばれたその少年は笑顔で素直な返事を返す。

 が、すぐにその笑顔は曇る。

「ただ、少し気になることが……」

「ん?どうした?」

「嫌な予感がするんです……何かが、起きようとしている……」

「何か?」

「分かりませんが……今朝から何か、空気がピリつくと言うか……異様な雰囲気を感じるんです」

 バカルタスのその表情から、どうやらいつもの簡単な人助けとは違うらしいと感じ取ったのか、アランは自転車を降り、真剣な顔で話を聞く。

「どういうことだ?キミの持つ"超能力"で感じ取っているのか?」

「はい」

 超能力──十勇アルケスが使っていたという力。

 その末裔を名乗るレヘンも超能力で魔族を容易く殲滅していた。

 確かによく見ればバカルタスもレヘンによく似た顔つきをしているが、無論この町でそれを知る者などいない。

「最近話題の魔族の仕業かもしれないな。その発生源は分からないのか?」

「いえ、それが気付いた時には町全体が覆われてて……あ、でも波はありますね。よく探ってみれば何か分かるかも……」

 と、バカルタスは目を瞑って呼吸を整え、集中する。

 邪魔すまいとアランも静かにバカルタスの反応を待った。

 ──……やっぱり……心臓の鼓動みたいに、繰り返し波が広がってる……この波がどこから来てるのか分かれば……!

 するとバカルタスはおもむろに歩き出した。

「お、おいバカルタス!目を瞑ったまま歩くと危ないぞ!」

 アランは周囲に注意を払いながらそれを追う。

 ふらふらとまるで酩酊状態のように進んでいくバカルタスだが、その表情は至って真面目だ。

 そして。

「こっちですアランさん!」

 と、目を開いたバカルタスはどこか一点を目指して走り出した。

 とても子供とは思えない速度で駆け抜けるバカルタスに、アランは自転車に乗り直して並走する。

「見つけたのか!?」

「はい!波紋のように拡がる妙な空気……その中心がきっと発生源です……!」

 そのまま全速力で走り続けていると。

 ──この方向……!

 アランは気付く。

「……ヘワギス平和記念公園だ……!」

 ヘワーナ国の平和が百年続いた記念に建てられた公園。その中央にある巨大な記念碑の元へは、今でも国内外から毎日多くの人々が平和祈願に訪れる。

 当然その周辺にはたくさんの店や施設が並んでおり、人通りはこのヘワギスで最も多いと言っても過言ではないだろう。

 毎日のパトロールのお陰で町の地形が完全に頭に入っているアランには、分からないはずもなかった。

「くそっ!あの公園は平和の象徴……ヘワーナの誇りだぞ……!そこを戦場にするなんて、許すわけにはいかない!急ぐぞ、バカルタス!」

「はい!」

 さらに速度を上げ、二人は記念公園を目指した。



 十数分後。

「ん?どうしたんだアラン」

「珍しいな、そんなに慌てて」

 住民たちは不思議そうにアランたちを見る。

 普段アランがのんびりと町を巡回しているところしか見ていない住民たちにとって、それは異常に見えたのだろう。

 そして事実、異常事態が迫っている。

「みんな、ここは危険だ!避難所へ向かってくれ!」

 アランは力の限り叫んだ。

 その光景は明らかに異様だと住民たちも感じ取る。何せ連日魔族による侵略の報道が続いているのだ。いくら平和ボケしていても、ある程度"その時"が来ることは覚悟していたのだろう。

 アランの声を聞いた住民たちはすぐに町の南の緊急避難所へと足を向かわせた。


「流石ですねアランさん!こんなにスムーズに避難が進んでるのは、アランさんが毎日パトロールでみなさんの信頼を得ていたからですよ!」

「フッ、やめてくれバカルタス。褒めるなら、ヒーローらしく敵をブッ飛ばした後でだ!」

 前方に見えてきた平和記念公園に、そのまま二人は勢いよく突入した。

 公園内を見回すと、幸い平日の朝だったためかそこまで人は多くないようだ。

「バカルタス、発生源はここで間違いないか?」

 少し息を切らしながらアランが確認すると。

「はい……!ちょうど中央の記念碑の辺りから、不気味な気配を感じます……!」

 バカルタスはその隣で警戒色を強めた表情で頷いた。

「おや?どうしたアラン。この時間にここへ見回りに来るのは──」

 公園の清掃員らしき老人に、アランはすぐさま駆け寄り。

「ここは危険だ、ソウ爺さん!」

 と呼びかける。

「みんなも早く、できるだけ遠くへ離れてくれ!」

 異変に気付いた住民たちは、すぐに公園を離れていく。

 そしてやがて、アランとバカルタス以外誰もいなくなった。

 二人は記念碑の方へと拳を構える。

「……さあ、来るなら来い!ヘワーナのヒーロー、アランが相手になっ──」


 その瞬間。

 まるで蟻地獄のように、記念碑の周囲十メートルほどの地面が一気に崩落した。

「!!」

 アランは巻き込まれそうになったバカルタスの手を咄嗟に掴み、引き上げる。

「あ、ありがとうございます」

「礼は良い!来るぞ……!」

 気を取り直して構え直す二人。

 崩落が収まり大穴が開通すると、今度は小さな地響きが始まる。

 地響きとともに穴の中から姿を現したのは、途轍もない数の魔獣の軍勢だった。

「うおおおおおおっ!!」

 アランはその中に正面から突っ込み、拳を繰り出す。

「キィーッ!」

 その拳を顔面に受けた小鬼型の魔獣は、甲高い鳴き声を上げて吹っ飛んだ。

 が、一体倒した程度ではその軍勢は全く揺るがない。

 次から次へとアランたちへ襲い掛かる。

「はっ!!とうっ!!」

 とヒーローらしい掛け声を出しながら、アランはその魔獣に対処する。

 十年間ヒーロー活動のために鍛え上げた肉体と格闘術は、雑兵の魔獣に通用する程度には研ぎ澄まされていた。

 一方、超能力者であるバカルタスは自らの周囲に衝撃波のようなものを発生させ、寄ってくる魔獣を全て上空へと跳ね上げる。そして落下の衝撃でその体は粉砕されていった。

 必死に拳を振るうアランに比べほとんど消耗すらしていないにもかかわらず、倒した魔獣の数はすでに倍以上の差がついている。

「凄いなバカルタス……!」

 戦いながら横目にその光景を見たアランも思わず驚嘆する。

「生身でこの化け物と戦えるアランさんも充分凄いと思いますが……」

 それは本心からの言葉だった。

 ──とは言え……このままじゃアランさんが力尽きるのは時間の問題だ……僕がサポートする……!アランさんはこの町のみんなにとって大事な人……死なせはしない!

 バカルタスが手のひらをアランに向ける。

 するとアランの全身から、黄緑色のオーラのようなものが湧き出した。

 それに気付かないままアランは魔獣に拳を振り抜くと、これまで吹っ飛ばすだけだった打撃は進化を遂げ、当たった魔獣の頭部を粉砕し消し飛ばした。

「何だ!?力が漲る……!体も軽くなっている……バカルタス、キミの仕業か!?」

 アランは急激に高まった自分の力に動揺しつつ、バカルタスの方を振り返ると。

「僕の超能力でアランさんの潜在能力を最大まで引き出しました!存分に暴れてください!」

 バカルタスは笑みを浮かべて親指を立てる。

「……フッ、やっぱり流石だなキミは。そういうことなら有り難く使わせてもらう!」

 アランは物凄い勢いで魔獣たちを駆逐し始めた。

 先程までの五倍、いや、十倍をゆうに超える速度で魔獣の数は減っていく。

 ──凄い……!僕のこの力はあくまで本人の潜在能力に依存する……つまりアランさんは元来このレベルに到達できる力を持っているということ……!

 ──やっぱりあなたは、この町のヒーローだ……!

 そのアランの姿を見てバカルタスは瞳を潤ませる。

 毎日のパトロールでアランが町の住民に慕われていることを見てきた。そしてパトロールの後も毎日血の滲むような特訓をしていることも知っていた。

 だからこそ、その努力の成果が発揮されていることにバカルタスは深く感動したのだ。


「へえ?こんな平和な国にも強い人がいるもんだね」


 と、少年の声。

 その少年は、穴の中からゆっくりと浮上して現れた。

「!?……魔獣を従えるという、魔人か……!?」

 アランは声に反応して視線を向け──驚愕する。

 頭部にはS字に湾曲した二本のツノを生やし、まるで魔王のような漆黒のファーコートを身に纏った少年。

 そしてその顔は、バカルタスによく似ていた。

「……どういう……ことだ……?」

「僕に似てる……」

 二人は目を疑うように一瞬動きを止め、その隙に魔獣たちが一気に雪崩れ込む。

「くっ……!だああああああああっ!!」

 アランはすぐに持ち直し、連撃を放って迎撃した。

 魔獣はあっさりと砕け散っていく。

「フフ……やっぱり雑兵じゃ相手にならないみたいだね。じゃあ、やめだ。みんな撤収!」

 魔人の少年は手を叩いて合図を出すと、魔獣たちはくるりと踵を返し、穴の中へと帰っていった。

「ま……魔獣が帰っていく……?」

「無駄に戦力を失うのはスマートじゃないからね。ここからは僕がお相手するよ」

 そう言って少年はふわりと静かに着地し、不敵に微笑む。

「僕はマヒア。いずれは幹部に上り詰めるつもりだよ。だから光栄に思うといい……キミたちはこのマヒアと戦って死ぬ最初の人間だ」

 アランは拳を構えて対峙し、堂々と名乗る。

「誰が死ぬって?俺はアラン・バトビエ!この町を守るヒーローだ!お前たちの好きにはさせんぞ、魔族ども!!」

 が、次の瞬間。

 マヒアが手をかざすとともに、アランの少し後ろで同じく戦闘態勢に入っていたバカルタスが吹き飛ばされた。

 何らかの攻撃を放ったのだろう──パンチャーの使っていた"飛ぶ拳"にも似ているが、ジャブの動きがないことから恐らくは別の原理の技だ。

「バカルタス!!」

「大丈夫です!敵から目を離さないでアランさん!」

 アランの心配の声を掻き消すようにバカルタスは声を張り上げる。

 土煙でバカルタスの様子は見えなかったが、その言葉を信じて前を向き直すと、アランの目の前までマヒアは接近していた。

 そのまま顔面に向かって繰り出された拳を、両腕を交差させて受け止めるが。

 ──くっ……!?何だこのパワーは……っ!

 尋常ならざる腕力に、アランもなす術なく吹っ飛ばされる。

 なんとか空中で体勢を立て直して着地するも、激しい痛みに顔を歪めていた。

 ──くそっ!左腕が折れた……!バカルタスが咄嗟にバリアーのようなものを張ってくれていなければ、今頃俺は死んでいた!

 どうやらマヒアの拳が当たる寸前、バカルタスが二人の間に超能力で隔壁を作り出したようだ。

 完全には防ぎ切れなかったものの、威力は大幅にダウンしたはずだ。

「……厄介だねその力。流石は僕と同じアルケスの末裔といったところか……フフ……先にキミから片付けた方が良さそうだ」

 ──やはり彼もアルケスの……!

 土煙が晴れ、頭部から出血しながらも両手を構えて戦闘態勢をとっているバカルタスの姿が露わになると、マヒアは再び手をかざし。

 容赦なく先程と同じ攻撃を放つも、バカルタスはその射線上から横跳びして回避した。バリアーを張っても貫通されるなら、始めから回避に専念するべきだという判断だろう。

 瞬間、直前までバカルタスのいた場所の地面が大きく抉れる。

「ま、待ってください、マヒアさん!おかしいとは思いませんか!?」

「……?」

 必死に訴えるバカルタスに、マヒアの足が止まる。

「僕たちアルケスの末裔が何故存在するのか……子孫を残していないはずのアルケスの末裔が何故、今になって……!それも、あなたは魔人だ……!明らかに異常な何かが起きている……」

「なんだ、そんなことか。フフ……知ったことじゃないね。出生の秘密なんかに興味は無い。ただこの世に生を受けた以上、僕はやりたいことをやるだけだ」

 マヒアは冷たい笑みを浮かべてそう言うと、三度(みたび)バカルタスへと手のひらを向ける。

「させるか!」

 とその背後から、残った右手を握り締めたアランが飛び掛かるが。

「無駄だよ」

 マヒアが頭の横で片手を静かに振ると、その手の動きに合わせて、まるでトラックに轢かれたかのような衝撃がアランの横から襲った。

 アランは大きく吹き飛ばされ、公園の生垣に頭から突き刺さる。

「アランさんっ!」

 バカルタスは叫ぶ。

 ──まずい……ガードが間に合わなかった……!もろにダメージを……!でも彼から警戒を解くわけにもいかない……今は──。

 目の前のマヒアに視線を向けつつも、やはりアランの状態を心配するバカルタス。

 その僅かな心の隙をマヒアは見逃さず、かざした手のひらから攻撃を放った。

 が。

 攻撃は空中で真っ二つに裂け、バカルタスの左右の地面を抉る。


「良かった。間に合ったみたいね」


 そこに現れたのは、聖剣を携えたミシュリーだった。

 僅かに息を切らしているのは、花屋から記念公園までの二キロほどの距離を一直線に走ってきたためだろう。

 マヒアは不快そうに目を細める。

「ミ……ミシュリー!?」

 と驚きの声を上げたのは、生垣から起き上がってきたアランだった。

「アランさん!無事でしたか!」

「無事……とは言い難いがな……なんとか受け身は間に合った。左腕を完全に捨てることにはなったがな」

 脂汗を滲ませて苦笑を浮かべるアランは、全身から流血し、その左腕はもう使い物にならないと一目で分かるほどに折れ曲がっている。

「説明は後!とにかく私は戦う力を手に入れたの!二人ともすぐにここを離れて!アイツは私がやっつけるわ!」

 ミシュリーは早口で簡潔に伝達するが。

「そういうわけにはいきません!僕も戦います!」

「その通りだ!一人で勝てる相手ではない!」

 二人もそれを飲み込めるほど戦意を喪失してはいなかった。

 事情も分からないまま、つい先程までただの一般女性だったミシュリーを一人で戦わせることなど、正義感の強い二人にできるはずもない。

 ──まあそう言うと思ったけど……しょうがない。説得してる暇も無さそうだし……このまま一気にカタをつける!

「だったら協力して!」

「無論だ!」

 三人は横並びになり、マヒアと対峙した。

「フフ……一人増えたくらいで戦力差が覆るとでも?」

「さあな!だが覆す!」

 未だ余裕を見せるマヒアに、アランは吠える。

 間違いなくこの場で最もダメージを受けているアランだが、気合いは誰よりも満ちている──と言うより、それほどに気合いを入れていなければ、とっくに痛みで気を失っていてもおかしくない。

「この国の平和は崩させないわ!まだ怪我人も犠牲者もいないはずだもの!崩れたのは"ただの記念碑"だけ……!なら……ここで終わらせる!」

 アランに感化されるように、ミシュリーも声を荒げて覚悟を口にする。

「ブフッ……」

 と、先程までの静かな笑みとは違う、吹き出すような笑いを溢すマヒア。

「何がおかしい!」

「いや、すまない……だってもうこの町はすでに魔獣で埋め尽くされているはずだからさ……」

 マヒアは依然として笑いを堪えるように言う。

 アランとバカルタスがその言葉の意味を理解できずに呆然としていると、さらにマヒアは説明を続けた。

「フフ……僕は用意周到な性格でね……ここへ攻め込む前から、町中に繋がる"穴"をいくつも用意しておいたのさ。さっきの魔獣たち、ただ撤収させただけだとでも思ったのかい?」

「なっ……!」

 ──まさか……だからあんな、町全体が覆われるほどの魔力が満ちてたのか……!

 バカルタスは自分の感じていた異様な雰囲気を思い返して気付く。

 ただ一ヶ所に穴が開いただけでこれほど空気が変わるものなのか、とは感じていたが、そうではなかった。

 いくつもの穴から少しずつ漏れ出した魔力が合わさり、そう錯覚させたのだ。

 バカルタスが魔獄へ繋がるゲートを肌で体感したのが初めてでなければ、あるいはその違和感に気付けたのかもしれない。


「残念だったわね」


 と、ミシュリー。

「は?」

 マヒアはぴくりと目を細め、聞き返した。

「言ったでしょ、怪我人も犠牲者もいないって」

「……フフ……何を言い出すかと思えば……」

 マヒアは馬鹿にするように肩をすくめるが、ミシュリーはただ冷静に言う。

「本当に町に魔獣が溢れ返ってるなら──どうして今私がここに来られたの?」

「──……!」

 すぐにその意味を察したマヒアの顔から、笑みが消える。

 僅かに眉を顰めながら、魔力を探ると。

 ──穴が……閉じている……?

 町に放った魔獣の魔力は感知できず、開いたはずの穴も消えていた。

「町中に開かれた穴と出てきた魔獣たちは、私がここに来る途中で全部、潰しておいたわ」

「馬鹿な……かなり広範囲に、二十は開通させたはず……」

「ええ、だから大変だったわよ。妖精さんのナビに従って、滅茶苦茶駆け回ったんだから」

 ミシュリーは唇を尖らせてそう言うと、両手で握り締めた聖剣の刃を煌めかせ。


「もう一度言うわ……この国の平和は──決して崩させやしない……!」


 力強く、まるで自分に誓うように言い放った。

 ミシュリーのその頼もしさに手を引かれ、アランたちの目にもより強く光が宿る。

 が、それでもマヒアの顔から余裕が消えることはなかった。

「フフ……良いね。そうでなくちゃ面白くない。だったら君たちを潰して、改めて攻落を始めよう」



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