九十九章 †継がれざる血†
一方でカガリとハクは数十体の魔獣に囲まれる中、"煌光紅蓮拳"を解いた。
周囲に満ちていた巨大な炎がじわりと消えていく。
「さて、こんだけ集めりゃ充分だろ。カガリ、無理せず休んでていいぜ」
まだ余裕がありそうなハクは隣のカガリへ声を掛ける。
「あ!?この程度でへばるわけねえだろボケ!」
若干息を切らしつつも、カガリはそう言って両拳に炎を漲らせる。
「……くくっ、しっかし面白えなぁ……お前、あんなガキに惚れたのか」
「は!?」
揶揄うように言うハクに、動揺して体をびくんと跳ねさせるカガリ。
「分かりやすすぎんだよ。カッコつけて囮になるなんて言い出すようなヤツじゃなかったもんなぁ。昔っからお前はビビりで──」
「うるせえっ!いつの話してんだ!」
カガリは鬼の形相で憤慨しつつ、それに連動して拳の炎も勢いを増す。
──ふむ……あれほどの炎に包まれながらも魔獣たちはほとんど無傷……私も無事だ。
──恐らく今の技は攻撃のための炎ではなく、ただただ広範囲の注目を集めるための技なんだろう。
と煌光紅蓮拳を分析したのは、二人とともにこの足場に取り残されたリントだ。
「おいリント、てめえもちゃんと協力しろよ」
とハク。
「ああ分かっている。私とて死にたくはない。だがどうする?この数……」
炎に邪魔されていたのか集まったまま動きを止めていた魔獣たちが、一斉に三人に襲い掛かる。
「"紅蓮壁"!!」
咄嗟にカガリは周囲に巨大な炎の壁を作り出し、さらにその上からハクが白炎の壁──"紅蓮白壁"を重ね掛けした。
魔獣の多くがその壁に弾き返されるが、それでも突破してくる個体も存在した。
炎への耐性が特に高いものや、単純に巨大すぎて炎で防ぎきれないもの、体が燃える前に圧倒的速度で壁を貫くもの──そんな化け物たちを、カガリとハクは紅蓮拳で、リントはオリハルコン鉄線で迎撃する。
「流石にこれ全部倒すのは俺でもきちい。取り敢えず動きの速えヤツだけ潰して追ってこれねえようにしてから逃げるぞ」
「ああ」「了解した」
ハクの指示に従い、比較的動きの遅い魔獣をかわしつつ、スピード特化の魔獣に狙いを定めるカガリたち。
しかしそのスピードは並大抵ではない。
カガリが初めてB2に遭遇した時、油断も多少あったとは言え全く反応できなかったスピード──あれに匹敵するほどのスピードを、B2の十数倍はあろうかという巨体が繰り出すのだ。
──クソッ……速え……!
カガリもこの短期間でさらに成長している天才ではあるが、それでもこのスピードを捉えるのは簡単ではなかった。
「"壊乱紅蓮拳"!!」
と数十発の炎弾を飛ばしてなんとか攻撃を当てても、大したダメージにはならない。
高速で突進してくる獣型にカウンターの紅蓮拳を叩き込むも倒しきれず、さらに別方向から来る魔獣に弾き飛ばされる。
ハクは勿論、リントもオリハルコン鉄線で分厚い甲殻を引き裂いて順調に魔獣を倒していく中、カガリだけは、ただ敵の攻撃をいなすので精一杯だった。
メルト一行のように努めて連携を取ろうとしてくれるのならばカガリも活躍できるのだろうが、ハクもリントも個人戦闘に特化しており、カガリは孤立していた。
──クソッ……ここにいる誰よりも、あたしは弱えってのかよ……!
無力感に包まれながらも、なんとか紅蓮拳を振り回して魔獣に抗うカガリ。
まるで邪念を払うかのように、ひたすらに攻撃を仕掛けていく。
そしてそんなカガリを嘲笑うかのように、背後から鳥型魔獣が鋭い爪を立てて襲い掛かった。
「"紅蓮ノ白角獣"」
その魔獣を、ハクの白炎が貫く。
「!!」
「落ち着けよカガリ。結局コイツらの狙いは俺たちなんだぜ。慌てず待てばいい」
「んなこと言ったって……カウンター入れてもコイツらピンピンしてやがるし……!」
「いんや、そりゃ本気でやってねえからだ」
「はあ!?いや、あたしは……」
戸惑った様子のカガリに、ハクは真っ直ぐな視線を向けて言う。
「お前は強い。俺よりもだ」
誰が聞いてもそれは世辞にしか聞こえないだろう。
実際、カガリ自身が一番そう感じていた。
しかしハクはそんなくだらない世辞を言うような性格ではないことも知っている──かと言って揶揄っているような顔にも見えない。
カガリの顔には困惑の色が広がっていた。
その顔を見たハクは深く溜め息を吐く。
「……やっぱ何も聞かされてねえんだな」
「は……?」
「まあ別に言い訳するつもりもねえんだけどよ……一応話しとくか」
横から突っ込んできたイノシシのごとき魔獣の足元に白炎の鞭を引っ掛けて転倒させつつ。
二十メートル近い巨腕を振り下ろす魔獣の肩を白炎の槍で貫いて切り落としつつ。
ハクは面倒そうに話し始めた。
† † †
八年前のある夜。
大陸東方、サンレイカ共和国・首都サンレイズの一角に聳える、スパイラル家の大豪邸。
その一室で、若きハクと数人の大人たちが口論を繰り広げていた。
「ああ!?カガリがなんでダメなんだよ!アイツの才能はみんな分かってるはずだろ!」
必死に訴えるハクに、テーブルの一番奥に座る恐らく最も偉いであろう老人は冷静に答える。
「何度も言っておろう、強さの問題ではない。儂らスパイラル家はレッカ・ヒノワとマイナ・スパイラル、二つの血を受け継いでおる。だがあの子は、レッカの力しか継げなかった」
「だからこそアイツにはあれだけの才能があるんだろうが!あの歳ですでにうちの誰よりも紅蓮拳の出力は上なんだぜ!精度はまだまだだが、十年後にゃ俺だって抜かされてるだろうぜ!」
老人の反応からして何度も同じ話をしてきているのだろう。
それでもハクは食い下がるが。
「しかしなぁ……スパイラル家に生まれた者が一つの魔法も使えないなんて、史上初めてのことだぞ?」
「当主にはレッカとマイナ両方の末裔として恥じぬ力を持つ者がなるべきだ。カガリは当主になるには相応しくない」
とテーブルの脇に座る重鎮らしき男女も同じように反対意見を唱える。
「ふざけんな!一番強えヤツがなるべきだろ!」
「それなら尚のこと、お前が適任だろう。少なくとも今はカガリより強い自負があるのだろう?一体何の不満があると言うのだ」
老人は怪訝な顔をして尋ねる。
「てめえの腹いせに俺らを巻き込むなっつってんだよジジイ!!」
我慢の限界だと言わんばかりにテーブルを叩いて立ち上がり、ハクはさらに声を荒げた。
周りの大人たちは驚愕の顔を見せ、そしてすぐに怒りを露わにする。
「な……口を慎めハク!お祖父様はスパイラル家の未来のために──」
「なぁにが未来のためだ!アウクストゥスのジイさんに奪われた司令官の座をさっさと取り返してえだけだろ!てめえじゃ無理だからって俺ら孫世代に押し付けてよ!」
「ハク!いい加減にしろ!」
「しねえよ!俺は司令官なんざなりたかねえし、司令官に憧れてるカガリだって、てめえに憧れてるわけじゃねえからな!アイツが憧れてんのは、父さんだけだ!」
「……!」
大人たちは絶句する。
が、老人だけは静かに口を開く。
「……ザンカは弱かった。だから死んだのだ」
「てめえ!!」
ハクはいよいよ拳に火花を散らした。
咄嗟に大人たちも立ち上がってハクを止めようと腕を抑える。
「司令官ともあろう者が前線に立ち、仲間を庇って死ぬなど言語道断。お前たちは父親に幻想を抱きすぎなのだ。ヤツは戦士としては一流でも、上に立つ者としては三流以下だった」
「ちょ、ちょっとお父さん、言いすぎですよ!」
追い打ちをかけるかのように侮辱を口にする老人に、思わず大人の一人も止めに入る。
ハクたちの父親であり元司令官であったというザンカには、大人たちの中にも敬意を持っている者が少なからずいるのだろう。
しかしもはや、ハクの愛想は尽き果てていた。
「……やってられっか。もう付き合いきれねえ。俺はこの家を出るぜ」
冷めた表情で言い、くるりと踵を返す。
「何だと!?」「ま、待てハク!」
大人たちの制止も振り切り、部屋を出ていくハク。
自室へ戻って必要最低限のものだけ簡単に纏めて背負うと、すぐに自室を後にする。
と。
「オイ!どこ行くんだ兄貴!」
廊下でばったり出くわしたのは、幼きカガリだった。
その後ろにはさらに幼いレイジも不安げな顔でついてきている。
ガサゴソと荷物を纏めている音を聞いて、何事かと見に来たのだろう。
「……こんな家、お前らも早めに出た方がいいぜ。長居したって才能が腐っていくだけだ」
「は……!?何言ってんだよ!」
当然先程の大人たちとの会話など知らないカガリは狼狽する。
だがハクはやはり冷めた表情のまま。
「アウクストゥスのジイさんを見ろよ。実力さえありゃ、別に本家じゃなくても司令官にゃなれるんだ。ここにこだわる必要はねえ。俺ももう、ここへは帰らねえからよ。じゃあな」
と二人の横を通り過ぎていく。
「ま、待てよ兄貴!オイってば!」「にいちゃん……!」
引き留めようと後ろから声を掛けるカガリたちの方に、ハクが振り向くことはなかった。
† † †




