百一章 †不可解たる存在†
† † †
クリンゴ共和国・マジポリア学園。
魔導士たちは疲弊しつつも、町中に現れ続けた魔族をついに全滅させることに成功していた。
無論無事とはいかず相当数の負傷者が出ているものの、魔法や魔法薬、魔力による回復も可能な魔導士たちにとって、壊滅的とまではいかない程度の被害に留まっている。
そんな中で、魔法教師たちとマウトの一団が集まる学園会議室では。
「……ふむ。やはりもう魔獄にライザーはおらんようじゃな。天域へ侵攻しておる」
魔獄の映像を水晶に映し出して、マウトは肩をすくめた。
「じゃああの空の光もやっぱり天域に繋がってるのか」
窓の外を覗きながらムレファが言う。
その上空にはクロム王国と同じく雲間から光が差し込んでいた。
「うむ、間違いないじゃろ。結界が消え、天域との絶対的な隔たりが綻んだんじゃ」
「だとすると……お前の言った通りライザーの狙いは……」
「天域の滅亡と支配、じゃろうな。自らが神に成り代わって世界を統治する……それがヤツの昔からの悲願じゃった。……まあヤツがまだ頂点に立っておればの話じゃがな。くく……」
楽しげに笑うマウト。
学園長ノウズは長い髭を撫でながら首を傾げる。
「天域の滅亡……本当にそんなことが可能かのう?天使の出現は数えるほどしか観測されておらんとは言え、その強さは並大抵の魔人を大きく上回っておった。天域の戦力は全くの未知数じゃ。それは主ら魔族にとっても同じこと」
「まあの。しかし数日前にバレットと戦った天使どもを見る限り、あんなものが何人いたところでライザーは止められまい。うぬらはまだライザーと対峙しとらんから分からんのも無理はないが……ヤツは別格じゃぞ。妾とて万全の状態のライザーと正面から戦り合えば、恐らく分が悪い」
「お前でもか…………流石に盛ってない?」
「くくっ、現実逃避はよせムレファ」
ムレファは深い溜め息を溢す。
会議室に沈黙が訪れる。
あれほど続いていた魔族の攻撃は途絶え、つまりはその分の戦力が天域侵攻に割かれているであろうことも、魔導士たちには予想がついていた。
このままでは世界が魔族の手に堕ちるのも時間の問題だ。
「……分かった。天域へ行こう」
ムレファは意を決して言う。
それから会議室に集った者たちの顔をぐるりと見渡し。
「行くのは私とマウトたち、それとウルマロ、ルグナ。この十人だ」
とメンバーを指名した。
元々この会議室にはいなかったウルマロだが、あくまで魔族の警戒のため外に出ていただけで実力的には魔導士の中でも上澄みに位置するため、この場にいても何ら違和感はない。
むしろ異彩を放っているのはその隣の不気味な使い魔であるが、中身は"聖なる竜王"と呼ばれたドラガウル国の伝説の戦士、ルグナの魂だ。
さらに魔獄最強を自称するマウトが、十勇の末裔四人を含む精鋭六人を抱えている。
錚々たる布陣だ──が。
「「ちょっと待てよ」」
その選出に納得のいっていない者が二人、声を揃えて立ち上がった。
双子の魔人、ライティとレフティだ。
「俺たちも行くぜ」
二人はまたも声を揃えて名乗り出る。
「……ライティ、レフティ。あんまり言いたくないけど、お前たちじゃ力不足だ」
ムレファは濁さずに伝える。
しかし双子は分かっていたのだろう。特に怒りもせず。
「俺たちは今まで、ライザーにも双魔統にも、逆らおうという気すら起きたことはなかった。勝てるわけがねえと、魔力で分かりきってたからだ」
「魔獄じゃあ力こそが全て……あのクソどもに従うしかなかった……思い出しても虫唾が走る……!屈辱の日々だったぜ……!」
冷静な顔で吐露するレフティと、眉間に皺を寄せ拳を震わせるライティ。
「その恨みを晴らそうってわけか?死ぬかもしれないんだぞ?」
「……恨みを晴らす……か。少し違う。今はもう俺らはライザーの下にゃいねえ……魔獄のルールなんぞ関係ねえはずだ……だが、それでもまだ、力こそ全てのあの息苦しい世界が、胸にずっと残ってやがるんだ」
「俺らの手でライザーをブチのめさねえと、俺らは負け犬のまま、この檻ん中から出れねえ気がすんだよ……!!」
二人のその表情にもまた強い覚悟が宿っていた。
ムレファにもそれは伝わったのだろう。
「分かったよ……」
と溜め息混じりに二人の申し出を承諾した。
「くははっ、これで決まりかの。それでは行くとするか」
「いや、ちょっと待ってください」
立ち上がり出入り口へ向かおうとしたマウトを呼び止めたのは、ゲンマだ。
「どうした?ゲンマ」
首を傾げるマウト。
「どうしたもこうしたもないですよ。忘れてません?ハクさんとレヘンくんのこと」
「「「あ」」」
マウトの一団はまるで示し合わせたかのように同じ反応をした。
どうやら本当に忘れていたらしい。
ゲンマと、唯一覚えていたリヴァスは呆れ顔でポカンと口を開けた。
「誰だ……?」
それを知らないムレファや魔導士たちは不思議そうにゲンマへ注目する。
「……仲間ですよ。ハクさんについてはそちらの方が詳しいんじゃないですかね。世界連盟に所属してるらしいので」
「え?」「ハクって、あのハクか?」「スパイラル家の……?」
魔導士たちはざわめき立つが、ゲンマは無視して続ける。
「レヘンくんは、アルケスの力を持つ超能力者です」
「アルケス!?」「いや、アルケスの末裔なんているわけ……」
存在するはずのない存在の名が飛び出し、会議室はさらなる混乱に陥った。
「静粛に」
とそれをノウズは一言で黙らせる。
「……ゲンマくん。主は確か、四鎋戦犯フウマのクローンとして生み出されたと言っておったな」
「はい」
「ならばそのレヘンくんとやらも、アルケスのクローンか?」
「分かりません。彼自身も自分の正体が分からず悩んでるようでしたから……ですが、可能性はあるでしょうね」
次に、ウルマロへと視線を移す。
「……サク先生。確か昨晩の殺し屋との戦いの中で、サク先生の生徒も超能力を使っておったそうじゃな?」
「はい。フシオ・リンドウくんですね……彼は元々戦災孤児で、今のご両親に引き取られました。怪我が瞬時に治ることに気付いてからDNA鑑定した結果、シナンの末裔だと判明したそうですが……もしかしたら、彼はクローン実験によって二人の十勇のDNAを混ぜられた存在なのかもしれません」
ウルマロは自身の考察を交えて答えた。
「い、いや、ちょい待ちサクちゃん」
「ラオ先生」
口を挟んだのは、魔法生物科の教師ディグラム・ラオだ。
「アルケスの血筋て、完全に途絶えとるはずやろ?生きたDNAが残っとらんのに、クローンなんか作れるわけあらへんよ。封印祭壇ん中に眠っとる四鎋戦犯とはわけがちゃうで?」
「……確かに……」
生物の専門家であるラオの意見に納得しかけたウルマロとノウズだったが。
「いや、絶対あり得ないとは言い切れない」
とムレファは否定する。
「どういうことでっか?」
「今お前が言った、封印だよ。完全な封印魔法ならDNAの劣化も防げるはずだ」
「いやいや……二千年以上も持続する封印なんて…………あったわ」
ラオはふと思い出した自身の記憶に、まさか、とでも言いたげに顔を引き攣らせた。
そしてすぐに脇に抱えた魔導書を開いて、ノウズたちに見せる。
「"ネムリヒツジ"──ピリス王国の北部高原地帯にのみ生息しとる、魔法生物です。世界で初めて見つかった魔法生物で、一生を眠り続けることで知られてます」
「眠り続ける?」
「ええ。飲まず食わずで生きていけるんは、親が子を産んだ瞬間、封印魔法を掛けるからなんです。封印言うてもパッと見は寝とるだけにしか見えません。周囲の自然の魔力を取り込みながら封印の中でゆ〜っくり成長して、その寿命は三千年を超えるとも言われてます」
「なるほど……」「ソイツを応用して、アルケスのDNAを何者かが保存してたのか……?」
魔導士たちは釈然としない様子ながらも、ラオの説明を飲み込む。
「ふむ……して、その二人は今どこに?」
ノウズは脱線した話を元に戻し、ゲンマに尋ねた。
「敵幹部との戦闘で力を消耗してたので魔獄のアジトに置いてきたんですが……もうあれから丸一日近く経ちます。とっくに回復してる頃でしょう。マウトさん、二人を連れてきてくださいよ」
ゲンマはそう言ってマウトに目をやる。
と。
「それがそうもいかんらしい」
「はい?」
片手に水晶を持ったマウトは、肩をすくめた。
その水晶には、もぬけの殻となったマウト邸の広間が映し出されていた。
「彼奴ら、勝手に妾の屋敷から抜け出しておるわ。これでは居場所が分からぬ」
「探し出せないのか?」
レイボンが怪訝な顔で訊く。
世界各地を魔獄から監視していたマウトならば、魔獄の中で多少屋敷から離れた程度の人物を見つけ出すくらいは容易いと考えたのだろうが。
「無理じゃ」
マウトは首を横に振る。
「何の妨害もない場所におるならすぐに見つかるはずじゃが……見つからんということは彼奴ら、違う階層に移動しておる。第四階層か第五階層か……いずれにせよ、魔力が安定した場所でなくては覗き見はできんからの」
「あー、そういやそんなん言うとったな」
すっかり話に置いていかれていたリヴァスが思い出したように口を開いた。
「仕方ないですね。あの二人がいるのといないのとじゃ全く違うとは思いますが……待ってる余裕もない」
ゲンマは口惜しげに言いつつも、窓から見える雲間の光を見据える。
「たぶん天使が開いたであろう門だけど、いつ閉じるかも分からないからね。もしあれが完全に消えたら、地上から天域へ移動する方法は無くなる。急ぐぞ。早速準備に取り掛かってくれ。必要なら魔道具庫や武器庫から物資を持ち出してもらって構わない。いいよね、学園長」
とムレファはノウズに言いつつ、返事も待たずに真っ先に部屋を出た。
「うむ、勿論じゃ。校務のコーム先生に鍵を開けるよう伝えておこう」
とノウズの答えを聞いてから、ウルマロも軽い会釈の後に部屋を出ると、ルグナもそれに続く。
「くくっ、ここから先は完全に未知の世界……うぬら、しっかり準備しておけ。存分に楽しめるようにの。くはははっ!」
相も変わらず笑いながら仲間たちに視線を送った後、マウトもドアを潜る。
次いでマウトの仲間たちがゾロゾロと退出し、最後に双子の魔人がマイペースに歩いて出て行った。
「頼むでサクちゃん、ムレファ先生……!世界の未来はあんたらに懸かっとる……!」
祈るように見送るラオ。
だがその隣では、ノウズが髭を摩りながら何かを案じていた。
「ど、どうされました?学園長……」
それに気付いた教師クレイが声を掛ける。
「いや……ネムリヒツジのことが気になっての……」
「は……と言いますと……?」
「ネムリヒツジは"はじまりの魔法動物"とも呼ばれ、遥か昔から魔導士たちの研究対象じゃった」
「お、やっぱり学園長も知ってはったんですね。流石ですわ」
とラオも話に混ざる。
「うむ……じゃが、一度たりともその封印魔法を完全に解読できた者はおらんかったはずじゃ」
「まあそりゃ魔法動物は詠唱もせえへんし魔法陣も使いませんからねえ……せやからオモロいんやけど……」
「解読できていないとなると……確かにそれを利用してDNAを保存するのは難しいかもしれませんね……それによく考えれば、そもそもDNAなんてものをその時代の人が知っているはずもありませんし……」
「……うむ……」
三人は考え込む。
無論考えたところで今答えが出るようなものでもないことは分かっているが。
「あ、あのあのっ……もう一つありますよ、可能性っ……!」
と、自信なさげに小さく手を挙げて言ったのは、グレーのスーツがパツパツに張り裂けかけている、ぽっちゃりとした体型のボブヘアーの若い女だ。
「エミーさん。何か心当たりが?」
クレイは首を傾げる。
「あっ、い、いやっ、たぶん全然見当違いだと思いますけどっ……!」
エミーと呼ばれた女は高速で手を横に振り誤魔化そうとするが。
「聞かせてくれんかの。儂ら魔導士の視点ではなく、世界連盟の職員だからこそ分かることもあろう」
ノウズは冷静に話を訊く。
どうやらエミーは世界連盟から派遣された職員のようだ。
マジポリア学園は世界連盟とも密接に関係しているため、連携をとりやすくするための措置だろう。
「は、はい……え、えっと……本当に見当違いすぎて混乱させてしまうだけかもしれないのでっ、話半分で聞いてほしいんですけどっ……!あの……二千年以上前からこの星の人類の想像を超えた技術力を持っていた、ラプラス・エトルキズの末裔なら……もしかしたらDNAを保存できたんじゃないかなぁって……!」
「…………!」
その瞬間、三人だけでなく集まった魔導士たち全員の視線が一気に集まった。
「す、すすすみませんっ!わ、わたし、本当に差し出がましいことをっ……」
「いや……確かにそうじゃ……ラプラスの超技術……それなら十勇のクローン生成をも可能にして不思議ではない……!じゃが、目的は何じゃ……?二千年も過ぎ去った今になって、何故クローンなぞ……」
真相に一歩近付いたものの、やはり謎は深まるばかりだった。




