閑話(ヌークス子爵、トーゴ、バーナード)
読んでいただいてありがとうございます。
~ヌークス子爵~
「旦那様、注文していた布とレースが届きました」
「どれどれ。……あぁ、美しいですね。これはそのままラフィーネ嬢への贈り物に入れてください。あちらのデザイナーが美しいウェディングドレスに仕立ててくれるでしょう」
光沢の入った美しい純白の布と、熟練の職人が編んだレースを確認して、ヌークス子爵は優しい顔になった。
「それから、こちらがトリアテール公爵閣下に送る予定の請求書です」
「さすがにいい金額になりましたね。確認しておきますので、下がっていいですよ」
「はい」
部下が部屋から出て行くと、ヌークス子爵は請求書を確認した。
思えば、ラフィーネ・リンゼイル伯爵とは不思議な縁で結ばれていたものだと思う。
上手くいっていれば、今頃彼女は義娘としてヌークス子爵の仕事を手伝ってくれていただろう。
現実には、彼女は伯爵となり、トリアテール公爵という帝国でも上から数えた方が早い身分の男性と婚約した。そして、ヌークス子爵に新しい顧客を生み出してくれた。
自分で言うのも何だが、商売は上手い方だと思う。
先祖から受け継いだ商会を大きく発展させ、子爵にまで昇った。
財を減らす一方の古参の貴族からは金で爵位を買った、などという陰口を言われることもあるが、そういう者たちだって、ヌークス子爵の店で買い物をしている。
商売に関しては順調だ。
順調ではなかったのは、子育てだった。
妻は、息子が学園に入る頃になった頃に病で亡くなった。
……正直に言うと、妻とはあまり上手くいっていなかった。
元々、妻の方がヌークス子爵に惚れたと言って近寄って来たのだ。
当時のヌークス子爵は、商売に夢中で女性の気配があまりにもなかったので、父が妻との縁を纏めた。
仕入れなどで家を空けることも多く、あまりかまってあげられないと言って一度は断ったのだが、妻はそれでもいいと言って嫁いで来た。
妻のことを、大事にしていたつもりだった。
けれど、妻は次第にヌークス子爵の周りの人間に嫉妬するようになった。
商売仲間の女性と話をしていただけで嫉妬し、不倫をしているのだと決めつけて罵った。
どうしてそんなことを言うのかと問えば、あなたが周りの女性に気を配りすぎるのが嫌だと泣いていた。
周りの女性に気を配るのは当然だ。
彼女たちは商売仲間やその妻、そしてお客さんなのだから、彼女たちが商品を買ってくれるようにするのは当然のことだった。
妻が邪推するような関係の人間など一人もいなかった。
モテなかった、とは言わないが、結婚した以上、妻を大切にするのは当たり前のことだと思っていた。
けれど妻の妄想は止まらず、家に帰っても落ち着けなくて、余計に商売にのめり込んだ。
その妻の意識は、いつの頃からか一人息子に向いた。
息子を溺愛し、一人で出来ることも手伝って、過干渉になった。
あの子のためにならないと言っても聞かずに溺愛した。
妻が亡くなった頃には、息子は身近な女性に依存して、すぐに影響を受けるような男になっていた。
何度か矯正しようと商売先にも連れ出したのだが、その場では出来ても一人になるとすぐに元に戻った。何度かそんなことを繰り返すうちに、息子の態度はどんどん悪化していった。
それならば、妻になる女性に頼りになるようなしっかりした女性を、と思って探し出したのが、ラフィーネだった。
学園での成績も悪くなく、家は名ばかりになってしまったとはいえ古くからある名門。
あの商売人としても領主としても下手な父と現状が見えていないような兄を支えているラフィーネならば、息子が寄りかかってもきっと何とかなる。
息子を名ばかりの商会長にして、実権をラフィーネが握ってくれれば、少なくとも息子の代で潰れることはないだろう。
そう思って接触したラフィーネは、思っていた以上に真面目な女性だった。
商売のことを教えたら、一生懸命勉強して、分からないことはすぐに古参の部下に聞いていた。
息子と違うその態度に、教えるこちらも身が入って、気が付いたらラフィーネに熱心に教えている自分がいた。
いつの頃からか、息子はそんなラフィーネに劣等感のようなのを抱いていたらしく、隙だらけだった息子は学園でろくでもない女性に引っかかった。
仕方なくラフィーネとの婚約をなかったことにしたのだが、まさか二度目のチャンスが巡ってきて、二度目も破談になるとは思ってもいなかった。
ヌークス子爵が後悔しているとすれば、二度目の時、ラフィーネを息子の嫁ではなく、自分の養女にしなかったことだ。
そうすれば今頃、我が家はラフィーネという後継者を得られて安泰だったはずだ。
「そうなっていた場合、ラフィーネ嬢は公爵に会っていなかったでしょうか?」
その場合、ラフィーネは皇宮で働かないので、ヴァッシュに会う機会はない、はずだ。
だが、ヌークス子爵の頭の中では、何度追い払おうとヴァッシュがラフィーネの隣に立っていた。
「……ふむ、どこぞの夜会か、もしくは店で見初められそうな予感しかしませんねぇ……」
ラフィーネが一生懸命拒絶しながらも、最終的に絆される姿しか思い浮かばない。
「……もしや、あの方に私が義父と呼ばれていたのでしょうか……?」
子爵の娘だと断っても、元が伯爵令嬢だから問題ないとか言われそうだ。
あんな高位貴族で威圧感たっぷりの騎士団長の義息子などいらない。
しかも、後継者として育てたラフィーネを持っていかれるので、新たな問題も発生する。
「ふ……ふふふふ、ラフィーネ嬢、あなたがどんな立場にいても、トリアテール公爵に捕まりそうですね」
結局ラフィーネは、どんな立場にいようともヴァッシュ・トリアテール公爵と出会って惹かれ合うのだろう。
ここまで色々と考えた結果、何となく娘を嫁に出す父親の気持ちが理解出来てしまった。
「やれやれ、義父になりそこなったのに、娘を嫁に出す複雑な心境を味わうことになるとはねぇ」
机の上に置かれたトリアテール公爵宛の請求書を手に取ると、迷うことなくそれを破り捨てた。
新しい請求書に『0』という数字だけ書き込み、父親として手紙をしたためたのだった。
~トーゴ~
「ラフィーネに恋心?ないない。一切ないな。あいつは妹みたいなもんだ」
オルフェに聞かれて、トーゴはすぐさま否定した。
「本当?」
「本当だって。下手なことを言って公爵閣下に睨まれたくないんだから、変なことを言うな」
急遽学生時代からの友人に昇格したラフィーネのことは、手のかかる妹にしか見えない。
これは嘘偽り無く本心だ。
いくらここが騒がしい酒場だといっても、誰に聞かれているか分かったもんじゃない。
そこら辺に、公爵の手の者が紛れていたって驚かない。
「俺の好みは、ちょっと違うから」
「そうなの?」
「あぁ」
思い出すのは、祖国にいる初恋の人。
手の届かない、凛とした女性。
ラフィーネとはまた違う魅力の持ち主だった。
「何事も全力でやろうとするラフィーネは友人として好ましいが、恋人ではないな」
「……どうしよう、ちょっと理解出来るかも」
「だろう?あのどっちに飛んでいくか分からん謎の思考回路も、俺には無理だ。公爵閣下にラフィーネのことは全てお任せする」
「あぁ、うん。僕もリディで手一杯かな」
酒場でおつまみを食べながら、二人して友人のことはトリアテール公爵に丸投げした。
「ヴァッシュ様くらいの包容力がないと、ラフィーネの相手は出来ないのかな?」
「惚れたら一緒だろ?俺たちは、単純にラフィーネのことを友人としてしか見られなかったってだけだ」
「そうだねぇ。友人というか、トーゴ、ラフィーネの母親のようだったよ」
「はぁ?ふざけんなよ。誰がラフィーネの母親だ」
「トーゴ」
「おい。俺は男だから、せめて父親だろ?」
「ううん、母親」
「どこがだ?」
「全部」
言動とか行動とか、何から何まで、ラフィーネの母親っぽかった。
「母性ってすごいね」
「だから、父性だっての」
「誰に聞いたって、母性全開だったって言うと思うよ」
「……ラフィーネって、妹じゃなくて、手のかかる娘だったのか……」
にこにこと母親だと何度も言うオルフェに、何となくそんな気がしてきたトーゴの方が折れた。
「娘を嫁に出す心境って、どんな感じ?」
「とりあえず、公爵閣下がラフィーネを泣かせたら、一発殴りに行くから付き合え」
「いいねぇ。その時は、ぜひうちの上司も連れて行こう」
上手くいけば、そのさらに上にいる御方も連れ出せると思う。
「僕、リディの義父上と義母上にそういう風に思われないように、今からちゃんと努力しよ」
「……あの家の酒に付き合えてるなら大丈夫だろ……」
童顔のあの一家の恐ろしい酒豪っぷりを思い出して、トーゴは苦い顔をした。
義息子の友人として飲みに誘われて、見事に撃沈された記憶がまざまざと蘇ってきた。
「ま、何はともあれ、ラフィーネに乾杯しよう」
「あはは、手のかかる娘に乾杯」
軽くグラスを合わせた後に飲んだ酒は、どこか優しい味がした。
~バーナード~
本日、上司が初めて休みを取って恋人とのデートに出かけた。
一人で書類を処理しながら、バーナードの頬が緩んだ。
「いやー、いい天気ですねー。まるでヴァッシュ様の今の心境のような青空です」
雲一つない晴れ渡った空は、上司の心境のようであり、同時にバーナードの心境でもあった。
地位がありまくる上司は、あまり女性に関心がないように見えたのに、この人と決めたら一途だった。
一途なのだが、あまりの不器用さにあれやこれやと助言をしていたら、いつの間にか騎士団内で「オカン」と呼ばれていた。
何でわざわざ下町言葉で呼ばれるのか不満をもらしたところ、部下に、「お母様とか母上じゃなくて、オカンです」ときっぱりと言われた。
「というか、団長の母親っぽいのは否定しないんですね……」と微妙な目で見られて「それはそれ!」と思わず叫んでしまった。
何か、ほっとくとまずい方向に行く気がして、騎士団長がまずい方向に行ったら騎士団全体に広がりそうだったので、何とか修正をがんばった結果、オカンになっただけだ。
「副団長、こちらの書類もお願いします」
追加の書類を持って部下が部屋に入ってきたので、真面目な顔で書類を受け取ったのだが、部下がバーナードの顔を見てにやっとした。
「……何ですか?」
「いやー、副団長、今日は顔が緩みすぎですよ」
「え?そうですか?」
「はい。団長が休みなのに、その理由がラフィーネ嬢とのデートってところが緩んでる理由ですか?」
「いちいち聞かなくても分かるでしょう?そうですよ。やっとデートまでこぎつけたんですよ」
「このまま順調にいってくれるといいですね」
「いってくれないと困ります」
皇統の問題もあるが、ヴァッシュ自身にも幸せになってもらいたい。
そのための小言なら、いくらでも言うつもりだ。
「何だか、心配になってきました」
「え?オカンの勘ですか?」
「……最近、言われ慣れすぎて、その言葉を否定出来なくなってきました」
「大丈夫じゃないですか?団長、他の女性ならともかく、ラフィーネ嬢に関しては問題ないと思いますよ」
「だといいのですが」
そんな心配性なところも「オカン」と呼ばれる所以なんだよなー、と密かに部下は思っていたのだった。
別題は「オトンとオカンとオカン」です。




