四十三章 †飛翔せし者†
例のごとくサークルから光が放たれ、メルトとレイボンは水晶内の仮想空間へと転送された。
「オレは勇者メルトだ!よろしく!」
荒野の中でレイボンと対峙したメルトは、そう言って腰に差した"起牙丸"を抜いた。
対してレイボンは顎に手を当てながら。
──勇者か……マウトは彼が最弱だと言っていたが、戦い慣れしていないようには見えないな。というか何だ?あの体は。ゴム……と言うよりは、バルーンか……?
冷静にメルトの立ち姿を観察する。
そしてその視線を自身の左手へ動かし、感触を確かめるように指を屈伸させる。
──果たしてこの体でどこまでやれるか……。
† † †
数時間前。
夜が明け、レイボンが入院していた病室にマウトが再び姿を現した。
「調子はどうじゃ?レイボン」
マウトは笑みを浮かべながら問う。
「ああ、確かに怪我は治っているよ。この左腕以外はね……」
パンチャーの攻撃によって消し飛ばされた左腕。
怪我ではなく欠損にまでなると、それを治すことができるのはもはや治癒ではなく再生の域だ。
マウトの魔力をもってしても、完全に消し飛んだ腕の再生は不可能だった──かどうかは定かではないが、少なくとも昨晩施された魔力による回復では治らなかった。
「くはは……ならば妾の腕を貸してやろう」
「……は……?」
言葉の意味が全く分からず、ただ聞き返すレイボン。
「魔力を接続し、腕を形作る。妾クラスの魔力操作ならば造作も無いことよ」
そう言うとマウトは、手首より先が無いレイボンの左腕にそっと触れた。
説明されて尚やはり意味が分からず、レイボンは困惑の表情を浮かべている。
すると少しずつ小さな光の粒がレイボンの欠損部分を包み込んでいき、そして少しずつ光は手の形に変わっていった。
「な……!」
やがて光が消えると、そこに左手が生成されていた。
「義手、ということになるのかのう。じゃがただの義手ではない。うぬの魔力に繋いでおるから、動きも思い通り。感触も伝わるはずじゃ」
マウトは言う。
確かに、その手はまるで自分の手のように思った通りに動いた。
──凄い……とは言え、違和感もある……明らかに私の手ではないことが分かるからだ。
──不気味な感覚だな……。
それからレイボンはその義手を使いこなすため、短時間だが運動し、シンクロ率を高めていった。
† † †
自身の手を見つめたまま静止しているレイボンを見て、メルトは怪訝な顔をして。
「……構えないのか?だったらこっちから行くぞ!」
と、仕掛ける。
しかしその瞬間レイボンは脇に抱えた合金製ケースの中から三つの小さな玉を指に挟んで取り出すと、そのままメルトの進路上に放り投げた。
「!」
メルトは素早く反応し、小気味良い音とともに玉を剣で弾くが、当然その玉はレイボンの得意とする爆弾の一種であった。
剣に当たった瞬間に爆薬が炸裂し、メルトは吹き飛ばされる。
「うおおっ!?」
かなり小型だったためか大した威力は出ておらず、メルトにもダメージは無いようだが、風船族の軽い体ではその程度の爆風でも大いに煽りを受ける。
「っとととと……危ねえ。風戦の儀なら今ので場外だったな。ありゃ間違いなくオレの爆薬より強えぞ……って当たり前か。本物の爆弾なんだし」
「……何?爆薬?」
と、分析のためメルトが口に出した言葉に、レイボンが反応した。
「おう、コイツがオレの爆薬だ」
とメルトも素直に腰のポーチから自身の爆薬を取り出して見せる。
「何だいそれは……植物の実のように見えるが……」
興味深げに目を凝らすレイボン。
「ああ。オレたち風船族の里にだけ生えてる"ハレツの実"さ。本物の爆薬じゃあない」
「それが爆発するって言うのかい?」
「へへ、まあ見りゃ分かるさ」
メルトはそう言って爆薬の一つに胸の着火板に擦り付けると、レイボンに向かって投げる。
ぶつかる直前、空中で爆薬が弾ける。
「ぬっ!?何だ……?これは……風……?」
レイボンは勢いよく飛散した白煙を手で受け止めるが、その手応えの無さに困惑した。
「ハレツの実に詰まってるのは圧縮された空気だ。強い刺激を与えるとソイツが一気に炸裂する」
手の上で爆薬を転がしながらメルトは説明する。
「こんなものが……こんなものが爆薬だと……!?芸術を……侮辱するな!!」
「へ?」
突如激昂したレイボンに唖然とするメルトだったが、レイボンが先程よりも大きい八面体型の爆弾を取り出したことで、すぐに気を取り直して起牙丸を構える。
「芸術とはこういうものを言う!!」
叫びとともに爆弾が宙に放られた。
直後、眩い閃光と爆発音が仮想空間内を包み込む。
「メルト……!」
観戦するカガリはつい名を呼ぶ。
「わ~お、すっごい爆発。大丈夫かな~メルトくん」
一方でアダーは心配する台詞に反して軽いノリを維持する。
仮想空間内で死んだところで現実には何の影響もないということを身をもって体感したからだろうか。
「水晶から出てこないということは、直撃は避けたようだね。爆煙のせいで何も見えないけど」
とクツミカ。
水晶に映し出された景色は爆発の光の後、未だ黒い煙に覆われている。
「うふふ……仲間に爆弾使いがいるにも関わらず何の対策もしてないなんて、ちょっと仕事がお粗末なんじゃない?」
ハルクスもそれに乗っかり、壁越しのマウトにじっとりとした視線を送る。
「くくく……これも一つの演出として楽しんでほしいものじゃの。結果がすぐには分からないというのもまた一興じゃろう?」
マウトは肩をすくめて笑う。
──かわされたか。しかし彼はどこへ逃げた……?
ケースを盾にすることで自身の起こした爆発から身を守ったレイボンは、再び爆弾を片手に取り出して周囲を警戒していた。
立ち昇る爆煙の左右に目を光らせていると。
「どわっ!失敗した!」
と、メルトは突如レイボンの背後に現れた。
現れたと言うよりは、墜落した。
「な、何だ……!?」
声に反応して即座に振り返るレイボンだが、どうやって背後に回り込んだのかまでは気付いていないようだ。
「へへ、けどコツは掴んだぜ」
メルトは弾む体を利用してすぐに立ち上がると、流れるようにポーチから爆薬を取り出して着火。
そのまま爆薬を地面に叩きつける。
「くっ、何の真似だ!?」
レイボンは白い煙とともに巻き起こる風を片手で受けつつ、メルトの動きを目で追う。
「!」
メルトはその風に乗ってまさしく風船のように高く飛び上がっていた。
「飛んだっ!?メルトくんすごっ!」
アダーは目を輝かせる。
「そうか、さっきのも相手の爆風に乗って飛んだんだ……!上空からの奇襲には失敗したみてえだが……」
爆煙でろくに状況は見えないが、カガリは推測する。
「でも何故だ……?」
「何故って、何が?」
神妙な顔付きのカガリに、アダーは首を傾げる。
「メルトは元々空中制御が得意だった……そのメルトが、あんなに攻撃を外すとは思えねえ」
メルトは過去の風戦の儀においても爆薬を使って跳躍したと語っていた。
実際、昨日の魔族との戦闘でもメルトは上手く魔獣の突撃を跳躍してかわしつつ、その背中に乗るという一般人には到底真似できないであろう動きを難なくこなしていた。
「え~と、つまり……?」
「メルトは何かを狙ってる……だとしたら……」
レイボンは宙を舞うメルトに小型爆弾を投げつける──無論、マウトによる義手ではない右腕で。
小人族のパワーで投げられる爆弾はかなりの速度が出る。それこそ風船族でもなければ、爆発以前にその投擲の威力で打撲程度にはなってもおかしくない。
しかし、爆弾は当たりすらしなかった。
空中でメルトは体を大の字に開きながら上下左右にふわふわと動き回り、狙いを定めさせなかったのだ。
メルトの横を通り過ぎた爆弾はメルトの背後で爆発する。
「わっ……と」
爆風の煽りを受けながらも上手く体勢を立て直し、そのまま浮遊を続けるメルト。
「チッ、ちょこまかと……!」
レイボンは苛立ちながら、さらに小型爆弾を投げるが、やはり細かい空中制御でその全てをかわしていく。
「いや、空中制御っていうか……アレもう飛んでない!?」
観戦するアダーもメルトの異常な動きに違和感を覚えたようだ。
「ああ。完全に飛んでるな」
とカガリも腕を組んで水晶の中を見据えたまま同意する。
「ぼくと戦ったあの人みたいに、メルトくんも魔法使ってるってこと!?」
サイガの"浮遊移動"のことだろう。
「いや、魔法は教えちゃいねえよ。あたしが教えたのは基礎的な魔力操作だけだ……だが、もしかしてとは思ってたが……メルトの軽い体なら、"魔力推進"だけでも飛べるんだ……!」
「ほえ~!?そんなのアリ!?」
アダーは声を裏返らせて驚く。
「うふふ……風船族の特性と魔力の相性が想像以上に良かったようね」
誰よりもメルトを高く評価していたハルクスは誇らしげに笑う。
カガリも同じ気持ちなのだろう、ニヤリと口角を上げ。
「ああ。くく……アイツ、化けるぞ」
──魔力推進……面白え……!自由に動ける!解放された気分だ!何もかもから!
メルトは楽しげに笑みを浮かべながら、空中を自在に飛び回る。
魔力操作にも慣れてきたのか、先程よりもさらに動きのキレは増している。
そしてレイボンが次なる爆弾をケースから取り出そうと無防備になった瞬間、メルトは急降下した。
「速っ!」
とアダー。
本来メルトの体重であれば落下速度は緩やかになるはずだが、今の速度は明らかにそれを大きく上回っていた。
「推進で加速してやがる」
カガリはすぐに見抜く。
メルトはそのままレイボンが爆弾を取り出す前に、起牙丸を振り抜きレイボンの首を斬り裂いた。
「!」
が、レイボンの傷は浅かった。
パンチャー戦でも片鱗を見せていた高い予測能力によってメルトの斬撃の軌道を読み、致命傷を避けたのだ。
そしてすぐに爆弾を取り出し、反撃を繰り出そうとしたが。
──いない!?
すでにメルトはレイボンの視界から外れていた。
地面に叩きつけたゴムボールがバウンドするように、風船族の体は高速で着地した瞬間、そのエネルギーをほぼそのまま再跳躍のために使うことを可能にする。
一瞬のうちに遥か上空へと飛び上がったメルトは、レイボンに再び狙いを定め。
──今だ!
その背後からメルトは急降下する。
が、次の瞬間レイボンは素早く振り返ってメルトの姿を捉えると、爆弾ケースを構えて盾にした。
「芸が無いね。いかに視界を外れようとも、狙いが同じなら攻撃方向を予測するのは容易い!」
メルトの腕力では、いくら魔力推進で強化してもケースごと斬り裂くほどの威力は出せないだろう。
そしてレイボンの片手には先程取り出した爆弾も握られている。
このまま突っ込めば、間違いなくカウンターをくらう。
ボゴン!
と、爆発したのは、レイボンの足元からだった。
先程着地した一瞬の間に、爆薬を転がしていたのだ。
「くっ……!?」
意表を突いたその攻撃にレイボンはバランスを崩し、ケースで隠していた首筋が露わになる。
そこへ。
「ずあっ!!」
力強い咆哮とともに、一閃。
メルトはその勢いのまま地面に激突し、何度もバウンドしながら転がっていく。
「かはっ……」
レイボンは深く斬り裂かれた首と口の両方から大量に出血した。
すぐにその全身から力が抜けていき、やがて膝をつき、うつ伏せに倒れる。
「はあ……はあ……やったぜ……!」
転がる自身の体にようやく両手でブレーキを掛けて立ち上がったメルトは、倒れたレイボンを見て小さく笑みを浮かべる。
レイボンはすでに意識を喪失しているが、即死とはいかなかったのか、傷口から溢れ出す血が数十秒掛けて大きな血溜まりになった頃──。
二人は仮想空間から解放された。
「メルトッ!すげえじゃねえか!」
と、水晶から出てきたメルトにすぐさまカガリが駆け寄って抱きつく。
「へへ、カガリのお陰だ。魔力が使えなきゃ正直勝ち目はなかったぜ」
メルトは嬉しそうに笑いながら言った。
「なーに一丁前に謙遜してんだ!まだあたしが教えたのなんて魔力の引き出し方くらいだろ!魔力推進をあそこまで使いこなしたのは紛れもなくあんたの力だ!」
むぎゅ、とメルトの頬を摘んで怒りながら称賛するカガリ。
「プププ、ほんとびっくりしたよ、びゅんびゅん飛び回っててさ〜」
アダーも眉をハの字にして笑う。
「やれやれ……まさかうぬが負けるとはの」
一方でマウトは、肩をすくめながらレイボンに揶揄うような笑みを向けていた。
「何がまさかだ。まったく、彼のどこが最弱なんだ。戦闘ド素人の私が勝てるような相手じゃあないだろう、それもこんな偽物の腕で……」
レイボンは不機嫌そうにぼやく。
「くはははっ!いやいや、すまぬな。実際魔力を覚える前の彼奴となら良い勝負になると思っておったんじゃが、予想以上に彼奴の成長が早かった。して、使い心地はどうじゃった?」
「……まあ、悪くはない。自分の腕には程遠いけどね」
「くくく……うぬも魔力を覚えてみるか?よりシンクロ率は上がるはずじゃ。何なら魔人化してやってもよいぞ?」
「するわけないだろう」
バチバチと手のひらに黒い稲妻を纏わせるマウトを、レイボンは冷めた表情で一蹴する。
「くくっ、冗談じゃ。……さて」
とマウトはメルト陣営へ目を向け。
「おめでとう。これで最後の一人もうぬらの仲間じゃ」
パチンと指を鳴らすと、ビーツの足元にサークルが浮かび上がり、光ると同時にメルト陣営へと移動した。
「ビーツ、よろしくな!」
目の前に現れたビーツに笑顔を向けるメルトだが。
「ケッ……んで俺が最後なんだよ……」
とビーツは納得いかない様子で顔を背ける。
そして次の瞬間、三陣営を囲っていた結界が、静かに少しずつ塵となって消え始めた。
「ほえっ?結界が……!」
アダーはびくりと驚いて結界から離れる。
「ゲームが終わったからだ。ルールを完遂して決定結界が役目を終えた。そうだろ?」
カガリは言いながら、マウトに鋭い視線を送る。
「その通りじゃ。くく……実に楽しいゲームじゃった」
不敵な笑みを崩さないマウトに対し、カガリは両拳を構えて炎を灯し。
「気ぃ付けろ……結界が消えたってことは、この女も自由に動けるってことだ。何してくるか分かったもんじゃねえ」
とメルトたちに注意喚起する。
クツミカ、クヤ、ビーツの三人は即座に戦闘体勢をとり、次いでメルトも起牙丸を構える。
アダーもそれを見て肩に掛けたバッグから夢想の絵筆を慌てて取り出した。
が。
「くはははは!そう警戒するな。うぬらを攻撃なぞせぬ。妾たちは同じ目的を持った同志じゃろう?」
マウトはそう言って笑う。
「は?」
その言葉の意味をすぐには飲み込めず、眉間に皺を寄せるカガリ。
「……おお、そう言えば言っておらんかったか。妾たちの目的」
「ケケッ、いよいよボケたかババア。テメエが説明めんどくさがったんだろうが」
「うっさいのう……」
サイガの辛辣なツッコミに、子供のように口を尖らせるマウト。
気を取り直してメルトたちに向き直ると、マウトはまたニヤリと笑って告げる。
「妾たちの目的は、ライザー率いる魔獄軍を討ち倒すことじゃ」
「……はあ?」
メルトたちは困惑する。
「くく……魔人が何を言っていると思うか?じゃが、事実じゃ。ライザーはその強大な力によって魔獄を支配しておる。魔族の中には地上侵略に乗り気でない者も大勢おるのじゃ。そんな横暴を妾は許せぬ。とは言え、魔獄の全軍相手に妾一人では流石に太刀打ちできぬ。故にこうして地上で仲間を集めておるのじゃ」
話しながら徐々に真剣な表情になるマウト。
不審に思いながらもマウトの言葉に聞き入るメルトたちだったが。
「嘘やで。コイツはただ遊んどるだけや」
マウトの後ろからリヴァスがあっさりと種を明かした。
「な、何なんじゃうぬらは!もうちょっと妾の思惑に寄り添え!仲間じゃろ!邪魔ばかりしおって!」
さっきまでの神妙な面持ちが嘘のように、マウトは地団駄を踏んで憤慨する。
そんなマウトを宥めるように、カイが口を出す。
「ふふ……思惑も何もないでしょう。リヴァスさんの言う通り貴女は、どこまでも面白がっているだけだ。ほら、用は済んだんですから、さっさと次の目的地へ向かいましょう」
「ちぇっ、しょうがないのう……とにかく妾たちに敵対の意思は無い。差し当たっての目的はうぬらと同じ……少なくともそれだけは事実じゃ。妾たちとうぬら、どちらが先に魔獄軍を討つか……くく……楽しみじゃのう」
刹那、マウトの一団はいつものごとく、吹き消される蝋燭の火のように忽然と姿を消した。
「……な……何だったんだよ……?」
メルトは構えていた起牙丸を下げ、呆然として言う。
同じく並んで戦闘体勢に入っていたカガリたちも、張り詰めた糸が切れたように脱力していた。
「……ん?何笑ってんだよハルクス」
唯一結界が解けた後も一切動かず終始腕を組んだままだったハルクスが、静かに笑みを浮かべていることにカガリは気付く。
「いや、彼女たちの雰囲気、どこか似てると思ってね」
くすりと笑いながら言うハルクス。
「似てる?何に」
カガリは怪訝な顔で訊く。
「最強なのに妙にみんなにイジられてる感じとか……誰かさんたちにソックリじゃない?」
「てめ、それあたしのことかよ!?あんなんと一緒にすんな!」
口ではそう言いつつも、イジられるマウトに実は僅かばかり共感を覚えていたカガリであった。




