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四十四章 †宿りし熱†

 

 † † †


 魔獄の辺境に存在する、マウトの屋敷。

 ルギナミ村から消えたマウトの一団はそこに身を潜めていた。

 一階の広間のような場所に六人は集まり、テーブルに置かれた水晶に注目する。

「で?こっからどうすんねん。アテはあるんか?」

 とリヴァス。

「くく……無論じゃ。妾を誰じゃと思うとる」

 マウトがそう言って手をかざすと、水晶はほのかな光を放ち始め、その中に映像が浮かび上がる。

 映し出されたのは、キャップを被った華奢な少年と、ボサボサの長髪を靡かせる筋骨隆々な青年、そして白い着流しを纏ったエルフの侍だった。

 どこかを目指して物凄い速度で駆け抜けているようだ。

「これは……」

「三日前の夜、うぬらの町──ワルチアじゃったか?……が一度目の侵攻を受けたじゃろう。その時、うぬらやヤクザの他にも魔族と戦った者がおった。それが此奴らじゃ」

 サイガとカイを見ながらマウトは説明する。

「レヘンとハク。此奴らは妾が観測した中でも別格の強さを秘めておる。恐らくあのカガリよりも上じゃ。いつの間にやら一人増えとるようじゃが……くく……」

 エルフの侍──ゲンマ・ディメンザンに関しては、マウトも認識していないようだ。

 いくら地上の様子を覗き見できると言っても、マウト自身が一人である以上、その全ての状況を把握できるわけではない。

「なるほど、次は彼らを仲間に引き込むというわけですか」

「うむ。此奴らを引き入れるのはなかなか骨が折れそうじゃがの。うぬらも疲れとるじゃろうから、一時間ほど休憩してから此奴らと合流するぞ」

 そう言い残し、マウトは奥の部屋へと去った。


「……ったく、勝手なやっちゃ……一時間休め言われても、こんなとこで休まれへんやろ」

 リヴァスは怪訝な顔でぼやく。

「こ、ここが魔獄なんですね……」

 窓から外を覗きながら不安げに呟いたのは、新たに仲間となったシガナ。

「魔獄……どんな魔境かと思ったが、存外過ごしやすい場所じゃないか」

 シガナの反応とは逆に、涼しい顔で腕を組みながらレイボンは言う。

「特にあの火山は美しい……常にマグマと黒煙を噴き続ける、芸術的な光景だ」

 窓の外に見えるのは、標高千メートルほどの黒々とした火山。その頂上からは脈打つように溶岩の川が溢れ出て、赤い光とともに熱気を放っている。

「いやあ、芸術的言うてもこんなとこに住めへんやろ。あっついし、なんか薄暗いし、空気も重い」

 とリヴァスは手のひらで自分を扇ぎつつ、気怠げに溜め息を吐く。

「その重さは魔力のせいですね。ここは地上と比べて大気中の魔力が遥かに濃い」

 手近な椅子に腰掛けて、カイが冷静に補足した。

「大気中の魔力?魔力ってそんな空気みたいに漂っとるもんなんか?」

「……さあ?」

「何やねん」

 惚けた顔で肩をすくめるカイに、リヴァスは呆れた視線を向ける。

 魔人化し魔力の扱い方を覚えたことで、魔力を感じ取れるようにはなったが、まだ魔力そのものに詳しいわけではない。

 と、そこで魔力のスペシャリストであるサイガが、壁に体重を預けながら静かに口を出した。

「魔力ってのは生物なら絶対に持ってるもんだ。微生物だろうが植物だろうが魔力はある。そういうのが垂れ流した魔力が、大気に混ざってんだよ。本来はカスみてえに微弱だがな……」

 サイガは横目で窓の外の不気味な景色を煩わしげに睨みつつ、口角だけを上げる。

「こっちの生物の魔力は、全部がとんでもなく濃い……ケケッ、そりゃあんだけ魔獣が生まれるわけだぜ」

 娑卍那組本部で戦った魔獣の大群のことを思い出したのだろう。

「魔獣……そもそも魔獣とは何なんだ?動物とは違うのかい?」

 レイボンもドンボカンに現れた魔獣のことを思い出しながら、根本的な疑問を口にした。

「魔力から生まれた獣だよ。テメエらも魔獣と戦ったんなら、覚えてんだろ。アイツらは死ぬと塵になって消える」

「ああ、そう言えば……勝手にそういうものだと思ってましたが……」

 カイも顎に手を当てて先日の戦闘を思い返す。

「あれは形を保てなくなって魔力が霧散してんだよ。アイツらが気色の(わり)い見た目してんのは、いろんな魔力が混ざり合ってるからだ。だからこうして、魔力から能動的に生み出すこともできる」

 とサイガは説明しながら、剣の先を使って床を引っ掻き、そこに小さな五芒星の陣を描いた。

「"召喚サモン"」

 唱えた瞬間、その陣の上に青白い光の渦が巻いたかと思うと、その中心に、不気味な三つ目を持つネズミに似た生物が出現した。

「ほお……」

「……キモいな……」

 その珍妙な魔獣をレイボンは興味深そうに覗き込み、逆にリヴァスは顔を引き攣らせる。

「ケケッ、こんなもんはただのお遊びだがな」

 そう言ってサイガは、生み出した小さな魔獣を剣で串刺しにした。

「ギッ!?」

 断末魔を上げながら手脚をバタバタと動かして足掻くも虚しく、魔獣はすぐに息絶えた。

 サイガの行為に驚愕するレイボンたちと、その様子を鼻で笑うカイ。

「"召喚サモン"を極めた魔導士が呼び出す使い魔はこれの比じゃねえ」

 塵となって消滅していく魔獣をサイガはゴミを見るような目で眺めながら、やがてそのまま懐かしむように目を瞑った。

 サイガが瞼の裏に思い出したのは、かつて魔法学園で研鑽し合ったクラスメイト──。

「……ウルマロ……」

 サイガは小さく呟く。

「ん?なんか言ったか?」

 リヴァスが怪訝な顔で訊くと、サイガはぴくりと僅かに目を動かしてそっぽを向いた。

「……いや……何でもねえよ。説明は終わりだ。俺あ寝る」

 吐き捨てるように言い、欠伸をしつつ床にそのまま寝転がるサイガ。

 その様子を釈然としない表情で見るリヴァスたちだったが、サイガの纏う空気がそれ以上の問いかけを拒んでいた。

 確かに今は余計な詮索よりも、休息が必要だろう。

 各々屋敷の中で寛げるスペースを確保すると、次の戦いへ向けて目を閉じた。


 † † †


 その頃、ルギナミ村では。

「ほ、本当によろしいのですか……?」

 村長トフデウは不安げに、ハルクスに問い掛ける。

「ええ、勿論。元々チノイの末裔一人味方に付けられれば私たちはそれで良かったのよ」

 ハルクスは即答する。

 "運命の遊戯ルアバ・アル・マシール"によってメルト陣営についたはずのクヤとビーツは、不本意そうな顔でトフデウ側に立っている。

「しかし、これはあの結界のルールに抵触するのでは……」

 自我すら書き換えられてマウト側についてしまったシガナの件が脳裏に焼き付いているのだろう。

 不安げなトフデウに、カガリが答える。

「いや、仲間同士の合意の元なら問題ねえはずだ。じゃなきゃ一生あたしらと行動を共にすることになっちまうぜ。別に離れ離れになったって、仲間じゃなくなるわけじゃねえだろ?」

「なるほど……」

 カガリの言葉に納得したのかトフデウは胸を撫で下ろす。

「それじゃあ、村のみんなを頼むよ、クヤ、ビーツ」

 そう言って二人の肩に手を置くクツミカの表情は、真剣そのものだった。

 村にはクツミカの家族もいるのだ。

「チッ、言われなくても魔族なんぞに負けやしねえよ」

「無論」

 と素っ気ない返事を返すビーツとクヤに、クツミカは苦笑する。

 しかしここで笑みを浮かべられる程度には、二人の実力を認めているのだろう。

「せっかく力貸してくれても、あんたらが滅んじまったら元も子もねえからな。クツミカだけでも戦力の補強としちゃあ申し分ねえし──」

 カガリの言葉に、「ンフッ」と満更でもない笑みを浮かべるクツミカ。

「それに、さっきの戦いで思わぬ収穫もあった」

 横目にメルトを見ながらカガリは言う──が。

「えへっ、それってぼくのこと〜?やだもうカガリちゃんってばツンデレなんだから〜」

 と、その隣のアダーが後頭部を掻きながら、茶化すように反応した。

「あんたじゃねえよ!……いや、あんたも想像以上に凄かったけど……!」

 事実、夢想の絵筆アメツァレン・ピンツェラの機能と、それを使いこなすアダーの戦闘センスは凄まじかった。

 事前に聞いていたのは"兵器を大量に創り出す"という情報のみだったため、カガリとしては微かな不安もあった。しかし圧倒的に自由な発想で繰り出される技の数々やその破壊規模を見れば、誰もがアダーの力を認めざるを得ないだろう。

「プププッ、冗談だってば~。メルトくんのことでしょ~?すっごかったよね~!」

 アダーはメルトの肩に寄り掛かりながら言う。

「へへ、オレはまだまだだよ。確かに強くはなったけど、それでもみんなには全然届いてない……みんなの戦いを見て、改めて感じたよ」

 メルトは穏やかな笑みを浮かべたまま、冷静な自己評価を下す。

 確かに魔力推進で飛べるようになったとは言っても、今のメルトには紅蓮拳のような攻撃力も無ければ、竜の鱗のような防御力も無い。

「メル──」

 気落ちしたのかと案じて声を掛けようとするカガリだったが、メルトの笑みはどこか確信めいたものへと変化し。

「でも、このまま終わるつもりもねえ。もっともっと魔力を使いこなせるようになって、必ず追いついてみせる」

 自信の乗った力強い声で、そう宣言した。

 ──不要な心配だったか。

 カガリは無意識のうちに過保護になっていた自分に気付き、自嘲的な笑みを浮かべる。

 ──そうだ。メルトはあたしなんかよりよっぽど強え心を持ってる。そんなの初めから分かってたじゃねえか。

 顔には幼さを残しつつも、瞳には精神的強さを感じさせるメルトを、カガリはじっと見つめながら、胸の奥に熱を宿す。

 そして自身の胸元に手を当て、静かに再確認した。


 ──だからこそあたしは、メルトを好きになったんだ。


 十八年の人生の中で初めて芽生えた、恋心というものを。



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