㊿
読んでいただいてありがとうございます。
父の執着というか横暴というか……、もう何か醜悪なモノにしか見えない父に、ラフィーネは大きくため息を吐きそうになった。
この人が実の父かと思うと、情けないという感情しか浮かんでこない。
「……お父様」
「何だ?」
「お父様、国からの命令になるのですから、その税金はお父様はきちんと支払ってくださいね。それから、残った慰謝料についても、私は要りません」
ラフィーネの言葉に、父が顔を輝かせた。
「本当か?」
「えぇ、それは、手切れ金です」
「は?」
「お父様、いいえ、男爵、もう二度と私の前に顔を出さないでください」
きっぱりと言ったラフィーネに、男爵が驚いた顔をした。
「どうしてそんなに驚いた顔をするの?当たり前でしょう?私は伯爵、あなたは男爵。そもそも身分に差があるのですから、私はあなたが気軽に会えるような存在ではありません」
普段は、こうして身分差をあからさまにひけらかすのは嫌いだ。
下の方の身分の者でも意見さえよければ積極的に採用されるような職場で働いているので、身分が全てではないことも十分理解している。
けれど、この人たちにはここまで言わないと、これから先もラフィーネに付きまといそうな予感しかしない。
「男爵、私がリンゼイル伯爵なんです。この世でリンゼイル伯爵を名乗れるのは私だけです。あなた方が陛下よりどのような名を与えられるのか分かりませんが、男爵であることに変わりはありません。公爵閣下の婚約者であるリンゼイル伯爵に、落ちた男爵であるあなた方が簡単に会えるとでも?」
兄が何故か泣きそうな顔をしている。
そんな顔をするくらいならもっと前からきちんと関わって、父やラフィーネに向き合っていればよかったのに。向き合って、さっさと父を隠居でもさせていれば、罰金程度で済んだかも知れなかったのに。
「……父上……」
「デリック?」
「父上、リンゼイル伯爵の言う通りです」
「デリック!」
「だが!」
「他家なんです。もう、リンゼイル伯爵家は俺たちの家名じゃないんです。うちは小さな領地しか持たない男爵家なんです!」
泣きそうな顔で、それでも必死に言う息子に、父は戸惑ったような顔をしていた。
「……ラフィーネに……いや、リンゼイル伯爵に近寄ったら、俺たちの方がいい笑いものになります。陛下から伯爵に任じられた娘と、男爵に落とされた父と兄。ははは……当事者でなければ、きっと俺たちもその父や兄のことを馬鹿だなって笑っていたと思います」
さらに何か言いたそうだった父を無視して、デリックはヴァッシュとラフィーネに向かって頭を下げた。
「父のことは、責任を持って私が対処いたします。今後、夜会などでもお二人に近寄ることはありません」
「……その誓いが守られることを願う」
「はっ!」
ヴァッシュの言葉に、デリックはしっかりと応えた。
最後にもう一度ラフィーネの方を見て小さく頭を下げると、デリックは父を引きずって帰って行った。
父の文句を言う声が聞こえたが、次第に遠ざかっていくその声にラフィーネはほっと息を吐いた。
「ま、あとのことは男爵家で何とかするだろう。だが、よかったのか?」
「何がですか?」
ラフィーネをイスに座らせながら、ヴァッシュがいたわるような視線を向けた。
「慰謝料のことだ」
「えぇ。返せと言ったところで、お金がないのは分かっていますから。それよりも、こちらに何度も接触される方が面倒です。あのお金でもう二度と接触がないのなら、その方が気が楽になります」
「兄の方がまだ分かっていそうだったな。さっさと代替わりすればいい」
「甘々ですが、これから揉まれて変わっていければいいと思います」
甘やかされて育って皇宮で仕事をしたことがないような人だけれど、まだ変われる余地はあると思う。
ヴァッシュが隣に座ってラフィーネをそっと抱き寄せたので、遠慮なくラフィーネはヴァッシュに寄りかかった。
「……疲れました……」
「あぁ」
「今更ですが、せっかく綺麗に着飾ってもらったのに、それがあの人たちに会うためだったと思うと、何かムカついてきました」
「なら、今度はもっと着飾ってデートしよう。そろそろ一度、領地に戻らなければならないから、ラフィーネも一緒に行こう。うちの領地にも見所は色々とあるぞ」
「もっと着飾るんですか?」
「そうだ。その時は、ネックレスやイヤリングもちゃんと用意するから」
「ふふ、公爵家で用意された宝石を身に着けていたら、賊に狙われてしまうわ」
「騎士団長がいるのに?」
「そうよね、ヴァッシュ様がいるから大丈夫よね」
「絶対に俺の傍を離れるなよ。そうだ、これから時間がある時はここに滞在すればいい。女性のエステは、一度だけでは物足りないのだろう?久しぶりに女主人が出来ると聞いたうちの侍女たちが張り切っているからな。ドレスももっと注文しておきたいそうだから、近いうちにデザイナーを呼ぼう。家具も好きなようにすればいい。うちに住むために、色々と支度をしなければな」
うちに住む、という言葉に顔を赤らめながら、ラフィーネはヴァッシュの腕を軽く叩いた。
ラフィーネ如きの力では小揺るぎもしない力強い腕は、決してラフィーネを放すことはないだろう。
「……これが本当の支度金?」
「そうだな」
くすりとラフィーネが笑ったのと同時に扉がノックされて、ラフィーネはビクリとなった。
「どうした?」
「旦那様、例のお客様がお見えになりました」
「そうか。今行く」
執事の声にヴァッシュが立ち上がったので、同時にラフィーネも立ち上がることになった。
「さて、行こうか」
「え?私も?」
「そうだ」
しっかり握られた手を引かれて、ラフィーネは部屋から出て行った。
父、兄はこれで退場でございます。




