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妹は、こんなに美しい女性だったのだろうか。
公爵邸に来たデリックは、一目で質が良いと分かるドレスを着て、全体的に輝いているように見えるラフィーネを見て呆然とした。
デリックが覚えているラフィーネは、いつも何かと口うるさく言っては呆れたような目でこちらを見ていた。
父の言葉に反発し、兄の行動を注意する口うるさい妹、それがラフィーネの印象だった。
家族なのに、こんな風に安心と信頼が混じった目を向けられたことなど一度もない。
「ラフィーネ!」
呆然としていたデリックと違い、一緒に来た父が挨拶もそこそこにラフィーネにくってかかろうとした。
「お父様、公爵様の前ですわよ」
「あ……!だが、これは我が家のことだ」
「我が家のことだとおっしゃるのなら、私はもう関係ないわよ」
「馬鹿なことを言うな!」
「父上!止めてください」
いつまで経っても現実を見ようともしない父を、デリックが慌てて止めた。
「デリック、なぜ、止めるんだ?」
「父上、落ち着いてください。ラフィーネの言う通り、公爵閣下の前ですよ」
「しかしだな」
今までと同じようにラフィーネに命令をしようとする父が、デリックの目には愚かに見えた。
父の降爵を決めたのも、ラフィーネにリンゼイル伯爵を継がせることを決めたのも、皇帝だ。
ここで文句を言うということは、皇帝に逆らうということ。
デリックも、少し前までそのことに気が付いていなかった。
そう指摘したのは、同級生の一人だった。
面倒くさそうな顔で、当たり前だろう、と言われた。
正当な理由があるのならともかく、今回のことは伯爵として能力があまりにもなく、どんどん領地を減らしていったことが原因なのに、文句を言うのはおかしい。そう指摘されて、改めて現実を見た。
そして、ようやくその通りなのだと理解出来た。
だが、父にはまだそれが理解出来ない。
伯爵という地位にいられるほどの能力がないことを、父は認めたくないのだ。
「お父様、お父様は男爵、私は伯爵。私たちは、違う家の主なの」
「その伯爵位は元々我が家のものだ!」
「仕方ないじゃない。だって、お父様、今回の監査で色々とボロが出て、伯爵の力量がないって判断されてしまったのだもの」
「そ、それは必要なことで」
「伯爵の矜持があるのなら、もっとちゃんと仕事をしていてほしかったわ。お父様もお祖父様たちも、ただただ領地を減らしていく一方だったじゃない。陛下は、伯爵としての力量に欠けるという判断をされたの」
「な、なら、今回はお前が継ぐのは仕方ないとしても、お前の次をデリックの子供に継がせればいいだろう。そうすれば、うちは伯爵位と男爵位の二つを持つことが出来る!」
相変わらず、父は都合のいい夢ばかり見ている。
条件を理解していれば、そんなことは言わないはずなのに。
「無理だな。リンゼイル伯爵位はラフィーネの子供にしか継ぐことが許されていない。それは、この間、そこの長男にも説明したはずだが?」
ヴァッシュが冷たい目でデリックを見たので、デリックは顔を青ざめさせてビクリと怯えた。
「そうなのか?デリック」
「……父上にも説明しましたよね?」
「聞いていない!」
「言いました!」
ヴァッシュと相対するよりはマシだと思ったのか、デリックは父親と、声を荒げて言った言わない論争を始めた。
「……ねぇ、本当にどうでもいいんだけど、どちらにしても、お兄様の子供にリンゼイル伯爵位はいかないから」
ラフィーネの呆れた声に、二人はピタリと言い争うのは止めてラフィーネの方を見た。
「しっかり説明するから、ちゃんと聞いてね。ヴァッシュ様にも立ち会ってもらっているんだから、後で聞いていないって言うのは無しよ」
「だが、トリアテール公爵はお前の味方で……」
「私が婚約者だからといって、不公平なことはなさらないわよ」
「そうだな。俺で不満なら追加で誰かを呼ぶか?今回の場合なら、中立の貴族か公式の文書官がいいだろう」
「い、いえ、そこまでしていただかなくてもけっこうです」
父が、おどおどとした態度でその提案を拒否した。
ここでさらに他家の人間を加えたら、何を言われるか分かったものじゃない。
トリアテール公爵はラフィーネの婚約者だから、ラフィーネが不利になるような噂を流すことはないだろう。いや、そうだ。それよりも公爵がラフィーネの婚約者になったということは、そちらからもうちに援助をしてもらわないと!
考えていることが分かったのか、デリックがそっと父の顔色を確認した。
「いい、お父様もお兄様もよく聞いてね。今回のことは皇帝陛下がお決めになったの。正当な理由がない限り覆ることはないけれど、不服がある時は陛下に直接言うこと、そう言われているはずよね?お父様は男爵に降爵して、リンゼイル伯爵位は私が継ぐ。次代は、私の血を継ぐ者にしか認められていないわ。養子も認められていない。だから、この時点でお兄様の子供が伯爵位を継げる可能性はないの。そちらの家は、何かしらの功績を挙げないと男爵のままよ」
「……だが、お前は公爵に嫁ぐのだろう?なら、爵位が浮くじゃないか」
「領地も何もないのよ。たとえ子供一人だけだったとしても、その子が公爵位と一緒に持っていればいいし、そのまた子供が継いでもいいのよ。万が一、私に子供がいなかった場合は、陛下にお返しすることになっているわ。次のリンゼイル伯爵は、陛下がお決めになるの。分かった?もうリンゼイル伯爵位はお父様の手から完全に離れているのよ」
「だが、伯爵位には長い歴史が……」
「その歴史を途絶えさせようとしていたのはお父様の方よ。このままだと、お父様が適当な相手に爵位そのものを譲ってしまうかもしれない。そうお考えになったから、陛下は取り上げたのよ。爵位を誰に譲渡するかは、基本的に当主の判断によるもの。よほどのことがなければ、普通は皇家が介入したりしない」
「うちにはデリックがいるんだ!そんなことをするはずがないだろう!」
「お父様の考えなんてどうでもいいのよ。そういう恐れがある、陛下がそう判断なさって、元老院の方々がそのお考えに賛成した。つまり、お父様に信用が全くないということよ」
「……な!」
皇帝や他の貴族からの信用が全くない。
そう現実を突きつけられて愕然とした。
それはデリックも同じだった。
父に信用がないのならば、その父に甘やかされて育ったデリックにも信用がない。
むしろ、ラフィーネが皇帝や他の貴族からの信用がある方がおかしいのだ。
普通、そんな家の娘だというだけで、信用なんてされない。
ラフィーネの信用は、真面目に皇宮で働いて勝ち得たもの。
それは、ラフィーネが個人で勝ち取った信用であり信頼だ。
デリックは、前回、ラフィーネに会った時に、なぜこうなったのか理解したつもりでいた。
けれど、現実はもっと残酷で、誰もデリックの将来を信じていない。
父だけではなく、自分も信頼されていないのだと、突きつけられた。
「俺も公爵として、元老院の会議に参加した。だが、お前たちを庇う人間は一人もいなかったぞ。むしろ、爵位を落として税金などを抑えるべきだという意見が大半だったな。元老院も、金で爵位継承が為されることをよしとしなかった」
「……それは、父上が金で爵位を売るという危惧があったということですか……?」
デリックの言葉に、ヴァッシュはうなずいた。
「そうだ。金のために子供をどこかの貴族に嫁がせる、それ自体は全くないとは言えないし、色々な思惑もあることだ。だが、どういう形であれ、爵位を、それも伯爵位を勝手に金で売ることは許されない。爵位を養子が継ぐ時に厳しい審査が入るのは、そういうことの防止のためでもある。お前たちが勝手に誰かを養子にして、その者に爵位を継がせようとする危険性を、元老院も嫌ったんだ」
デリックが父の方を見ると、父はうつむいてしまったのでその表情を見ることは出来なかった。
ただ、皇家だけでなく元老院からも信用がないと思われていることに、呆然としているようだった。




