百章 †目醒めし拳†
「……じゃ……じゃああんた、別に仕事が嫌で逃げ出したわけじゃなかったのか……?」
ハクの話を聞いたカガリは困惑した顔で訊く。
「あー、まあそれもなきにしもあらずってとこだ……実際アレコレ命令されて戦うのは性に合わねえしな。だから最初に言ったろ、言い訳するつもりはねえって」
気まずそうに顔を逸らし、前方から突進してくる魔獣を殴り飛ばしながらハクは言う。
「んなことより本題は、お前の力についてだ」
「あたしの力……」
「あの家のジジイどもはお前を落ちこぼれ扱いしてやがったんだろうがな」
「そうだよ……だからあたしは死ぬほど紅蓮拳の精度を磨いて、連盟最強って言われるくらいにまでなったんだよ……!でも、だからって今のあたしにはどう考えても、あんたを超えるような力は……」
カガリは血の滲むような修行の日々を思い出しながら、自分に問い掛けるかのように拳を見つめる。
他人には努力の跡など見せず、自分は天才なのだと虚勢を張り続けてきた。
そうすることが周りを見返すことだと信じて。
しかしB2への敗北や、一人ではどうにもならなかった戦いの連続の中で、徐々にその虚勢が打ち砕かれていた。
そんなカガリの体に突如。
「"壊乱紅蓮拳"」
ハクが高く突き上げた拳から放たれた巨大な白炎の弾が降り注ぐ。
勿論それはカガリだけでなく周囲の魔獣への攻撃でもあったが、しかしハクの目線は明らかにカガリを向いており、誤射というわけではないようだった。
「な……!何しやがる……!」
「効かねえだろ。それが答えだ」
「は……!?」
確かにカガリの体に一切ダメージは無かった。
だが壊乱紅蓮拳を放ち終えたハクの拳の方には、凄まじい火傷痕が残されていた。
恐らく自身の耐久限界を超える火力を引き出す"紅蓮拳・壱"の応用技だったのだろう。
「真の紅蓮拳を打てるのは、誰よりも純粋なレッカの血を引くお前以外にいねえ」
「真の紅蓮拳……!?」
「そうだ。かつて十勇レッカ・ヒノワが纏った、本物の紅蓮拳……ソイツは強すぎてスパイラル家の体ですら耐えきれず、遥か昔に封印された」
「そ、それってあんたの"白炎流"のことじゃ……」
「こんなもんは魔法で火力を無理矢理引き上げただけの偽物だよ。"蒼炎"も"紫炎"も、魔法を絡めた紅蓮拳なんてのは全部本来の紅蓮拳には程遠い。そこに到達できるのは"紅炎流"だけだ。それも一切混じり気の無い、レッカの肉体じゃなけりゃ耐えられやしねえ」
「……!」
カガリの頬が紅潮し、鼓動は速度を上げる。
思いもしていなかった──自分がそんな物語の主人公のような才能の持ち主だったなどと。
「なあ、カガリ。覚えてるか?」
ハクの問いにカガリはぴくりと眉を動かす。
「くくっ、覚えてねえだろうな……お前が名乗ってる"烈焔"ってのはガキの頃、俺が付けたんだぜ?」
「!!」
瞬間、カガリの脳裏に記憶が蘇った。
まだハクと仲が良く、レイジと三人で修行に明け暮れていた頃だ。
修行の合間の休憩中、ふと自分たちの異名を考えようという話になった。
ただの子供の遊びだったが、その名をカガリはとても気に入り、今に至るまで名乗り続けてきた。
その名の意味は──。
「見せてみろよ……"烈火"を超える"烈焔"の力!」
ハクの言葉に、カガリの口角が上がる。
「くくっ……一体いつの話してんだよ、馬鹿兄貴」
その瞬間、カガリの両拳から巨大な炎が噴き出した。
炎は渦を巻きながら収縮していく。
──今あたしにできる最大の技は"究極紅蓮拳"……あたしの出せる最大火力を、拳の一点に集中させる……。
──だがきっと、無意識にブレーキを掛けちまってたんだ……体への負担や魔力の消耗なんて考えるな……!
──全てを……出し切れ……!!
「うおおおおおおおおおおおおおっ!!」
カガリの叫びに呼応するかのように炎は勢いを増していく。
そして拳から放たれた炎はそのまま拳の周囲に渦巻いて、再び拳へと還っていく。
すると数十体もの魔獣たちは炎の渦へと引き寄せられ、一斉にカガリに飛び掛かった。
──迎え打つ!
カガリは拳を構える。
赤熱した拳は周囲の景色を歪ませ、足場もドロドロと溶け始める。
「らぁっ!!」
拳を突き出した瞬間、炎は大きく弾けた。
前方にいた魔獣は全て灰となって消滅する。
さらに後方から接近する魔獣には裏拳を振り抜き、発生した巨大な炎の波が魔獣たちを呑み込む。
僅かに二撃。
B2にも匹敵するという数十体の魔獣は、あっさりと消え去った。
「……ははっ……成りやがった……」
ハクは想像以上のカガリのパワーに驚きつつ笑う。
「はぁ……はぁ……これが……レッカの力……」
自らの拳を改めて見つめながら、カガリはその力の強大さにまだ実感が持てない様子だ。
直後、完全に全てを出し尽くしたのか、がくりと膝をついた。
咄嗟にハクが支えると、そのまま肩にカガリを担ぎ上げる。
「な、何すんだてめえっ……」
「よくやったカガリ。今のうちに脱出するぜ」
弱々しく手脚をバタつかせるカガリの背を、ハクは労うように優しく叩く。
と、すぐにカガリは抵抗を止めた。
脱出の邪魔をしてはいけないというのも勿論だが。
──そう言や、いつもあたしを褒める時はこうして背中叩いてたっけな。
昔を思い出してどこか懐かしい気持ちになったのだ。
「リント、てめえも来い」
カガリの巻き添えをくらわないように距離を取っていたリントへ、ハクは目線を送る。
こうしてカガリたちは先に上へ向かったメルトたちを追うのだった。
† † †
天域上層──神域。
創星神殿の最上部の大きな部屋に存在する大きな玉座に、B2は座り頬杖をつく。
「フフ……これが神の力か……」
片手に携えた創星神杖をまるでペン回しのように回して遊びつつ、全能感に酔いしれていた。
玉座の前にはいくつもの千里鏡が張られており、そこには天域と世界各地の様子が映し出されている。
恐らく死んだ創星神はここで下界を監視し、数百年に渡り続いた魔族の攻撃を対処していたのだろう。
それが今ではB2に完全に乗っ取られ利用されている。
「天域に上がってこようとする馬鹿がちょくちょくいるみたいですけど……ククク……この神の力で門の座標を書き換えて、適当に飛ばしてやる……」
千里鏡に映された各地の状況は、そのほとんどが魔族との戦闘を続けているか、魔族に対応できずに惨殺されていくかのどちらかだった。
だが世界連盟の実働部隊や銀河機関オルデナの加勢により、勿論ただ一方的にやられているわけではない。
特にメルクリオやアルティサルら"極使八星"が向かった先々では、むしろ魔族の方が何もできずに駆逐されていた。
さらに現在は天域侵攻のため魔獄軍の戦力の多くが天域へと割かれており、地上では一度侵攻を凌ぎさえすれば新たに攻撃が続くことはなかった。
そんな中で生まれた余裕から、メルト一行のように、雲間に開かれた天域の門を目指そうとする者も僅かだが存在していた。
しかしB2はそれを全て見ている。
B2によって門は書き換えられ、魔獄の僻地へと繋げ直されていく。
メルトたちもその罠にまんまと掛けられたのだ。
「ほら、お前たちもさっさと落ちなさい」
と、B2は目の前に倒れる十人の天使たちに言う。
B2が最強の杖を手にした今、敵うはずなどないと分かっていても、諦めずに立ち向かった天使たちだ。
コツン、とB2が杖で床を突いて鳴らすと。
「!?」
そのうちの一人の下の床に穴が開いた。
「うわあああああっ!」
すでに羽ばたく力すら残っていなかったのだろう。天使は無抵抗に落ちていく。
「……くっ……!ま……魔族ごときが……創星神様のお席に……!……許して……なるものか……!」
「はいはいうるさいですよ」
必死に起きあがろうとした天使も、B2が再び床を突くとその下に別の穴が広がり、抵抗する暇もなく落とされる。
「た、隊長っ!よ、よくも……!」
と隣で這いつくばったままB2を恨めしげに睨め付ける天使も、次の瞬間にはあっさりと別の穴へ落とされる。
勿論いずれの穴もすぐに閉じ、戻ってくる余地など与えない。
「さて、次はどこに落としてやろうかな」
未だ目の前に倒れている七人の天使を見下しながら、B2は不気味な笑みを浮かべる。
少し考えてから。
「……いや、落とすだけってのも面白くないな」
と創星神杖へ目をやった。
「せっかくこんな良いものを手に入れたんです。何ができるのかいろいろ試しておかないと。フフ……」




