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ラフィーネの目には、元老院からの信用がないという事実を突きつけられた父が、一気に老け込んだように映った。
そのことに同情はしない。
なぜなら、それは王宮に勤めるようになってから、ラフィーネが感じていたことだからだ。
勤め始めた頃、あのリンゼイル伯爵の娘か、と何度微妙な表情で言われたことか。
真面目に働いている内にラフィーネ自身の評価が上がり、あの父を持って大変だな、という同情の眼差しに変わっていったのを感じていた。
だから、父に信用がないのは今更な話だった。
「……お父様、男爵といえ、陛下が爵位を残してくださったことに感謝するべきです。それ以上を望んだところで、お父様やお兄様が認められることはないでしょう」
「だ、だが、お前は伯爵じゃないか」
「ラフィーネが伯爵ということが不満か?つまらん嫉妬だ。お前がどんなに不満を持とうが、陛下や他の貴族から見たら、伯爵に相応しいのはラフィーネの方だ」
公爵であるヴァッシュにそこまで言われて、さらに力の抜けた父は、その背中が縮こまってさらに小さくなった。
デリックの方は、さすがにもう諦めていたのか、そんな父を心配そうに見ていた。
「お前たちはラフィーネを好き勝手出来る道具のように考えていたのだろうが、これから先、それは許されない。ラフィーネ・リンゼイルは伯爵であるのと同時に公爵である俺の婚約者だからな」
「婚約者、そうだ!婚約者だ!」
婚約者という言葉を聞いて、父がクワッと目を見開いた。
「閣下、ラフィーネと婚約したのならば、支度金がありますよね!私はラフィーネの父です。ここまで育てたのですから、こちらに寄越してください!」
この期に及んでなおラフィーネの支度金を狙っている父の発言に、デリックが慌てて止めようとしたが、父はデリックの腕を振り払って立ち上がった。
「支度金か、ふむ、いいだろう」
「では、金額はこちらで決めて……」
「支度金は、ラフィーネが皇宮に働き始める前までにかかった費用だ」
「は?」
「つまり、お前の言う、ラフィーネを育てるのにかかった金だ」
ヴァッシュが、にやりと笑った。
「今回の監査で過去約二十年分の帳簿を監査官が確認した。その中から、ラフィーネのために使われたであろう金額をリストにしてもらった」
「へ?」
父も兄も、ぽかんとした顔になった。
「学園の費用や普段用の服が主な出費だったそうだ。たまに夜会用のドレス代も出てきたが、それ以外に割り当てられていた費用は本当に僅かで、宝石なんて一つも購入していなかったそうだな。普通の貴族令嬢よりもはるかに少ないと言って監査官がため息を吐いていたくらいだ。そのくせ、自分たちの出費は多かったらしいな」
「い、いや、それは」
「ドレスも既製品をたまに買うくらいだから、そこまでの金額でもない。通常、公爵家から出す支度金よりもずいぶんと少ない出費で済みそうだ」
「待ってください、それに足してください」
公爵家から多少なりともお金が入りそうだと思った父の顔が、絶望から喜びに変わった。
「あぁ、それから、二度に渡るヌークス子爵家との婚約破棄による慰謝料で、その金額はとっくに回収出来ていたそうだ。それどころか、だいぶ儲けたようだな」
ラフィーネは自分にかかった費用などのことはさすがに知らなかったので、父がどれだけヌークス子爵からぼったくったのかと思い、今度会ったら本当に心の底から子爵に謝ろうと決めた。元婚約者にする気はないけれど。
「つまり、男爵、帳簿から確認出来たラフィーネを育てた費用とヌークス子爵家からの慰謝料を差し引くと、我が家から出すのはオーバー分をラフィーネに支払えという命令書だな」
「……はい?」
「聞こえなかったのか?言っただろう?ラフィーネが皇宮に働き始める前までにかかった費用だ、と。その費用はすでに回収済みになっていて、さらに本来ラフィーネがもらうはずだった残った分が、ラフィーネの手に渡っていないという監査結果が出ているということだ」
「あ、あれは、我が家の」
「ラフィーネの財産だ」
「無茶苦茶なことを言うな!」
「まぁ、無理だと言うのなら仕方がないが」
「無理に決まっている!あの金は私の金だ!」
「それならそれでいい。だが、公爵家からの支度金は出ない。なぜなら、ラフィーネにお金がかかっていないのだからな」
わなわなと震える父にヴァッシュは冷たい視線だけを送った。
「……分かりました」
悔しそうな父に、ヴァッシュはさらに追い打ちをかけることを言い始めた。
「それから、監査の結果、ヌークス子爵家から渡された花嫁への支度金が、花嫁本人に使われた形跡がなかったそうだ。それどころか、前リンゼイル伯爵とその嫡男が使ったことが確認された。支度金が慰謝料に変わっても、花嫁に渡した形跡がない。その事実によってヌークス子爵家からの金は、前リンゼイル伯爵の個人的な収入と見做される。だが、その税金を支払っていない、との報告が上がっている。その分の税金の支払いが必要になるそうだ」
「え?いや、それは税金がかからないって」
「花嫁に一切使われていない支度金は、ただの収入だ。前リンゼイル伯爵の収入として、追加で税金の計算を今からすると言っていたな」
他家でもちょこちょこ追加の税金案件が出てきたので、ユージーンが楽しそうにしていた。
皇都の橋が老朽化してきているので、その金で直す予定だそうだ。
「ちょ!それはラフィーネの費用で……!」
「それはまた別の話だろう。ラフィーネの費用のことは貴族の家同士の話し合いだが、税金は男爵家と国とのことだ」
「なら、その税金はラフィーネが支払えばいい。リンゼイル伯爵はラフィーネになったんだから」
「馬鹿だな。前リンゼイル伯爵の収入だぞ。新しい伯爵に財産も何も渡さないのに、税金だけ支払えという横暴がまかり通ると思っているのか?国を、皇帝陛下をなめるなよ。お前たちに残されているのは、土地も財産も手放すことなく男爵になって大人しく税金を支払うか、土地も財産も何もかもをラフィーネに渡して無一文になるかの二択だ。ちなみに後者の場合、税金の支払いはラフィーネになる」
ただし、その場合は、正しい人間に慰謝料が渡ったということで税金は免除になるが。
少し考えれば分かることなのだが、ヴァッシュは何も言わなかった。
「……手放す気はない!」
「なら大人しく税金を支払うことだな」
冷たいヴァッシュの視線が変わることは一切なかった。




