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ヴァッシュに連れられて行った部屋には、男性が一人佇んでいた。
「ヌークス子爵!」
一度……いや、二度「お義父様」と呼びかけた人物が、穏やかな笑みを浮かべて待っていた。
「お久しぶりでございます、ラフィーネ嬢。無事にリンゼイル伯爵となられ、公爵閣下とご婚約されたそうですね。おめでとうございます」
深く頭を下げられて、ラフィーネは慌ててヌークス子爵に近寄った。
「ヌークス子爵、頭を上げてください。私、あなたにはずっとお世話になりっぱなしなのに」
「それはこちらこそですよ、ラフィーネ嬢。ラフィーネ嬢が私の義娘にならなかったことはとても残念ですが、ラフィーネ嬢の幸せそうな姿を見られたのは、嬉しい限りです」
ヌークス子爵とラフィーネが、今にも手を取り合いそうな感じで見つめ合っていたので、ヴァッシュが軽く咳払いをして注意を促した。
「よく来てくれたな、ヌークス子爵」
「はい。閣下、この度はおめでとうございます。ラフィーネ嬢を必ず幸せにしてあげてください」
「言われずともだ。とにかく二人共、座ってくれ」
ヴァッシュは当然ラフィーネと並んで座り、ヌークス子爵はその正面に座ると、持ってきた荷物からカタログを取り出した。
「これは?」
「公爵閣下より、ラフィーネ嬢がこれから必要になる家具などのご注文をいただけるとのことでしたので、カタログをお持ちしました」
「え?ヴァッシュ様?」
家具などの話をしたのはつい先ほどだったのだが、どうやらヴァッシュは先にヌークス子爵に話をしていたようだった。
「ラフィーネは、ヌークス子爵から色々な物を購入していると聞いていたからな。悔しいが、今はまだヌークス子爵の方がラフィーネの好みを把握している」
ちょっとだけ嫌そうなのは、自分よりヌークス子爵の方がラフィーネのことをよく知っているからだろうか。確かに皇宮内で必要な品物はヌークス子爵にお願いしていたので、色の好みなどももちろん知っている。
「ヌークス子爵に任せた方が、ラフィーネも喜ぶかと思ってな」
「……ありがとうございます」
ラフィーネが礼を言うと、今度は少し照れたような顔になった。
「ラフィーネ嬢の好みそうな家具のカタログをお持ちしました」
カタログには、家具の形や色などが手書きで描き込まれていて、どれも女性の持ち物らしいデザインの物ばかりだった。
「あまり派手なのは嫌よ」
「そうですね。色を統一して、あまり奇抜なデザインにならないようにいたしましょう」
パラパラとカタログをめくりながら三人で意見を出し合ってラフィーネの部屋を整えていく作業は、とても楽しかった。
「ドレスもいくつか作るつもりでいるんだ。ラフィーネに似合いそうな布があったら、デザイナーに渡しておくからこっちに送ってくれ」
「かしこまりました。ちょうど東方の珍しい布を仕入れたばかりです。最優先でお渡しさせていただきます」
「あぁ、頼んだ。それから、当然だが請求は俺の方へ」
「はい」
ヴァッシュの言葉に、ヌークス子爵が笑みを浮かべてうなずいた。
「ヴァッシュ様」
「さっき支度金だって言っただろう?」
「……そうですね。素直に甘えることにします。ありがとうございます」
「どういたしまして」
二人のやり取りを聞いて、ヌークス子爵の笑みがさらに深くなった。
「ラフィーネ嬢、あなたの義父になりそこなった男の言うことではないのかもしれませんが、どうか幸せになってください。なりそこなったとはいえ、私はあなたの父のような気持ちでおります」
「ありがとうございます。子爵がいつも気にかけてくださっていたことに、感謝いたします」
強欲な父に二度もお金を払ったのに、ラフィーネに対してはいつもにこやかに話しかけてくれて……ラフィーネ自身は、ヌークス子爵に対する感謝の心で一杯だった。
「必要な物がございましたら、いつでもお申し付けください。出来る限り、私の方でご用意させていただきます。どうぞ、これからもよろしくお願いいたします」
「こちらこそ。無理しないように、いつまでもお元気でいらしてください」
「はい。ラフィーネ嬢も」
「はい」
実の父はアレだったけれど、ちょっとだけ父の温もりっぽいものを知っているのは、ヌークス子爵のおかげだった。
後日、ヌークス子爵から請求書がヴァッシュの元へ届いたのだが、封筒を開けて中を見たヴァッシュは、イスにもたれて天を仰いだ。
「……やられた」
封筒の中に入っていた請求金額は『0』という数字のみ。そして添えられていた手紙には、
『娘の嫁入りの支度をするのは、父の特権です』
と、書かれていたのだった。
ヌークス子爵、きっとダンディー!




