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前を侍女長が歩き、ラフィーネの後ろから二人の侍女が付いてきて、屋敷内の案内をされた。
外から見ても十分広いのだが、中に入るとさらにその広さを実感した。
何せ、歩いている時間がとても長い。
「大丈夫ですよ、ラフィーネ様。一度に全ての場所を覚えるわけではありませんから、一通り知っておいた方が全く知らないよりはいいかと思いましてご案内しましたが、重要な場所以外は実際に住まれてからの方がすぐに覚えると思いますよ」
「す、住む?」
「はい」
当たり前のように侍女長が『住む』という言葉を使ったので、ラフィーネは動揺した。
言われてみれば、ここはヴァッシュが今、実際に住んでいる場所なのだから、婚約者であるラフィーネが将来的に結婚してここに住むのは当たり前の話なのだ。
侍女長は何も間違っていない。
いない、けど、ラフィーネは実感が湧いていなかった、というのが本音だ。
そして、改めて屋敷の大きさや使用人の多さにびびった。
ただの皇宮勤めの侍女がこの屋敷の女主人になって、この人数を纏める?
……無理な気がする。
今からでも撤回を……!でも、それをしちゃうとヴァッシュ様と別れることになるし……!
内心で葛藤しているラフィーネに侍女長がにこりと笑った。
「そう難しく考えることはありませんよ」
「……こう、気後れするというか……」
「ここをラフィーネ様のご実家と思ってくださればいいんですよ。私共は、旦那様があの通りの御方ですから、ご結婚しないのではないかと心配しておりました。そんな時、ラフィーネ様のことをお伺いして、皆、ラフィーネ様に感謝をしているのです。旦那様がようやく心から愛する方を見つけられたことを、とても喜ばしく思っております」
「えっと、ありがとうございます?」
「このような言い方ではラフィーネ様にプレッシャーになってしまうのかもしれませんが、これは私共の本心ですからご容赦ください。そして、私共はラフィーネ様の味方です。いざとなれば、全員で旦那様にこんこんと説明いたします」
「あ、はい。ありがとうございます」
にこにこと笑っている侍女長がすでに一度、長い説明と言う名の説教をヴァッシュにかましたことを知らないラフィーネは、さすが公爵家の侍女長ともなれば勇気があると心の中で称えた。
「旦那様は少々朴念仁なところもございますが、きちんと説明をすれば理解してくださる方でもあります。情に厚い部分も持ち合わせていらっしゃいますので、ラフィーネ様、怖がらずに何でも言葉に出してくださいませ」
「……えぇ、それは、私も感じました」
思えば、出会いからけっこう無茶苦茶だったと思う。支離滅裂なラフィーネの言葉でも動いてくれたし、護衛の時は常にラフィーネのことを守ってくれていた。兄が来た時も、タイミングを見計らってラフィーネの前に立ってくれた。
「私、ヴァッシュ様に甘えっぱなしです」
「恋愛結婚ですから、最愛の奥様に甘えられて喜ばない旦那様はいませんよ」
「お、おく、おくさま……」
奥様という言葉に顔を赤らめたラフィーネを可愛らしいと思いながら、侍女長はエステの部屋へと案内したのだった。
ラフィーネがエステに行っている間、ヴァッシュは執務室で仕事をしていた。
騎士団長として忙しいヴァッシュだが、公爵としての仕事も当然あり、空いた時間はそちらの仕事をしていた。
「旦那様、そろそろ昼食の時間でございます」
執事の言葉でもうそんな時間かと思い、書類から目を離した。
細かい文字を見続けていたせいか、少々目が痛い。
「ラフィーネはどうした?」
「着替えをして、降りてこられるそうです」
「そうか」
侍女長を中心とした侍女たちに頼んで、ラフィーネに似合いそうなドレスをいくつか見繕ってもらった。
ヴァッシュが伝えたラフィーネの髪色や瞳の色、それにイメージからいくつか既存のドレスを購入して、ラフィーネがエステをしている間にドレスの調整をすると言っていた。
時間があまりなかったので、今回は既存のドレスになってしまったが、次はデザイナーを呼んでラフィーネに相応しいドレスを作ってもらう予定だ。
だいたい黒や白の服が多いヴァッシュに合わせてシックなドレスもいいが、派手な色もラフィーネには似合うと思っている。
ラフィーネに今までのドレスをどこで買っていたのか聞いたら、小さな声で「ヌークス子爵のところで……」と言われた時は、少し複雑な気持ちになった。
ラフィーネに似合う色の物や、皇宮の侍女が持つのに相応しい物の選び方には、正直嫉妬した。
それを大事そうにラフィーネが使っているので、内情を知らなければラフィーネがまだヌークス子爵家に未練があるのではないかと疑ってしまうところだった。
当然、ラフィーネが今日着てきた服も、ヌークス子爵が用意したものだ。だが、今からはヴァッシュが用意した物をラフィーネは身に着けることになる。
「……つまらん独占欲だな」
そう言いながらも、侍女たちによって磨かれ、ヴァッシュが用意したドレスに身を包んだラフィーネが現れた時、彼女を誰にも見せたくないという気持ちと、彼女こそが自分の最愛だと誰かに見せびらかしたい気持ちが同時に湧いてきたのだった。




